ドリーム小説
東京後楽園ホールで行われた一歩くんの再帰戦の数日後
今度は大阪府立体育会館にて千堂くんの初防衛戦が行われた
相手は同級2位、冴木卓麻選手
スピードスターの名の如く、速さに定評のある冴木選手を果たして千堂くんは捕えることができるか
そんな下馬評が試合前に上ったけれど、蓋を開けてみれば結果は千堂くんの圧勝に終わった
『初防衛戦を見事1RKOで成功!!恐るべし浪速の王者、千堂武士!!』
アナウンサーの興奮気味の実況、鳴り止まない千堂コール
そしてリングの中央、そこにはチャンピオンベルトを腰に巻いて両手を掲げる千堂武士の姿があった
KOタイム、1R1分7秒。フェザー級日本タイトルマッチの最短KOタイムを更新
たった一回の防衛戦、けれどそれは王者の貫録を見せつけるには十分な試合となった
「なんや千堂さん、どんどん強うなっとるな」
「成長スピードが異常やで・・・」
ジムの練習生や新聞記者さん、千堂くんの試合を観た者はみな口々にそう言った
それは兄も、そして私も感じていることだった
とりわけヴォルグさんとの試合以降、千堂くんの成長は急激に加速している
「やっぱロッキーは最強やわ。誰が相手でも負ける気せぇへん」
応援してくれる人たちはみなそう言う
けれど当の本人もトレーナーの兄も今の状態に満足して胡坐をかいてはいなかった
「幕之内は夏の合宿に行ったらしいで。こっちもうかうかしとれんな」
冴木選手との試合が終わって間もないというのに、千堂くんは兄指導のもとすぐに対一歩くんの練習を始めた
目先に迫る茂田選手との試合の対策ではなく、一歩くん攻略の練習をだ
それだけ千堂くんの一歩くんに対する執着心は強いということだ
「千堂。ワレの新しい武器を作ったるわ」
兄のその一言で千堂くんの新しいトレーニングは始まった
とはいっても、それは単純なものだった
兄が千堂くんに手渡したもの、それは二つのパワーアンクルだった
「特別なメニューなんぞない。これからしばらくは、これ両足に巻いてひたすら走るんや」
「は・・・?これ・・・って。ただのパワーアンクルやないか。足なんぞ鍛えて何の役に立つねん」
「やかましいわ。つべこべ言わんと、言われた通りやってみぃ。まずはウェイト一本から始めて、慣れてきたら本数増やしてくんや」
そう言われ、千堂くんはその日からパワーアンクルを両足首に巻いて走りに走らされた
基本、リングに上がるとき以外はずっと巻きっぱなしの状態でいることを言い渡され、千堂くんは「げっ・・・」とあからさまに嫌な顔をした
朝のロードに夕方のロード、彼は走りに走った
「くっそ・・・足重たくてしゃあないわ・・・。便所行くのも億劫んなる」
ぜーはーぜーはー、と犬のように舌を出して息をして
ロードでくたくたになった足を引きずりながらトイレに行く姿はなんとも哀愁漂うものだった
そうして初めは両足一本ずつから始まったそれも、日が経つにつれどんどんウェイトの本数を増やしていった
そして3週間が過ぎた頃には、千堂くんの下腿三頭筋(ふくらはぎ)は以前とは比べ物にならない大きさになっていた
しかし、千堂くん自身はそれが何の役に立つのか、どう活用するのかまだうまくわかっていないようで
「こんな足ばっか鍛えて・・・。軽うなったんは確かやけど、一体何の役に立つねん」
ジムの端っこに敷いたマットの上でうつぶせに寝て、私に両足マッサージされながら千堂くんはぶつくさ言う
私は彼の足を曲げたり伸ばしたりしながらそれを笑って聞いた
「私にもわかりません。けどお兄ちゃん、家でもずっと一歩くんの再帰戦のビデオ観て研究してたんです。今の千堂くんに必要な武器はこれだって」
「ワイの武器、か・・・」
「だから練習を続けていればきっと何かの役に立ちます」
「そやな。柳岡はんのやることは間違っとらん」
「はい」
千堂くんが兄に絶大な信頼を置いてくれていることが私は嬉しかった
自然と笑顔が浮かぶ
と、不意に千堂くんが何かを思い出したように「そや!」と声を上げた
「忘れとったわ、マッサージ終わったら幕之内んとこ電話せな!」
「え?一歩くんにですか」
「そや!この記事のこと訊かんと」
そう言ってうつぶせの状態で手近に落ちていたスポーツ新聞を広げて見せた
そこに書かれていたのは・・・
『熊殺し 日本ミドル級チャンピオン 鷹村!!』
*
マッサージが終わると千堂くんは2階の応接室に駆け上がり、ソファーにどっかり座って受話器を取った
私もちょっと気になったので、ソファーに座る千堂くんの後ろで話を聞かせてもらうことにした
『もしもし。幕之内ですけど・・・』
「ワイや!!」
『ワ、ワイ・・・?』
「そや!ワイや!!」
「千堂くん・・・ワイじゃわかりませんって」
なんと一方的すぎる電話だ・・・
けれど一歩くんはしばらくしてわかってくれたみたいだ
『千堂さん!どーも久しぶりです!』
「挨拶はえぇ!それより夕刊見たで。これホンマか!?」
『あー・・・、目撃はしてないんですけど僕も熊鍋は食べましたから。少なくとも熊が一頭死んだことは本当かと』
「やっぱホンマなんか!?ごっついお人やなぁ鷹村さんは!」
ずっと気になっていたことがはっきりし、千堂くんは満足したらしい
