ドリーム小説
あの頃あなたは確かにヒーローだった
けど、今は違う
今のあなたはただのゴンタクレだ
06:ボクサーの御法度3
路地裏の攻防に決着がついたのは、太陽が地平線に半分沈んだ頃だった
結局ぷっつん切れてしもうたワイがものの数分で不良どもをぼっこぼこにして終わった
「なんや。喧嘩売ってくるくらいやからなんぼのもんかと思えば」
「口ほどにもない奴らやな」と、地面に倒れて気絶する3人を見下ろし口の中にたまった血をプッと吐き出した
3人を思う存分殴って、溜まっとった鬱憤が少しは晴らせたわ
「うぉ、口ん中切れとる」
「・・・」
吐き出した唾に混じる血の多さに自分で驚いた
さてな、それよりアイツどないしたやろか
振り向くと、アイツは地面にぺたりと座り込んだまま何も言わず俯いとった
ワイは座り込むアイツのそばまで寄ると、慣れたヤンキー座りで目線を合わせてやった
「おぇ、・・・平気か?」
「・・・」
一応ワイなりに気を遣ってはみたんやが・・・
アイツからの返事はない。俯いたままや
どうしたらいいかわからず、とりあえずがしがしと頭を掻いた
「怪我はしとらんよな。立てるか?」
「・・・」
「立てへんのやったらワイがおぶってってやってもえぇけど」
「・・・」
「・・・(なんで何もしゃべらへんねん)」
「・・・」
「なー・・・もぉ陽沈むさかい。そろそろ行かんと柳岡はんも」
「心配するで」と言いたかったんやけど
それが言い終わる前にアイツが先に動いとった
バチンッ!!
軽快な張り手の音が響き渡る
それはそれは唐突やった
夕暮れ時の静かな裏路地に、気持ちいいくらい張りのあるビンタの音がこだました
「・・・――」
「は・・・?」
突然すぎて状況が理解できんかった
さすがのワイも驚いたわ
目をパチクリさせて呆然とアイツの顔を見つめる
したら、アイツはいきなりぽろぽろ涙こばして泣き始めた
流石のワイもギョッとした
けどアイツはワイのこと怒りを抑えた顔でジッと見つめたまま涙を流しとった。ワイを叩いた手もそのままに
まっすぐ見つめられ、その目をそらせなくなる
意志のある強い瞳やった。思わず引き込まれてしまうぐらいの強さがあった
「ばか・・・―っ」
「は・・・?・・・って、うぉい!!なにすんねんワレ!?」
けど、それとこれとは別や
ハッと我に返ると、ワイは歯を剥いて怒鳴りちらした
なんでワイが引っぱたかれなあかんねん
「助けてもろうといてなんやねんその態度!?」
こっちとしてはお前を守ってやったつもりやのに
「納得いくように説明せぇ!!」と吠えれば、アイツは震える唇を小さく開いて呟いた
「・・・言ったじゃない、ですか」
「あ!?なんやねん、声ちっさくて聞こえへんわ!」
「・・・拳・・・使っちゃだめって・・・、言ったじゃないですか・・・っ」
アイツは涙でしゃくりあげながらも、なんとか伝えたいことを言葉にしてワイにぶつけてきた
「・・・これからプロになろうっていう、大事な拳なのに・・・――っ」
どうやらこいつはワイが喧嘩に拳を使ってしまったことを責めているらしい
一理あるどころか、完全にこいつが正しい
流石にワイも焦った
「せ、せやかてしゃぁないやろ。これは喧嘩や!やるかやられるかやで!?」
「喧嘩じゃありません・・・っ。千堂くん、あなたが今頑張っているのは・・・ボクシングです!」
「な、なんやと・・・っ」
アイツの声も表情も、すべてが真剣で必死やった
並のプレッシャーには負けへんワイも、わずかに気圧された
けどワイかてすんなりと納得はできひん
だってしゃあないやろ。さっきの状況ではこいつにも危険が迫ってたわけやし
そう言っても、こいつもまた頑固に譲ろうとはせぇへんかった
「バンデージ巻いてグローブつける大事な拳を喧嘩で血まみれにするなんて・・・、そんなのボクサーじゃないです・・・っ」
ぼろぼろと泣きながらも、アイツはワイにきつくお灸を据えてきた
せっかく助けてやったのに・・・なんやねん。ワイはふて腐れる
「な・・・なんやねんその言い草は!?せっかく守ってやったっちゅーのに!」
「わ、私は・・・っ、そんな掟破りの拳で守られても・・・全然嬉しくなんかないです・・・――っ」
嬉しくなんかない。たとえ自分を守ってくれようとしたのだとしても
アイツは可愛らしい顔で精一杯きつくしてキッと真っ直ぐにワイを見つめてくる
その瞳が必死すぎて、・・・あぁこいつほんまにワイにわからせたいんやなって気持ちが伝わってきた
「千堂くんの拳は、これからリングで輝く拳なんです・・・。きっとあなたの試合を見たら、みんなが一瞬でひきこまれる
