ドリーム小説
女の子の悩み
誰にも知られたくない
心の痛み
体の痛み
だからお願い
今はそっとしておいて
■ 魔女の条件 〜The Love of the Maiden〜 <5> ■
が入学してからもうすぐ3ヶ月が経つ。今は11月下旬。かなり寒さが厳しくなってきていた。
も、すっかり学園生活に慣れていた。教室や廊下、大広間、ときにはクィディッチの応援中にまでいろんな人に声をかけられた。そのため、今や全寮全学年に交友が広がっていた。さらにテストでも驚くほどの好成績を出し、教師からの人望も厚かった。
わずか数ヶ月間で、彼女の人気は不動のものとなっていた。
だがそんな彼女にも、職員間ではある噂が立ちのぼっていた。それは、「・が時折無断で授業を欠席する」というものだった。彼女の場合、筆記試験による高い成績がそれをカバーしていたため大した問題ではなかったが、それでも無視することはできなかった。
「と、いうわけなんですよ。スネイプ先生。まぁ、彼女のことですからそれなりの理由があってのことでしょうが、一応寮監として注意をお願いします」
の飛行術を担当しているマダム・フーチは、スネイプにそう告げると職員室を出ていった。話を聞いたスネイプは、少々驚きを隠せなかった。それもそのはず。はっきり言って、の無断欠席のことなど全く知らなかったのだから。そんな非模範的な生徒には見えなかったから、まさかという想いが強かった。
一方のはと言えば。そんな話をされているとはつゆ知らず、また授業帰りの廊下で声をかけられていた。今度はレイブンクローの6年生。は来る人拒まずの性格のため、初めましての人間にも笑顔で接した。相手の子は、頬を染めて嬉しそうな顔をしている。
だが、これが面白くない人物が一人いた。スリザリンの王子様、ドラコである。正確に言うと、が人気者なのが面白くないのではなく、彼女が人気であるために皆と仲良くするのが面白くないのだ。
「!ハリーとロンと大広間でチェスするんだけど、あなたも来ない?」
時折、ハーマイオニーがを遊びに誘いにやってくることもあった。
「僕、チェスは得意なんだ。一緒にやろうよ」
ロンはに良いところを見せたく、しきりに誘った。だが、は残念そうな顔で笑った。
「ごめんね、ロン。今日はだめなの」
に断られ、ハリーとロンは心底残念そうに眉を下げた。「そっか・・・」と落ち込む二人を他所に、ハーマイオニーはの顔をのぞき込み、あることに気づいた。
「。あなた、ずいぶん顔色が悪いんじゃない?」
同じ女の子同士、目聡く気付くものがあるのだろう。は秘密がばれたときのようにどきりとした。流石はハーマイオニー、と内心感心してしまった。
「うぅん。大丈夫よ」
「そう言われると確かに。そっかぁ。、具合悪いから今日はだめなんだね?」
ロンもまた気遣わしげにに声をかけた。は、心配してくれる友人たちにお礼を言おうとした。だがそれは、なんとも高慢な口調の持ち主によって邪魔されてしまった。
「は僕と約束があるんだ。気安く誘うのはやめてもらおうか」
いつの間に現れたのか、ドラコが鼻高々な表情でそこに立っていた。3人組はあからさまにうんざりした顔になった。
「何よ、マルフォイ。私たちだっての友達よ。そんなこと言われる筋合いないわ」
「口を慎め、グレンジャー。は僕と同じスリザリン生だ。少しは遠慮したらどうだ?」
ドラコは氷のように冷たい笑みをハーマイオニーに向けた。だが、ハーマイオニーも負けじと毅然とした顔で立ち向かった。
「ならば、に選んでもらおう。は僕とこいつらのどちらを選ぶんだ?」
ドラコは自信満々の顔でに選択権を投げた。まるで、絶対に自分を選ぶとわかっているかのように。は鬼気迫る顔で4人に迫られた。だが、おどおどするかと思いきや、当のは意外にもさらりと解答を返した。
「私はどちらも行きたいよ。でもね、昨日からドラコと約束していたから今日はごめんね、みんな」
