ドリーム小説
さようなら さようなら
若く美しく気高い魔女
貴女に会えてほんとうに良かった
■ 魔女の条件 〜The Love of the Maiden〜 <18> ■
鼻をくすぐる紅茶の良い香りに目が覚めた。うっすらと目を開けると、そこは窓から朝の光が差し込む自分の部屋ではなく。橙色の暖かな灯りに包まれた部屋であることに一瞬思考が鈍った。
「・・・・ん・・」
まだ夢の世界にいたいと頭が訴える。緩慢な動きで伸びをして、肌触りの良いシーツに頬をこすりつけた。再び眠りの世界に入ろうと目を閉じて、だが頭を撫でられる感触に閉じかけた目を開けた。暗闇にとけ込んでいてわからなかった。自分のすぐ目の前に、彼が腰掛けていたことに。
「起きたかね」
彼の大きな手がの髪をかき上げる。何度か瞬きをして、そしてようやく彼と目があった。スネイプはを見下ろし、優しく微笑んだ。
「・・・先生・・?」
「おはよう」
「おはよう、・・ございます」
改まって挨拶をするのが、何だか気恥ずかしいとは思った。の頭を撫でていたスネイプの手がゆっくりと降りてきて、指の背で彼女の頬をくすぐるように撫でた。
「気分は悪くないかね」
「はい・・、気分は大丈夫です」
「気分は、か。どこか悪いところでも?」
そう問われ、は口を真一文字に引き結んだままじわじわと頬を赤くしていった。口ごもる彼女の姿に、スネイプは心意を察して肩を揺らす。
「体がだるいか」
「・・・・・・・・はい」
「だろうな。随分と体に力が入っていたからな」
「つ、・・・疲れ、ました・・」
そう言うとはより一層耳まで赤らめて、隠れたい衝動に駆られ、自分の手を握るスネイプの手に額を押しつけた。
そうしてから、ははっと気付く。の目覚めるずっと前からスネイプが自分の手を握っていてくれたことに。
「もうしばらくはだるさが続こう。今日は土曜だ。他の生徒はホグズミードに行っている。君はここにいたまえ」
「はい・・、そうさせていただきます」
スネイプは再びの頭を撫でる。それが気持ちよくて、はゆっくりと目を閉じた。カチャンと陶器が奏でる音を聞いて、スネイプが紅茶を傾けるのがわかった。
「飲むかね」
すすめられたが、は目を閉じたまま静かに首を振り、”No, thank you.”と答えた。今は何も口にする気力がない。それどころか、体のだるさに何もする気が起きない。ぐったりと目を閉じるの様子に、スネイプも若干表情を曇らせる。
「つらそうだな」
「・・・そんなことないです」
「やはり無理があったのではないか」
初めての相手にやりすぎたかとスネイプは心配になった。激しくしたつもりはないが、それでも未成熟な彼女の体には相当な負担がかかったようだ。の顔にも疲労の色が濃い。
「大丈夫です。ただ、・・その・・初めてのことだらけで緊張しただけです」
うっすらと目を開けては微笑む。気恥ずかしげに頬を赤らめて。スネイプはそんな彼女に優しく微笑むと、身体をねじって彼女の額にキスをした。小さなリップ音がして、そっと離れていく。は、ずっと繋がったままの手に視線を向けた。
「先生・・」
「なんだね」
「あの、・・・手ずっと繋いでいてくれたんですか?」
繋いだままの手から彼の体温が伝わってくる。低めの体温が、心地よかった。
「あぁ。嫌だったかね」
スネイプにとっては何てことのない行動だったようで、さらりと答えられてしまった。だがそれは、にとっては大きな意味のあることだった。の表情が、ゆっくりとゆっくりと笑顔になっていく。嬉しかった。心の底から嬉しかった。自分をずっと離さずつかまえていてくれたことが。何がそんなに嬉しいのか、だがひどく幸せそうに笑うにスネイプは疑問符を浮かべる。
「?」
