ドリーム小説
『今夜0時00分。北塔にて待つ』
その先にあるのは救いの神からの啓示か
それとも悪魔からの死の宣告か
■ 魔女の条件 〜The Love of the Maiden〜 <27> ■
北塔の最上階へ続く石の階段を登りながら、やけに暗い夜だと感じた。そして空を見上げて、スネイプは今夜が新月であることを思い出した。同時に、月の満ち欠けに悩まされる古い知人―――ほんの一年前までこの学校で闇の魔術に対する防衛術を教えていた鳶色の髪の男のことを思いだし、スネイプは「なぜこんなときに奴の顔が」と心中で悪態をつく。月のない夜空にあるのは無数の星ばかりで、いつもよりも色濃い闇が広がっていた。スネイプはけして軽いとはいえない足取りで北塔最上階、占い学のトレローニー教授の根城を目指した。あの紙切れの待ち合わせを警戒する気持ちもあったが、それ以上にスネイプは自分の性格と合わないトレローニーの城に赴くことが嫌だった。根拠のない占術に自信たっぷりにぐだぐだと持論を語る、痩せたトンボのような女になど、できることなら会いたくなどない。いよいよ最上階に辿り着き、スネイプは扉をノックした。中から「どうぞ」と神経質な声が返ってきて、スネイプは目を閉じて苦々しい表情でため息をつく。
「失礼、夜分遅く」
静かに扉を開くと、きらびやかな服を着たトレローニーが正面の絨毯の上に胡座をかき、組んだ足の上に置いた水晶に両手をかざしていた。トレローニーは意外な人物の訪問にトンボのような眼鏡の奥の目を丸くする。
「まぁ珍しい、スネイプ先生。このような時間に子のような場所に、一体何のご用ですの?」
「・・・・・」
神経質そうな女の声を聞いただけでスネイプの眉間の皺が数本増えた。更には部屋を満たすむわっとした空気と立ちこめるシェリー酒の香りに吐き気すら覚えた。一秒でも早くこの部屋を出たい。何故こんなところへ来てしまったのだろうと今更ながらに後悔した。
「いえ、実は奇妙な手紙を受け取りまして。今夜この場所に来るようにとの指示だったのですが、・・・やはり悪戯だったようですな」
スネイプの言葉を黙って聞いていたトレローニーは、水晶にかざした手をそのままにじっとスネイプをトンボ眼鏡越しに見つめた。
「えぇ、そうでしょうとも。ここは占術者が精神を高めるために作られたホグワーツ内で最も高い場所。神からの託宣を授かる場所。深夜の待ち合わせに使用されるような場所ではございません。それがわかっていらっしゃれば、そのような手紙は悪戯だとスネイプ先生ならばすぐにおわかりになると思いますが」
「・・・・・・・・」
改めて、こんなところまで来た自分は愚かだとスネイプは自分自身を叱咤した。気を緩めれば歯ぎしりを起こしてしまいそうな自我を抑え、引きつった笑みをトレローニーに浮かべる。ぎりぎりと拳を固め、スネイプは「誠にその通りですな・・・」と平静を装って答えた。そしてくるりときびすを返し、
「失礼する」
と扉のノブに手をかけた。そのとき、背後でカチッと何かが動く作動音がした。だが一刻も早くここを去りたいスネイプは気にした様子もなくノブを半分以上回した。
部屋の隅のテーブル上に置かれた太陽系をかたどった模型が、カチ・カチ・カチ・カチと少しずつ惑星を動かしていく音が室内に響いた。太陽を囲み何重も円を描く太陽系の惑星たちが、数ミリずつその位置をずらし、―――今まさに、全ての惑星が一直線上に並ぼうとしていた。