申し訳なさそうに、だがはっきりとした口調では告げた。迷いのない決断はいっそ潔く、ハーマイオニーたちも納得せざるを得なかった。ただ一つ、ドラコが影でガッツポーズをしているのだけが彼らを苛々させたが。
「さぁ、もう行くぞ。こんなところに長居は無用だ」
ドラコはの手をとるとぐいぐいと引っ張っていった。遠ざかりながらも、は「また誘ってね!」とみんなに声をかけた。
その頃のスネイプはというと、迷っていた。何を迷っていたかというと、彼女に無断欠席のことをどう切り出そうかであった。以前、彼女が残した謎の言葉がスネイプの脳内をリフレインしていた。
『あまり私に関わらない方が・・・いいですよ』
あれからも、は魔法薬学の助手としていつも通りに振舞っていた。彼女がひた隠しにしている秘密とは一体何なのだ。グルグルと視線を巡らせ、ふと廊下の窓から見える外を眺めた。そこに、見知った生徒を二人見つけた。・とドラコ・マルフォイがクィディッチ競技場に行くところだった。
「(そうか。今日はスリザリンの練習日か)」
明らかにドラコがを引っ張っているのがわかる。だが、スネイプは何かが普通と違うことに気づき、眉を寄せた。遠目にも、の足取りがふらついているのがわかった。前を行くドラコは気づいていないようだ。
「(何をしているのだ、まったく)」
気づくとスネイプの足は、自然とクィディッチ競技場へと向いていた。
そもそも、ドラコがにこぎ着けた約束というのは、クィディッチの練習を見に来てほしいというものだった。
「油断も隙もない奴らだ。だから僕は君がグリフィンドールと仲良くするのは嫌だったんだ」
ドラコはユニフォームに着替えて出て来ると開口一番に不満を言った。
「わぁ、ドラコ。やっぱり似合うね」
そんな彼の想いとは裏腹に、はそのユニフォーム姿を見て両手を合わせて微笑んだ。彼女の可愛らしい笑顔に、不平を漏らしていたドラコの顔もついつい緩んでしまう。
「そ、そうか?やはりな・・・ってそうじゃない!、わかっているのか?」
「大丈夫、わかっているわよ。心配しないで、ドラコ。どの寮の人と仲良くなろうと、私はスリザリン生よ。自分の寮への想いが一番強いわ。それに、ドラコとの約束を無断で破ったりしないわ」
そう言って、はふんわりと笑う。は、時折こちらが驚くほど大人びた笑顔を見せるときがあった。そうなるともうドラコも何も言えない。仕方なく口をつぐんだドラコだったが、明るい屋外での顔を見た瞬間、不本意ながらさっきハーマイオニーが言っていたことを思い出した。
「。本当に顔色悪くないか?」
よく見ると普段白いの肌が今日は透き通って見えた。まじまじと見られ、は困った顔で笑いながら手を振った。
「平気よ。いつもと変わりないわ」
は笑って平然と構えて見せた。ドラコはまだ何か言おうとしたが、キャプテンに呼ばれてしまい、しぶしぶ練習に行った。残されたは、ドラコの姿が見えなくなるとすぐに観覧席に腰を下ろした。
「(ちょっと、・・・つらいかな)」
ふぅと長く苦しそうな息をつくと、はこっそりと自分のお腹を撫でた。
そう、実は、今現在女の子の日なのであった。普通の子よりも症状が重く、貧血を起こして倒れることもしばしばあった。だからできるだけ外出を控えたかったのだが、前々からのドラコとの約束をは痛みを我慢してでも果たすつもりでいた。
練習の小休止にはドラコにタオルを渡した。
「。ちょっと乗ってみないか?僕の箒を貸してやる」
ドラコは手にニンバス2001を持ち、「授業で使うボロ箒とはわけが違うぞ」と誇らしげに鼻を掲げた。は嬉しくもあったが、だが今日ばかりはちょっと困った顔になってしまった。
「あ・・・ありがとう。でも今日は遠慮するね。ほら、私薄着で来てしまったし」
一生懸命断ろうとするが、それがドラコを徐々に不機嫌モードに変えていった。
「ちょっと動けば暖まる。それとも僕の箒じゃ不満か?」
「そんなことないよ。でも・・・」