の笑顔の意味が分からないでいるスネイプに、は最高の笑顔を向ける。そして繋いだ彼の手を引き寄せ、手の甲にそっとキスをした。珍しい彼女の行動にスネイプは驚いた目をする。
「、」
「先生、・・・大好きです」
どうすればこの気持ちが伝わるのだろう。この嬉しい気持ちが伝わるのだろう。
は気だるい体をゆっくりと手をついて起こし、首を伸ばして自ら顔を近づけて、彼の唇にそっとキスをした。スネイプは驚きに瞳を大きくしたが、だがそれもすぐに穏やかな眼差しに変わった。すぐに離れることのない、優しいキス。唇を重ねたまま二人は再びベッドに横たわり、繋いだ手を一度解き、指を絡めて深く繋ぎ合わせると、交わす口付けを愛のある深いものへと変えていった。
*
土曜日の午後の図書室はひどく閑散としていた。生徒はみな出かけていて、数名の勉強熱心な生徒がちらほら座っているぐらいだ。
そんな図書室の一番陽のあたる場所。そこに、まるで自分が来るのを待っていてくれたかのように当たり前に彼女が座っていた。そこにいるだけで絵になる彼女。ぱらぱらとページをめくる手付きにさえ、人は魅了される。
読んでいた本に不意に影が差しても、だがオリヴィアは自分の席の前に立つ人物の方に顔を向けようとしない。オリヴィアは本から顔を上げずに声をかけた。
「進展はあったのかしら。お嬢さん」
まるで全てがわかっているかのようだった。オリヴィアの指が次のページをめくる。
「はい。私にしてみれば、大進歩です」
ついこの間ここで話したときとは違う、明るさを取り戻した少女の声に、オリヴィアは今度はゆっくりと顔をあげて目の前に立つ後輩の顔を見上げた。目が合うと、は笑みを深くした。その様子に、オリヴィアも静かに微笑む。
「それはよかったわ」
オリヴィアはに自分の前の席を勧めた。はお礼を言ってそこに腰掛ける。顔を上げると、オリヴィアはもう視線を本のページへと戻してしまっていた。それでも構わず、は息を吸い込んでオリヴィアに告げた。
「オリヴィアさん」
「なぁに」
「ありがとうございました」
「あら。何のお礼かしら。私は感謝されるようなことは何もしていないけれど」
「いえ、いいんです」
はぐらかそうとするオリヴィアに、だがは気にすることなく続けた。
「ただ、お礼が言いたいんです。ありがとうございました」
相手がこちらを見ていなくても構わず、はにっこりと笑いかける。ずっと本を眺めていたオリヴィアだったが、ようやくゆっくりと顔を上げた。顔の横から落ちる金糸をそっと耳に掛け、唇を優雅に引き上げて微笑む。言葉を交わすことはなく、二人の少女は笑顔で互いの意思を伝え合った。
可愛い可愛いお姫様
遠く離れていても
貴女が笑顔でいられる日がこれからもずっと続くことを願うわ
「オリヴィアさん」
「なぁに?」
「あの、何の本を読んでいらっしゃるんですか?」
何気ない世間話のつもりで、はオリヴィアに声を掛けた。先程からオリヴィアの視線はずっと本のページに釘付けだ。それほどまでに面白い本ならば、是非自分も読んでみたいと思った。すると、オリヴィアは読んでいた本をパタリと閉じた。突然どうしたのだろう。気に触ったことを言ってしまったのだろうかと戸惑うに、オリヴィアは本の装丁をに見えるように差し出した。は首を僅かに伸ばしてタイトルを読もうと努める。古めかしい本の表紙を見た瞬間、好奇心に満ちていたの思考は一瞬で固まった。
『フェアリー・テール』
氷付けにされたかのようにの表情が凍る。それには見覚えがあった。冬の休暇中、ハーマイオニーに薦められてが読んだ本のうちの一冊。その内容を、一言一句鮮明に覚えている。
それは、忘れられない物語。
それは、忘れられるはずがない物語。
の心を抉る、哀しい恋の物語。
「ご存知かしら」
