ドリーム小説
あの声ならぬ声は彼女のものだったのだろうか
組分け儀式の日以来、無性に落ち着かない
我輩の心を乱すのは 一体
■ 魔女の条件 〜The Love of the Maiden〜 <2> ■
「急げ、ロン!次の授業はスネイプだぞ!!」
「わかってるよ!1分でも遅刻したらやばいからな!」
もうお決まりの光景というか、名物というか。朝の廊下をハリーとロンはローブを振り乱しながら走っていた。息を切らしながら教室の前まで辿り着くと、そっとドアを押し開けた。
「((・・・・・・セーフか?))」
「ほぉ。学年が上がっても相変わらずか。それほどまでに我輩の授業がお嫌いですかな。ミスター・ポッター、それにミスター・ウィーズリー」
「「・・・・・・・」」
待ち構えていたスネイプは、2人にここぞとばかりに嫌みを吐いた。ハリーとロンは蛇ににらまれた蛙状態である。
「グリフィンドール、5点減点」
「((・・・・・やっぱり))」
2人は仲良くそろって肩を落とした。
「はは。いい気味だ。今日は一日気分がいい」
ドラコはその様子をいつものように最前列から嘲笑っていた。しかも隣にはちゃっかり、を座らせて。
は、グリフィンドールの2人が減点される様子を物珍しげに見ていた。母からは生活態度によって寮の点が加減されるとは聞いていたが、本当にそうだとは思わなかった。
「厳しいのね、スネイプ先生って」
まだホグワーツの生活に不慣れなは、自分の寮監の性格に少し緊張していた。ドラコは不敵な笑みを浮かべる。
「あぁ、特にグリフィンドールにはね」
「どうして?」
は不思議だという感じで首を僅かに傾ける。それはの癖で、小動物を思わせるその仕草はとても可愛らしく、ドラコは思わずどきりとした。
「スリザリンとグリフィンドールは敵対関係にあるのさ。あいつらとは関わらない方がいい。特にはな」
「どうして?」
「あいつらは愚かで幼稚な奴らだからな。が声をかけたりしたら、舞い上がって大変なことになる」
その心の中では、「あいつらにを独占なんてさせるか」と思っているドラコだったが、あえて本音は口に出さないでおいた。ドラコの発言にはちょっと寂しそうな顔をした。
「でも私、グリフィンドールの人とも話してみたいな。だめかな?」
には、思うところがあった。いろいろな人と話をしたい、交流したいという、学校に入ったらやりたいことがたくさんあった。そんなの想いが表情に出て、ドラコにも何となく伝わった。そんな顔をされたら、流石のドラコも何も言えなかった。
「ぅ・・・ま、まぁ君がそうしたいのなら構わないが。でも。自分が誇り高いスリザリン生であることは忘れるなよ」
ドラコは王子様気質を存分に発揮して言ったつもりだが、にはそれは効かないようだった。逆に満面の笑みで返されてしまった。
「うん!ありがと、ドラコ」
「(う・・・かわいい)」
どうやってもに勝てないドラコであった。
半ば緊張気味に迎えた初めての魔法薬学の授業。は最前列でスネイプの講義を受けた。
組み分け儀式のときは遥か遠くにいたスネイプが、今はの目の前にいた。相変わらず黒い服に身を包み、少し長めの黒い癖毛が表情を暗くしている。だが、彼から溢れ出る厳格なオーラが地下教室と生徒の体感温度を低くしていた。そんな空気の中でも、だがは、
「(今日は何をするのかな)」
割りとうきうきしていた。
「今日は促進剤の実習を行う」
スネイプの言葉に教室内がにわかにざわついた。「何だその薬は?」という囁きが各方面から漏れた。
「さて4年生の諸君。我輩は当然のことと考えているのだが、もちろん君たちはこの薬について予習してきているのだろうな」
