ドリーム小説
「どうして・・・・・・」
それは朝の朝食の席でのことだった。
いつもと変わりなく朝食を取っていると、パンジーが慌てた様子でやってきてに手紙を渡したのだ。誰からだと聞く間もなく、パンジーはの耳に口を寄せ、「オリヴィア様からよ」と告げた。「早く!」と鬼気迫った様子のパンジーに急かされ、はその深刻な空気を感じ取り神妙な面持ちで中を開けた。そして、・・・そのたった一文しかない、手紙とも呼べないそれに目を通したは表情を固めた。それは、ただ一言だけ。綺麗な筆記体で綴られたそれは、だから分かる彼女からのメッセージだった。
『See you again.』
また会いましょう
■ 魔女の条件 〜The Love of the Maiden〜 <19> ■
「オリヴィアさん・・っ!」
はなだらかな坂道を全速力で走って降りた。徐々に速度を緩めていき、オリヴィアから少し離れたところで止まると、両膝に手をついて背を丸めて息を整えた。
「よ、・・よかった・・っ。間に合って」
は体を起こすと手の甲で額の汗をグイッと拭った。そして自分を見つめるオリヴィアと目を合わせた。オリヴィアは穏やかな笑顔でを見つめていた。その穏やかすぎる顔が、かえってを不安にさせる。はまだ弾む息を整えながらもオリヴィアに問いかけた。
「オリヴィアさん・・・っ」
「なぁに」
「どうしてなんですか・・・っ」
「何が?」
焦るに、オリヴィアはあくまで冷静に答える。まるで何でもないとでも言うように。そんな彼女の態度が、を余計に焦らせる。は唾を飲み込むと、オリヴィアの手紙から感じた彼女の想いを口に出して訊いた。
「また会いましょう、って・・・・オリヴィアさん、どこへ行かれるつもりなんですか?」
それはまるで今生の別れのようなメッセージだった。それはまるで、もう二度と会えないような気持ちにさせられた。不安な表情を浮かべて自分を見つめるに、だがオリヴィアはにっこりと笑いかける。そして、の不安を現実にする言葉を口にした。
「」
「はい・・・」
「さよならよ」
「・・・・なぜ、」
「私は、今日で学校を辞めるわ」
「え・・・・・?」
にわかには信じられなかった。の思考が一瞬止まる。だがその言葉の意味が分かるや、は困惑した。軽くパニックになりかけ、まずオリヴィアに「どうしてですか!?」と問い迫ろうとして。オリヴィアの細い指に唇を縦に塞がれ、言葉を止めさせられた。を静かにさせ、オリヴィアは静かに笑う。
「辞めさせられたわけじゃないわ。私は、自分の意思で去るの」
「自主退学・・・ですか?」
「そうよ。だってねぇ。学生と奥さんは両立できないでしょう?」
「へ・・・?」
オリヴィアの言葉に、は眼をパチクリさせる。呆けた顔で目を何度も瞬かせ、にんまり笑うオリヴィアをじっと見つめた。しばらくしてその言葉の意味が分かるや、
「えぇぇ・・・!?」
は蒼い目を大きくして驚きの声を上げた。反応の良い少女に、オリヴィアはにこにこと満足げに笑う。は両手を上げ下げしたり落ち着かない様子でいた。だが次第に驚きよりも祝福の気持ちがじわじわと沸いてきて、頬をうっすらと染めてぎこちない笑みでオリヴィアを見上げた。
「オリヴィアさん・・」
「なぁに」
「あの、・・その・・・・・・お、おめでとうございます」
「ふふ。ありがとう、」
そう言って笑うオリヴィアの顔は、占術の魔女だと畏怖されているなどにわかには信じられない、「普通の」恋する女の子の顔だった。美しすぎて怖いと感じたこともある彼女は、今は恋に幸せを感じる可愛い少女だった。
オリヴィアは事の次第をかいつまんで教えてくれた。オリヴィアの恋人―――魔法省の上層部に勤めるという彼が、オリヴィアのことを上司に話したのだという。もちろん、オリヴィアがまだホグワーツの学生であり、そして彼女を妊娠させたことも全てだ。彼は上司に、責任をとって辞職すると告げた。そして新たな職を探すつもりだと。だが、権威ある魔法省の役人のスキャンダルをメディアが放っておくわけがない。そんなことをすればどんな処分を下されるかは必至だ。は自分のことのように心配になった。
「お仕事は・・・、」
「減俸ですって。クビにされなかったのは、彼の上司がとっても理解のある方だったからかしらねぇ」