オリヴィアは固まるに静かに声を掛ける。の瞳は恐怖に怯え、大きな不安に押しつぶされそうな表情をしていた。本から目を離せずにいるに、オリヴィアは淡々と話しかける。
「・・・つい最近、友人に薦められて読みました」
「そう。幸せな恋に嫉妬する魔女が、王女に呪いをかけるという陳腐なおとぎ話よ。よくある話だわ」
「・・・そう、ですね。よくある物語、ですよね・・・」
「そうよ。そして呪いにかかってしまった王女様は、苦しみの中に生きることになる。果たして彼女の運命は。気になるところね。けれど、この本には」
オリヴィアはそこで言葉を切り、視線だけをに向けた。その続きを、が引き継ぐ。
「・・・・・続きが、ない」
静かに答えるに、オリヴィアは薄く笑む。そうだ。よく覚えている。この本は、物語の肝心なところでページが破り取られていたのだ。物語の続きを知る術がない。誰かが悪戯に破ってしまったのかもしれない。本のページがなくなっていることなど、時折あることだ。何てことはない。
だが、その何てことのないアクシデントが、にとってはどれほどの深い失望であるか。
物語の続きを知ることができない。その残酷な現実を再び思いだし、の心臓が早鐘のように脈打ち始めた。寒くもないのに背中を汗が流れ落ちる。
「悲しい運命を背負った王女様」
「・・・・・」
「この残酷な呪いを解く方法もわからず、ただただ苦しみ続けるだけ」
「・・・やめて、ください」
「でも、きっと結末はありきたりなものよ。王女様の命を救えるのは、いつもこの世で唯一人と決まっている。それは、」
「やめて、・・・・やめてください・・・っ」
押し殺した静かな口調では彼女の言葉をさえぎった。スカートを握る手に力が入り、綺麗なひだが皺だらけになっていても構わず。は肩を震わせ、涙がこぼれそうな顔を見られるのが嫌で俯き続けた。唇を噛みしめ、必死に涙をこらえる。
(きっとこの人にはすべてが見えているのだろう・・・・・私のことも、この先に起こることも、すべて)
忘れたいと思った。できることなら、すべてを忘れてしまいたいと思った。今があまりにも幸せだから、思い出したくなんてなかった。苦しさに、はブラウスの胸元を掴んで嗚咽を漏らした。
「」
呼ばれるのと同時に、涙が一滴スカートの上に落ちた。を呼んだ相手は、それを静かに見守った。は俯いたまま顔を上げない。何かに耐えるようにぎゅっと胸を押さえている。
そのままそっとさせておいてもよかった。だがオリヴィアは行動に出た。椅子から立ち、机越しに身を乗り出すと、俯くの顔を両手で包んだ。涙に濡れる頬に触れた瞬間、が身を竦ませ嫌がるのがわかったが、オリヴィアは気にすることなくの顔を無理矢理自分の方に向かせた。は、まるで母親に叱られた子どものように泣きじゃくっていた。嗚咽に肩を揺らす彼女と目を合わせ、オリヴィアは「しょうがない子ね」と困ったように笑う。
「泣かせてしまったわね。ごめんなさいね、」
「・・・・」
「でも、これは変えることのできない現実であり、いずれ訪れる未来であることに変わりはないのだから。それは分かっているのでしょう」
「・・・・・・はい」
「ならば、泣くのはおよしなさい。強くおありなさい」
オリヴィアはの頬に手を添えたまま、そっと親指で彼女の涙を拭ってやった。それでもまだ不安に怯えた表情のに、オリヴィアはふっと微笑むともっと身を乗り出しての額に自分の額を押し当てた。
「ねぇ、。聞いて」
それはまるで何かの魔法のようだった。オリヴィアの手が触れる頬や合わせられた額を通して、彼女の力が流れてくるようだった。
「今がどんなに苦しくとも、つらくとも、闇のように暗くとも、・・・大丈夫。明けない夜はないわ」
太陽は、必ず昇るから。オリヴィアは優しい呪文をにかける。
