ドリーム小説
そして遂に待ちに待ったクリスマスダンスパーティー当日。ドラコは、大広間の扉の前で自分のパートナーとなる少女を待っていた。彼が纏うパーティーローブや靴はどれもこれも高価なもので、彼の母親のセンスなのか全てが黒で統一されていた。金髪で色素の薄いドラコが持つ気品を十二分に引き立てていた。
「遅い。まだか、は」
贅沢我が儘三昧で暮らしてきた彼は、堪え性がなかった。待たされるのが嫌いなドラコは、少々苛々しながらを待っていた。とは言っても、待ち合わせの時間からまだ2分しか過ぎていないのだが。
そのとき、待望の少女はスリザリンの女の子たちとともに現れた。ドラコを見つけた女の子たちが、に耳打ちしている。「ほら。王子様がお待ちよ」とでも言っているのだろう。
は階段の上で待つドラコを見上げ、にっこりと笑った。の姿を視界にとらえたドラコは、それまでの苛立ちなどどこかへ吹っ飛んでしまっていた。が一国の王女だと言っても、きっと誰も疑わないだろう。それほどまでに、の盛装は完璧だった。
■ 魔女の条件 〜The Love of the Maiden〜 <7> ■
肩と背中を露出させた純白のドレスに身を包み、はゆっくりと階段を昇ってきた。真っ白なシルクをふんだんに重ねたドレスは、まるで花嫁衣装のようだった。銀色の長い髪はアップにし、彼女の瞳の色と同じ深い青のリボンでまとめてあった。薄いピンクのルージュがひかれた唇が、弧を描いた。
「お待たせ、ドラコ」
がドラコの横に立つと、彼女特有の桃の香りがした。
「どうかな?」
はくるりと回ってみせると、ドラコに感想を求めた。ずっと見とれていたドラコは、はっと我に返った。
「・・・、まるで一国の王女のようだ」
「えへへ。ありがと」
は満足したようで、いつもの笑顔をドラコに向けた。ドラコはをエスコートするように片手をとると、大広間の中へ入っていった。
「あぁ!・だ!」
「、きれーい!お姫様みたい」
「マルフォイの野郎、独り占めかよ・・・」
反応は様々だが、に対する賛嘆が7割、ドラコへの怨念と嫉妬が3割かと思われた。周囲の反応に、ドラコは意気揚々としていた。流れ始めた音楽に導かれるように、ドラコはの手を引っ張りダンスホールの中央へと進んだ。
「僕と踊ってくださいますか?」
ドラコは胸に手を当てて一礼した。その気取った態度に、はくすりと笑うと自分もドレスの裾を軽く持ち上げて応えた。
「はい、喜んで」
2人は曲に合わせてワルツを踊った。とドラコが踊ると、まるでそこがホールの中心のようになった。明らかに2人の周りだけ流れる雰囲気が違った。輝く白と黒のコントラストに、観る者全てが魅了された。
「ふむ。楽しそうにしておるの、は」
教師席からダンブルドアは少女を見下ろしていた。年相応の笑顔で踊るを、老人は穏やかに見守った。
「えぇ。彼女も、今では普通の女の子ですから」
隣に座るマクゴナガルも、優しい顔でを眺めた。のことは、彼女の母親(マクゴナガルのかつての教え子であった)から聞いていた。の生い立ちも、彼女が抱える巨大な闇も。ダンブルドアも事情は知っていたから、2人のを見下ろす目は、ひどく愛しげだった。
それからとドラコは何曲も踊った。楽しそうな笑顔で踊るを、グリフィンドールの面々は遠くから眺めていた。
「ふん。結局、のパートナーはマルフォイか」
ロンがふてくされたように言うので、横で見ていたハリーも同意するように頷いた。
「でも悔しいけどさ。何か絵になるよね」
「・・・だな」
「もう。辛気臭いわね、2人とも!」
ハーマイオニーが腰に手を当てて一喝しても、今日の2人には効きそうになかった。
とドラコは十分に踊り、2人とも喉がからからに乾いていた。ドラコは2人分の飲み物を取りにテーブルへと歩いていった。は広間にかけられた時計をちらりと見て、もうパーティーの半分以上が過ぎているのに気づいた。にはこれからまだ行きたいところがあった。しばらくしてドラコが両手にバタービールを持って戻ってきた。はお礼を言い、だが口はつけないでいた。
「飲まないのか?」
ドラコは一口で半分ほどグラスを開けると、にバタービールを勧めた。だがは時間が気になってか、あまりグラスが進まなかった。
「うん。後でいただくね。ありがとう」
