ドリーム小説
ねぇどうか名前を呼んで
降り積もる白い雪が私を隠してしまう前に
極彩色の世界に私が迷い込んでしまう前に
ねぇどうか私の名前を呼んで
■ 魔女の条件 〜The Love of the Maiden〜 <11> ■
部屋の扉をノックする音が聞こえ、スネイプはまず時計に目を向けた。夜の11時過ぎ。こんな時間帯にやってくる非常識な訪問者は誰だと、スネイプは眉をひそめた。
「開いている」
やや不機嫌に返事を返すと、扉が控えめな音を立てて開かれた。そして、この時間帯に入ってくるはずのない訪問者の姿に、スネイプはより一層表情を厳しくした。そこに立っていたのは、自分の寮の生徒だった。そして今、もっとも会いたくない男子生徒だった。
「我輩は規則破りをする生徒を寮生に持った覚えはないが。ミスター・マルフォイ」
精一杯の皮肉でもって追い返してやろうと試みた。だがスネイプは、息も荒く額に汗をかいているドラコの姿に違う意味で眉をひそめた。まるで全速力で走ってきたかのように、いつも綺麗に整えられたドラコの髪も乱れていた。
「こんな時間に何の用だね」
「先生、・・・が、・・いなくなりました!」
ドラコは必死な顔でスネイプに状況を告げた。
あのとき廊下で別れたのを最後にはずっと帰ってこないのだと。そして目撃者の情報で、が吹雪の中、外に飛び出していったということをスネイプに伝えた。ドラコは、スネイプならきっと必死になって探しに行ってくれると想っていた、だが、スネイプは全てを聞き終えると、椅子の背もたれに深く身体を預け、疲れた顔でため息をついた。スネイプのまるで投げやりな態度に、ドラコは驚きと怒りを覚えた。スネイプはいつも通りの口調で、
「こんな日に外に飛び出すなど自殺行為だ。とて、そのくらいわかろう。ありえぬことだ」
ドラコを一蹴した。早く出ていきたまえとでも言うかのように、スネイプは椅子の向きを変えてしまった。ドラコは立ちつくしたまま、ショックを受けた。だが、それはすぐに大きな怒りに変わった。ドラコは身体の横で拳をきつく握りしめた。
「スネイプ先生は、のことをわかっていらっしゃらないのですね」
「なに?」
「ありえないことなんてない・・・。は、死ぬ気なのですから」
余裕ぶった態度を取るスネイプに、ドラコは鋭い目を向けた。何としてでも、スネイプを本気にさせたかった。だがスネイプはドラコを横目で見て鼻で笑った。
「何を根拠に、」
「が僕に言ったんです。大切な人のためなら、・・・死んでもいいと」
「が?・・・ふん。馬鹿げている」
そう言いながら、一瞬だけ心が揺れたのをスネイプは自覚していた。だがあくまでその姿をドラコに見せようとはしなかった。スネイプの細かい心情など知らないドラコは、ひたすら必死にスネイプに話し続けた。
「失礼を承知で言わせていただきますが。スネイプ先生、・・・馬鹿げているのはあなたです」
「・・・マルフォイ。我輩は自寮の生徒を減点などして寮杯を逃したくはない。即刻ここから出ていきたまえ。さもなければ、」
「スネイプ先生!いつまでそうし続けるおつもりですか。あなただってわかっているはずです。が待っているのは、」
「・・・黙れ、」
「スネイプ先生!」
ドラコは自分の心が張り裂けそうなのを我慢して叫んだ。悔しかった。こんな、自分の敗北を剥き出しにするようなこと言いたくなかった。だが、仕方がなかった。情けなくとも、自分にはもうどうしようもなかった。彼女が待っているのは自分じゃないとわかっているから、だからドラコはせめて彼女を想い、耐え続けた。
(やめろ・・・、)
