ドリーム小説
■ 魔女の条件 〜The Love of the Maiden〜 <21> ■
列車に乗ってホグワーツに戻ってくるとは3人と別れ、すぐに地下の研究室へと向かった。料理の材料が入った袋を胸に抱え、息を切らして廊下を駆けた。研究室の扉をノックして中に入り、誰もいないと思っていた書斎に人がいることにはギョッとして立ち止まった。お互いに目が合い、相手もその場に固まり気まずい顔をする。
「・・・・・」
「・・・何してるんですか?スネイプ先生」
のちょっと冷たい視線が部屋の主に注がれる。大人しくベッドで寝ていると思っていた恋人は、何やら机の引き出しを開けて固まっていた。
「あぁ、・・・帰ったのかね」
「帰ったのかね、じゃないです。もう!どうして大人しく寝ていてくれないんですか。風邪が悪化してしまいますよ、・・・っと、・・・ごほっ」
責める言葉は、最後の方は咳で消えてしまった。
「君こそ風邪なんじゃないのかね?休んだ方が良い」
「大丈夫です。それより、台所をお借りしますね」
はスネイプの前をスルーすると真っ直ぐキッチンへ向かった。スネイプは引き出しを閉めると、中から取りだしたものをに見えないようにローブの胸ポケットにしまった。
「何をする気だね」
は持っていた袋をどさりとテーブルに置くと腕まくりをしてスネイプに向かってニッと笑った。
「胃にやさしいものをお作りします。今朝から何も食べてないんでしょう?」
が軽く杖を振ると、赤いエプロンが姿を現した。それを着ると、は慣れた手つきで調理を始めた。
「できたら持って行きますから、寝ていてください」
もはや何を言っても聞かないようで、スネイプも止める気力もなく大人しく寝室に戻ることにした。胸ポケットにしまった箱をローブの上から確認し、シンクの前でリンゴを手にとって何か悩んでいるをちらりと見て寝室に戻った。
しばらくしてがトレイを手に寝室に入ってきた。スネイプは肘をついてもそもそとベッドから起きあがると、がナイトテーブルに置いたトレイに目を向けた。湯気とともに良い匂いが香る。さっきまで全く食欲のなかったスネイプだが、その匂いだけで急に空腹感を感じ始めた。
「できました。量は少なめにしましたから」
がまるでフランス料理店の給仕のように料理の説明をする。メニューはミルクのリゾットとすりおろした林檎と桃のシャーベット。飲み物は紅茶ではなく温かいハチミツティー。じっと料理を見つめていたスネイプの喉から小さな唸り声が聞こえた。
「君が全部作ったのかね」
「はい。あれ?意外ですか?」
驚きの表情を浮かべるスネイプには思わず頬が緩む。器用そうだとは思っていたが、スネイプの予想以上に料理は上手いようだ。に早く食べてと目で急かされ、スネイプはスプーンをとりリゾットを一口食べた。
「・・・・・・」
「・・・どうですか?」
何も言わないスネイプには不安そうな顔で問いかける。おいしくなかったのかもしれない。ドキドキして待っていれば、スネイプの手が動いて二口目を口に運んだ。
「先生・・・?」
「・・・・・」
「あの、・・味は」
「・・・旨い」
「え?」
ぼそりと聞こえた感想は、ともすれば聞き漏らしてしまうほど一瞬のもので。だが、その後もくもくと食べ続けるスネイプの様子を見ていれば、お世辞ではないようだ。の顔がほころぶ。スネイプが食べる様子をはじっと見守った。すると、スネイプがスプーンで一口分のリゾットをすくい、それをに向けてきた。
「?」
「食べるかね」
どうやらあまりにもじっと見ているから、食べたそうにしていると見られたらしい。断るのもなんなので、は「いただきます」と小さな口を開けた。スネイプは零れないように注意して小鳥ほどしかない口にスプーンを押し入れた。
「どうだね」
「結構・・・よくできたかも」