はドラコに気を遣い、彼に笑顔を向けた。その瞬間だった。バタービールを飲んでいたドラコが、突然機能を停止してしまったのだ。グラスをテーブルに置くと、そのままずるずると床に座り込んでしまった。
「え?ド、ドラコ!どうしたの?」
まるで電池が切れてしまったようで、が肩を揺さぶってもドラコからの反応は返ってこなかった。近くにいたクラッブとゴイルも駆けよってきて、ドラコを仰向けに直した。そして彼の様子をよく見ると、
「・・・寝てる」
「え?寝ちゃったの?」
ドラコは苦しがっている様子もなく、ぐっすりと寝入っていた。一体どうしてしまったというのか。そんなに踊り疲れたのか、はたまたドラコが飲んだ飲み物だけ本物のアルコールだったとでもいうのか。
おろおろと慌てると、泥のように寝入るドラコ。そんな2人の様子を遠く離れたテーブルからじーっと見つめる2つの影があった。
「フッフッフッ。やったな相棒」
「おう。マルフォイ一人に、いい想いはさせねぇぜ」
グリフィンドールの双子は、自分たちが仕掛けた罠にまんまとはまったドラコを見て、意気揚々としていた。ドラコが持っていったあのバタービール、なんとそこには双子特製の睡眠薬が入っていたのだった。
「ちょっと!あれ害はないの?」
流石のハーマイオニーでも、双子の非常識さに慌てた。だが双子は不敵な笑みを浮かべていた。
「心配ご無用!ただの睡眠薬さ。男にしか効かないところが特製!」
「そうそう。そして効果が切れるのは4時間経ってからか、もしくはお姫様がキスしてくれるのを待つか」
「・・・・あなたたち、すごいことするわね」
常識外れな仕返しの仕方にハーマイオニーは絶句するも、ハリーとロンは「よくやった、フレッド、ジョージ!!」と大喜びだった。
突然爆睡し始めたドラコを放っておくわけにもいかず、はクラッブとゴイルにドラコのことを頼んだ。ゴイルにドラコのことをおぶってもらい、クラッブにドラコの荷物を頼んだ。2人とも快く引き受けてくれた。ドラコのことを寮まで連れて行くと、談話室のソファーに彼を寝かせ、毛布をかけてやった。
「これでいいかな。クラッブ、ゴイル、ありがとう。もう大丈夫よ」
いつもドラコに使いっ走りにされている2人は、真正面からに笑顔を向けられ顔を真っ赤にして談話室を出ていった。は再び時計を見た。もうすぐパーティーが終わる頃だった。少し早いが、ドラコがこんな状態なのでは約束の場所へと出かけることにした。
「今日は誘ってくれてありがとね、ドラコ」
毛布から出ていたドラコの手をとると、は手の甲に軽く唇を押し当てた。そして胸の上で両手を組ませると、長いドレスの裾を持ちあげ、は談話室を後にした。ぱたりと扉が閉まる音がして、扉の外を駆ける足音が遠ざかっていくのが聞こえた。軽い足音を聞きながら、少年の瞳はゆっくりと開いていった。
行き慣れた廊下を小走りで進んだ。徐々に暗くなっていく廊下に、橙色のランプが煌々と燃えていた。研究室に近づくにつれ、の胸の鼓動は速く大きくなっていった。
部屋の前に着くと、は緊張した面持ちでドアをノックした。
「スネイプ先生。・です」
「入りたまえ」
返事はすぐに返ってきた。は深呼吸すると、ゆっくりと扉を開けた。
「失礼します・・・、」
いつものように開けた扉の向こうは、いつもとちょっとだけ雰囲気が変わっていた。部屋の壁を取り囲んでいた本棚はそのままだったが、スネイプが授業で使う薬品やら器具やらホルマリン漬けやら危険なものは姿を消していた。そのせいか、いつもより部屋が広く感じられた。
「うわぁ。先生、片付けられたんですか?なんだか広いですねぇ」
スネイプはいつものように奥の机に座っていたが、の姿を見て驚いているようだった。
「・・・。その格好でここまで来たのかね?」
「はい。着替えてきた方がよかったですか?」
時間がなかったため、はドレス姿で髪も結んだままだった。薄暗く気味悪い廊下を走る純白ドレスの少女は、傍から見れば完全に囚われの姫君だったことだろう。
「すみません。あまり遅い時間にお邪魔するのも失礼かと思って、」
「いや、構わんよ。よく似合っている」
スネイプらしくない褒め言葉に、は鼓動が更に速くなるのが分かった。
「あ、ありがとうございます。嬉しいです」
はなんだか気恥ずかしくて、床を見つめた。すると、いつの間にやってきたのか、スネイプに手首をとられ、部屋の中央まで引っ張って連れて行かれた。
「え?先生、・・・あの」