そんなスネイプの発言に教室内は、しーん・・・と静まりかえってしまった。沈黙が耳に痛い。生徒たちの心中をもちろん承知の上でスネイプは続けた。
「なるほど。基本過ぎて今更答える気にもならないというわけか。結構。では訊こう。促進剤の精製法が言える者はいるか」
スネイプの質問に手を上げたのはお決まりのハーマイオニーのみだった。また今年も彼女だけかとスネイプは面白くなさそうな顔をした。当然のように、グリフィンドールである彼女は無視の方向で教室内に視線を巡らせた。そして、自分の目の前の少女がおずおずと手を上げているのに気づいた。
「ほぉ。ミス・。よろしい、答えてみたまえ」
「は、はい」
指されたは一度何かを考えるように左上を見つめた。周りの視線すべてがに注がれていた。大勢が注目する中で、の唇がゆっくりと開いた。そして、その場にいた全ての者が耳を疑った。
「促進剤とは、それを使用する対象物の成長速度を一時的に速める薬です。調合の仕方が多種多様で、基礎材料は鷹の眼と乾燥させたニガヨモギ。そこに加えるものによって、様々なものの成長を促進させます。例えば、山羊の角の粉末で植物を促進させ、他には黒曜石と蜥蜴の血で髪の毛を促進させることができます。使い方によっては作物の促成栽培など利点がありますがその反面危険度も高く、1709年には一般人が飼っていたドラゴンに使用したことで危うく大災害にまでなりかけた例もありますし、それから、」
書物を読んでいるようなよどみない回答だった。スネイプも生徒も驚きに声が出せなかった。まだ回答を続けようとする少女にスネイプは慌ててストップをかけた。
「あぁ、もう結構。・・・我輩が望んでいた以上の答えだ」
ハーマイオニーは呆然としているし、ドラコは隣で目を見開いていた。
「素晴らしい。スリザリンに20点」
少し多いのでは?と思われる加点だったが、スネイプの贔屓には皆もう慣れっこであったし、の秀でた学力を目の当たりにした人々は、みな納得できる加点だった。一方では、
「(わ・・・、褒められた)」
しばし呆然としていたが、加点されてやっと実感がわいたらしい。僅かにあった緊張もなくなり、は無意識にスネイプに笑顔を向けていた。初めて間近で見る噂の少女の笑顔。スネイプは恐れられることこそあれ、こんなにも邪気のない笑みを向けられることはほとんどない。スネイプは慌てて目をそらし、ひとつ咳をして誤魔化した。
その日の放課後。
ハリー、ロン、ハーマイオニーは全ての授業を終え、談話室へ向かって歩いていた。
「ったく。しょっぱなから贔屓しまくりやがって、スネイプの野郎」
ロンが口を尖らせてぐちぐち不満を漏らしていた。いつもなら、そこにハーマイオニーが「本当よね!」と賛同するのだが、意外にも今日は、
「あら。でもさんの答えは完璧以上のものよ。スネイプとはいえ、あの高得点は納得いくわ」
ハーマイオニーは悔しがるわけでもなく、大真面目な顔で納得していた。ロンもハリーも、拍子抜けしてしまう。
「ふーん・・・そんなもんかね」
ロンはつまらなそうだった。
「あーぁ。早く冬休み来ないかなぁ」
などとぼやいていたときだ。不意に誰かに肩を叩かれ、ロンは振り向いた。
「誰?」
フレッドかジョージだと思い、やる気のない目でぶっきらぼうに答えた。だがそこにいたのは、
「こ、こんにちは」
噂の美少女。ロンは思わず開眼していた。
「・!」
「は、はい」
ロンの大きな声に、はびっくりした顔をした。だがすぐに3人に向けてにっこりと微笑んだ。最初に肩を叩かれたロンは、その可愛らしさにボンッと真っ赤になった。
「僕たちに何か用?」
平静を失っているであろうロンに代わり、ハリーが声をかけた。
「突然ごめんなさい。あのね。3人のことを寮の子から聞いてね。もしよければ、一緒にお話したいなぁと思ったんです」