そんなことにスネイプが気付くことはない。半分以上回したノブを押し、部屋を出ようとしている。だが、奇妙なことにドアは押してもビクともしない。ノブは回れども扉は動かない。スネイプは積もる苛々についには舌打ちをし、トレローニーに抗議すべく再び彼女の方を振り返った。トレローニー教授、こちらの扉には一体どのような高等魔法がかけられているので?そのぐらいの嫌味を言ってやろうと口を開いたスネイプは、だがトレローニーの姿を見るや、開いた口を閉じて目の前で胡座をかく魔女を凝視した。スネイプの正面に座る魔女は先程までの猫背をピンと伸ばし、静かに目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をしていた。
「・・・・・」
その姿は、今し方までここにいたトレローニーのものとは思えぬほど高貴なオーラを醸し出していた。まるで「本物の占術士」のようだった。水晶にかざした両手はそのままに、トレローニーは重い扉を開くようにゆっくりと両眼を細く開いた。そして、扉の前に立ちつくすスネイプを見上げ、にぃっと唇をもたげて笑った。
『スネイプ先生。私のことがわかりますか?』
それは今しがたまで話していたトレローニーの声ではなかった。聞き覚えのある、独特の雰囲気を持つ少女の声。それは、今はもうホグワーツにいない少女の声だった。スネイプは立ちつくしたまま目をむく。そして、女の声から予測するその人物は、・・・
「まさか、・・オリヴィア・ローレンスか?」
ありえないと思った。だがこの魔法界でありえないなどということはありえない。その証拠に、驚きを隠せないスネイプにトレローニーの姿をした魔女は、にぃと品のある猫のように笑って見せた。それはあの少女の笑い方そのものだった。
『お久しぶりですわ。元気にしていらっしゃいました?、と問いたいところですが、お顔を拝見する限りそうではないようですわね』
まるで全てがわかっているかのように、少女オリヴィア・ローレンスは微笑む。スネイプは、目の前に座るトレローニーの体にオリヴィアが乗り移っているということは理解できたが、それ以外のことは全くわからなかった。何故オリヴィアがこんな時間にこの場所に、・・・・・そう考え、スネイプはハッとした。
「あのメッセージは君からかね」
『えぇ。本当ならば直接私が赴きたかったのですが、時間がなかったもので校長先生にお願いしました』
「どういうことだ・・・。なぜ君が、」
『スネイプ先生。残念ですが時間がありません。何も訊かず、私の話を聞いてくださいますか』
スネイプがオリヴィアに問いたいことはたくさんあった。だが焦るスネイプ以上にオリヴィアは焦っていた。何の説明もされないまま話だけを聞けというオリヴィアに、スネイプは片眉を上げる。
『今だけトレローニー先生の体をお借りしています。占術に長けた者同士でないとこの術は不可能なのです。それも長くは保ちません』
トレローニーが占術に長けた者であるという発言にスネイプは苦々しげな顔をしたが、今はそんなことに気を取られている場合ではなさそうだ。スネイプは小さく舌打ちをうった。
「単刀直入に話したまえ。我輩に何の用だね」
苛々しているスネイプに、オリヴィアは静かに微笑む。そして、目を閉じてゆっくりと開くと、一瞬で表情を変えた。人を魅惑するような愛らしい笑顔を消し、少女はホグワーツ最高峰の占術者オリヴィア・ローレンスへと姿を変えた。
『セブルス・スネイプ。あなたに授けます。・を救う、唯一無二の救世の詩を』
その言葉に、正確には彼女の口から出たの名にスネイプは鋭く反応した。
「を救う?!君はの状態を知っているのか・・・!?何故だ」
『存じておりますわ。の誕生とともにかけられた死の呪い。あの子がどんな想いでこれまで過ごしてきたのかも、すべて』
オリヴィアは哀しげに目を細める。占術の魔女と崇められる彼女の力はスネイプもよく分かっていた。だから彼女の言葉がはったりだとは思えなかった。オリヴィアはのすべてを理解している。の過去も未来も現在も。スネイプは床に座すオリヴィアをじっと見下ろした。