オリヴィアはにっこりと笑う。彼は迷惑がかからないようにと自主退職を願い出て、そして新たな仕事を見つけてオリヴィアに結婚を申し込むのだと上司に言ったという。それを聞いた上司は深いため息をつくと、
『馬鹿もん。職もないのにいっちょまえに結婚なんぞと言いおって、嫁さんを不幸にするつもりか。辞める気があるなら、死ぬ気で働かんか』
剛気な上司は彼の頭をごつりと叩き、喝を入れた。彼は減俸を言い渡されたが、辞めることなく仕事を続けられることとなった。そして、改めてオリヴィアに婚約を申し込んだのだという。それが、オリヴィアがホグワーツの戻ってくる数日前のこと。オリヴィアははじめから学校を辞めるつもりで、ほんの数日間だけ戻ってきたのだ。
なぜ。疑問を抱くに、オリヴィアはふっと表情を崩す。そして、
「貴方に会いたかったの。・」
オリヴィアの綺麗な指が、するりと慈しむようにの頬を撫でて離れていった。
とオリヴィアはホグワーツと外部を仕切る門の前で向かい合った。は寂しそうな顔でオリヴィアを見上げる。やっと親しくなれたのに、離れていってしまう。ホグワーツに来て初めて友人たちができたにとっては、友人との別れもこれが初めてだ。泣きそうなに、オリヴィアは笑って鞄を持っていない方の手を伸ばしての頭を引き寄せた。彼女から香る甘いヴァニラの香りが鼻をくすぐる。
「オリヴィアさん・・・?」
突然どうしたのだろうと不思議がるに構わず、オリヴィアは彼女の小さな頭を自分の肩に押しつけた。の綺麗な銀糸の髪を優しく撫でる。
「」
・。私と同じ色の瞳をもつ、か弱い魔女
オリヴィアはゆっくりと体を離し、蒼い色の瞳同士じっと視線を絡ませた。
「有らん限りの御加護を。・・・、貴方に」
の前髪を払い、オリヴィアは彼女の額にそっと口付けた。それはまるで何かの洗礼のようだった。
そして、それが別れの合図だった。一歩一歩から後ずさり離れていくオリヴィアに、は哀しみがこみ上げてきた。
「オリヴィアさん・・・」
オリヴィアはゆっくりと唇を持ち上げ、に背を向けた。は追いかけることもできず、彼女の背中を見つめ続けた。
「オリヴィアさん!また、・・・また会えますか?私、・・・またあなたに会いたいです!」
こみあげる涙を我慢し、彼女の背中に声を掛ける。門を出てだいぶ離れたところで、オリヴィアは歩きながら一度だけ振り返ってくれた。遠くにいる。けれど、確かに笑ってくれていた。
「会えるわ、。会わなければならない運命だもの」
小さな声だった。けれど、確かに聞き取れた。それだけを告げるとオリヴィアは前を向き、もうの方を振り返ってはくれなかった。もっとたくさん伝えたい感謝の言葉があったのに。それを言わせてくれる時間はくれなかった。
の前に風のように現れた魔女は、の心に大切な種を置いて去っていってしまった。
「また会いましょう・・・」
風が銀色の髪を揺らす。は、もう誰もいない道の向こうに笑顔を残し、背を向けた。自分もまた、大切な人のところへ行くために。
薄暗い廊下の向こうには、楽園よりも幸せな場所がある
「そうか。もう行ってしまったか」
「はい。ゆっくりお見送りもできませんでした」
スネイプは黒革のソファーに足を組んでゆったりと座り、読書をしながらの報告を聞いた。昨夜、校長室で話しをした後オリヴィアは寮監であるスネイプのところへもやってきていた。お世話になりました、と一言だけ。それから、にやりと含みのある笑みを残して魔女は去っていった。あの「にやり」が何を意味しているのか、聡いスネイプにはよくわかる。大方、「と幸せに」、そんなところだろう。
スネイプは紅茶をいれるにちらりと視線だけを投げた。
「言われずとも」
「はい?」
「いや、・・・なんでもない」
スネイプの独り言には「?」と首をかしげる。そんな小さな仕草もまた可愛らしく、スネイプは肩を揺らした。
「ところでだ。寮の方はどうだね」
「寮ですか?それはもう、大変な騒ぎです」
突然すぎるオリヴィアの退学に、スリザリン寮内は煙をたかれた蜂の巣のような状態となっていた。パニックになる者もいれば、オリヴィア不在の哀しみに泣き崩れる女子も多い。改めて彼女の存在の大きさを知った。
「もう少し落ち着いていられぬものか。スリザリン生たる者、冷静沈着に物事に動じず、別れに心乱されているようではまだまだ未熟な証拠だな」
「スネイプ先生・・・冷たいですね」
はスネイプの前に紅茶のカップを置き、自分も彼の横に静かに腰掛けた。