「我輩の相手役をしに来たのではないのかね?」
それだけ告げると、スネイプは胸に手を当ててに向かって軽く一礼した。舞踏会では当たり前のその仕草に、だがの胸は異様にドキドキした。さっきドラコにも同じようにされたのに、どうしてか、スネイプを目の前にすると緊張してしまった。はスネイプの動きに合わせてドレスの裾を軽く持ち上げて一礼した。
遠くでワルツが流れている。
スネイプが差し出す手に、は緊張しながら自分の手を重ねた。薬品で少し荒れているが、大きな手だった。スネイプの手が自分の腰に触れるのを感じて、は彼から僅かに身を引いてしまった。だが、そのことにすぐ気づかれ、スネイプはの身体を自分へと引き寄せた。
「逃げるな。踊りづらい」
「は、はい」
緊張しながらも、はスネイプのリードに任せて踊った。身長差も苦にならず、意外にもスネイプのエスコートが上手では惚れ惚れした。
「先生、お上手ですね」
が素直に感想を言うので、スネイプはぶっきらぼうに「普通だ」と素っ気なく返事をした。引き寄せた彼女からは、微かに桃の香がした。薬草の香りしかしない自分には、ひどく不似合いだとスネイプは思った。
部屋に届く演奏が途切れた。どうやら今のがラストワルツだったらしい。しばらくして、ダンスホールからの大勢の拍手が聞こえた。
「パーティーも終わりだ」
「そうですね」
は残念だと思いながら、ステップを踏む足を止めようとした。だが、薄暗い部屋が災いして足元に落ちている本に気が付かず、それにつまずいてしまった。
「きゃっ!」
「、」
前のめりに倒れるの身体を支えたのは、またしてもスネイプだった。スネイプのローブに顔をうずめ、頬にあたる柔らかな布の感触と鼻につく薬草の香りに、は安堵感を覚えた。
「相変わらず危なっかしいな」
頭のすぐ上から降ってくる、呆れたようなため息。見上げると、スネイプの顔がすごく近くにあった。の耳が音を立てて赤く染まった。
「助手をしているときはとてもそんなふうには見えぬのだが」
「す・・すみません」
スネイプの両手が、の肩を掴んで支えていた。素肌の肩に触れる大きな手に、の鼓動は早鐘のように鳴り響いていた。こんなにも彼の近くにいられることに、は幸せを感じた。ずっとこのままでいたいと思った。だが、
「だから君のことは放っておけないのだ」
の時が止まった。それは、いつか言われた言葉だった。その言葉に、以前は胸がいっぱいになった。でも、今は違った響きを持っての耳に届いた。
「(・・そういう意味、・・・だったの?)」
の胸は、さっきとは違う痛みを感じ始めた。幸せな痛みだったものが、きしきしと心が軋むような痛みに変わっていた。スネイプは動かなくなってしまったを訝しんだ。
「。どうかしたか、」
「そういう意味だったんですか?」
スネイプの言葉を遮るように、哀しみに満ちた声が部屋を包んだ。
「あのときも・・・、私が頼りないから。そういう意味だったんですか?」
は顔を伏せていて、どんな表情でそれを言っているのかスネイプにはわからなかった。ただ、の声には聞いたことのない悲壮感が入り交じっていて、泣いているのかもしれないと思った。は俯いたまま、自分の肩を抱くスネイプの両手に、自分の手を重ねた。
「私の・・・・勘違いだったんですね」
の手が、ゆっくりとスネイプの手を彼女から剥がしていった。がどんな顔をしているかはわからない。だが、彼女を悲しませたのは確かに自分だと思うと、スネイプは僅かな罪悪感を覚えた。
「馬鹿みたいです・・・。勘違いして、私だけ舞い上がって」
(それでもまだ、こんなにドキドキしてるなんて。先生のこと巻き込まないって、誓ったのに)
スネイプがこんなにも近くにいる。
スネイプの言葉一つにこんなにも振り回される。
触れられているだけで胸の鼓動がおさまらない。
痛かった。
胸が痛くて、悲鳴をあげていた。
早く、この痛みから解放してあげたかった。
だが不意にの中に、ハーマイオニーの言葉が蘇った。
『その痛みを否定してはダメよ。受け入れてあげて』
(ハーマイオニー・・・、)
『恋をするのは自由、人を愛するのは自由だもの』
の身体から力が抜けた。支えを失った人形のように、はスネイプの胸へと顔をうずめた。スネイプが驚いているのが、空気で感じ取れた。
(誰かを好きになっちゃ・・・・いけなかったのに)
抑えていた感情が溢れてくる。