知らない人に話しかけるのに慣れていないのか、気恥ずかしそうには話しかけた。その仕草もまた可愛らしく、3人は顔を見合わせると、思わず笑ってしまった。は、何故3人が笑っているのかわからず、不安になった。
「やっぱりダメかな?スリザリン生と仲良くしてると何かと言われたりします?」
「「「いえいえ全然。むしろ喜んで!」」」
3人は声をそろえ、笑顔で返事を返した。元気いっぱいの3人に受け入れられ、は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
4人は場所を図書館にかえ、テーブルにつくと順番に軽い自己紹介をした。
「ハリー・ポッター?あなたがあの?」
はハリーの名前を聞くと、目を丸くした。最早魔法界ではハリーは時の人。ハリーはもう自分の名前で驚かれることに慣れっこなのか、わずかに苦笑するだけだった。また俄かヒーロー扱いされるのかなと予想していたが、だがは違った。
「本で写真を見たことがあるわ。私と同じ年で新聞や本に載っちゃうなんて、すごいなと思っていたの」
「あんまり良いこと書かれていないだろう。嫌になっちゃうよ」
ハリーは、苦笑いをして本音の一部をこぼした。するとは、
「ハリーはいっぱい苦労してきたのね。だから、そんなに優しく笑えるのね」
「え?」
「お母さんが言っていたわ。この子のように、痛みがわかる人になりなさいって」
はにっこりとハリーに笑いかけた。ハリーはそんなことを言われたのも初めてで、少し驚いた。
「ハリーの目って綺麗ね。透き通った緑色で。お父さんの?」
「いや、母さんの・・・。、ありがとう」
ハリーは思わずお礼を言っていた。照れくさくも、でも心から嬉しいと思った。は、感謝されるようなことを言ったつもりはないらしく、笑顔で首を傾げていた。
すると、を見つめていたハーマイオニーが興味津々といった感じで質問してきた。
「ねぇ。は本当に4年生なの?」
どういう意味の質問だろう。は質問の意味が分からず、頭を回転させた。
「えっと。確かに私、今年15歳になるけど、・・・やっぱり子供っぽいかな」
実は家を出るとき、ご近所さんからも、
「あら、ちゃん。大きくなって。もう1年生になるの?」
と言われてしまったのだ。僅かに肩を落とすに、ハーマイオニーは慌てた。
「違う違う、外見じゃなくて。だって今日の魔法薬学のときのの答え。あれは確か5年生で習うことだわ。私以前パーシーに聞いたことがあるもの」
「パーシー?」
「僕の兄さんだよ。でも確かにさっきのの回答っぷりはすごかったよな」
はそんなことは全く知らなかった。目をきょとんとさせている。
「んー。それはお母さんのおかげかも」
「お母さん?」
「うん。私、入学できるまでずっとお母さんに勉強教わっていたの。でもお母さんもどこまで勉強すればいいのかわからなかったらしくて、教科書という教科書を全部買ってきちゃったの」
慌てん坊の母親を思い出したのか、は苦笑いした。それでハーマイオニーも納得し、ハリーも、
「5年生の分まで勉強しちゃったんだね」
と呆れたような感心したような顔をした。だが、それで終わりではなかった。
「うぅん。実は私、入学前に学力テスト受けたんだけど、7年生のテストに受かっちゃったの」
「「「7年生のテストに!!?」」」
3人は椅子から立ち上がり声をそろえた。ロンに至っては、顎が外れている。大声に反応し、マダム・ピンスがゴホンと咳払いをした。
「うん。やりすぎちゃったみたい」
「じゃぁ、もう卒業できるじゃない」
「まさか。私がお母さんから習ったのは教科書の知識だけなの。飛行術とか魔法生物飼育学とか実践的なことは1年生並だよ。それにね」
