ドリーム小説
14年前の雪の降る日
年若い夫婦の間に一人の女の子が生まれた
それがこの物語の始まり
■ 魔女の条件 〜The Love of the Maiden〜 <25> ■
イギリスの厳しい冬の最中、とある町医者の待合室で一人の男―――男というよりはまだ若い少年は今か今かと待ち続けていた。もう何時間もそわそわして落ち着かない彼の様子を、通り過ぎる看護婦たちは「困ったお父さんね」と微笑ましく見守っていた。少年は手を組み替えたり、立ったり座ったり、何をしても落ち着かない。だがそれは突然に、少年の耳に待ちわびた声が聞こえてきた。扉越しに聞こえてくるのは、赤ん坊の元気な産声。見つめる先の扉が開き、看護婦が笑顔で少年のもとに走ってやってきた。
「さん、お生まれになりましたよ。元気な女の子です」
看護婦の言葉に少年はしばしその場で固まり、そして一気に安堵が全身を満たした。何時間もの間ためていた息を思いきり天井に吐き出し、少年は堪えきれない笑顔を顔いっぱいに浮かべて分娩室へと入っていった。
アイリーンは胸に抱いた赤ん坊にそっと指を伸ばした。すると赤ん坊はその指を未熟な手できゅっと握り返してきた。それだけでアイリーンは全身の疲労が和らいだ。生まれたばかりの我が子を愛しげに見つめる。程なくして看護婦に呼ばれた父親となる少年が分娩室に入ってきた。少し目が赤いのは気のせいではないだろう。少年は生まれたばかりの赤ん坊を見るや、顔をぐしゃぐしゃにして笑った。そんな姿を見てアイリーンも疲労の濃い顔に笑顔を浮かべた。
今生まれた子の母となる者の名をアイリーン、父となる者の名をエリックといった。ともに18歳。年若い夫婦だった。2人はホグワーツ卒業と同時に結婚した。というのも、卒業してすぐにアイリーンが妊娠しているのがわかったのだ。2人は恋人から夫婦となり、お腹の子を産むことを決心した。
愛し合う2人の間に生まれたのは、可愛らしい女の子。2人は、娘に自分たちと同じように愛する人を見つけ、その人と普通の恋をしてほしいと、心からそう願った。
看護婦が医師を呼びに分娩室を後にしていった。
「女の子かぁ。嬉しいような、なんていうか」
「なによ、エリック。嬉しくないの?」
アイリーンは微妙な顔をする夫に、何の不満があるのかと問いかけた。するとエリックは、
「だってさぁ。いつかこの子はお嫁に行ってしまうんだろ?それを思うとなぁ」
それは一体何年後のことだというのか。気の早い父親に、アイリーンは思わず噴き出してしまった。
「なんだい?」
「エリックったら。もうそんな先のこと考えているの?」
「悪いかい?」
「ふふ。悪くないけど。でも、この子にも私たちのように幸せな恋をしてほしいじゃない?」
「そうだね」
幸せそうに微笑むアイリーンに、エリックも同じように笑い、小さな赤ん坊の頬を指で突いた。むずがる赤ん坊に頬を緩め、アイリーンはエリックに問いかけた。
「ねぇ、エリック。ところで名前は?この子の名前」
アイリーンは赤ん坊にちらりと視線を向け、それからエリックに視線を戻した。エリックは、待ってましたとばかりに自信満々の顔をした。
「実はもう決めてある。男なら父さんの名を貰おうと思っていたけど」
まだ目の開かない我が子を愛しそうに見つめ、少年は口を開く。
「この子が誰からも愛され幸せになれるよう。・・・この子の名は、」
エリックは実に幸せそうな顔で、幸福の魔法を唱えるかのようにゆっくりと唇を開いた。父の愛に包まれて、その子が呼ばれるはずだった幸せの名前は、だが前触れなく現れた闇に葬られた。
『だよ』
闇が、芽吹く。
光に満ちあふれていた部屋が、一瞬で闇に飲み込まれた。その場にいた誰もがその光景を信じられずにいた。2人の表情が凍り付く。
今声を発したのは誰だ。アイリーンではない、エリックでもない。ならば、今声を発したのは誰だ。幸せな会話に水を差したのは誰だ。
