ドリーム小説
9月中旬
千堂くんと茂田選手の試合まで残り2週間を切った
それでも千堂くんの頭の中は相変わらず一歩くんとの試合のことでいっぱいだった
目先の対戦相手のことなどまったく眼中にない様子
そんな矢先のことだった
「え?私が茂田選手の公開スパーリングにですか?」
茂田選手が大阪で拠点としているジムで公開スパーが行われるらしく、なんとその偵察に誘われたのだ
「柳岡は用事があって行けんらしくてな。ちゃんならボクシングにも通じとるし」
一緒に行かんか、と会長さんに誘われて、私は少し考えてからOKを出した
興味無し男の千堂くんに代わって、何か一つでもいいから茂田選手の情報を持ち帰れればと思った
けれどそんな私の意気込みは偵察当日、・・・軽く打ち砕かれることになるのだった
33:ライバルはサウスポー?1
茂田選手の公開スパー当日
その日は気持ちがいいくらい晴れ渡った一日だった
けれど偵察を終えてジムに戻ってきた私はというと、精神的にちょっと・・・いやかなりへこんでいた
「おぉ、おかえり。お疲れさん」
「・・・うん」
ジムに戻ってきた私は、用事を終えて戻ってきていた兄に迎えられた
その兄と千堂くんはミット打ちの最中
私はだいぶ疲れ切った顔で無理やり笑顔を作って応えた
けれど私の下手な笑顔などすぐに見破られてしまうのだった
「・・・?なんやお前。どっか調子悪いんか?」
「ぅ、・・・んー・・・」
何とも歯切れの悪い返事と疲れた笑顔で適当に返事を返す
すると、ミット打ちを中断してじっと私を見ていた千堂くんに声をかけられた
「で。肝心の茂田の調子はどないやった?」
「・・・」
千堂くんが茂田選手の名前を出した途端、私は分かりやすいほどカチーンと笑顔を固まらせてしまった
兄も千堂くんも「?」を浮かべて私の様子をうかがう
そばで聞いていた会長さんだけが私の心情をわかっていて、すまなそうな顔をしていた
「なんやねん、おもろい顔して。なんかあったんか?」
「ぅ・・・。・・・まぁ、何かあったと言えばあったような、なかったような」
「は?ようわからん。はっきりせぇや」
「・・・」
気短の千堂くんははっきりしない私を責める
そんな私の様子を見て、一緒に行った会長さんがいよいよ口を開いた
「すまんかったなぁ、ちゃん・・・ワイが誘ったばっかりに」
「え・・・いえ、そんな・・・。会長さんのせいじゃないです。・・・お気になさらないでください」
「せやけどなぁ・・・」
「・・・?なんや、やっぱなんかあったんやないか」
会長さんの言葉に、千堂くんは事情を話せという圧をかけてくる
けれど私はちょっと話す気にはならなかった
そんな私の様子を感じ取った会長さんは、ぽりぽりと頬をかきながら私の代わりに事情を話してくれた
「実はちゃんなぁ・・・・・・、帰りにちょっかい出されてもうてなぁ」
「・・・ちょっかい?誰にやねん」
「あー・・・まぁ・・・」
「・・・」(気まずい顔の)
「その・・・、茂田の奴になぁ」
「は・・・?」
「あぁ・・・!?」
「・・・っ」
兄と千堂くんの反応は予想通りのものだった
それから会長さんは公開スパー先であったことを話してくれた
*
あまり思い出したくもないのだけれど・・・
それは茂田選手の公開スパー終了後の出来事だった
本日予定していたスパーも終わり、記者さんたちはぞろぞろと帰っていき、ジムにはごくわずかな人々が残っていた
会長さんは新日本ジムの会長さんと挨拶と握手を交わしていて、私はリングの横でそれが終わるのを待っていた
そのときだった
「なぁ、アンタ」
「え?」
不意に声をかけられ私は振り向いた
するとそこにはなんと、今さっきまでリング上でスパーをしていた茂田さんがいた
もうシャワーも浴びて私服に着替えている
私はびっくりして目を丸くした
「あの・・・何か?」
返事を返すと、茂田さんは唇の端を軽く上げて笑った