ふと、の目が細められた。優しい微笑みの中にわずかな憂いが混じり、その表情は幼さを残した外見からは想像できないとても大人びたものだった。
「私、いろいろあってほとんど外に出られなかったの。同い年の友達とか一人もいなかったから。だから今皆とおしゃべりできて本当に嬉しいの」
ハリーもロンもハーマイオニーも、のその笑顔に彼女の純粋さをひしひしと感じた。感情的なハーマイオニーは彼女のいじらしさに胸が締め付けられた。
「、私たち寮は違うけれどもう友達よ!困ったことがあったら何でも言うのよ?」
ハーマイオニーは感動したときの癖で、をぎゅっと抱きしめた。ハリーとロンがうらやましそうに見ているのも知らずに。
「ありがと、ハーマイオニー。同い年なのに、何だかお姉ちゃんができたみたい」
初めて受ける友達からの抱擁に、は胸がいっぱいになった。
「そうだよ、。マルフォイやスネイプに何かされたらすぐ言えよ!」
ロンの言葉には何か強い怨念のようなものがこもっていた。その言葉に、逆にはキョトンとした。
「ドラコにスネイプ先生?どうして?皆良い人だけど」
はロンの言葉の意味が分からないようで、目をぱちくりさせていた。その様子を見て、3人は遠い目をして思った。
「「「(あぁ、って本当に純粋なんだなぁ)」」」
3人が恍惚としていると、新たな野次馬たちが群がってきた。
「「あぁ!!ずるいぞ、ハーマイオニー!!」」
本当にどこからやってくるのか、タイミングよく現れたのはグリフィンドール名物の双子たちだった。静かな図書館が一気にうるさくなり、マダム・ピンスの額には青筋が浮き出ていた。
「「はじめまして、スリザリンの姫君」」
右手を胸に、
「僕はフレッド・ウィーズリー」
左手を胸に、
「僕はジョージ・ウィーズリー」
双子は順番に自己紹介をした。
「「どうぞお見知りおきを!!」」
2人はに向かって恭しく一礼した。は2人を交互に何度も見つめると、関心深く笑った。
「姫なんて呼ばれたの、初めてです。こちらこそどうぞよろしくね」
は椅子から立ち上がると、騎士に挨拶するようにスカートの裾を摘んでお辞儀をした。そんな返しができるなんて思ってもいなかった双子は目を輝かせた。
「「おぉ・・・まさしく我らが待ち望んでいた姫だ!!」」
いつから待っていたんだという突っ込みはなしの方向で。組み分けで覗きしてたじゃないかというのもなしの方向で。
「私、双子さんって初めて。本当にそっくりね」
「僕の兄さんたちだよ。まだ上に3人も兄さんがいるし、一つ下にジニーっていう妹もいるんだ。みんなグリフィンドールさ」
「いいなぁ、兄弟。私は一人っ子だから」
うらやましそうなに、
「ちょっとうるさいけどね」
とロンは苦笑した。
「「それでは姫君!いつでもグリフィンドールへお越しください!!」」
双子はまた一礼すると、身をかがめの両側からそれぞれ頬にキスをした。そして何食わぬ顔で図書館を去っていった。は初めてのことに真っ赤になって両頬を押さえた。ハリーとロンは絶句し、ハーマイオニーは、
「やられたわね」
と苦笑した。
小一時間ほど談話したところで、そろそろお開きということになった。4人は図書館の前で別方向へと足を向けた。
「今日は本当にありがとう。これからも授業で一緒になるし、よろしくね」
「あ。待って、!」
帰り際のに、ロンは最後に一つと興味津々な目を向けた。
「聞いてみたかったんだ」
「なに?いいよ、何でも言って?」
はにっこりと笑ってロンに続きを促した。
「あのさ、どうしては4年生まで入学できなかったの?」
ロンは本当に悪気はなく、ただの好奇心で問いかけた。だが、それが踏み込んではいけないプライベートな部分だとわかっているハーマイオニーはため息をつき、