エリックの目が、アイリーンの胸に抱かれている赤ん坊に注がれた。流暢に言葉を発したその赤ん坊に。まだ目も開かず、歯も生えておらず、泣き声をあげることで精一杯のはずの赤ん坊に。その声は愛らしい泣き声からは程遠く、それはまるで何百年も言葉を紡いでいないようなしわがれた老婆の声だった。寂れたオルゴールのような奇怪な声。アイリーンもエリックも言葉を失う。聞き違いであって欲しいと心の底から願った。だが、
『これの名前は。・だよ』
ガラスを爪で引っ掻いたような不快な声が再び部屋を満たした。今度こそ聞き間違いではない。それでも現実から目をそらそうとする者たちに、「それ」は気味悪く喉を震わせて笑った。
『どこを見ている。あたしは此処にいるよ。ねぇ、・・・・マーマ。パーパ』
目も開いていない赤ん坊が、唇を気味の悪い形に歪めて笑う。エリックはぞわりと全身の肌が総毛立つのを感じた。頬を冷たい汗が流れ落ちていく。
『産んでくれてありがとう、マーマ。あたしの名前は、。・だよ。それ以外の名を付けたら、この娘を殺すよ』
赤ん坊は流暢に言葉を紡いでみせた。今さっき母の胎内から抜け出たとは思えぬほどに。エリックは我が子ながらに恐怖した。震える喉からようやく声を絞り出して、我が子の姿を借りた者に話しかけた。
「な・・・なんなんだ、お前はっ?一体何者なんだ・・っ!?」
生まれたばかりの赤子に向かって少年は本気で叫んだ。赤ん坊の姿をした老婆は喉の奥で不気味に笑い、『お前たちの娘だよ』と言った。
『喜ぶがいいよ。これは選ばれた娘だ。我が死の呪いに選ばれた娘だよ』
老婆は実に楽しそうに笑った。
『これに類まれなる知能とあらゆる者を魅了する美貌を与えよう
これは出逢う者すべてから溢れんばかりの愛を与えられるよ』
恐ろしい生き物だった。体に羊水の名残をまとわりつかせて呪いの言葉を吐く不気味な生き物だった。できるものなら今すぐにアイリーンの腕の中から奪い、彼女の見えないところで処分してしまいたかった。だがそんなことは決してできない。これは、この恐ろしい生き物は、・・・2人の娘なのだ。
『幸せだねぇ。幸せだ。神が選びし者にしか与えられん才を、あたしが神の代わりに授けてやろう
ただし、その引き替えとして、時が来たらこの娘のすべてをいただくよ』
「すべて、・・・だと?どういうことだ」
エリックは音を立てて唾を飲み込み、不気味な赤ん坊に問いかけた。赤ん坊は、唇だけで気味悪く笑った。
『なに、簡単なことだよ。この娘が真の幸せを掴んだとき、それをあたしが貰い受けるだけだよ』
幸せを喰う魔女は、にたりと笑う。エリックたちが絶望するのを楽しみにしているかのように。
『この娘はいずれ運命の相手に出逢い、恋に堕ちる。その時が来るまで、全知全能の力と美貌を与えようじゃないか
ただしその日が来たら、この娘は与えられていたすべての力を失い、死ぬことになる』
赤ん坊は『簡単だろう?』とけたけたと笑う。エリックは拳を強く握り、冷や汗を流しながら赤ん坊に食ってかかった。
「・・・なんだ、それは。お前に、・・・お前に何の権利があってこの子の幸せを奪う!?」
エリックは激昂する。それでも赤ん坊は笑うことをやめず、尚一層可笑しそうに笑った。
『権利なんてないよ。あるのは、この娘が背負った運命だけだよ
この娘はね、愛する者と添い遂げられなかった憐れな娘の生まれ変わりなんだよ』
老婆のような声で赤ん坊は言う。『あぁ、可哀想だ、可哀想だ』と嘲笑うかのように。
『真実の愛を求め、魂は永遠に彷徨い続けるんだよ
苦しみの輪廻から救い出してくれる人を待ち続けているんだよ
この運命を乗り越えるには、その人の助けが必要だ』
赤ん坊が笑う。『この気味が悪いほど広い世界で、そんな人に出逢えるとは思えないけどね』と。その狂気に最も近くで触れていたアイリーンは、ついに耐え切れず気を失った。意識を失った母親の腕の中で、赤ん坊はにぃっと唇を釣り上げた。
「アイリーンっ!!」
『でもね、決して幸せになんてさせないよ
この娘は孤独の中で生き地獄を味わうんだ』
次の瞬間、分娩室のすべての灯りが一瞬で消えた。だがそれは本の一瞬のことだった。ただ、その僅かな暗闇の中で、赤ん坊が最後にけたけたと笑う声が室内に不気味に響き渡った。灯りはすぐに戻ってきた。そして、忘れかけていた赤ん坊の愛らしい泣き声も戻ってきた。その泣き声に、医師や看護婦たちが部屋に入ってきた。