が断るのにはちゃんとした理由がある。だがドラコに言うことはできず、は戸惑った。こうして肌寒い外気に長時間あてられているだけでも、の顔色は少しずつ悪くなってきていた。痛むお腹をさすり、どうしようかとは迷っていた。
「ミス・」
不意に聞こえた声の方へと2人は振り向いた。競技場の入り口には黒いローブを身に纏ったスネイプが立っていた。
「(スネイプ先生だ・・・)」
はどういうわけか、スネイプの姿を見ただけで胸がどきどきした。まるで、のピンチを救いに来てくれたナイトのように思えたからだ。
「スネイプ先生。何かご用ですか?」
ドラコは、寮監に対していくらかぶっきらぼうな言葉遣いで声をかけた。
「あぁ、ミスター・マルフォイ。練習ご苦労」
だが、スネイプもまた負けないくらい素っ気なく答え、そしてすぐにの方へ向きを変えてしまった。
「ミス・。君に話がある。ついてきたまえ」
それだけ言うと、スネイプはローブを翻し、来た道を足早に戻っていった。
「は、はい。じゃぁね、ドラコ。練習がんばって」
は遅れまいと慌てて足を進めた。だが、不意に手首を掴まれ、は反動で後ろを振り向いた。
「ドラコ?」
ドラコは、何か言い足そうな目でじっとを見つめてきた。そして、いきなりの手を強く引くと、体勢を崩したの頬に軽いキスをした。
「ド、ドラコ!?何するのっ」
は真っ赤になって焦った。もう遥か遠くに行ってしまったスネイプへと視線を送った。今の行為を見られていないか、そればかりがとても気になった。一方でドラコは、しれっとした顔で不敵に笑っていた。
「別に。君が可愛いから、キスしたくなっただけさ」
「な・・・何を馬鹿なことをっ」
「話はどのくらいかかるんだ。遅くなるようなら、僕は先に夕食に行くからな」
ドラコは不敵ね笑みを残し、に背を向けて練習に戻っていった。はわけのわからない行動を取る友人を呆然と見つめていたが、慌ててきびすを返し、スネイプのもとへと走っていった。
ドラコは、一度はに背を向けたが、スネイプのところへと駆けていく彼女の背中をちらりと横目で見送った。ドラコの視線の先には、先程からずっと競技場の入り口に立ち、こちらをうかがっていたスネイプの姿があった。スネイプに見えない角度で、ドラコは勝ち誇ったような笑みを口元に描いて、今度こそ練習へと戻っていった。
は足の長いスネイプの後を一生懸命追いかけた。行き着いた先はスネイプの自室、研究室だった。
「先生。お話って、魔法薬学のことですか?」
奥のデスクの椅子に座るスネイプに、はおずおずと尋ねた。スネイプは長い足を組んで、その上で両手の指を組み合わせて座っていた。
「。単刀直入に聞こう。今日、飛行術のフーチ先生に聞いたが」
飛行術という言葉が出た瞬間、はぴくりと反応を見せた。あぁ、これは何かあるのだなとスネイプは悟った。
「君は飛行術を無断欠席しているらしいな」
どことなく抑揚のないスネイプの声に、は体を強張らせた。
「飛行術だけではない。呪文学、闇の魔術に対する防衛術、変身術。そのうち変身術はマクゴナガル教授の許可が下りているようだが。この4教科を1ヶ月に数回、必ず休むというのはどういうわけかね?」
スネイプの声がすごく冷ややかに聞こえた。それはまるで尋問のようだった。今までに聞いたことのないその声に、は沈黙するしかなかった。
「君ほどの生徒なら多少欠席したところで成績に支障をきたさんだろうが、寮監として注意せんわけにはいかんのだ」
スネイプのいつもより冷たい視線がに突き刺さる。その視線をは真正面から受け止めた。
「スリザリンの生徒たるもの、品行方正な態度を取りたまえ」
「はい。申し訳ありませんでした」
は、小さく頭を下げた。銀色の髪がさらりと流れ落ち、スネイプはその小さな頭を見下ろした。叱られても嫌な顔をひとつせず受け入れる、なんとスリザリンらしくない素直な少女だと思った。スネイプは感心し、そして見落とすことになるのだった。顔を上げたの頬の青白さと、彼女が吐く息がどことなく重いことに。
「話はそれだけだ。もう戻ってよい」