「ロン。そんなこと、聞くものじゃないわ」
とロンを叱咤した。ロンは指摘されて気づき、気まずい顔をした。
「え!あ・・・ごめん、」
「。言いたくないことは言わなくていいのよ」
ロンは、ごめんと頭をかき、ハーマイオニーもフォローに回った。は、笑顔で首を横に振った。
「うぅん。いいの。気になるのはわかるわ。きっと、ロンと同じことを思っている人は、他にもいっぱいいるわ」
そしては、ゆっくりと瞼を伏せ、悲しげな顔をした。3人は固唾をのんで見守った。
「・・・私ね。生まれたときに悪い魔女に呪いをかけられたの」
「え・・・」
「私が生まれたとき、魔女が言ったの。この子は14歳になったとき、下界に出て運命の人と出会い、そして死ぬことになると」
「・・・」
「それは、・・・本当に」
「本当よ。だから、呪いを恐れた両親は、私のことを高い塔の上にかくまった」
真剣な顔で聞いていたハリーとロンは、ごくりと生唾を飲み込み、ハーマイオニーは「おや?」と何かに気づいた。
「そして、ある日王子様が現れてね。私のところへせっせと絹糸を運んでくれて、」
「その糸ではしごを編んで、塔からの脱出を図ったと」
「そう。でも計画は魔女にばれてしまってね、」
「。OK、OK。もういいわ。流石にこの2人ももう気づいたから」
ハーマイオニーは苦笑し、に目配せした。見ると、ロンとハリーはじとぉっという目でを見つめていた。は、思わず肩を揺らして笑ってしまった。
「ごめんね。ハリー、ロン」
「・・・・僕らをからかったんだね」
「あはは!ごめんね。本気にされるとは思ってなかったから」
は楽しそうに笑って目の端にたまった涙をぬぐった。
「ちぇ。結局、の秘密は謎のままか」
「ロン!さっき私が言ったこと、もう忘れたの?を困らせるようなことはダメよ」
姉と弟のようなハーマイオニーとロンが微笑ましくて、はくすりと笑った。
「秘密にするほど重要なことじゃないの。ただ、ちょっと病気がちで家に篭っていたの。今は全然平気なんだけどね」
は肩をすくめて、軽い口調でそう告げた。
「ロン、納得した?」
「うん。したした。そういうことか」
なるほどねぇと頷く3人に、は笑みを向けた。ただ、その笑みがほんの少し愁いを帯びていることに気付いた者はいなかった。
3人に手を振って別れると、はスリザリン寮へと向かった。扉の前で合言葉を言おうと口を開いたときだった。
「」
「はひ!」
あまりに突然に後ろから名前を呼ばれたため、びっくりして声が裏返ってしまった。無駄に恥ずかしく、は頬を赤らめた。そろそろと後ろを振り返るとそこには、
「そんなに驚かなくてもよろしい」
「・・はい」
背筋をピンと伸ばした、の寮監が立っていた。
「まぁよい。それよりも、ちょっと来たまえ」
「はい・・・?」
何だろうと疑問に思ったときには、すでにスネイプはローブを翻していた。
「え・・。あのっ」
はスネイプを追いかけるような形で、地下牢へと続く道をついていった。次第に廊下は薄暗くなっていき、幽霊でも出そうな雰囲気だ。と思っていたら、
『スネイプ殿がこのような可愛らしい客人を連れ立つとは。誠に珍事ですな』
本当に出た。血みどろのゴーストが天井付近を彷徨っていた。
「こんばんは、男爵」
『善い夜ですな、嬢』
2人の親しげな会話にスネイプは振り返らずに驚いていた。いつの間にこんなに仲良くなったのだろう。だが何となく納得できた。という少女の生まれ持った不思議な魅力は、ゴーストまでも惹きつけるのだろう。
しばらくして血みどろ男爵は消え、2人はスネイプの研究室兼部屋へと着いた。重そうな扉を前に、は訳がわからず胸がドキドキしていた。
