ドリーム小説
真夜中の0時近くに公園に寄り道していこうなんて誘われて
これが他の男の子だったら、私は少し迷ったふりをして、でも丁重にお断りしていただろう
でも千堂くんに誘われて、私は断るどころか迷いなくOKしてしまった
どうしてだろう
その答えを、私は今宵知ることになる
28:桜咲く真夜中に目が覚める1
真夜中の公園は何の音もなくとても静かで、耳を傾けて聞こえてくるものがあるとすればそれは桜の木の葉が擦れ合う音と
それから、背の高い街灯が時折奏でるジジッという電子音ぐらいだった
遊具はブランコとジャングルジムと砂場しかない小さな公園だった
桜の木が3本立っていて、そのうちの一本の花々の中に街灯の頭が埋もれていた
白色の光が薄紅の花びらを照らし出す姿は、まるで火を灯した行燈(あんどん)のように見えた
「桜、綺麗ですね」
私はひとりベンチに腰掛け、桜の木を下から見上げて思ったままの感想を述べた
千堂くんからは返事の代わりにガコンと自動販売機から缶が落ちる音が返ってきた
特に気にもせずぼぉっとしていると「ほれ」と声をかけられ、振り向くと缶ジュースが放物線を描いて飛んできた
「わっ、・・・とぉ。・・・千堂くん?これ、」
「おごったるわ」
「え、いいんですか?」
私は両手でキャッチした缶を見下ろした
橙色の缶。ファンタのオレンジ味だ
またガコンと音がして顔を上げると、千堂くんも同じものを買っていた
自分用のファンタを手にやってくる彼に、「ごちそうさまです」とお礼を告げる
カシュッといい音を立ててプルタブを開けた
早速一口飲もうとしたら
「ちょぉ待ち」
「え?」
「乾杯してからや」
千堂くんは私の隣にどっかりと座ると、カシュッと音を立てて自分の缶を開けた
それから「何の乾杯だろう?」ときょとんとする私を見て、彼は呆れ混じりのため息をついて言った
「自分、1次会も2次会もおっさんらの酌してばっかでろくに飲んでへんやろ」
「えっ。千堂くん、・・・・・・よくわかりましたね」
「あほ。わかるわい」
「そないに気疲れした顔しとったら誰でもわかるわ」と皮肉られた
そう、実は私は今夜の宴会でほとんどお酒を口にしていない
飲めないわけではなく、彼の言うとおり男の人たちのお酌に回っていたら終わってしまったのだ
誰にも気付かれていないと思っていたのだけれど、千堂くんはよく見ていてくれたらしい
私は自然と苦笑いになる
「すみません・・・。チャンピオンに気を遣わせてしまって」
「別にえぇわ。ちゅーわけで、祝勝会仕切り直しといこか」
「あ・・・、はい。それじゃ、ご馳走になります」
私たちは2人で声を合わせて「乾杯」と唱え、ファンタの缶を軽くぶつけあった
カンッ!と気持ちの良い音が静かな公園に響いてゆっくりと消えていった
桜咲く、静かな公園で、2人だけの小さな祝勝会
私はうまく言葉で言い表せない嬉しさを感じながらオレンジ色の炭酸を喉に流した
乾いた喉にしゅわしゅわの炭酸は気持ちが良いぐらいスゥッと溶けていった
満開の桜の花弁の中で、白い街灯がふわりと優しい光を放っていた
桜行燈の下で、私たちはタイトルマッチのときのことを話題に炭酸を傾けた
千堂くんは、ヴォルグさんはやっぱり強かったとしみじみと話してくれた
「想像以上やったわ。アマの王者いうんは伊達やないな」
「そうですね。動きのひとつひとつが綺麗でしたね」
敵とはいえ、振り返ればヴォルグさんから教えられることも多い試合だった
ボクシングの話をするときの千堂くんは驚くほど真剣だ
話の中で、彼はダウンしたときのことも話して聞かせてくれた
あのときは正直きつかった、と
千堂くんはつい数日前のリングの上での出来事を思い出すように眼を細めた
「あんとき立てたんは、会場中の千堂コールのおかげやな」
「みんなが応援してくれていましたからね」
「あれは、ごっつぅ効いたわ」
まるで地響きのように、雷鳴のように、会場中の全員が声を合わせて千堂くんの名前を呼んでいた
その声の中に私もひっそりと混じっていたのだけれど、私の小さな声など聞こえるはずもない
だって選手はあの狭いリングの中で死と隣り合わせで戦っているのだから
大きな会場の中に紛れ込んだ一人の人間の声など判別できるわけが・・・と思っていた
「自分の声、聞こえたで」
だから、彼にそう言われたときは、完全に不意打ちだった
私は口を付けようとしていたファンタから顔を上げ、目を丸くして彼を見つめた
だって・・・信じられない
あの大観衆の中から聞き分けられるわけがないと思った
「・・・本当、ですか?」
「おぅ」
「・・・」
「なんやねん」
「・・・嘘ですよね?」
「あぁ?なんで嘘つかなあかんねん」
「ぅ・・・まぁ、それもそうですよね。えー・・・でも・・・。あ、それじゃあ私が何て言ったかもわかったりします?」
まさかそこまではわからないだろうと高を括っていたのだが
千堂くんはゆったりした姿勢でベンチに寄りかかり、足なんて組んで余裕のある格好でしれっと言ってのけた
「なにって、大したこと言うてへんやん自分。ただ『千堂くん!』って叫んだだけやろ?」
「・・・!」
嘘だ・・・。すごい・・・すごいとしか言いようがない、まさにその通りだ
千堂くんは一体どんな耳をしているのだろう
私はもうびっくりするしかなかった
けれど、驚きと同じくらい嬉しくもあった
あの大人数の中から私の声を拾いあげてくれたのだ、嬉しくないわけがない
じわじわと笑みが浮かんできてしまい、それを隠すために私は缶に唇を押しつけた
両手で持った缶を傾けて炭酸を少しだけ飲み込む
千堂くんはもう飲み終わってしまったらしい
「よっ!」と物を投げるときの掛け声が聞こえたかと思ったら、次いでガランガランと缶がゴミ箱に入る音が聞こえた
なかなか良いコントロールをしている
「ナイスコントロール」と褒めてあげようと私は缶から唇を放した
けれど私が口を開くよりも先に千堂くんに話しかけられてしまった
「なぁ、ワレ」
缶を投げる前と後で、千堂くんの声のトーンが少し変わったのがわかった
少し低めのトーンは、訊きにくいことを切り出すときの声だ
どうしたのだろう
私は隣に座る彼の横顔を見つめた
「千堂くん?」
「自分・・・」
「・・・」
「・・・。ジム辞めてあの店で働くんか?」
「え・・・?」
私は彼の横顔を見つめる
けれど彼は私の方を向いてはくれず、じっと前を見つめたままそう私に問いかけた
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