みんなが憧れる・・・わくわくするようなパンチを見せてくれる・・・。そんな拳をあなたは持っている・・・、それなのに」
止まりかけていた涙が、再びアイツの頬を伝って落ちていく
アイツは覚束ない動きで両手を伸ばすと、ワイの右手を・・・不良どもの血で赤く染まった右手にそっと触れた
思いがけない行動にちょいドキッとした。けど、触れられて初めて知る
ワイとは全然違う細くか弱い手。あぁこいつボクシング強い言うても、やっぱ女なんやなと思い知らされる
「こんなところで、無駄にしてほしくない・・・。この2ヶ月流してきた汗を、喧嘩でついた血なんかで穢してほしくないん、です・・・――っ」
「・・・・・・」
伝えたいことをすべて吐き出すと、もう堰を切ったように涙の雫を後から後からこぼした
後はもう、肩を上下に揺らししゃくりあげながるだけ
そんな彼女を前にして、ワイは・・・
(あー・・・。・・・あかんわ)
何と声をかけたらいいかもわからず、貸してやれるハンカチも持ち合わせておらず
彼女に手を握られたまま、ただ黙っているしかなかった
けど、別にこいつの言葉が嫌だったわけやない
むしろ逆で、正直言えばこないに必死になってくれるとは思っとらんかったから、少し嬉しかったんや
だからやろうか、ワイは素直にその言葉を言うことがでけた
「あー・・・、なんや・・・その」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・すまんかったな」
「・・・――!」
俯いてぼろぼろと泣いとったアイツはワイからの思いも寄らぬ謝罪の言葉にハッと顔を上げた
聞き違いだろうかと思っとるみたいやな。失礼なやっちゃな・・・
「千堂、くん・・・?」
「・・・あれや」
「え?」
「ワレがそこまで考えとってくれたなんて知らんかったし・・・。ワイも一回ぐらいえぇやろって思うとったわ。・・・せやから」
「染みたわ・・・」ワイは頬を指で掻きながらぼそりとそう言うてやった
たったそれだけ、たったその一言だけやけどな
けど、それはこいつの涙を止めるには十分すぎたみたいや
今度はこいつが目を真ん丸にして驚いとった。ほんまに失礼なやっちゃな。けど、もうえぇわ
「おおきにな」
「・・・!あ・・・、や・・・、い、いえ・・・っ」
礼を言うてやったら、なんや途端に慌てだしよった
今の今までぼろぼろ泣いとったくせに、アイツは目を何度もパチパチ瞬きさせると、いきなりにっこり笑いおった
「ふ・・・、ふふ・・・っ」
「・・・なに笑っとんねん」
どこにおもしろ要素があったのかわからんわ
けどアイツは肩を揺らしてクスクスと女らしゅう笑っとる
その顔はまぁ割りと可愛ぇとは思ったが、なんや笑われたことがおもろなくてワイはそっぽ向いてふて腐れてやった
*
と、実はそんなことがあったわけだが・・・
それがターニングポイントとなったのか、その日を境に千堂くんは少しだけ行動が大人しくなったのだった
大人しくなったとはいっても威勢の良さは相変わらずだが
喧嘩に拳を使った事情を知った兄に雷を落とされ、千堂くんは2週間グローブをつけるのを禁じられてしまったが、それも素直に従っていた
「柳岡はん、先ロード行っとるで!」
しばらくはトレーニング中心
けれど千堂くんは今日も首にタオルを引っかけて元気よくジムの扉を開けていく
あ、それからもう一つ。あの日以来彼の言動で変わったことがある。それは・・・
「あ、千堂くん。これ飲んでいってください」
「あ?おー、またあれかいな。浪速の虎スペシャル」
「はい。さらにカロリーダウンに成功しましたので」
「はぁ、熱心に。ようやるなぁ」
「はい。すべては千堂くんのライセンス取得のためです」
「・・・そか」
私は相も変わらず彼のサポートに気合いを入れていた
彼はスクイズボトルのストローに口を付け、お手製のドリンクを喉に流す
そして空になったボトルを彼はポンと投げて寄越した
「ごっそさん」
「はい、お粗末様です」
「おおきにな。・・・」
短い感謝の言葉。それから、呼び慣れないながらもボソッと呼んでくれたのは私の名前だ
変わったことはこれ。それは今まで「ワレ」としか呼んでくれなかった私の名前を呼んでくれるようになったこと
千堂くんの中で私がどんな位置づけに変化したのかはわからない
けれど彼が「」とその名を呼んでくれるとき、私はたまらなく嬉しくて思わず笑顔になってしまう
それは確かだった
とりあえず入門編はここまでです。本当にスローペースな恋でスミマセン・・・
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