ドリーム小説
赤い糸なんて信じてないけど
虫の知らせなんて疑わしいけど
今だけ感じた
私とあなたの間にある見えない何か
■ 魔女の条件 〜The Love of the Maiden〜 <3> ■
意識が朦朧としていた。
足の痛みも麻痺し始めていた。
あまりの静寂さに、嫌な記憶が蘇っていった。
もっと冷静に考えなくちゃ。
どうしてこんなことになったんだっけ。
「あぁ、もう。夕食始まっちゃってるよ!」
本日の授業も全て終わり、は愚痴をこぼしながら階段を駆け下りていた。
が入学してから早2ヶ月。他寮にもたくさんの友達ができていた。というか、放っておいてもはいろんな人から話しかけられるのだた。魔法薬学の助手にもなり、は学校に入る前とは比べ物にならないほど充実した日々を送っていた。スネイプの助手になってからというもの、何度も彼の部屋を訪れることになった。の魔法薬学の知識はスネイプが思っていた以上のもので、その方面のことで2人は良い話し相手になっていた。だがお互いその距離が近づいても自分たちの気持ちの変調には気付いていないようだった。
退屈ともいえるほど穏やかな日常が流れていた。だが、事件は唐突に訪れた。
本日のの最後の授業は、呪文学。どうしてもわからないところがあったため、は授業後に先生のところに質問に行った。呪文学はとしては理解できないまま放っておくわけにはいかない授業であった。ドラコが、
「終わるまで待っている」
と言ってくれたが、長引きそうだったため先に夕食に行ってもらった。そんなわけで夕食に遅刻する羽目になったのだった。ドラコが不機嫌になると後々大変である。は階段をダッシュで駆け下りていた。
そのときだ。急ぎ駆け下りるの目の前に、何かが唐突に現れた。
『よぉ、スリザリンのお姫様。そんなに急いでどぉこ行くのぉ???』
「ピーブズ!?」
悪戯好きのゴースト、ピーブズだった。実はピーブズ、幽霊にもかかわらず生徒同様が気に入っており、いつも突然現れては彼女をからかっているのである。いくらピーブズが幽霊で通り抜けられるとわかっていても、いきなり出てこられたら驚く。目の前が一瞬霞がかり反射的には目を瞑ってしまった。自分でも危ないと悟り目を開けたときには、足先に階段を踏む感触はなかった。
「きゃぁっ!!」
反転する視界。耳に届く荷物の散らばる音。体のあちこちに走る鈍い衝撃。
それは時間にすれば数秒だったのだろうが、には随分長い時間に感じられた。恐る恐る目を開けると、目の前に広がるのは惨状だった。持っていた本と杖は床や階段途中に散らばっている。体のあちこちが痛いし、視界に赤いものが入ってくる。自分の両膝から流れる大量の血には小さな悲鳴を上げ、顔をしかめた。震える細い足をほんの少し動かせば、
「いっ・・た、」
僅かな動きで足首に激痛が走った。立ち上がることはおろか、ぴくりとも動かせない。
「・・・どうしよう・・・・誰か」
助けを呼ぼうとして気付く。今は夕食時で全員大広間に集まっている。しかもここは人がめったに通らない場所。運の悪いことに動く絵も1枚もかかっていない。まるで時が止まっているかのような錯覚に陥った。の身体をぶるりと嫌な悪寒が走った。
その頃、大広間ではがいないことに不審がる者が数名いた。
スリザリン寮では、が遅いことにドラコは不機嫌になっていた。
「ねぇ、ドラコ。は?」
斜向かいに座るパンジーに話しかけられても、ドラコは仏頂面で返事をした。
「呪文学のことで先生に質問があるらしい」
ぶっきらぼうに返して、つまらなそうにベーコンにフォークを刺した。
また、グリフィンドール寮では、のこととなると目聡いロンが彼女の不在に気付いた。
「あれ?スリザリンのテーブルにがいない」
ハリーとハーマイオニーもスリザリンの方を振り返った。
「本当だ。どうしたのかな?」
「具合でも悪いのかしら?」
「「監禁でもされているのかしら??」」
どこから出てきたのかさらっと口を挟む双子。何気ない双子の言葉に3人組は笑顔で固まった。
「「「・・・・換金?」」」
「「うぅん。監禁♪」」
漢字で遊ぶ、陽気な双子だった。その後3人はパニックを起こし、グリフィンドールのテーブルは一時的に嵐となった。
教師席では、
「何やらグリフィンドールがうるさいですねぇ」
フリットウィックの言葉にマクゴナガルの額に青筋が立っていた。
「ねぇ、スネイプ先生?・・・・おや?」
もぐもぐと口を動かすフリットウィックの隣には、スネイプの姿はなかった。彼の席には、食べかけの皿だけが残されていた。
『どうして?ママ。どうしてあたしだけ学校にいけないの?』
「。それはね、」
『どうしてあたしだけ魔法をつかっちゃダメなの?』
「・・・そうよね。も使いたいわよね」
『ねぇ。どうしてだれかを好きになっちゃいけないの?』
「・・・・・」