「はい。失礼します」
は再び一礼すると、スネイプに背を向けて扉へ歩み寄った。スネイプもまたに背を向け、奥のデスクに山積みになった書類を手に取った。
がたん、と何かが倒れる音がした。スネイプは振り向き、そして目を見張った。
「!?」
退出したのだと思っていたは、部屋の扉に寄りかかるような形で床に座り込んでいた。スネイプは驚きと焦りに、早足でに歩み寄った。
「、どうしたのだ?」
スネイプはの横に膝をつき、彼女を仰向けにして抱き起こした。そして彼女の顔から血の気が失せているのに気付いた。はスネイプの声に反応し、薄目を開けた。
「すみません・・・・、気にしないで下さい。ただの貧血ですから」
倒れたというのに、こんなときでも少女は薄く笑った。死ぬ間際のような笑い顔に、ゾッとした。は起き上がろうとするが体に全く力が入らなかった。どうしようかと思っていたら、急に体が浮く感覚に襲われた。
「え?・・・あの、・・・先生?」
「じっとしていたまえ」
スネイプに抱き上げられたいうことに気付いたが、にはもう抵抗の声を上げる元気など残っていなかった。スネイプはそのままを奥の部屋の寝室へと連れて行った。きれいに整えられた自分のベッドにを寝かせると、靴を脱がせ毛布をかけた。
「先生・・・私、大丈夫です。マダム・ポンフリーのところに行きますから」
スネイプの匂いに満ちたベッドに寝かされ、は具合が悪いにもかかわらず顔が熱くなるのがわかった。
「貧血なら、ここで少し休んでいけばよかろう」
「でも、ご迷惑です。あの・・・、いつもマダムにお世話になっていることですので」
「一人で立つこともできんのに、保健室まで行くというのかね」
「・・・はい」
「君一人で?またどこかで倒れたらどうするのかね」
「・・・・」
「わかったら、諦めてここで休むことだ」
スネイプの口調は淡々としていたが、をいたわる優しさも感じた。すぐ近くに感じるスネイプの気配が、何故かとても心地よかった。
「ありがとうございます・・・」
小さな声でそれだけ呟くと、は静かに目を閉じた。
どうしてだろう。
どうしてスネイプ先生は、私がピンチのときにいつも助けに来てくれるのだろう。
こんなに助けてもらっているのに、恩返しもできず、隠し事ばかりが増えてしまう。
秘密にしなければいけないことなのに。
どうしてだろう。
本当は知ってほしいと思ってしまうのは。
どうしてだろう。
傍にいて、遠くに行かないでと思ってしまうのは。
が眠ったものと思ったスネイプは、ほっと息をついて部屋を出ようときびすを返した。だが、何かに引っ張られる感じがして、後ろを振り返った。白くか細い指が、スネイプのローブの裾を引っ張っていた。まるで幼い子のような仕草に、思わずスネイプは微笑んでしまいそうになって頬を引き締めた。
「何かね」
できる限り穏やかにスネイプは声をかけた。はスネイプから目をそらし、少し困った顔をしていた。
「あの・・・、」
の頬が、少しずつ赤みを帯びていくのをスネイプは不思議に思った。は意を決したようにスネイプの顔を見上げた。スネイプはただ黙って、その蒼い瞳を見返した。
「聞いていただけませんか・・・、私のこと」
「君のこと?」
スネイプは眉をひそめた。はふぅと一息つくと、視線を泳がせながらおずおずと口を開いた。
「あの・・・お気づきかもしれませんが、私・・・・今ですね、」
「生理かね」
言いづらそうに口ごもりながら告白していたは、スネイプにずばりと言い当てられ、一気に耳を真っ赤にしてスネイプを見上げた。どうしてわかったのかと恥ずかしさにあわあわするに対して、スネイプは腕を組んで当然とばかりに息をついた。
「何故、という顔をしているな」
「・・はい」
「君ぐらいの年頃の女子で、貧血で倒れ、毎回保健室に運ばれることといったら、それぐらいしかなかろう」
何年教員をやっていると思っているのかね、とスネイプは呆れ顔だ。は、それもそうかと納得した。