逆に一歩くんの方が、千堂くんの試合の相手の茂田選手について気にしてくれていた
『ところで茂田さんとの試合もうすぐですけど、どうなんですか?』
「茂田・・・?あぁ・・・そういやおったな。眼中にないさかい、忘れとったわ」
『そんな・・・眼中にないって。茂田さん要注意ですよ!やりづらくてっ』
一歩くんのその一言から、話は少しだけ茂田選手のことに移った
けれど焦る一歩くんとは対照的に、千堂くんの口調は変わらずのんべんだらりとしていた
余裕というか、舐めきっているというか・・・
「茂田がナンボのもんか知らんが、そないに心配ならタイトルマッチのチケット送ったるわ」
『え・・・!』
「少しは進歩したワイが見れるで」
『は、はい・・・。ぜ、せひチケット送ってください。よろしくお願いします!』
受話器の向こうの一歩くんの声が緊張しているのがわかる
千堂くんが無駄にプレッシャーをかけたからだろう
まったくもう・・・と私は千堂くんをソファーを挟んで後ろから眺めながら苦笑した
「で、なんぼのにする?」
『はい・・・?』
「へ・・・?」
終わると思っていた通話は千堂くんのその一言でもう少し伸びることとなった
一歩くんの声が呆気にとられている
それは私も同じだった
「なんぼ」って・・・。まさか観に来いと言った相手からチケット代をとるつもりだったとは
けれど千堂くん的には、「アホか。こちとら生粋の大阪人や。商売せんでどないする」という考えなのだろう
私はハァとため息をつくと、高いチケットをひらひらさせる千堂くんの手の中の受話器を後ろから奪い取った
「もしもし、一歩くん?です。ご無沙汰してます」
『え、・・・さん?わ、どうも!お久しぶりです!』
「ちょ・・・っ!?何すんねんワレっ」
文句を言う千堂くんの顔に、私は手近のクッションをバフッと押し付けて黙らせた
「あの、お金結構ですから。チケットは2枚分お送りしますので会長さんといらしてくださいね」
『え・・・あの、いいんですか?千堂さんはナンボかって』
「そんな御代なんていただけません。大丈夫ですからどうぞお気にせず」
「おぇ、!ワレ何すんねんっ。商売の邪魔すんなや!」
クッションを手で払いのけた千堂くんが私から受話器を奪おうとするので私は彼から受話器を遠ざけた
「!!ワレ何考えとんねん!?」
「もう・・・!千堂くんこそ何考えてるんですか!?以前東京であんなにお世話になった人にチケット代なんて請求してっ」
「あれはあれ!これはこれや!受話器返さんかい!!」
「嫌です・・・っ!」
『あ、あのぉ・・・大丈夫ですか?』
受話器の向こうからは一歩くんの心配そうな声
「あ、大丈夫ですから・・・!それでは一歩くん、大阪でお待ちしてますのでっ」
「あーっ!何勝手に切ろうとしとんねん、ワレっ!待ちぃや!」
千堂くんがソファーを乗り越えて体ごと受話器に手を伸ばしてきた
次の瞬間、なんとソファーがぐらりと傾き、千堂くんがソファーごと私の方へ倒れてきた
「おわ・・・っ、ちょ・・・どきぃや・・・――っ!!?」
「え・・・、わ・・・――っ!」
バターン!!と派手な音を立ててソファーが倒れた
私は背中から真後ろに倒れこんでしまい、お尻と背中と頭をしこたま床に打ち付けて背面全体にジィンと痛みが走った
痛い・・・地味に痛いよ・・・
それからどういうわけかやけに重たかった
32:ドキドキテレフォンショッキング
あかん・・・やりすぎたわ
まさかソファーごとひっくり返るやなんて
しかもワイが覆いかぶさるようになってしまったさかい、のこと下敷きにしてしもうた
のやつ怪我してひんやろか
「い・・・つつ・・・っ。おぇ、・・・?」
大丈夫かいな、と声をかけようとしてワイは気づいた
なんや妙にしゃべりにくいっちゅーか・・・ほっぺたやら顔面にえらい柔っこいものが触れとるっちゅーか
顔にあたっとるのなんやねん?
そんなワイの疑問はの焦りの声に反応してパチリと目を開けた瞬間わかることとなった
「千堂、くん・・・っ!あ、ぁの・・・――っ」
えらい困り気味の焦った声で呼ばれ、ワイは目を開けた
いきなし目の前にあったんは見たことのあるTシャツのロゴ
それからでっかくてやわっこい山が二つ
その瞬間、ワイははたと我に返った
あー・・・あかん、わかってもうた
「・・・」
「ちょ・・・っ、・・・あ、の・・・――っ」
ワイ・・・どうやらの胸に思いっきし顔面ダイブしとったみたいやわ
どうりで全然痛くなかったわけや
さすがは
「Dカップの威力やな」
「・・・――っ!?!?」
心ん中で呟いたはずの本音が、無意識に声に出てしもうていた
あかんと思ったときには時すでに遅し
顔を上げると、そこには顔から耳まで真っ赤にしたが困ったような怒ったような顔でワイを見下ろしとった
「い、いつまでそうしてるんですか、さっさとどいてくださーい・・・・・・―――っ!!!」
「お?・・・っ、ぶほ――・・・っ!?」
反撃は一瞬
に再びクッションを顔面にぶつけられ、ワイはそのまま反対側にひっくり返ることになる
たまにはこんなべたべたなラブコメもいいかな、と・・・
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