ドリーム小説
季節は流れ、7月
夏の後楽園ホールでは皆が待ちに待った一歩くんの再帰戦が行われた
一歩くんにとっては伊達選手とのタイトルマッチ敗戦後初の試合
きっと長いことうずうずしていたことだろう―――早く試合がしたいと
夜も更け、ただいまの時刻深夜1時55分
場所は柳岡家のリビング
さして大きくもないテレビを前に、私と兄は間もなく始まるボクシング番組『ダイナマイト・グローブ』を今か今かと待っていた
風呂上がりの私の左手には月刊ボクシングファン、右手には冷たい麦茶のペットボトル
ソファーの上にぺたんと座り込み、今夜放映される対戦カードを入念にチェック
「一歩くんの相手は、・・・ポンチャイ・チュワタナ選手?聞き慣れない名前・・・、東南アジア系かな」
私の呟きに、兄の手の中で冷えた缶ビールのプルタブがカシュッと良い音を立てて応えた
「タイや。国内3位の実力者らしいで。まぁ、幕之内の再帰戦には調度えぇ相手やろ」
「それって『かませ犬』・・・ってこと?」
「どうやろなぁ。あの鴨川の会長はんがそないな甘い相手選ぶとは思えへんけど」
兄はビールをぐびりと飲み、視線をテレビに向けた
CMが明け、画面には『ダイナマイト・グローブ』のタイトルロゴが映し出される
次いで流れたのは、リング上で睨み合う一歩くんとポンチャイ選手の姿だった
「一歩くん・・・ちょっと緊張してる?なんだか動きが硬いね」
「せやろなぁ。久々の試合、しかも大事な大事な再帰戦や。緊張せん方がおかしいわ」
「そっか・・・そうだよね。あっ、危ない!」
画面の中、ポンチャイ選手のストレートをぎりぎりでかわす一歩くんの姿に私はハラハラする
調子が良くないのだろうか。心配になる
私は画面の中で戦う一歩くんに声援を送った
「わっ、入った。ナイスアッパー!」
麦茶のペットボトルを握りしめながら一歩くんの応援に必死になる
そんな私を見て、兄はビールを舐めながら肩を揺らして笑っていた
私はなぜ笑われたのかわからず、床に胡坐をかく兄を「なに?」と見下ろした
「なんや、。幕之内の試合だとえらい熱心に応援するやんけ」
「へ・・・?」
「お前、身内の千堂の試合やといっこも声あげずに必死な顔で見守っとるだけやのに」
「え・・・っ。そ、そかな・・・。そんなことないよ」
「そんなことあるやろ。席もいつもえらい遠いとこで観とるし。・・・なんやお前」
私がソファーの上で兄が床に胡坐なので、位置的に兄が振り返ると私を斜めに見上げるような形になる
私を見上げる兄は、なんだか楽しそうに・・・訂正・・・意地悪そうに笑っていた
「。お前、千堂のこと嫌いなんか?」
「え・・・?な、なに言ってるの・・・?嫌いなんかじゃないよ・・・、うんっ」
ジムの看板選手を嫌いかだなんて、突然何を訊いてくるんだこの兄は
私は首を横に振って否定した。生乾きの長い栗毛が左右に揺れる
千堂くんのことが嫌いだと?そんなわけがない
だって私はついこの間自分の気持ちを自覚したばかりなのだから
(嫌いなんかじゃない・・・むしろ逆だよ・・・。私は、千堂くんのことが・・・・・・)
そんなことを考えていたら、この意地悪な兄はまるで私の心を読み取ったかのように問いかけてきた
「ほぉか。ほなら、千堂のこと好きか?」
「へ・・・?・・・え・・・、え・・・――っ!?」
千堂くんのこと好きか・・・・・・だと?
な、な、な、なにを訊いてくるんだいきなりこの兄は!?
