ドリーム小説
彼への恋心を自覚したあの日から、私の心臓は驚くほど速く脈打つようになってしまった
生き物は生涯に打つ鼓動の数が決まっているという
もしそれが本当なら、きっと私は長生きできないだろう
30:虎のご機嫌荒れ模様
5月のとある日
その日いつものようにバイトをしていると、ジムに私宛ての電話がかかってきた
電話の相手は、思いもよらぬ人物だった
受話器を受けとると、私は電話の向こうにいる昔懐かしい幼馴染みとしばしの長電話に興じた
「おかえり、いっちゃん。びっくりしたよ、いきなり電話もらって。
え?あー・・・、あはは。ごめんごめん。だって昔からそう呼んでるからね。もう染みついちゃったよ。
それに、何年経っても私にとっていっちゃんはいっちゃんだし。
あ、雑誌呼んだよ。OPBF3位で凱旋だってね。すごすぎるよ。
え?誰かさんと同じこと言ってるって・・・、誰のこと?・・・気にするなって、気になるよそんなこと言われたら。
それにしても、タイにフィリピンに韓国かぁ。大変だったね。どこも日本人への風当たり強かった?
うん・・・、うん・・・、そっか。いろいろあったんだね。うん、また今度詳しく聞かせてよ。
あ、おじさんは元気?うん、そっか。よかった。久しぶりにおじさんにも会いたいなぁ。
え、準備?・・・あ、そっか、いっちゃん明日試合だったっけ。相手は?・・・韓国1位の人かぁ。
あ、余裕?あはは、さすがいっちゃん。でも油断せずにね、頑張ってね。応援行けなくてごめんね。
うん、おじさんにもよろしく。いっちゃん、・・・電話ありがとね。それじゃ―――」
ピッ・・・ツーツーツー・・・
通信が切れた音を確認して私は受話器を元に戻した
「ふぅ」
話し終えた後も私はしばらく電話の前に立って余韻に浸っていた
だから気づけるはずもなかった、いつの間にか自分の後ろに人が立っていただなんて
「ホンマ女の電話は長くてかなわんなぁ」
「・・・――っ、せ、千堂くん・・・!いつからそこに・・・っ?」
「あ?いつからって、ワイははなっからここにおったで」
「ワレが気付かんかっただけや」と、千堂くんは左手でダンベルトレーニングをしながら呆れ気味の目を私に向ける
いきなり声をかけられて私はまだ心臓がバックンバックン言っていた
それが少しずつおさまってきたかと思えば、今度は鼓動はドキドキに変わる
我ながら本当にせわしない心臓だ
「あの・・・まさかとは思いますが・・・、電話聞き耳立ててたとか?」
「アホか!そんなきしょいマネするかい。ちぃとばかし聞こえただけや。OGビーフがどうとか、そんな話やろ」
「・・・全然違います」
よかった、だいぶ空耳アワーで聞いてくれていたようだ
ただ会話の中で何度も相手の名前を出していたため、誰と話していたかは彼にもわかったらしい
「いっちゃんってあれか。ワレの幼馴染みの」
「あ、はい。そうです。前ちょっとお話しした、」
「玉なしいっちゃんやろ?」
「た・・・――!?せ、・・・千堂くん・・・っ!」
「うはは!」
そういえばこんな会話をずっと前にも戎橋でした気がする
いっちゃんのことをからかわれて私は頬を膨らませた
「まぁまぁ、そう怒るなや。・・・しかしなぁ、電話聞いとると随分仲えぇ奴みたいやな」
「え・・・、あ、はい。幼稚園から中学2年までずっと同じクラスでしたから。それに前もお話ししたとおり家も隣同士で、ほとんど一緒に生活していたようなものなので」
「ほー。腐れ縁っちゅーやつやな」
「そうですね。まぁ幼馴染みというよりは、どちらかというと兄妹みたいな感じですが」
「・・・はーん」
当時の懐かしい記憶が思い出されて、私は自然と笑顔になった
千堂くんが目の前にいるのにもかかわらず、私はしばしの回想に耽った
完全に千堂くんのことが視界の外にいっていたため、私は彼がどんな顔をしているか気付かなかった
相変わらずダンベル運動を続ける千堂くんの顔は、次第につまらなそうなものへと変わっていったのだった
「家がお隣さん同士で・・・幼馴染みで・・・兄妹みたいな奴か」
「はい」
「ふーん・・・。そんで、今は?」
「え?」
「彼氏と彼女の関係かいな」