「スパーしてたときさ、上から見つけて気になってたんだよね」
「え?」
「アンタ可愛いね。どこの記者さん?」
いきなりの質問。しかも初対面とは思えないような馴れ馴れしい口調
私は自分の中で黄色いシグナルが点滅するのを感じた
「え・・・、あの、私記者では」
「あ、なんだ違うんだ。じゃ、どっかのジムの関係者?」
「はい・・・、えっと・・・なにわ拳闘会の者です」
「なにわ・・・?え、じゃあ千堂さんのジムの?」
自分の対戦相手の身内だとわかるや、茂田さんは驚きの表情も一瞬に、なんだか含みのある顔で笑った
どことなく嫌な感じの笑い方だなと思った
「へぇ・・・、千堂さんの。じゃ、偵察だ」
「・・・まぁ・・・そうなるんでしょうか」
「ふーん・・・。こんな可愛い子が偵察に来るなんて、意外だね」
「・・・どうもです」
さっきから「可愛い」を連発され、私はくすぐったくもあり、同時に居心地悪くもあった
初対面の人にこんなに褒めちぎられても私はうまく対処できない
それに、なんだかこれって・・・
(ナンパっぽい・・・)
以前千堂くんと遊園地に行ったときに男の人たちに声をかけられた・・・あのときと同じ匂いがする
私はこういうタイプの男性がちょっと苦手だ
うまくかわすことができない
「ね、アンタ名前は?」
「え・・・と。・・・柳岡、です」
「下の名前」
「・・・」
なんだろう・・・茂田さんの声や態度、笑顔にプレッシャーを感じてしまう
自己防衛反応?あんまり自分の情報を教えたくないなぁと思いながらも、彼に与えられる圧に逆らえなかった
「・・・、です」
「ちゃん、ね。なぁアンタさ・・・もしかして千堂さんの彼女だったりする?」
「へ・・・・・・?」
いきなりこの人は何を訊いてくるのか
私は一瞬ポカンとしてしまった
けれど慌てて両手を振って否定した
「ち、違いますけど・・・」
「あ、そう。ならよかった。じゃあさ、ちょっと俺に付き合わない?」
「え・・・?」
「コーヒー一杯でいいよ。今から時間とれない?」
「え・・・、あの・・・・・・」
これは・・・もはや完全にナンパだ
今さっき知り合ったばかりだというのに随分と馴れ馴れしいというか
私の中で点滅していたシグナルが黄色から赤へと変化しようとしている
「ごめんなさい・・・、私すぐジムに戻らないと」
「急ぎの用事でもあるの?」
「えと・・・、そういうわけじゃないんですけど」
「ならいいじゃん。ちょっとだけでいいからさ」
「え・・・っ、・・・でも・・・」
「どうしてもダメならさ、代わりに電話番号教えてよ。ね、どっちがいい?」
「え・・・、あの・・・、わ、私・・・・・・電話ないので・・・――っ」
「は・・・?」
「ぁ・・・っ」
自分で言ってから「しまった」と思った
何を言ってるんだ自分は・・・言うに事欠いて電話がないとか
なんてわかりやすすぎる嘘
ぽかんとした表情の茂田さんに見下ろされ、途端に恥ずかしくなって両耳に熱が集まってくるのがわかった
するとそんな私の顔を見て、茂田さんは肩を揺らして笑い出した
「・・・。・・・ぷっ、・・・くっくっくっ、おもしれぇ。アンタ、ホント可愛いわ。気に入った」
「ぁ、の・・・」
口元に手を置いてクスクス笑いながら、茂田さんは私の方に手を伸ばしてきた
何をされるのかと強張って動けない私の頬を、茂田さんのごつごつした指がするりと撫でて離れていった
それがあまりにも自然な動きで、私は完全に拒絶するタイミングを失ってしまったのだった
*
会長さんの話が終わり、私はちらりとみんなの顔をうかがった
兄は・・・まぁ予想通りというか、両手をわなわなさせて心配でしょうがないという顔をしていた
一方の千堂くんはどんな反応なのだろう・・・私はそれが気がかりだった
他ジムの選手にナンパされたと聞いて、ほんの少しでもいいから心配してくれたりするのだろうか