「嫌いやないんやったら好きなんやろ?」
「好、き・・・って・・・、え・・・・っ、なんで・・・――っ」
完全に不意打ちだった。私は戸惑い慌てる
落ち着いてよく考えれば返答はもっとすんなりできるはずだった
「千堂くん?うん、好きだよ。強いし、かっこいいよね!」みたいに、あっさり答えてしまえばよかったのだ
けれど「好き」というキーワードに過敏に反応してしまった私の顔はじわじわと赤くなっていく
そしてそんな私の気持ちをもてあそぶかのように、兄の横顔にはにやにや笑いが張り付いていた
「な・・・なに笑ってるの、お兄ちゃん」
「んー?やー、なんもあらへんでぇ。お、2R始まるで」
「・・・」
いつの間にか1分間のインターバルが終わっていたらしい
第2Rのゴングが鳴る
兄はしれっとした顔で前を向いてビールを傾けている
私は兄にからかわれて熱くなった頬をぺちぺちと叩いて冷やした
(き、切り替えよう・・・うん・・・今は一歩くんの応援をしなきゃ)
そうして再び視線を画面の中に戻した私は目を点にするのだった
「え・・・――?」
それは2R半ばのことだった
テレビ画面の中にある四角いリングの上
そこにあったのは両腕を交差して試合終了を告げるレフェリーの姿と、顔中血まみれでマットに沈むポンチャイ選手の姿
そして、ニュートラルコーナーでゆっくりと両腕を挙げて勝利の声を上げる一歩くんの姿だった
「え・・・な、なに・・・今の?!」
「・・・っ、んなまさかや」
一瞬のことだった
一歩くんが見せたことのない技を見せ、気づいたときにはポンチャイ選手はマットに寝ていた
私は呆然とし、兄もまた信じられないものを見る目で画面を凝視していた
後で教えられたが、一歩くんが見せたそれはデンプシーロールという古のブローなのだそうだ
「すごい・・・一歩くん、2RKOだ」
新たな武器を手にした新生幕之内一歩の誕生に、私は自然と笑顔になっていた
「はっ・・・、やるやないか鴨川さん」
新兵器デンプシーロールを目の当たりにさせられ、けれど兄は怖気づくどころか強気に笑っていた
デンプシーロール―――それはまるで鴨川ジムからなにわ拳闘会へ叩きつけられた挑戦状のように思えた
まるで現役のボクサーのように闘志をむき出しにする兄の姿に、私はさっきまでからかわれていたことなどすっかり忘れてしまっていた
新生幕之内一歩の誕生が兄のボクシング魂を熱くさせる
そしてそれはきっと、浪速の虎たる彼の魂もまた熱くさせるのだろう
(千堂くんも今頃テレビの前で同じ顔してるんだろうな)
もしくは彼のことだから深夜であることもお構いなしに部屋の中で雄叫びをあげているかもしれない
そして厳しいお祖母ちゃんに「なに夜中に騒いどるんや、武士!!」と叱られているに違いない
叱られておとなしくさせられた浪速の虎は、きっと明日ジムにやってくるなり一歩くんの話をまくしたてることだろう
「明日のジムは千堂くんのおしゃべりでにぎやかになりそうだね」
容易に想像できる明日の情景を思い浮かべ、私は思わず苦笑する
兄も「せや。アイツの長話に付き合わなあかん」とうんざり気味に笑っている
しかしだ
現実はなんと私たちの予想の遥か斜め上を行っていた
一歩くんの試合も終わったことだし、そろそろ寝ようとテレビを消そうとしたときだった
何だか聞き覚えのある声がテレビ画面の中から聞こえてきたのだった
『みなさん。こんばんは』
「・・・え?」
「・・・あ?」
アナウンサーとも違うその声に、私と兄の動きはピタリと止まった
なぜなら、その声にものすごく聞き覚えがあったからだ
はじめは空耳だと思った。そんなまさか、あるわけがないと