スネイプは冷静に冷静に、ドラコの言葉を否定しようとしていた。スネイプの心は確かに迷走していた。今すぐにを助けにいきたいという心と、今自分が行けば、せっかく離れてやった彼女との距離がまた元に戻ってしまうという苦悩の狭間にいた。自分が近づけば彼女は笑い、自分が離れれば彼女は涙を流す。そんな彼女を弄ぶようなことを、もうしたくはなかった。もう自分のせいで彼女が泣くのを見たくはなかった。スネイプは他の方法がないかと考え、闇の中を迷走していた。
「何を迷っていらっしゃるのですか?」
ドラコはスネイプの心を見透かすように強い視線を向けてきた。スネイプは、はっとして、避けていたドラコと目を合わせてしまった。ぎくりとさせられた。ドラコの目には、迷いはなかった。真っ直ぐに自分を見つめてくる瞳は、どこかのものと似ていた。
「を助けてはくださらないのですか」
「マルフォイ、・・・ひとつ訊きたい。何故、我輩にそのようなことを頼む。を想うのならば、君が行けばよいことだ」
「えぇ、そうですね。できることならば、僕が今すぐにでも飛んでいきたいものです。だが、・・・・それでは駄目なんです。僕が何をしようと、意味がないんです。・・・彼女が大切に想っている人は、スネイプ先生あなただけだ」
ドラコはスネイプから目をそらさなかった。今逃げたら、を見捨てることになる。だからドラコは拳をきつく握りしめて耐えた。蛇のように睨み付けてくる寮監に、真っ正面から立ち向かった。そして、
「は、先生の生徒です。崩してはいけない関係だと、先生が思っていらっしゃるのはよくわかります。確かに僕もそれを利用しました。は、あなたの生徒です。・・・ですが、それ以前に、」
わななく唇を噛みしめ、少年は負けを認め、そして少女の想いを守ろうと誓った。
「は、・・・・・あなたを愛する一人の少女です」
スネイプは、ドラコを見つめながら、その横に立つ少女の幻影を見つめていた。ふわりと優しく微笑む、銀色の光。暗い部屋を好む男には、手の届かない存在だと思っていた。手にすれば、彼女の光も消してしまうのではないかと不安で仕方がなかった。自分は何と言われても構わない。汚い言葉で罵られようと構わない。だが、自分のせいで美しい少女が穢れてしまうのではないか、忌みの眼に晒されてしまうのではないか、それが怖かった。
それでも彼女は最初から、真正面にぶつかってきてくれたのだ。
『私は、あなたが好きです。この気持ちに正直になりたい』
あのときと同じ台詞を告げて、ドラコの横に立つ幻影は霞のように消えていった。
スネイプは一度ゆっくりと瞼を下ろした。消えていった幻影の少女は、スネイプの瞼の裏に確かにいた。やっと答えを見つけた。こんなにも時間をかけ、遠回りしてしまったが。今ならわかる、自分のやるべきことが。
スネイプは椅子から立ち上がると、自分のローブと杖をとり、少年の脇をすり抜けた。
「先生っ、」
「君は寮に戻っていたまえ」
ドラコを背に、スネイプは部屋の扉を押した。背中にドラコの視線を感じた。スネイプは振り返らず、
「不本意だが、君には感謝しておこう」
早口にそれだけを告げ、ドラコに何も言わせずに扉をばたんと閉じた。
部屋を飛び出すと、スネイプは足早に外に出た。雪はもう止んでいた。だが、かなりの積雪だった。厚い雲が空を覆っていた。大地どこまでも白く、空はどこまでも黒く、果てしない白い闇が広がっていた。
こんな静寂に包まれた世界に彼女は独りでいるのか。果たして見つけ出せるのか。
(いや、わかる)
大声で名前を呼ぶ必要はなかった。今まで何度も感じた彼女の存在。スネイプはただ身体の赴くまま、まっすぐに歩き続けた。
は夢を見ていた。
ある日お姫様は恋をし、王子様が好きになりました。
ですが、お姫様は恋をすることが許されない身。
誰かを好きになれば呪いで死んでしまう。
でもお姫様はそれでもいいと思いました。
王子様に恋をし、たとえそれが報われない恋だとしても、彼を好きでいる間はお姫様は幸せだったのです。
この幸せな想いを抱いたまま、静かに眠っていたかった。
「、どこだ!!」