「別れとは、こんなに寂しいものなのですね」
真っ直ぐ前を向いたまま、は哀しそうに笑う。スネイプは横目にちらりとその顔を見つめ、ふぅとため息をつくと静かに本を閉じた。フレームの細い眼鏡を外し、コトリとテーブルに置くと、の肩を引き寄せた。自分の胸に頭を預けさせ、彼女の小さな頭を優しく撫でた。悲しむ自分を気遣ってくれていると悟り、は嬉しさにゆっくりと目を閉じ、彼に身を預けた。
「これからも、この別れと哀しみを何度も味わうのでしょうか」
「あぁ。生きている限り、ずっとな」
「そうですか・・・」
スネイプは夢見がちな言葉はくれない。無情であろうとも、それが真実だ。はうっすらと瞼を押し上げ、哀しげに眉を寄せる。別れへの哀しみと恐れに慣れられない。不安に、無意識にスネイプのローブを握る指に力が入る。スネイプもそれに気付いた。の頭を撫でていた手を止め、そっと彼女のこめかみに口付けた。が驚いたように顔を上げる。
「先生・・?」
「君が今一番何を不安に思っているのか、わかるようになってきた」
スネイプはを見下ろし、真剣な顔を向ける。そして、蒼い瞳を覗き込み、の不安と向かい合った。
「我輩との別れを怖れている。違うかね」
「・・・・・」
は答えない。だが、蒼い瞳の揺れが答を出していた。心を読まれ、スネイプの目が見ていられずの方から視線をそらした。
スネイプの言うとおりだ。今のにとって一番怖い別れは、スネイプとの別れだ。オリヴィアとの突然すぎる別れがに教えたこと、それは「別れは何の前触れもなくある日突然やってくる」ということ。不安にならないわけがない。不安にならないわけが・・・
「」
スネイプが呼んでもの視線は戻ってこない。スネイプはため息をつき、彼女の体を両手で抱きしめた。
「一つになれたばかりだというのに、もう別れを怖れているのかね」
「・・・・・」
「やれやれ。それほどまでに我輩は頼りない存在か」
「違います・・・。先生は何も悪くなどありません。悪いのは、・・・私の臆病な心です」
どうすればこの不安は取り除けるのだろう。はスネイプの胸に頬を寄せる。
「スネイプ先生・・・」
「なんだね」
「私は、・・・・・怖いです」
「・・・・・」
「あなたと、お別れするのが・・・・すごく」
の言葉はそこで途切れた。スネイプの指が彼女の顎を支え上げ、唇を塞がれたから。触れ合うだけのキスは角度を変えて何度も落とされた。互いの息を絡ませあい、最後に時間を掛けてゆっくりと唇を合わせて名残惜しげに離れていく。息もかかるほどの距離で見つめ合い、スネイプは、
「。笑ってくれ」
そう言って、薄く笑った。スネイプの心意がわからずにいるに、スネイプは彼女の頬を両手で包んで真っ直ぐにの蒼い瞳を見つめた。
「先生・・・?」
「君が我輩との別れを怖れるように、我輩もまた君との別れに恐れを抱くことがある」
「え・・・」
「だが、それを和らいでくれるものがある」
「なんですか・・・」
「。君の笑顔だ」
スネイプは穏やかに笑い、の頬を愛おしげにするりと撫でた。スネイプからの意外な言葉に、は驚きに目を丸くする。
「私の・・?」
「あぁ。君が笑ってくれれば、恐れは消えてなくなる。だから、笑っていてほしい」
Please、とスネイプがに切望する。は驚きながらも、それを超えるぐらい嬉しさで胸がいっぱいだった。不安に怯えていたの顔に、じわじわと笑顔と光が戻ってくる。
「ねぇ、先生」
「なんだね」
「私のも、聞いてくれますか・・・?」
私が笑い、貴方の不安が少しでも薄らぐのなら、いつでも笑顔でいます。
だから、お願いです。
私の願いも聞いてくれますか。
Please .....
「そばに、・・・いてください」
それだけでいい。どうか放さないで。離れていかないで。
あなたがそばにいてくれれば、それだけで不安はなくなる。
見つめ合い、二人はゆっくりと唇を重ねた。彼女を抱きしめたまま、ゆっくりと黒いソファーの上に二人横になる。彼女の額に口付けを。
を見下ろし、スネイプは静かに笑った。
「不安など感じなくなるまで、愛してやる」
不敵な笑いに、は笑って彼の首に両手を巻き付ける。
どうか笑顔を
どうかそばに
優しく抱きしめあい、二人の時間はゆっくりと過ぎていく。二人の蜜月は、まだ始まったばかり。
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