けれど次の瞬間再びテレビから流れてきた大声によって、私たち兄妹は事実を目の当たりにさせられるのだった
『幕之内ぃ!!チャンピオンやなんて肩書き関係あらへんわっ!おのれには借りがあるよって、必ず返す!』
「・・・え・・・?え・・・、え・・・、・・・えぇ―――っ!?」
「・・・・・・あ゛ぁ・・・っ!?」
聞き間違えるはずなどない声、関西弁、そして画面いっぱいに映し出された彼の顔
そこにはマイク片手にリング上の一歩くんに向かって啖呵を切る千堂くんの姿が映し出されていた
31:あいつにマイクを握らすな
ピッ【再生】
『マイクを要求してるぞ!』
『マイク・パフォーマンスだ!』
(静まり返る後楽園ホール内)
『みなさん。こんばんは』
『うわ〜〜〜っ、ラッシャー木村のマネだ!』
『ノリがいいぞ、千堂っ!!』
『・・・――っ、やっかましいわ!!マネやない!標準語で挨拶しただけや!!』
(ドッと沸く後楽園ホール)
『幕之内ぃ!!チャンピオンやなんて肩書き関係あらへんわっ!おのれには借りがあるよって、必ず返す!』
(リング上の一歩を指さす千堂)
『男と男の勝負や!!』
(宣戦布告にどよめく会場内)
(猛々しいパフォーマンスとは裏腹に、静かにマイクをリング上に返す千堂)
『マイクを返したぁ!』
『礼儀正しいぞ、千堂――っ!』
(会場内、幕之内コールが鳴り響く)
『や、やりましょう・・・、千堂さん!!』
『き、決まったぁ―――っ!!千堂対幕之内!夢のカード実現だぁ!』
『すげぇっ!絶対観に来るぞっ!!』
(沸きに沸く会場内)
ピッ【停止】
翌日、夕刻のなにわ拳闘会
予想通りというか何というか、昨夜のVTRのせいでジム内は・・・ある意味とっても賑やかになった
「なぁ〜にぃ〜しぃ〜てぇ〜くれ・とん・ねん・・・―――っ、ワレ!!?!」
「どや!!なかなか男前に映っとるやろ?」
「こん・・・っ、どアホぅっ!!!!全国ネットでアホ面丸出しにしてきおってっ!!」
ジム2階の応接室で昨夜の問題VTRを再度見終えるや、兄は千堂くんに説教をし始めた
だが当の本人は反省するそぶりはまったくなく、むしろ堂々とさえしていた
「会長にもワイにも黙って東京行って試合観戦して、挙句の果てにマイク・パフォーマンスしてくるアホがどこの世界におるっ!?」
「ここや!」
「偉そうにすんなやっ!!」
スパーン!!と快音が応接室内に響き渡る
兄にスリッパで盛大に頭を引っ叩かれ、千堂くんはドリフよろしく前のめりにずっこけている
「い・・・っ、ちょぉ何すんねん柳岡はん!」
「うっさいわ、ボケっ!スリッパなだけありがたく思えや!」
「ふん・・・まぁえぇわ。それより、幕之内からは了承得たで。とっとと試合やらせぇや」
「こんクソガキは・・・っ、どこまでアホやねん!幕之内とやる前に貴様にはやらなあかんことがあるやんけっ」
「あん?」
「貴様の目先の相手はこいつと!こいつや!!」
怒りに唾を飛ばしながら兄は千堂くんの顔面に2枚の写真を叩きつけた
はらはらと床に舞い落ちる2枚の写真
1枚は、豹柄のトランクスとシューズが良く似合う、長い髪を後ろで一本にくくった男の写真
そしてもう1枚は、癖のある髪が天を向いて伸びた、やや垂れ目の、どことなくしたたかそうな顔の男の写真
フェザー級2位 スピードスター冴木卓麻
フェザー級4位 サウスポー茂田晃
千堂くんと一歩くんの戦いの前に立ち塞がる、二人の挑戦者がいた
千堂さんのマイク・パフォーマンスは書いとかなと思いまして
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