スネイプは急斜の崖を、十二分に注意を払いながら下へと降りていった。普通に考えたら、こんな豪雪の日にこんな崖に人がいるはずがなかった。スネイプでなければ、こんな場所を探そうとはしなかっただろう。だがスネイプには感じられたのだ。あの階段の事故のときと同じように。の存在を近くに感じた。
周りには何もなかった。雪を被った山椿の花が、静かに咲いていた。
(ここだ。間違いない)
「返事をしろ、!」
スネイプの声は、銀世界の中へと吸い込まれていった。返事は返ってこない。スネイプは焦り、舌打ちした。が出て行ってから、既にかなりの時間が経っていた。彼女が生きているのかどうかもわからななかった。もし手遅れだったら・・・。そんなことが脳裏をよぎり、スネイプは「くそっ、」と吐き捨てた。
「ふざけるな。我輩はまだ何も言っていないぞ」
心からの本当の答えを彼女に伝えていない。2人の関係は、スネイプが彼女を泣かせたまま止まっていた。そんなままで彼女を死なせるわけにはいかなかった。
彼女の、の笑った顔が見たかった。
自分の答えを聞いて、幸せそうに微笑む彼女の顔が見たかった。
スネイプは少女の名を呼んだ。
「!!」
(はい)
赤い椿の花が一輪、何かを伝えるようにはらりと落ちた。それが彼女の答えだった。
スネイプは落ちた椿の下に足早に駆けより跪くと、積もった雪を手でかきだした。柔らかな新雪は、だがかいてもかいても雪しか出てこなかった。凍えるような寒さに次第に指先の感覚がなくなってきたときだった。濡れた暗幕のような、湿った黒いローブが雪の中から現れた。
「!!」
スネイプは無我夢中で邪魔な雪を掘り進めた。雪の水分を吸ってぐっしょりと濡れたローブに身を包み、はようやくその姿を現した。スネイプはを雪の中から引きずり出すと、両手で抱き留めた。顔や髪についた雪を丁寧に払ってやった。だがからの反応は全くなく、人形のように力なくだらりとのけぞっていた。の顔は白というより青白くて生気がなく、体は氷のように冷たかった。そして何より、息をしていなかった。スネイプはの顔を上向きにして口を開かせると、自分の唇で彼女の唇を塞いで息を吹き込んだ。大きく息を吸い込んで、何度も人工呼吸を繰り返した。そしてローブから杖を取り出すと、呪文を唱えた。
「エネルベート!活きよ」
淡い光がを包み込んだ。光が消え、しばらくするとの長いまつげが微かにぴくりと動いた。だが、が目は覚ますことはなかった。スネイプはを自分のローブでくるみ、両手で抱き上げた。
「(くそ・・・、絶対に死なせはせん!)」
スネイプは雪を踏みしめながら、を抱いて歩き出した。の治療のため、一刻も早くマダム・ポンフリーのところへ行くべきなのは明白だった。だが、スネイプの行き先は違っていた。スネイプの足は、迷うことなく自分の研究室へと向かっていた。をここまで追い込んだのは自分なのだ。自分の手で彼女を救ってやりたかった。
「助けてやる・・・、絶対に助けてやる!」
いまだ体温を感じない少女を胸に抱き、スネイプは地下の自室へ向かった。
もう時計は真夜中の12時をとうに回っていた。スリザリン寮の談話室は夜の静寂の中に佇んでいた。暖炉の火も消え、時折炭になった薪がパキリと音を立てた。誰もいない談話室の窓際のソファーに、だが一人の少年が肘をついて座っていた。寂しそうに目を細め、白闇の中を駆ける男とその腕に抱かれた少女の姿を見守っていた。
「・・・」
小さな声で呟けば、少年の息が冷たい窓を白く曇らせた。
(君が生きていなければどうしようもない。君に言いたいことがあるんだ。早く戻ってきてくれ)
少年はそっと目を閉じ、静かに涙を流した。ただ、自分が愛した少女が無事に帰ってくることだけを願って。
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