「え・・・、え・・・何言ってるんですか」
千堂くんの言葉に私は眼をパチクリさせる
どうしてそういう流れになったのかはわからないが、私はとりあえず困った顔で笑って手を振った
「そ、そんな・・・っ、違いますよ。そんなんじゃ」
「ほぉ・・・?そう言うわりには自分随分うろたえとるやないか」
「それは・・・、ただびっくりしただけです。それに、いっちゃんはそういうのじゃなくて、・・・その・・・」
「そういうんやないなら、なんやねん」
なんだかだんだん尋問されているような空気になってきた
千堂くんが発する無言のプレッシャーに圧されて、私は焦って言葉を探す
結果、なんとかひねり出した私の答えは、千堂くんを不機嫌にさせてしまうのだった
「いっちゃんは、私の・・・大事な人です」
「・・・」
せっかく答えたというのに千堂くんからは何の反応もなかった
無反応とはこれどういうことだ
一体何のためにこんな質問をしてきたのだろう
私はそっと顔を上げて千堂くんの顔色を窺おうとした・・・のだけれど
「えーと・・・千堂く、わぷっ・・・――!?」
顔を上げた瞬間、私はいきなり顔面に紙を叩きつけられた
なんだなんだと慌てながら顔に張り付いた紙を広げてみる
くしゃくしゃの紙にはボクシングの練習に使う消耗品の名前がずらりと並んでいた
「な、なんですかいきなり・・・っ」
「・・・そや。ワイ、自分に買いだし頼も思て待っとったんやわ」
「えぇ・・・っ?」
「ちゅーわけでそれ買うてきてや」
「・・・ちょ・・・、千堂くん?」
それだけ言うと千堂くんはくるりと私に背を向けて行ってしまった
なんだというのだ・・・
いきなり態度を急変させた彼の心意がわからず、私は眉をひそめて首を傾げた
「・・・なら、もうちょっとソフトに渡してくださいよ、・・・もぉ」
どうしたのだろう
離れていく彼の背中は、なんだか苛ついているように見えた
何か怒らせるようなことを言っただろうか
「・・・変な千堂くん」
遠くで今度はサンドバッグ練習を始めた彼に、私はため息をつく
そして財布を手に取ると、会長さんに一言告げて私は買い出しに出かけた
*
ドスッ、バスッ、ドスッ、バスッ
サンドバッグを叩く荒々しい音がジムの一角に鳴り響く
「お、武士くん。相変わらずえぇ音させとるなぁ」
「・・・」
近くで縄跳びしとった練習生のおっちゃんが褒めてくれる
けど、あかん
何度叩いても今日は満足できる音にならへん
なんでやろ。ただやみくもに叩いとるだけみたいに感じるわ
「・・・くそったれ・・・っ」
悪態つきながらガスガス打っとったら、いつの間にかやって来た柳岡はんに止められた
荒い息整えて、額の汗をグローブで拭うて、ワイは柳岡はんの方を向いた
「・・・、・・・」
「ぜんっぜんえぇ音しとらんでぇ」
「・・・。・・・わかっとるがな」
「ふん、なに苛ついとんねんワレ」
「・・・」
苛ついてる
そう人から言われて初めてワイは自覚した
サンドバッグがえぇ音せぇへんのも、叩いても叩いてもすっきりせぇへんのも、ワイが苛ついとるからか
なるほど。けど、それならワイは何を苛ついとるんやろか
原因を探そうとするワイの頭ん中にポッと浮かんだのは、さっきまでしとったとの会話やった
あいつと話したんは、あいつの幼馴染みの話だけやで
家がお隣さんで、ほぼ一緒に生活しとって、兄妹みたいな関係の幼馴染みの話
話した内容を一個一個思いだす
けど、会話の最後にワイがした質問にアイツが答えたときのことを思いだした瞬間
ワイははっきりと自分が苛つくのを感じた
―――大事な人です
(大事な人って・・・なんやねん)
どんくらい大事なんや
はっきりわからへんやないか
いっちゃんて男やろ
男で大事な人って彼氏のことやないんか
「・・・・・・苛つくわ」
そうやって考えれば考えるほど苛々はでかくなっていきよる
ワイは小さく舌打ちし、止められたサンドバッグ打ちを再開した
OPBF=東洋太平洋のことです
OGビーフ=オーストラリア産牛肉のことです
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