ドリーム小説
あれから2ヶ月
季節は移ろい、また春がやってきた
『さぁ始まります、日本フェザー級王座決定戦!牙を剥きだした2匹の野獣がリングに解き放たれました!!』
大阪に、静かに嵐が吹き荒れる
25:浪速の虎と北欧の狼2
大阪府立体育館。そこの赤コーナー側の客席に私は座っていた
そこから見える風景は、コーナーに寄りかかってゴングを待つ千堂くんの背中と、その反対側に立つヴォルグさんの姿
ヴォルグさんはグローブをはめた拳を口元に、鋭い眼光を千堂くんに向けていた
2ヶ月前に言葉を交わしたのが、まるで遠い昔のことのように思える
(千堂くん・・・・・・、ヴォルグさん・・・・・・)
私は組んだ両手を額に押し当て、2人の選手の無事を祈った
程なくしてゴングが鳴り響き、日本フェザー級の王者を決める試合が幕を開けた
1Rは両者互角。虎と狼の戦いと謳われていた通りの展開となった
2Rは千堂くんの戦い方を理解したヴォルグさんが速攻をしかけた
狼の猛攻に千堂くんは頭を左右に前後に揺らされコーナーに釘付けにされた
見ている人々を圧倒させる、それだけの技術をヴォルグさんは確かに持っていた
3R。両者の技術の差が歴然となっていく
真正面から戦うやり方しか知らない千堂くんは、5発出すヴォルグさんの拳にようやく1発返す程度のジリ貧に追い込まれる
ヴォルグさん攻撃の一方的な試合は4R、5Rと続いた
6R。私は膝の上で組んだ自分の両手が震えているのを自覚していた
2Rから5Rまで、もう10分以上千堂くんはヴォルグさんに殴られ続けている
遠くからでもわかる、彼の両目の瞼は腫れあがり、青黒い痣だらけの顔は大きく形を変えてしまっていた
そして追い打ちの一発を顔面に受け、千堂くんはついにダウンしてしまった
「千堂くん・・・――っ!」
自制が利かず、私はその場に立ち上がっていた
私の声など怒濤の千堂コールにかき消されてしまって届きはしないけれど、それでも叫ばずにはいられなかった
会場全体が千堂くんの名前を連呼している
そしてその声に応えようとするかのように、千堂くんはのそりと立ち上がってみせた
(・・・頑張って・・・――っ)
7R。声援のリズムにのって千堂くんが先攻に出た
けれどヴォルグさんもそれに切り返してくる
衰えていないように見えるヴォルグさん・・・、けれどボクシングを囓った私はその変化に気づくことができた
前半まで見せていた華麗なサイドステップが消えている
おそらく千堂くんがコツコツ放っていたボディが効いてきたのだろう
それを千堂くんが見逃すはずがない
チャンスを見極めて、千堂くんがスマッシュのモーションに入った。左のスマッシュだ
けれどキャリアで上を行くヴォルグさんには、一度見せた技は通用しなかった
両手でがっちりとガードされてしまう
フィニッシュブローを止められ、誰もが千堂くんは終わったと感じただろう
けれど次の瞬間、彼の足はクイックシフトでサウスポースタイルに切り替わる
それはこの日のために彼と兄が秘密裏に練習してきた奥の手。右のスマッシュだった
ボディ責めで踏ん張りを失ったヴォルグさんの顔面に虎の爪牙が襲いかかる
ゴトリと後ろに倒れ込んだヴォルグさんの姿に、私は背筋がひやりとした
兄との練習中も、あの技で何度ミットをダメにしたことかわからない
そんなパンチを顔面に受けて、けれどもヴォルグさんは重い体を引き摺りながらなんとか立ち上がってみせた
8R、9Rはもはや両者のプライドのぶつかり合いとなった
そして迎えた最終の10R
『さぁ、ついに最終ラウンド!死力を尽くした両者!どちらにも勝たせてあげたい。しかし勝者は唯一人!泣いても笑ってもこのラウンドで決着がつくのです!!』
リングサイドのアナウンサーさんが私の心を代弁してくれる
リングの真ん中、2人はトンッと軽く拳を合わせ、最終ラウンドの鐘を鳴らした
私は一発も見逃すまいと瞬きもせず2人の動きを見つめていた