もぐもぐと咀嚼しながらは笑う。ふと見上げたスネイプの顔が可笑しそうに笑っていた。
「なんですか?」
「ここ。一粒ついている」
そう言うとスネイプは身を乗り出し、の唇の端についたご飯粒を指で掬い取った。
「まだまだ子どもだな」
「・・・っ」
意地悪そうに笑うスネイプに、は頬を膨らませてむくれ、それを見てスネイプはますます肩を揺らすのだった。
食事を終え、は食器を片付けるために再び台所に立った。後でいいと言われたが、どうせスネイプのことだから億劫がってやらないだろうと考え、は強引に後片付けを決行した。
「げほっ・・・ぅっ・・ごほっ!」
食器を洗いながら、昨日から数えて何度目かわからない咳に泡のついた手を当てる。昨日よりも喉の痛みが強くなり、咳が出る感覚も短くなっている。本格的に風邪をもらったのかもしれない。後で自分の分の薬も調合しようかと考える。そんなことを考えながら一通り洗い物を終えると、はスネイプに呼ばれた。
「。ちょっと来たまえ」
「はい」
は濡れた手をタオルで拭くと寝室に向かった。
「なんですか、スネイプ先生」
「ここに座りたまえ」
そう言ってスネイプはベッド脇の椅子を指差した。は言われたとおり腰を下ろす。ベッドの上で上半身を起こしたスネイプと向き合った。スネイプは、顔色こそ悪かったが真剣な面持ちだった。
「座りましたよ」
「あぁ・・・」
スネイプの生返事が返ってきて、しばらくなんともいえない沈黙が続いた。なんのために呼ばれたのかわからず、もそのまま次の言葉を待ち続ける。時間にしたら、1分にも満たなかったと思う。スネイプは深呼吸をして、それから
「」
やや緊張した声で彼女の名を呼ぶと、の左手をとった。
「・・・・・」
「先生?」
自分の手のひらの上にの手を乗せ、細く白い手をそっと撫でた。スネイプのしたいことがわからず、は自分の手とスネイプの顔を交互に見る。そして、スネイプが咳払いするのを聞いて彼の顔に視線を向けて止めた。
スネイプはじっとを見つめていた。真っ直ぐに瞳を見つめられ、闇のような漆黒の目と海のように澄んだ深蒼の目がかちあう。
「君に伝えたいことがある」
そう言うとスネイプはベッドの上にかけられたローブの胸ポケットから小さな箱を取り出した。それをの手のひらに乗せる。
「あの、」
「開けてみたまえ」
「はい」
スネイプに手渡された箱を眺め、はそっとふたを押し上げた。薄暗い部屋の中でも、僅かな光を見つけてそれはちかちかと光を放っていた。
「え・・・」
の目がそれに留まる。中に入っていたのは鈍く輝く銀色のリングだった。の髪と同じ色のリングに、の瞳と同じ色の小さな青い石が埋め込まれている。
「先生、・・・あの・・これは、」
「内側を見てみたまえ」
そう言われ、は箱からそっとリングを取り出した。指先でしっかりと摘んで光にかざしてその内側を見た。細い傷のような跡がいくつもついている。
「細かい細工だが、読めるかね」
それは傷などではない。繊細な文字の羅列は、愛を奏でる魔法の言葉。
『愛しい人 に捧ぐ』
「・・・あ、・・」
瞳を見開いてその文字を見つめる。何度見ても見間違いなんかじゃない。頭の中が真っ白になっていく。
これは夢だ、と頭の中の自分が言う。そうだ、きっとそうだ。こんなこと、夢でしかありえない。は真っ白な頭で必死に目の前の事実を整理しようとした。でも頭の中はぐちゃぐちゃで悪いことばかりがどんどん浮かぶ。これは夢だと頭が言う。
でもそれなら、どうしてこんなに胸が高鳴るのだろう。目頭が熱くて仕方がない。頬を流れる、この暖かい雨はなんだろう。
「泣かせるために渡したのではないのだがな」
スネイプが苦笑しながら見つめる先には、大粒の涙をこぼすがいた。左の手のひらにのせたリングに優しく右手を添え、そのまま涙の雫を流す。胸がいっぱいで、何も言えなかった。