「どういうことだ。君は一体、何者なのだ・・・」
スネイプはオリヴィアの言葉を待った。オリヴィアは両手の中に置いた水晶をじっと見つめていた。そして『急がなければ。時間が迫っています』と、水晶には手を触れず、両手を左右にかざし、まるで引力で引っ張り上げるかのように水晶を眼前に浮かせた。
「ローレンス・・!」
『すべては、選ばれし者たちの戦いなのです。あの子が―――が死の呪いを受ける者として生まれてきた仔なら、それと対となる者も存在します。それが私です。私は、を闇から救うために生まれてきた者。私が天から授かった占術の力と千里眼は、死の呪いを受けた少女を見守り、時が来たときにその子の呪詛を解く鍵となる詩を謳うため』
―――すべては、この時のために
オリヴィアの口調がどんどん速くなっていく。彼女が焦っているのがスネイプにも伝わってきた。眼前に浮かせた水晶の中で、白い渦が無規則に漂って絡み合っていくのがスネイプにも見えた。
「彼女を、・・・を助けることができるのか。本当に、・・・君に」
それまでただ扉の前に立ちつくしていたスネイプは、ようやくその場を離れオリヴィアの元へと足を進めた。にわかには信じられない。オリヴィアが言うことが真実かどうか調べる時間もない。何の保証もなく、元生徒のこんな突拍子もない話を信じるほどスネイプは愚かではない。だがスネイプの足は一歩一歩とオリヴィアに近づいていた。まるですがるように。迷うスネイプの心を、オリヴィアはすべて理解していた。
『スネイプ先生。私はすべてをお話ししました。後は、・・・あなたが私を信じてくださるしかないのです』
水晶を浮かすオリヴィアの頬を汗が流れ落ちていく。精神を集中させるのにかなりの力を使っていた。もう時間がない。オリヴィアは端正な顔を歪ませ、スネイプの心に訴えた。
『スネイプ先生』
「・・・・・」
スネイプはオリヴィアの前にゆっくりと片膝をつくと、顔を上げて彼女の眼を見つめた。借り物のトレローニーの姿の向こうに、深い海のような蒼い瞳を見た。それはスネイプが愛する少女と同じ色。その瞳の奥に、愛しい少女の哀しげな笑みを見た気がした。スネイプはゆっくりと瞼を伏せる。
「・・・・わかった」
恥も外聞も関係ない。生徒に助けを請うなど普段の自分だったら死んでもしないだろう。だがそんなもの、唯一つの何物にも換えられない者を救うためなら、幾らでも捨ててやろう。
「君を信じよう。・・・教えてくれ。彼女を救う方法を」
スネイプはじっとオリヴィアの目を見つめた。不安も迷いもない、真っ直ぐな眼差しを。オリヴィアは初めて見るスネイプの真剣な表情に少しだけ驚き、それから満足そうに微笑んだ。
『この日この瞬間が訪れるのを、もうずっと待っていました。永遠という時間の中、今日この時にしか謳うことを許されない詩があります。これを逃せば、次に訪れるのは何百年先になるかわかりません。今から一度だけ謳う、その詩の真意を解くことができれば、は助かりますわ』
オリヴィアは水晶の奥を見つめた。ゆらゆらと揺れる白い渦が徐々に光り始め、細い銀糸へと形を変えていく。そして銀色の糸は意志があるかのようにその姿を文字へと変えていった。ただじっと水晶を見つめるオリヴィアをスネイプも見守る。彼女から運命の詩が唱えられるのを静かに待った。
『スネイプ先生』
不意に呼ばれ、遂にその時が来たのかとスネイプは肩を強張らせた。だがオリヴィアは水晶から目を離し、目の前に跪くスネイプと目を合わせると、今までとは違う哀しげな笑い方をした。その笑い方がに似ていて、スネイプの胸が僅かに軋んだ。
『は、本当にあなたのことを大切に想っていますわ』
あなたと出逢ってから、心の底からあなたのことだけを愛し続けた少女がいます