「それで。我輩に知っておいてほしいことというのは何だね。君の月経周期を知っても、我輩には何のメリットもないが」
「ち、違いますっ。その・・・、知っておいてほしいことというのは・・・これです」
そう言うと、はローブのポケットから自分の杖を取り出した。スネイプは訝しんだ。
「何をするつもりだね。攻撃するというのなら、こちらも容赦はせんが」
「違います違いますっ。その・・・見ていてください」
は小さく息を吸い込むと、集中を高めて呪文を唱えた。スネイプは眉をひそめてそれを見守った。
「ルーモス、光よ」
それは子供でも使える初級の魔法だった。呪文の詠唱は綺麗でよどみなく、が持っている杖先に青白い光が灯るはずだった。だが、その場には何の変化もなく、が杖を振っても何も変わらなかった。スネイプは眉を寄せて、杖からへと視線を移した。
「どういうことだね」
「こういうこと、なんです」
は苦笑し、事情を話した。
よく魔法使いの物語や古いおとぎ話などの中で、月経中の魔女が魔法が使えなくなることがある。月の満ち欠けが、魔女の魔力に影響を及ぼすためと言われている。だが、実際にはそんなことはない。魔女も体調に関係なく、普通に魔法を使えるのが現実だ。
がスネイプに話した体の秘密。月経中に、一時的にスクイブ(魔法が使えない魔法使い)になるという事例は、現実世界では聞いたことがなかった。スネイプは顎をさすり、不可思議な顔でを見下ろした。
「この時期だけは、魔力が一切なくなってしまうんです。それこそ、マグル同然に」
「それでかね。魔力を使う授業を休んでいたのは」
「はい」
飛行術、呪文学、変身術、防衛術。これらは、魔力がなければ扱えない術だ。スネイプは、の無断欠席の理由に納得できた。だが、わからないこともあった。
「何故、マクゴナガル教授には話をしたのかね。寮監である我輩ではなく」
「失礼しました。母がマクゴナガル先生の教え子だったらしくて、入学前に事情を話してくれたんです」
そこでは一息ついた。毛布の上に置かれた握り拳に、僅かな力がこもるのをスネイプは見逃さなかった。
「先生は以前、この年になるまで学校に行っていなかったのかとおっしゃいましたね」
「あぁ」
その理由を、はスネイプに話した。その内容に、スネイプは目を丸くした。
は、まだ言葉も話せない赤ん坊の頃から魔法が使えたのだという。ただ魔力は安定せず、感情が極端に高まったときだけ爆発的な力を示したのだという。それは学校に通える10歳になったときもまだ安定することはなく、学校という大勢の人がいて感情のコントロールが複雑な場所へは危険で近づけられないと、両親がの入学を断ったのだった。
「学校にはまだ行かせられないと言われたとき、私は家の中で大泣きして、部屋の中の物の半分以上を魔法で吹き飛ばして壊してしまいました」
はそのときのことを思いだし、苦笑いした。そして体が成長し、初潮を迎えてようやく安定して魔法が使えるようになったのだった。話を聞いたスネイプは、なるほどと頷いた。
「そうか。わかった。そういうことならば、各授業の先生方には我輩から伝えておこう」
「え?」
ちょっと不安な顔をするをスネイプは鋭く察知した。心配そうな顔のを見下ろし、スネイプはふっと柔らかい表情を向けた。スネイプがそんな顔をするなんて思ってもみなかったは、思わず心臓が跳ねた。
「ばらすわけではない。欠席の許可証を書いてやる。そうすれば出席扱いになるであろう?」
「本当ですか?・・・嬉しいです」
はころころと表情を変え、花がほころぶような顔で安堵に笑った。のその顔を見ただけで、どうしてだろう、スネイプはよかったと心から思えた。スネイプは、にゆっくり休むよう言い、きびすを返した。
「あの、・・・・スネイプ先生」
だが、に呼びかけられ、スネイプは振り返らずに立ち止まった。そのまま続きを促すと、はおずおずと言葉を続けた。
「先生は、・・・・どうしてそんなに優しくしてくださるんですか?」