「・・・・先生」
「。左手を」
スネイプは大きな手での左手をとった。彼女の手の中からリングを取ると、スネイプは深呼吸をしてわざとらしい咳払いを一つした。を見つめ、揺れる蒼い瞳が自分を見つめていることを確認すると微かに笑った。
「一度しか言わん。しっかり聞きたまえ」
の手を取るスネイプの指に微かに力が入る。
「我輩と君は随分と年が離れている。それ以前に、我輩と君は教師と生徒だ。もし君との関係が周りに知れたら、互いに大変なことになる。だから、この関係を公けにすることはできん」
隠れ忍ぶ恋ほどつらいものはない。周りに認められることのできない恋。暖かく祝福されることのない恋。スネイプにとってもにとってもつらい関係になる。スネイプはの身を案じた。もしがそんな関係でいることを拒むのならば、それは仕方がないと受け止める覚悟があった。
だが、見つめる先にいるは、スネイプから視線をそらすことはなかった。じっとスネイプの目を真っ直ぐに見つめ続けた。まるで次の言葉を待っているかのように。だからスネイプも、想いをかためて口を開いた。
「君がそんな関係でも、それでもいいというなら、・・・結婚しよう。正式には君が卒業してからになってしまうが」
「・・・・・」
「・・・」
「・・・・・・・」
「・・・。頼む、泣き止んでくれ」
さっきからずっと泣きっぱなしのに、スネイプは苦笑しながら彼女の頬を伝う涙を指で拭った。はじっとそれを受け入れた。
「泣き虫は直らんな」
「・・・だって。だって、先生がそんなこと言うからですよ・・・っ」
もう涙で霞んで目の前は何も見えなかった。わかるのは、左手に添えられた彼のぬくもりだけ。そして、左手の薬指にゆっくりと冷たい感触があてがわれていくのを感じた。
「君の答えがNOなら、これは自分で外して捨てたまえ」
スネイプの手が離れていく。見上げる先にあるのは、見たことのないスネイプの顔だった。どこか寂しげで自信のない苦笑をするスネイプがいた。冷徹な薬学教授が、一人の少女の答えを緊張しながら待っているのだ。少女がNOと言ったら、彼はどんな顔をするのだろう。
いや、そんな顔、想像する必要なんてない。だって、だって・・・
「・・・・あるわけ、ないじゃないですか」
「?」
は勢いよく椅子から立ち上がると、目の前の愛しい人に飛びついた。いきなり抱きついてきた彼女に慌てながらも、スネイプはその体を受け止め抱きしめた。
「おい、っ!?」
思わぬ彼女の行動にスネイプは彼女の背中をとんとんと叩きあやす。しっかりと首に腕を巻き付け、離れてくれる素振りをみせない。
「急にどうした、」
スネイプの問いかけは最後まで続かず、全てを言い切る前にがスネイプの唇を塞いだ。突然の彼女の行為にスネイプは目を丸くするが、の頬を濡らす涙がスネイプの肌に移り、そっと目を細めた。ゆっくりと唇が離れていき、間近で見つめ合う。の蒼い瞳には、新しい雫が浮かんでいた。
「どんなことがあっても・・・2人一緒ですよ」
蒼い瞳はとめどなく雨を降らす。
「ずっと・・・ずっと一緒にいてください」
「あぁ」
「そばに、・・いてください」
「あぁ。約束しよう」
「お願いです・・・。私が死ぬときも、そばに」
「」
呪文のように唱えていた言葉は、スネイプの唇の中に吸い込まれていった。優しく重なるキスに、自分の全てを委ねたくなる。
「安心したまえ。我輩より先に死なせはせん」
「え・・・」
「ずっと一緒ならば、いなくなるときも共にだ」
スネイプの指がの頬を撫でる。その言葉には目を丸くし、だがすぐに笑顔に変わった。
「はい、・・・絶対ですよ」
はスネイプの肩に額をつけて顔を隠す。スネイプには見えないように。隠した顔には、今にも消えてなくなりそうなくらい儚くもの悲しい笑い顔が浮かんでいた。それをスネイプが見ることはなかった。