「入りたまえ」
スネイプは扉を開けてを中に導き入れた。中は薄暗く、橙色のランプが灯っていて、まるで年中ハロウィンのような雰囲気だった。部屋の両側には本棚やら実験器具の棚やら薬品棚が並び、ホルマリン漬けも置いてあった。はっきり言って、年頃の女の子なら1秒で逃げ出したくなる部屋だ。だが平然とするに、スネイプは少し感心していた。
「この部屋が怖くはないのかね」
怯えるかもしれないというスネイプの危惧は、の変らぬ笑みで一掃された。
「はい。平気です」
「風変わりな娘だな」
スネイプはふむと頷いたが、は何のことやら首を傾げるばかり。ソファーに座るようを促し、自分も向かい側に腰掛けて足を組んだ。
「早速だが、君が入学直前に受けた試験の結果を見せてもらった」
「はい」
「大変素晴らしいものだった。今日の授業の回答で再確認させてもらった」
「恐縮です」
は素直にお礼を言って微笑んだ。の笑顔を見ると、不意にスネイプの胸に組み分け儀式のときの動揺が走った。表情に出ないよう、わざとらしく咳払いをして誤魔化した。
「魔法薬学に関してのみ言えば、7年生の首席よりも上だ。それでだ。これは我輩からの提案なのだが」
「はい」
「君はもう、4年生の授業を受けなくてもよい」
「え・・・?」
スネイプの言っていることの意味がよくわからなかった。生徒であるが授業を受けなくていいとはどういうことなのか。
「それは、・・・つまり」
「今後は、魔法薬学の授業には出なくともいいということだ。もちろん定期試験は受けてもらうが、まぁ問題ないだろう」
「そう、・・ですか」
それはの実力を買っての授業免除ということである。そのことはすごく嬉しかった。だがスネイプの授業を受けられない。そのことの方がなぜかの頭に引っかかった。何だか寂しかった。その気持ちが顔に出てしまったのだろう。
「何だね、その顔は?」
今にも泣きそうな顔をしているにスネイプは思わず声をかけた。
「(我輩はそんなひどいことを言ったのか?)」
「(スネイプ先生の授業、楽しかったのに。・・・もっと受けたかったなぁ)」
家で勉強していたときも一番好きな教科だった。今日もスネイプに褒めてもらえてすごく嬉しかった。母親以外から勉強のことで褒められたことのないだからこそ尚更だ。思い切って授業免除の権利を拒否しようかと考えていた。
「話はまだ終わりではない。むしろここからが本題でな」
「はい・・・」
「我輩は君のその高い知識を買っている。そこで、君に我輩の授業の助手を頼みたいのだが」
「はい。・・・・・はい!?」
「嫌かね?」
スネイプが冗談を言うようには見えなかった。真剣な顔のスネイプを、は目を丸くして見つめた。
「魔法薬学は数ある教科の中でも最も複雑で繊細な学問だ。教えられる者はおろか、作業を手伝える者も少ない。君の魔法薬学の試験結果を見る限り、十分その力がある。もちろんやるかやらないかは自由だが」
「こ、光栄です。是非やらせてください!」
の興奮は態度によく出ていた。それはスネイプの発言を半ばで断ち切るほどで、は目を輝かせて身を乗り出した。突然押し迫られ、スネイプは僅かに身を引いた。
「そ、そうかね。(組み分けのときは随分大人びた少女だと思っていたが)」
食いつきの良さに、意外と子供らしい面を見て、なんだか微笑ましかった。
「了承してくれるかね。こちらもありがたい。ではこれからは用があるときは梟で連絡するゆえ、十分注意しておいてくれ」
「はい。頑張ります!よろしくお願いします!」
気合い十分では反動をつけてソファーから立ち上がった。彼女の気合は、物の見事に空回りするのだった。が立ち上がった瞬間、
ふみっ