思ってもみなった言葉に、スネイプはしばし沈黙した。頭の回転の速い彼だから、いくらでも嘘の答えは出せた。だがどうしてか、彼女の前で自分を偽りたくはないと自身が呟いた。スネイプは微かに首を動かし、を横目にいれた。は、スネイプの横顔を見つめた。スネイプは淡々とした口調で、短く一言を告げると、ローブを翻し部屋を出て行った。ぱたりと扉が閉まると、しばし部屋は静寂に包まれた。
「・・・え・・・?」
の小さな呟きだけが聞こえ、そしてそれも薄闇の中へと消えていった。暖かなオレンジ色のランプに照らされながら、の頬はほんのりと赤く染まっていた。
スネイプは部屋を出ると、夕食をとろうと大広間へ向かっていた。冷たい廊下を抜け、大広間が見えてきた。大広間の扉は片方だけ開け放たれており、中の暖かな灯りが零れていた。その閉じた方の扉に、見知った少年が寄りかかっていた。
プラチナブロンドのスリザリン生、ドラコ・マルフォイ。
「どうかしたのかね?ミスター・マルフォイ」
スネイプが声をかけると、ドラコは珍しくスネイプに冷たい口調で話しかけた。
「先生。はどうしたのですか?」
ドラコの口調がいつもと違うことにスネイプは気づいたが、気にした様子もなく平然と答えた。
「具合が悪くなり休んでいる。心配することはない」
自分の部屋にいることはふせ、スネイプはドラコの横をすり抜けようとした。だが、ドラコは唇の端をあげると、意味深な言葉をスネイプに投げかけた。
「そう言われましても、心配してしまいますよ。は体が弱くて、どこで何が起こるかわかりませんし」
それだけなら、好きな女の子を心配する少年の発言だった。スネイプに冷や汗を流させたのは、ドラコの続きの言葉。
「何より心配なのは、僕の知らないところで、・・・例えば保健室などで、の寮監が彼女に手を出してしまうかもしれないということですかね」
ドラコの声には、幾分か笑い声が含まれていた。その声が言っていた。「僕は知っているのだ」と。スネイプの背中を嫌な汗が流れ落ちた。だが、それを悟られないよう、スネイプは心を閉ざし、表情も一切変えることはなかった。
「何の話かね」
「とぼけるつもりでしたら、それでも構いませんよ。ですが、これだけは言っておきます。僕は彼女に対して本気ですよ」
スネイプの背中に、ドラコの声は鋭く突き刺さった。ドラコの声は真剣そのものだった。
「品行方正を重んじるスリザリンで、スキャンダルはまずいですよね。ねぇ、スネイプ先生。一応言っておきますが、は先生の生徒なのですから。そのことをどうかお忘れなく」
スネイプを横目で捕らえるドラコの顔は、おもしろそうに笑っていた。失礼しますと言い残すと、ドラコは軽い足取りでその場を去っていった。一方でスネイプはしばらくその場に立ち尽くしていた。その顔はいつもとは比べられないほど蒼白で厳しいものだった。
はスネイプの部屋でおとなしく寝ていたため、顔色もずっと良くなっていた。スネイプの香りがする毛布に鼻を埋め、毛布の中で小さな体を丸めた。さっきスネイプが去り際に残していった言葉を、何度も思い出していた。
嬉しかった。
純粋に、嬉しかった。
まさか、スネイプがそんなことを言ってくれるなんて思ってもいなかったから。
嬉しかった。
それなのに、の顔には幾ばくかの苦悩がかいま見えた。はゆっくりと両手を動かし、自らの顔を両手で覆った。
(どうしよう・・・どうしよう・・・、・・・・・・・・・・どうしよう)
胸がドキドキした。スネイプのことを考えるだけで、心臓が痛いくらいドキドキした。嬉しいはずの痛みなのに、は罪悪感を覚えていた。
(先生・・・。私は、・・・・・恋をしちゃいけない女の子なんですよ)
だから、
『君のことが放っておけないのだ』
そんな優しい言葉、かけないで。耳の奥に響いて鳴り止まない、甘く苦い久遠の声に、は幸せと苦しみを抱えて体を小さく丸めた。
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