その日は一晩中、2人で愛を確かめ合った。何度もキスし、体に触れ、やがて2人同時に眠りに落ちた。けして離れまいと2人きつく指を絡めて。
ただいつもと違うのは、の左手の指で銀色の輪が幸せそうに輝いていること。
このまま時が止まってしまえばいいのに
の切なる願いが叶うことはなかった。時間は無情にも流れいく。
目が覚めるとそこはスリザリン女子寮の自分のベッドの上だった。全ては夢だったのだろうか。は眩しさに左手を頭上にかざした。
(違う。夢じゃ・・ないんだ)
は自分の左手を眼前に掲げる。そこには朝日を浴びて光る銀色のリングがあった。よかった・・・。は目を閉じて静かに笑う。そしてゆっくり上半身を起こしたところで息が詰まり、激しく咳き込んだ。
「ごほっ、ごほ・・・・う・・げほっ」
ここのところ止まらずにいた咳が本格的になってきた。やっぱりうつってしまったかとは諦める。
ベッドから起きて洗面所に向かうと、鏡を前にしては細い銀色の鎖にリングを通してそれを首に下げた。本当は指にはめていたいのだが、左手の薬指にあるのを見られたら変な噂がたってしまう。スネイプにも了承済みだった。首にかかったリングを指で弾くと、それは返事をするように一度光った。は満足気に微笑み、服と髪を整えると朝食に向かった。
「。もう食べないのか?」
朝食の席で隣に座るドラコが心配そうに声をかけてきた。ドラコはのプレートを見て、眉を寄せる。テーブルには多種多様な朝食が並べてあるが、が選んだのは一杯の紅茶とイチゴを二粒、たったそれだけ。
「・・・うん。あんまりお腹空いてないの」
はもう十分と皿とカップをまとめた。
「ダイエットか?はそんなことする必要ないぞ。むしろもっと食べろ」
ドラコは自分の皿に盛ったサラダを渡そうとするが、は丁重に断った。
「ごめんね、ドラコ。なんか・・・体調悪くて」
先に戻るねと告げ、は一人大広間を後にした。ドラコの「無理するなよ」の声に、は振り返って弱々しい笑みを向け、軽く手を振った。
足が重い
気持ちが悪い
咳が止まらない
喉が焼け付く
これは一体なんの病気なのだろう
本当にただの風邪なのだろうか
はなんとか寮までたどり着くと、合言葉を言って談話室に入った。
(・・・皆が戻るまで寝ようかな)
ふらつく足取りでなんとか女子寮の部屋に着くと、倒れ込むようにベッドに横になった。窓から降り注ぐ光を全身に浴び、その閃光のような眩しさに目をしかめた。
「ぁ・・・・は、はっ・・・苦し・・っ」
突然体を強烈な不快感が襲った。は口をおさえると一番近い洗面所に駆け込んだ。今さっき食べたものを―――とは言っても紅茶とイチゴしか食していないが、その全てを吐き出してしまった。吐瀉物が洗面台に広がり、水を流してもすえた匂いがいつまでも消えなかった。
「げほっ・・・げほ、・・・!」
喉の奥にまだ何か詰まっていて、は低く体を折り曲げて洗面台に顔を近づけた。力を込めて咳き込んだ瞬間、喉奥に残っていた塊がばしゃりとシンクに吐き出された。
「・・・・・え・・・・・?」
自分が吐き出したものに、一番恐怖を感じたのは自身だった。とめどなく蛇口から流れる水が、それを排水溝の奥に流していく。それはイチゴとは違う、禍々しいくらい赤い液体だった。水とともに流れていく血液を、は呆然と見つめた。
「風邪・・・なんかじゃ、ない・・・」
ぽつりと漏らした言葉を聞く者はいなかった。
これはスネイプからもらった流行りの風邪なんかじゃない。そんな優しいものじゃない。
「・・・・・・・もう、・・時間切れなの・・・?」
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