『いや。ひとりでいるのはいやなの』
「・・・・」
『もう誰もいない部屋でまつのはいやなの。・・・・・ママ?』
「・・・・・っ」
『ママ?ママ?どうして泣いてるの?』
「、・・・・・ごめんね」
重い瞼を押し開くと、目の前が霞んでいた。頬を伝う熱い雫に、自分が泣いていることに気づき、はあわてて目を拭った。
「・・・もう30分くらい経ったかな」
激痛で気絶してから、実際には10分ほどしか経っていなかった。あまりの静けさが彼女の頭に嫌な記憶を蘇らせていた。
「(・・・嫌なこと思い出しちゃった)」
家に置いてきたはずの記憶。14年間という長い、永遠のような孤独。独りになるとたまに思い出すことがあった。緩んでいた涙腺が、また熱い水を流し始めた。
「・・・やっぱり、独りは怖いや」
泣いたことで何かが切れてしまったのだろう。の蒼い両目から、はたはたと涙がこぼれ落ちた。14歳にもなって泣いているところなんか見られたら恥ずかしすぎると頭ではわかっていても涙は止まらなかった。思考もうまく働かなかった。それは本当に無意識だった。幼子の防衛本能とでもいうのか。は自分でも気付かないうちに、今一番傍にいてほしい人の名前を、彼の名を口に出して呼んでいた。
「・・・・・助けて、・・・スネイプ先生」
来るはずがないとわかっていながら呼んだのに、一体誰が私の想いを彼のもとへと届けてくれたのだろう。
「、いるか!?」
大声で自分を呼ぶ、彼の声が聞こえた。
呼ばれたそれが自分の名であることを理解するのには数秒の時間を要した。まさか、本当に声が返ってくるとは思ってもいなかったから、いきなり聞こえてきたその叫びには顔を上げ、涙で滲んだ目をぱちくりさせた。たった今自分が名前を呼んだ人が息を切らしてこちらに走ってくるのが見えた。
「スネイプ・・・先生」
は嬉しいのと訳がわからないの混乱した。息を切らせるスネイプは、の怪我を見るなり顔をしかめた。彼女の白い肌が、赤い血で真っ赤に染まっていた。
「、平気か。どうしたのだ、これは?」
スネイプはの横に膝をつき、彼女の上半身をそっと抱き起こした。
「いっ!」
足を動かすと、の口から悲痛の声が漏れた。足首から下がおかしな方向を向いているのに気付き、スネイプは一層顔を歪めた。
「骨折しているな。膝も深くえぐれている。すぐにマダム・ポンフリーに診せる必要があるな」
スネイプは杖を一振りすると、散らばっていた本などをまとめて消した。その間、はずっとうつむいていた。
「どうかしたか?」
スネイプは気遣いながらそっと声をかけた。顔をのぞき込むと、は声を出さずに大粒の涙を流して。その姿はとても美しく、だがとても儚かった。
「そんなに痛むのかね」
スネイプの問いに、は首を横に振った。
「ごめんなさい・・・。あの・・嬉しくて、」
「嬉しい?」
「はい・・・。まさか、本当に先生が来てくれるなんて思わなかったから」
は泣きながらも薄い笑みを浮かべてスネイプを見上げた。
「どうしてですか」
「なに?」
「どうして、私がここにいるとわかったのですか」
に問いかけられ、スネイプは答えることができなかった。答えなど、考えても見つからなかった。どうしてがここにいるとわかったのかなんて、スネイプ自身が知りたいことだった。
「当たり前だ。我輩は君の寮監であるからな」
スネイプは適当にあしらい、から視線をそらしてしまった。はスネイプが言いにくそうにしていることを察し、それ以上は訊かなかった。くすりと笑うと、か細い声で「ありがとうございます」と礼を告げた。それからスネイプはを抱きかかえ、すぐに保健室へ向かった。
は保健室へと運ばれ、ベッドに寝かせられてマダム・ポンフリーの治療を受けた。
「全治1週間ですね。きれいに骨折していますから、すぐ治りますよ。それに発見も早かったですから」
は入り口付近に立つスネイプに視線を送った。だが、目が合うとすぐにふいっと目をそらされてしまった。スネイプのその仕草が何だか憎めなくて、はくすくすと笑ってしまった。
全ての治療が終わると、ようやくスネイプはに声をかけた。
「後で痛み止めの薬を調合して持ってくる。それを飲むように」
スネイプはそれだけ言うと、すぐに保健室を出ていってしまった。は痛み止めがすごく苦いことを知っているため、彼の厚意は嬉しかったが、ちょっと顔をしかめた。それを見たマダムがくすりと笑った。
「スネイプ先生がご自分からお薬の調合を申し出るなんて、珍しいことなのよ。あなた気に入られているのね」
マダムの何気ない言葉に、の頬はほんのりと赤く染まった。
「ゆっくりお休みなさい」
マダムはの布団をぽんぽんっと叩くと、保健室を出ていった。また一人になってしまったが、は不思議ともう寂しさを感じはしなかった。柔らかな毛布の感触に眠気を誘われ、はそのまま眠りに入ってしまった。