そんな淡い期待は、けれど千堂くんの言葉にあっさり打ち砕かれた
「アホか、ワレ」
「へ・・・」
「何を敵の男と仲良ぅしとんねん」
厳しい三白眼の目が、疑惑や不信、不満をいっぱいに含んで私を睨んでいた
なんだか怒られているような責められているような、ひどくみじめな気持ちにさせられる視線だった
私は千堂くんと目を合わせたりそらしたりを繰り返しながら小さな声で反論した
「べ、別に仲良くしていたわけでは・・・」
「ホンマかいな。茂田の奴に可愛ぇ可愛ぇ言われて、ほだされたんとちゃうんか」
「な・・・。わ、私・・・ほだされてなんかないです・・・っ」
「けど、しつこく迫られてはっきり断れんかったんやろ」
「そ・・・それは、」
その通りだ
千堂くんは私の気弱な性格をよくわかっている
ハァと千堂くんが呆れたため息をつくのが聞こえて、私の心はずきりと傷ついた
「懲りんな、自分。嫌なら嫌ってはっきり言わなあかんって、前も言ったはずやで」
「・・・ぅ・・・」
よく覚えている・・・
以前遊園地で男の人たちにナンパされたときも、私ははっきり断ることができず千堂くんに助けられたのだ
友達と一緒にいるときはいつも友達が私の代わりに男の人を追い払ってくれる
たぶん私は今回も・・・無意識に誰かが助けてくれるのを待っていた気がする
情けないと自分でもわかっている
体の前で合わせた両手にギュッと力がこもる
「いっぺん危ないめにあわんとわからんのとちゃうか」
「・・・」
そんな私に千堂くんは冷たい言葉を浴びせる
千堂くんの言葉に私の心はシクシクと痛んだ
けれど傷つくのと同時に、「どうして・・・?」という疑問と不満も少しずつ湧いてきた
どうして千堂くんにそこまで言われなければならないのか
私は唇をきゅっと噛みしめて、ゆっくりとそれを開いた
「私は・・・茂田さんとちょっとお喋りしていただけです。それのどこがいけないんですか」
「・・・あ?」
「私が茂田さんと仲良くして、千堂くんには何の問題もないはずです・・・」
私はびくびくしながらも千堂くんに反論した
千堂くんは私が言い返してくるとは思っていなかったようで、片方の眉をぴくりと上げてちょっと驚いた様子
けれどすぐに両眉をつり上げて「アホ!」と叫んだ
「茂田はワイの次の対戦相手やで。ワレはそないな奴と仲良ぅするんか?!」
「そ、・・・それの何がいけないっていうんですか・・・っ」
「あぁ・・・?!」
「だって、対戦相手って言うなら一歩くんだってそうです。一歩くんとは仲良くしても千堂くん何も言わないのに・・・、どうして茂田さんだとダメなんですかっ?」
私は自分の言い分は正しいという自信があった
少なくとも正当性はあると
けれど、そんな私の感覚を打ち破って、千堂くんはまるで子供のような理論を展開するのだった
「幕之内は別にえぇねん。せやけど、茂田はアカン」
「・・・っ、だからどうして」
「知らん!」
「知らん・・・って」
「知らんけど。ワレが奴と仲良ぅするんはいけ好かん!」
「んな・・・っ」
それだけ言うと千堂くんはフンッと鼻息荒くして私たちに背を向け、勝手にロードへ行ってしまった
がらがらぴしゃんと扉が閉まり、取り残された私は呆然とするしかなく
「な、・・・なんですかそれ・・・」
私はしばし呆気にとられ、けれど理不尽な千堂くんの言い分にじわじわと不満が湧き上がってきて
私は眉を寄せ、頬を膨らませ、千堂くんが「ブサイク」とからかう顔で彼が出て行った扉を睨みつけた
そんな強がりとは裏腹に、千堂くんにビシバシ鞭打たれた私の心は、ズキズキと鈍い痛みに打ちひしがれていた
茂田さんをチャラいナンパ男にしてしまってすみません・・・たぶんもっと誠実な人だと思う、よ
そしてやきもちを妬いていることに気付かない千堂さんなのでした
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