何かを踏んだ。と思ったら、それは自分の黒いローブで、まるでお約束のようにはバランスを失い、前のめりに倒れこんだ。スローモーションで倒れながら、はスネイプが焦った顔をしているのを見た。
「ど、どいてくださーいっ!!」
「ぉ、おい!?」
転ぶと脳が瞬時に判断し、は思わず目をギュッと瞑った。ばふっという音とともに顔面に柔らかな衝撃が走る。「痛い!」と叫ぼうとしたが、だが予想したひどい痛みはなかった。代わりに頬に柔らかな感触と暖かい温度、微かな薬草の薫りがした。
「・・・い・・たくない」
思わず出た言葉とともに薄っすらと目を開けると、目の前は真っ暗だった。「なぜ夜?」と不思議に思っているのすぐ頭上から声が降ってきた。
「平気かね?」
「え?」
何がどうなっているのかわからず、は声がした方に顔を上げた。そして自分の顔のすぐ真上にスネイプの顔があることに気付いた。暗いと思ったのはスネイプの漆黒のローブ。座っているスネイプに真上から覆いかぶさる感じで倒れたのだった。密着する身体と身体。スネイプの膝を割ってソファーに膝を付く。傍から見れば、それは恋人同士の抱擁のような格好だった。男性との触れ合いに免疫のないの頭はパニック状態となった。
「怪我がないのなら、そろそろどいてくれないかね」
スネイプの溜め息が額にかかり、の銀糸を揺らした。は胸がバクバクいうのを抑えようと自分のローブの胸元を鷲づかみにした。
「ごごごごめんなさい!!失礼しましたっ!」
はもうまともにスネイプの顔を見ることができず、顔を真っ赤にして部屋を飛び出した。
自分の失態があまりにもドジで情けなくて恥ずかしくて、顔から火が出そうだった。は全速力で廊下を駆け抜けた。
「(最悪!!)」
がむしゃらに走って、気が付くともう目の前はスリザリン寮だった。
「、遅かったじゃないか。もう夕食だぞ」
談話室に着くと不満気なドラコに迎えられた。と話す時間がなかったためピリピリしている。クラッブとゴイルが八つ当たりを受けたらしく、後ろで小さくなっていた。
「・・・ドラコ」
「ん?どうかしたのか?」
何だか慌てたようなをドラコは不思議そうに見つめた。そして妙に彼女の顔が赤いことに気付くと、
「、顔が赤いぞ。風邪か?」
「え!?」
真正面からまじまじと見られ、は今さっきのスネイプの部屋での失態を思い出した。ドラコは片眉を上げて不審そうに見ていた。
「何でもない、大丈夫だよ!・・・そうだ、ドラコ。ご飯食べに行こう!」
は半ば無理矢理ドラコを引きずる形で談話室を出た。ドラコに見られないように、熱い頬をペチペチと叩きながら。
「(次、先生に会ったときどんな顔すればいいんだろう・・・)」
組み分けの儀式ではとても遠かった彼の顔。間近で見たスネイプの顔は端整で機知が滲み出ていて、堂々とした姿や広い胸は大人の男性のものだった。
「(な、何を思い出してるのっ)」
頬の熱が治まらない。恥ずかしくてたまらない。鈍臭いバカな子だと思われたかもしれない、とそればかりが心配だった。
がまだ気付くことはなかった、自分の心の奥の気持ちに。
その頃、研究室では。
「・・・・おかしい」
たった一人の少女の一挙手一投足に、あの表情に、心を乱される者がいた。事故とはいえ、さきほど胸に飛び込まれたときも、彼女の小さな体を支えて至近距離で見上げられたときも、スネイプの心臓は壊れんばかりに鼓動が脈打っていた。
「(我輩は、一体どうしてしまったのだ)」
彼もまた気付くことはなかった、自分の本当の気持ちに。
そしてその翌日から。新たに可愛らしい助手の付いた魔法薬学は、生徒に大変な反響を呼んだのだった。
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