「おぉ、元気な泣き声だ。可愛らしい女の子だね」
「・・・・・」
医師は気を失っているアイリーンを診察して、出産による疲れだと診断した。だがそうではないことをエリックは知っている。エリックだけが知っている。看護婦がアイリーンの腕の中から赤ん坊を取り上げてあやした。
「肌が真っ白で雪のようですね。可愛い女の子。名前はもう考えていらっしゃるんですか?」
赤ん坊を抱いた看護婦が何気なくエリックに問いかけた。エリックは赤ん坊をじっと見つめ、震える唇をゆっくりと開いた。この子のために考えていた名前はある。この子が誰からも愛され幸せになれるよう。この子のために用意していた名前は、―――だが闇の底へと沈んで消えていった。
「名前、・・・この子の名前は、」
生まれながらに呪いをかけられた愛しい娘。
美しい銀糸の髪を携え、深海のような蒼い瞳で世界を見つめる。
溢れんばかりの知能と才能に光り輝く。
全ては願わぬ呪いと引き換えに。
その呪われた名は、
「・・・。・、・・・です」
それを聞いて、看護師が「良い名前ですね」と笑う。疲労しきった両親に代わり、看護師たちが赤ん坊の面倒を見てくれた。後から入ってくる看護師たちも、赤ん坊を覗き込み笑顔を零した。
「ちゃんは、きっと美人さんになりますね」
「将来が楽しみですねぇ、お父さん」
そう言いながら、看護師たちがを保育器に移すべく大事に連れて行った。分娩室に残されたエリックはアイリーンのそばに呆然と立ちつくした。ベッドの上で気を失ったままの妻の顔を見下ろし、エリックはがくりと膝を折り床に跪いた。
「・・・・・・っ!」
言葉なんて出ない。ただエリックの頬を、一筋の涙が流れ落ちた。
そんな簡単に受け入れられることではなかった。それでも2人は、我が子の運命を受け止め、全力で彼女を愛し守ることを誓った。
外はまだしんしんと雪が降り続いていた。
*
アイリーンとエリックがの過去を話し終えた後、校長室に重苦しい空気がしばらく流れていた。スネイプはソファーに腰掛けるアイリーンとエリックをちらりと見た。の容姿にまったく似ているところのない両親だった。言ってしまえば、は彼らとは違う、全く別の人間なのだ。呪われた我が子を愛し育ててきた2人の深い想いに、スネイプは胸が痛んだ。
窓の外に視線を向ける。真っ白な粉雪がはらはらと降り続いていた。舞い落ちる雪の中に、スネイプはの笑顔を思い浮かべた。・・・あぁ、そうだ。思えば、出会った頃から彼女の笑い方はひどく儚げだった。
(君は、いつから死を受け入れていたのだ・・・)
その笑顔の裏で、一体どれほどの痛みに耐えていたのだろうか。考えるだけで胸が痛み、今すぐにでも彼女の傍に飛んでいきたいと思った。
昼間にそんな話を聞いたからだろうか。その日の夜、スネイプはまた夢を見た。愛しい彼女の夢だった。夢の中の彼女はスネイプが知っている彼女よりも幼く、あどけない顔立ちをしていた。彼女は家の中から窓枠に手をかけて外を眺めていた。
『。どうかしたの?』
『・・・うん』
『・・・外に、出たいの?』
『・・・うん・・・、ちょっとだけね』
が見つめるその先には、鞄を背負った子どもたちが楽しそうに笑いながら歩いていた。アイリーンは、そんな娘の背中を切ない想いで見つめた。
『・・・学校に行きたい?』
何気なく投げかけたその問いかけに、アイリーンはすぐに後悔した。
『でも、行けないでしょう?』
返ってきたからの返事は無機質で、何の感情も感じられなかった。触れてはいけない部分に触れてしまったとアイリーンは悔いた。母の沈黙を感じ取り、はゆっくりと後ろを振り返ると、アイリーンに向かって薄く笑った。
『冗談よ、お母さん。家で勉強している方が好き』
それは明らかに無理をしている笑顔だった。母を傷つけまいと嘘をつく娘に、アイリーンはたまらなくなって我が子をそっと抱きしめた。そして綺麗な長い髪を何度も撫でた。黒い自分の髪とも、夫の茶色い髪とも似ても似つかない、異端の銀の髪を。
『・・・、』
恋をしてみたい?