突然自分の胸へと倒れ込んできたを、スネイプは拒むでもなく素直に受け止めた。幼子のようにローブにしがみつく彼女に、スネイプも何と声をかければいいのかわからなかった。顔を上げてくれないから、泣いているのかどうかすら分からなかった。
スネイプは拒みはしなかった。他の生徒であれば、おそらく自分から引き剥がしていただろう。だが、縋り付いてくるようなを無理矢理引き剥がそうとは思わなかった。
「、」
スネイプの声に応えるように、がようやくゆっくりと顔を上げた。スネイプは息をのんだ。の深蒼の瞳には涙の雫がたまっていた。今にもこぼれ落ちそうな涙もそのままに、はスネイプから目をそらさなかった。
「私の勘違いでも構いません。スネイプ先生、・・・・それでも私は、」
の瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。はたはたと零れ落ちる涙が、純白のドレスに雨模様を作った。
「先生のことが、・・・・好きなんです」
紡がれた声は何よりも美しく、スネイプの心にするりと入り込んできた。
後から後から溢れる涙が邪魔をして、スネイプの顔がよく見えなかった。涙を拭こうと、は顔を伏せた。細い指先で右の目尻を拭った瞬間、長い指が彼女の顎に添えられ、俯いていた彼女の顔を押し上げた。悲鳴をあげる暇すらなかった。気づいたときには滲む視界は黒く染められ、唇に暖かいものが触れていた。一つ瞬きをして、彼女は涙を落とした。そして、自分の唇を塞ぐのがスネイプのそれだと気づき、は火がついたように身体を熱くした。
「・・・・ん・・」
唐突に訪れたキスは長く、とても甘いものだった。ずっとこのままでいたいと、の脳を痺れさせた。だが、その甘い時間は突然に終わりを告げた。スネイプの唇が離れていった。湿った唇に空気が触れ、何だか冷たく寂しく感じた。スネイプはから唇を離すと、彼女の肩を押して顔を背けた。
「・・・先生、・・?」
は涙に濡れた目でスネイプの横顔を見つめた。その横顔は、ひどく苦しそうだった。
(何を・・・何をしているのだ、我輩は、)
スネイプの心は、ひどく葛藤していた。衝動的な行動だけはとらぬように自分自身に警戒していたはずなのに。スネイプの脳裏を、金髪の少年の言葉がよぎった。あんな、自分の半分ほどの年の少年の言葉が、スネイプの胸に重くのしかかっていた。
『は先生の生徒なのですから。そのことをどうかお忘れなく』
耳の奥で少年の声が残響していた。少年に従うわけではないが、スネイプは自ら自制の道へ戻ろうと努めた。それが自分のためでもあり、何より彼女のためでもあると信じ。そのために、スネイプは今彼女にかけられる言葉の中で、最も残酷な言葉を選んだ。
「すまない。・・・気の迷いだ。忘れてくれ」
その一言で、が地獄の底へと堕ちるであろうことは容易に想像できた。それでも、それ以外の言葉を選ぶことはできなかった。の顔を見ることすらできなかった。そんな自分が情けないとすら思えた。
彼女はどんな顔をしているのだろう。きっと大粒の涙を流して泣いているのだろう。スネイプの頭の中で、様々な想いが渦巻いた。だが、その全ての予想を裏切る言葉がスネイプの耳に届いた。
「そんなに簡単に、あなたのことを忘れられません」
小さな、だが澄んだ声では答えた。スネイプの所業を咎めるでもなく、軽蔑するわけでもなく、の声はいつもと変わらず清々しかった。
「忘れたくない。私は、・・・自分に嘘をつきたくありません」
スネイプはようやくを見下ろすことができた。の目にまだ僅かに涙が溜まってはいたが、目はうっすらと微笑んでいた。スネイプの目を、真っ直ぐに見つめ返していた。
「私は、あなたが好きです。この気持ちに正直になりたい」
スネイプは彼女から目をそらすことができなかった。
「我輩に、何を期待しても無駄になるだけだ」
「そうでしょうか。先生はまだ、私の気持ちに答えられていません」
「答えなど、決まっている。我輩は、」
「待ってください」
は細い手を伸ばし、スネイプの口の前で止めた。の瞳は、「まだ言わないで」と告げていた。スネイプはその手を振り払ってまで口を開こうとはしなかった。
「待って。今すぐでなくていいんです。・・・1%でもいい。もし、先生の心に迷いがあるのなら、結論が出るまで待たせてほしいんです。それまでは、私も今までどおりに振る舞います」