しばらくして、スネイプは片手にゴブレットを持って保健室に戻ってきた。マダムは食事中のようで、保健室には誰もいなかった。一つだけカーテンが閉まっているベッドがあった。スネイプはカーテンに手をかけると、できるだけ音を立てないようにしてスライドさせた。
「。痛み止めの薬を持ってきたが、」
からの返事はなかった。代わりに静かな寝息が返ってきた。はすやすやと眠りに落ちていた。スネイプは何度か瞬きし、そして表情を和らげた。
「寝顔はまだまだ子どもだな」
スネイプは苦笑し、備え付けのテーブルにゴブレットを置くとベッド脇の椅子に腰掛けた。静かに寝入る少女を見下ろした。組み分けのとき以来、何かと生徒の注目になってはいるが、寝顔や普段の快活な笑顔だけ見れば、まだあどけない少女に過ぎなかった。抱き上げたときの軽すぎる細い体。大人びた雰囲気と、時折見せる切なげな表情。何が彼女にあんな顔をさせるのか、スネイプには見当もつかなかった。そしてスネイプは、今更ながらに考えていた。
『どうして、私がここにいるとわかったのですか』
どうして彼女があそこにいるのがわかったのか。彼女にも問いかけられたが、考えてもわからなかった。
ただ、強く感じたのだ。
が泣いている、と。
「(本当に、・・・君は誰なのだ)」
スネイプはの額にかかった前髪をそっと横へ払ってやった。
「(我輩と君は・・・・見えない何かでつながっているとでもいうのか)」
虫の知らせが、こんなにも正確なわけがない。誰かの魔法か、はたまた呪いか何かか。
「どうなのだね?」
聞いても、答えは返ってこなかった。少女の口からは、穏やかな寝息が零れていた。開けられた窓から入る風に乗って、少女から薫る桃の香が部屋を満たしていた。先日、スネイプの胸に倒れ込んできたときにも同じ香りがした。心が安らぐ香りだと思った。彼女を包むその香りが、スネイプを穏やかにした。
そばにいて
何かに誘われるように、気が付くとスネイプは寝ている彼女の唇にそっと口付けていた。それは触れるだけの軽いキス。壊さぬようにそっと押し当てた彼女の唇からは、暖かな温度と柔らかな感触が返ってきた。甘い夢心地に、脳の奥が痺れるようだった。
そのまま、どれほどの時間が経ったことだろう。それは僅か数秒の出来事だった。
現実は突然戻ってきた。
スネイプは我に返ると、勢い良くから顔を離した。その衝撃でスネイプはテーブルに身体をぶつけ、ゴブレットの中身が揺れた。
「(我輩は・・・・今・・何をした?)」
自分のしたことが信じられなかった。鼓動が激しく音を立て、耳にうるさかった。身体の奥に熱が溜まっていくのがわかった。どくんどくんと脈打つ自分の心臓に、痛みさえ覚えた。スネイプは反射的に自分の口元を手で覆い、意味の分からない自分の行動に動揺した。
「(何をしているのだ・・・。30過ぎて欲求不満か・・・?)」
馬鹿なことを、と小さく舌打ちした。泳ぐ視線は不意に少女の顔に行き着く。見ると、目元に涙の雫がたまっていた。
起きたのか。起こしてしまったか。無意識に今の行為を拒絶されたのかもしれない。そう思うと、スネイプの胸は罪悪感とおかしな痛みで埋め尽くされた。せめてもの償いにと、スネイプは目尻についた雫をぬぐおうと彼女の顔へと手を伸ばした。すると、
「・・・・なに・・、?」
ありえないことが起きた。少女の目元に溜まっていた雫が、突然発光しだしたのだ。魔法が発動されたときのような光に、スネイプは焦り警戒した。だが、光がすぐにすぅっとひいていった。光が現れたのは一瞬で、スネイプは呆然としての顔を見下ろした。
「なんだったのだ・・・」
訳が分からぬままでいると、スネイプは不可思議なものを発見した。の目尻、たった今光を発した場所に、先程まではなかったものが存在していた。
「これは・・・、」
ほんの金平糖ほどの大きさのそれを指先でつまみ上げると、スネイプは目の高さまで持ち上げ、それをしげしげと眺めた。それは、
「金剛石、か?」
世界で最も貴重とされる石。発掘されるのも稀で、ましてや魔法で作り上げることは不可能とされる石だった。しかし今スネイプが手にするそれは、まぎれもなくの涙が石化したもの。
「・・・どういうことだ」
目の前で起きた不可思議な現象。そんなこととは無関係とばかりに安らかに眠る少女。スネイプは顔をしかめ、をじっと見下ろした。
目の前で起こったことに気を取られ、スネイプが気付くことはなかった。
保健室のドアがほんの少し開いていて、そこから一人の少年がずっと保健室を覗いていたことなど。
先程までの話の一部始終とスネイプの行動を、蛇のエンブレムを胸につけた金髪の少年は驚愕と怒りに唇をわななかせながら、ずっと見ていた。
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