問おうとした言葉をアイリーンは言わずに飲み込んだ。そんなことを訊いてどうするというのだ。人と触れ合ったことのないに、そんなことを訊いたってわかるはずがない。そんなわけのわからないもののために、この娘は自由に外に出ることもできないのだ。
は母に抱かれながら外を眺め続ける。窓の外は、と同じくらいの年の子たちの楽しげな声で溢れていた。それを家の中から羨望の目で見つめるは、まるで囚われの身の姫君だ。
あぁ、神様・・・・・あなたはなんて不公平なのでしょうか
――― Thursday ―――
「・・・・・・、」
夢から目覚めると息ができないぐらいの苦しみに襲われ、激しい咳に跳ねるようにベッドから起きあがった。が保健室に運ばれた日から、この苦しみが毎日スネイプを襲っていた。時には夜中に目が覚め、嘔吐することもあった。そのせいで十分な睡眠がとれない。
スネイプは上半身を起こし、額に手を当てて大きく息を吐いた。苦しい。だが病気ではない。おそらくは精神的なものだ。スネイプの中では、一昨日を見捨てるようにして保健室を後にしたことが胸にしこりを残していた。だが、スネイプの胸の中に留まる大きな不安は消えない。
―――は、自分のことを忘れてしまった。
そのことがスネイプの心を焦りや苛立ちで溢れさせる。のことが心配でたまらないはずなのに、愛する自分のことを忘れ去ったという事実がスネイプから冷静さを奪う。
何を考える。こんなもの、の苦しみに比べれば軽いはずなのに。
誰もいない研究室は怖いくらい静かだった。この静けさがスネイプは好きだった。だが、いつからだろう。この静けさの中に、時折暖かな彼女の笑い声が混じることに幸福を感じるようになったのだ。
『スネイプ先生!』
彼女の笑顔が、明るい声が懐かしかった。がいないだけで、自分はこんなにも弱く脆くなるのかとスネイプは自分の弱さを知った。
スネイプはベッドから起きあがると書斎に移り、机の引き出しをそっと開けた。そして何ヶ月も大事に閉まっていた小さな箱を取り出した。そっと蓋を押し開ける。そこには小さな石が一粒仕舞われていた。スネイプはそれを慎重な手つきで取り出し、光にかざした。きらきらと光る金剛石の欠片。それはもうずっと前に彼女の体から流れ結晶化したものだった。アイリーンとエリックが語ったの出生を聞いて、あぁそうなのかもしれないと感じたことがある。これは、の淋しい心が結晶となったものなのかもしれない。スネイプはその石をそっと箱に戻すと、机の奥へと仕舞った。思い出を、彼女を、奥深く、手も届かないようなところへ。
を愛している。何よりも愛している。愛しい。失いたくない。そう思っているのに・・・
「・・・我輩は、・・・どうすればいいのだ・・・・・」
答えが見つからない。彼女を救いたいのに、そばにいたいのに、それすら許されない。震える手で顔を覆い、スネイプは椅子に体を預けた。その葛藤に、答えをくれる者はいなかった。
*
マダム・ポンフリーが新しいシーツを手に保健室に戻ってくると、はベッドの上で上半身を起こして何かを手にとって眺めていた。今は授業中で、ずっと看病し続けているドラコたちもいない。彼らがのそばを離れるとき嵐のように泣きじゃくったのが嘘のように、今は落ち着いた様子でいた。
「。何を見ているの?」
マダムは笑顔でに問いかけた。は手にしていたものを両手で包むと、マダムの方へ腕を伸ばして花開くように両手を開いて見せた。少し荒れた手の中にあったのは、銀色のシンプルなリングだった。
「あら、綺麗なリングね。どうしたの、それ?」