1%の賭けだった。もし、スネイプが100%を生徒としてしか見ていないのならば、それは仕方がないと諦められた。ただ、は賭けてみたかった。スネイプがしてくれたキスに、夢を見たかった。
スネイプは、厳しい表情でを見下ろし告げた。
「君は、・・・・我輩の生徒だ」
「はい。そしてあなたは、・・・・私の先生です」
もまた、同じようにスネイプに返した。スネイプに期待を押しつけるつもりはなかった。ただ、いつまでも待とうとは思った。スネイプはから顔をそらすと、一つため息をついた。そして、
「少し、時間をくれ」
スネイプはの顔を見ずに、そう告げた。それだけで、は十分だった。は苦しみから解き放たれたような、安堵に満ちた笑みを浮かべた。
「はい・・・。いつまでも、待ちます」
スネイプは最後に一度、をちらりと視界に入れると、奥の椅子に腰掛け、くるりと向きを変えてに背を向けてしまった。今日はもう相手にしてもらえないのだと察し、はスネイプが見ていないのを承知で深く一礼した。
「今夜は、お誘いいただきましてありがとうございました。失礼します」
短く礼を言い、は静かに部屋を出ていった。
硬質な足音が地下牢から遠ざかっていくのを耳にしながら、スネイプは椅子の背もたれに寄りかかり、大きなため息をついた。両手で顔を覆い、低い唸り声を上げた。
自分のことは忘れろと、決別させる気で告げた冷たい言葉。だが彼女は悲しい顔をするどころか、スネイプの深層心理にまで投げかけてきた。彼女が、こんなにも強い少女だなんて知らなかった。それに対して自分は、
「無様、・・・だな」
指の隙間から、天井を見上げた。今の自分はどんな顔をしているのだろうか。彼女のように、毅然とした表情をしているのだろうか。否。
(・・・・どうすればいい)
まさか、自分がこんなにも脆い精神の持ち主だとは思わなかった。情けないと、スネイプは自分を叱咤し、舌打ちした。それに比べて彼女は、すぐに壊れてしまいそうな儚い印象だったのだが、
「強いのだな、・・・君は」
ぽつりと漏らした言葉が、静かな部屋に響き渡った。誰もいない部屋には、彼女が纏う桃の残り香が微かに漂っていた。目をつむってもまるで彼女がそこにいるようで、スネイプは暗闇の中、一度だけ彼女の名を呼んだ。
「・・・」
返事が返ってくることは、なかった。
スリザリンの女子寮へと戻ったは、自室のベッドに顔をうずめ、小さな身体を丸めてうずくまっていた。床に落とされた白いドレスと蒼いリボンが、窓から差し込む月の光に照らされていた。
はシーツをきつく握りしめ、嗚咽を噛み殺した。
(わかった・・・・。わかったよ、ハーマイオニー。これが、)
「好き、・・なんだね」
の呟きは、暗闇へと吸い込まれていった。の問いかけに答えてくれる人はいなかった。
「どうしよう・・・。もう、・・・戻れないよ」
自分の気持ちに気づいてしまった。もう後戻りはできない。後は、彼に残してきた答えを待つだけだった。彼がイエスと答えても、ノーと答えても、に待っているのは幸せではなかったが、それでもいいとは思った。それでも、
「好き・・・・。あなたが、好きです・・・」
閉じた瞼の裏に映る人は、ひとりだけだった。再び溢れ出した涙は、真っ白なシーツへと落ちて吸い込まれていった。
地下の研究室へと続く廊下の曲がり角に、一人の少年が座りこんでいた。今さっき、白いドレスを纏った少女が通り過ぎていくのを、壁の陰から見送ったところだった。グリフィンドールの悪戯な双子によって眠らされたが、くしくもお姫様のキスで呪いが解けてしまった少年は、彼女の後を追ってここへ辿り着いた。
そして、少年が最も恐れていたことが現実となってしまった。彼女は、自分の手の中に収めるはずだったのに。出会ったときから、いつも傍にいて見つめてきたのに。
誰にも渡したくなどなかった。
どうしようもないほどの憤りが少年の心を埋め尽くしていた。少年は、きつく握りしめた拳を冷たい壁に打ち付けた。
「・・・・・・・・ちくしょうっ!!」
皮膚が裂け、赤い血が幾筋も流れ落ちた。それでも構わず、少年は行き場のない怒りを自分の拳に込め、何度も壁を叩いた。
『さぁ。これで、舞台も役者もそろったよ』
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