「神様はね、その人が乗り越えられるだけの試練しか与えないのよ」
「・・・え・・」
「本当よ。だから、大丈夫。絶対に、・・・大丈夫よ、」
オリヴィアはに額を預け、静かに目を閉じ微笑んだ。それはまるで何かの儀式のようだった。は洗礼を受けているかのような気分でいた。流れていた涙が、いつの間にか止まっていた。
「あなたが信じたいものを信じ、愛したいものを愛しなさいな」
オリヴィアの両手がの頬を離れ、そっと彼女の頭を抱きしめてくれた。優しいヴァニラの香りに包まれ、は張りつめていた心がゆっくりと癒されていくのがわかった。大丈夫、大丈夫、と優しく頭を撫でてくれるオリヴィアの腕に身を委ね、は静かに、幸福の涙を流した。
可愛い可愛いお姫様
遠く離れていても
貴女が笑顔でいられる日がこれからもずっと続くことを願うわ
日曜日の夜は、殊更に静かだ。安息日をゆっくりと過ごした者たちが、明日からまた始まる忙しい日々を前に最後の眠りにつく。
そんな静かな夜を楽しむように、優雅にテーブルを挟んで紅茶を傾け談笑しあう者たちがいた。ただ、彼らが話し合う内容は決して日常的で穏やかなものではなかったが。
「本当に良いのかね、オリヴィアや」
「えぇ。お世話になりました、校長先生」
オリヴィアは、生徒が滅多に立ち入ることのできない校長室に座っていた。ダンブルドアと向かい合い、ソファーに足を組んで優雅に腰掛ける。紅茶のカップを傾けるダンブルドアに、オリヴィアはにっこりと満足げに微笑んでみせた。
「悔いは?」
「ありませんわ」
「そうかね。ならば、結構だ」
ダンブルドアは豊かな白髭を揺らして笑う。オリヴィアは静かに深く微笑むと、組んでいた足を解いてダンブルドアに右手を伸ばした。
「感謝していますわ、校長先生」
「何をかね」
「貴方がいなければ、今ここに私の存在などなかった。貴方のおかげです」
ダンブルドアを真っ直ぐに見つめる少女の蒼い目は、綺麗に澄んでいた。ダンブルドアは眼鏡の奥の小さな目で笑い、オリヴィアの手をそっと取った。皺だらけの手で、優しく握り返す。
「感謝するのは、わしも同じじゃよ。あの子のこと、頼めるのは君しかおらん」
偉大なる魔法使いが、20にも満たない少女の魔法使いに頼み事をする姿など、誰が想像できただろう。ダンブルドアの言葉に応えるように、オリヴィアは笑みを深くした。
「その時が来るまで。さようなら、校長先生」
その時が来るまで さようなら
は走った。
寮を飛び出し、疾風のように廊下を駆けた。途中レイブンクローの下級生に肩がぶつかり、相手が持っていたレポート用紙が宙を舞った。
「わぁ・・っ」
「ごめんね!」
は走ることを止めずに首だけを巡らせて謝ると再び全速力で駆けた。校舎を抜けると、遠くどこまでも広がるホグワーツの敷地が視界に飛び込んできた。その遥か向こうに学校をぐるりと取り囲む塀と、その中心に高くそびえる門が見える。は肩で息をしながら、その門に向かって歩いている人物がいないか目をこらした。弾む息を整え、リスのようにきょろきょろと辺りを見回す。そして、もう間もなくで門に到着する一人の少女を見つけた。遥か遠くにいる彼女は、とても小さく見える。
「オリヴィアさん・・・!!」
は思いきり息を吸って大きな声でその人の名前を呼んだ。全身全霊で叫んだ声は、果たして相手に届いていた。金糸のような髪をふわりと揺らし、少女がゆっくりとの方に振り向いた。そして、ゆっくりゆっくりと口角を持ち上げて笑った。は今にも泣きそうなほど顔をくしゃくしゃにして、オリヴィアがいる場所目指して全速力で駆け出した。
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