マダムがに話しかける口調は今では幼い子に使うものになっていた。そのぐらいが今のにはちょうどよかった。は腕を戻すと、再びリングを眺めた。
「わからない。首にかかってたの」
「そう。じゃあ、それはのものね。誰かからのプレゼントかしら」
プレゼントされたものだとしたら、そんなものを贈るのはきっと恋人だ。マダムはからかうような口調で、「のいい人?」と笑って訊いた。
「わからない。でも、これしてると痛いのがちょっとだけ治まるの」
は指先でリングを摘み、光にかざした。きらりと光る細いリングの内側に何か文字が掘ってあることにマダムは気付く。
「あら。内側に何か書いてあるわね。なんて書いてあるの?」
はマダムそう言われてリングの内側を覗き込んだ。しげしげと眺めていたが、しばらくしてはそれをマダムに渡した。
「なぁに?」
「字が読めないの。マダム、読める?」
「え・・・」
は無邪気に笑ってマダムにリングを押しつける。マダムはリングを受け取りながら、の退行が速まっていることに表情を険しくした。にこにこと笑って答えを待つに、マダムは無理な笑顔を作ってリングの内側を読んだ。鎖で首にかけていた丸眼鏡をかけ、ゆっくりとリングを回した。
「えぇと、・・・『愛しい人 に捧ぐ』。まぁ、素敵な言葉。恋人からね」
マダムはにっこりと微笑んでにリングを返した。だがはそれを受けとりながら、不思議な顔をしていた。
「マダム。恋人ってだれ?」
は首をかしげてマダムに問いかける。質問を受けたマダムは困ってしまった。当の本人がわからないのに、当事者外の自分にわかるはずもなかった。
「えぇと、・・・ミスター・マルフォイではないのかしら」
「ドラコ?ドラコが私の恋人なの?」
の周辺にいるそれらしい男子生徒の名前を出しただけなのだが、自身がわからないのだからマダムも「そうよ」とは言えない。何と答えればいいのか。頬に手を当てて逡巡していると、不意に保健室のドアが開いた。マダムはそちらに首を向けると、扉をくぐってきたのはスネイプだった。
「失礼。マダム」
「あら、スネイプ先生。授業は?」
「今は空き時間だ」
答えながら、スネイプは眉間に僅かに皺を寄せた。二日ぶりに訪れた保健室は僅かではあるがが吐いた吐瀉物や血の匂いで満ちていた。スネイプはへと視線を向けた。は手のひらの中に何かを包み込んで、ぶつぶつと何かを呟きながらそれを眺めていた。傍目には精神疾患を患った患者のようで、スネイプは視線をそらしたくなった。
「。寮監の先生が来てくださったわよ」
マダムに声をかけられ、はようやく視線を手の中からスネイプへと移した。二日ぶりにの姿を見たスネイプは、ぎくりと衝撃を受けることになる。たった二日。わずか二日で、は痛々しいほど痩せ衰えていた。肌の色には生気がなく、頬はやせこけ見るに堪えない姿となっていた。
「。ご挨拶は?」
まるで幼児を相手にするかのようにマダムはに接した。マダムに背を押され、はスネイプをじっと見つめ、
「こんにちは。プロフェッサー」
まるで初対面の客人に挨拶するようにスネイプに声をかけた。スネイプはその場に呆然と立ちつくした。もはや何も言えなかった。彼女の中で、自分との関係は完全なる無の状態へと戻っていた。足下が崩れ、倒れそうだった。それをなんとか気力で耐え、スネイプはゆっくりとの元へ足を進めた。
「マダム。頼みがあります」
スネイプは、再び手遊びを始めるを見下ろしながら静かに伝えた。
と二人で話しがしたいのだ、と。
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