たとえ命が尽きる運命だとわかっていても、それでもあなただけを愛し続けた
彼女の愛は穢れることなく純粋で、無垢で、そして強い
命を賭した彼女の愛を受けて、あなたは・・・
『あなたは、を愛してくださいますか』
死を覚悟でスネイプを愛するを想い、その健気な愛を想い、オリヴィアの蒼い瞳は揺れた。
『あなたは、・・・を、・・・・を』
「ローレンス」
オリヴィアの言葉を遮ったのは、やけに落ち着いたスネイプの声だった。オリヴィアは揺らぐ視界の中で、スネイプがうっすらと笑っているのを見た。そして、少し低めの体温が自分の目元を拭うのを感じた。
「君は他の誰でもなく、我輩をここへ呼んだ。それを問うのは愚問であろう」
オリヴィアの涙を拭うスネイプは、もう笑ってこそいないがひどく穏やかだった。オリヴィアの前で静かに目を閉じ、まるで何かに誓うように告げた。
「彼女を―――・を愛している。永劫この想いが変わることはない」
スネイプの言葉に応えるかのように、太陽系の模型が最後の駒を動かした。僅かにずれていた星々が一直線上に並んだ瞬間、オリヴィアの手中に浮かぶ水晶の中で、はっきりと銀色の糸が詩を形作っていった。オリヴィアの唇がゆっくりとその詩を謳う。
*
太陽系の模型が、何事もなかったかのように音を立てて動き出した。一直線に並んでいた星がバラバラに散らばっていく。それと同時に、宙に浮いていた水晶がごとりを重い音を立てて絨毯の上に落ちた。落ちた水晶の両側に手をつき、オリヴィアは肩で息を整える。水晶の上に、彼女の汗の雫がぽたぽたと落ちていった。
『お伝えできることはすべて伝えました。後は、・・・スネイプ先生あなたにかかっていますわ』
絞り出すような声には疲労が色濃く見えた。スネイプはゆっくりと立ち上がり、肩で息をするオリヴィアを見下ろした。オリヴィアは長い髪の合間から見える彼の靴がきびすを返したのを見て、静かに目を閉じた。そして、
「感謝する。ローレンス」
予想もしていなかった言葉に、オリヴィアは弾かれたように顔を上げる。スネイプと目が合う。初めて見る、スネイプの穏やかな笑顔。張りつめていたオリヴィアの心が緩んでいった。ローブを翻し部屋を去ろうとするスネイプに、オリヴィアは今一度声をかけた。スネイプは首だけをめぐらせ、彼女を見つめる。
『私もあの子を愛しています。ですが、私はあの子のそばにはいてあげられません。今あの子のそばに必要なのは私ではない、他の誰でもない・・・・、スネイプ先生あなたです。先生、どうかあの子を、・・・を、』
―――助けてやってください・・・
冷静で荒ぶる姿など見せない占術の女神が見せた雨の雫。両手で顔を覆い、オリヴィアは静かに涙を流し続けた。16年という長い歳月、一人の少女の運命を背負って生き続けた気丈な魔女が見せた儚い涙、その雨は薄暗い部屋の中でしとしとと降り続けた。零れ落ちる涙が水晶に降り注ぐ。スネイプはその姿を優しく見守った。
「失礼する。君はもう少し休むといい。後は、・・・我輩に任せたまえ」
スネイプはその眼差しに決意を秘め、静かに部屋を後にした。
銀色の糸が 運命の詩を紡ぐ
The sun sets, and the moon rises ――― 日が沈み 月が昇る
The fire burns, and the water flows ――― 火が灯り 水が流れる
The tree sprouts, and then it grows ripe ――― 木が萌え そして金色の実をつける
Bury it under the earth, if so the sun rises again ――― 土に埋めよ 日はまた昇る
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