そんな緊迫した打ち合いの最中、ヴォルグさんがリング上の汗でスリップして転倒した
ガクンと膝が折れてリングに左手をつく
ボクシングに長けた人が見れば明らかにスリップだとわかる転倒だった
けれどレフェリーはそれをダウンと宣告
ヴォルグさんの顔が信じられないというものに変わるのが遠くからでもわかった
ダウンは2ポイント減。しかもこれが最終ラウンド
ヴォルグさんはそこから必死の猛攻を始めるも、ゴングが虚しく会場に響き渡った
レフェリーに引き離され、2人は各々のコーナーへ戻る
2人とも足取りが重い
けれど、ヴォルグさんのそれは千堂くんの比ではなかった
そのとき、きっとヴォルグさんは自分に言い渡される結末を予想できていたのかもしれない
そしてリング中央に立ったリングアナウンサーが、上に挙げた手を勝者の方へ向けて下ろした
「勝者・・・・・・、赤コーナー千堂!!」
「・・・――っ!」
勝利のコールがされた瞬間、私は嬉しさに声も出ず、目を閉じ天を仰いだ
『千堂だ―――っ!!この瞬間日本フェザー級のベルトは千堂の手中へ!浪速の虎が地元大阪で見事日本王者に輝きましたぁっ!!』
アナウンサーの声に応えるように会場中の応援団が一斉に歓声をあげた
会場が揺れている
私はゆっくりと頭を戻し目を開いた
赤コーナーを見つめる私の視界は、悲しくもないのに歪んでいた
千堂くんが肩にチャンピオンベルトを掛けている
それを見ただけで視界は余計にぐにゃりと歪んだ
「千堂!!やったで、お前の勝ちや。手ぇあげて観客に応えんかい!」
セコンドの人が満面の笑みで千堂くんに声をかけている
けれど千堂くんはそれには応えず、チャンピオンになったというのに浮かない顔をしていた
会長さんたちはどうしたのかと心配しているが、近くに立つ兄と遠くから見つめる私には彼の心情がなんとなくわかった
「冗談ではナイ!撤回を要求スル!!」
反対側の青コーナーから、ヴォルグさんのコーチのラムダ氏が必死に抗議する声が聞こえてきた
最終ラウンドのヴォルグさんの転倒はダウンではないと主張している
絶対的有利に試合を運んでいたのだ、そんなに簡単には引き下がれないのだろう
けれど必死に抗議するラムダ氏を止めたのは他ならぬヴォルグさん本人だった
ラムダ氏の肩に手を置いてヴォルグさんは静かに首を横に振っていた
一番抗議したいのは、文句を言いたいのはヴォルグさん本人だろうに
戦った本人に止められ、ラムダ氏も歯を食いしばって耐え、リングに背を向ける
「待ちぃや」
静かにリングを去ろうとする青コーナー勢を呼び止めたのは、千堂くんだった
勝者のコールにも応えず、不満でいっぱいの顔をしていた彼はヴォルグさんに向かって宣言した
「こないにボコボコにされて勝った気せぇへん。コイツはワイが一時預かっとくわ」
そう言って千堂くんは親指で肩のベルトを指した
ヴォルグさんの視線がベルトに向く
その顔は悔しいというよりは、悲しいと言っているように見えた
「おんどれの挑戦が最優先や。次はスッキリかたつけたるわい」
千堂くんはヴォルグさんに向かって拳を突き出し、再挑戦してこいと暗に示す
向かい合う2人の姿は、2ヶ月前に後楽園ホールで対峙したときとまったく同じだった
けれど今、決定的に違うことが2人の間には存在していた
再戦を望む千堂くんに、ヴォルグさんは何も言わず静かに背を向けてリングを去っていった
その姿を遠くから見ていた私は、あのときのヴォルグさんの言葉を思い出すのだった
―――またいつかどこかで
必ず会えるでしょうとは言ってくれなかった
ヴォルグさんはあのときからもう覚悟を決めていたのかもしれない
自分が負けた瞬間、千堂くんとの再戦も私との再会ももう二度とありはしないのだと
私がそのことに気付いたのは、皮肉にもヴォルグさんが音羽ジムを解雇されてロシアに帰国することを雑誌で知った後だった
日本フェザー級王座決定戦。虎と狼の戦いは、辛くも虎が勝利を収める形となった
しかしそれは地元有利のホームタウンディシジョンによる勝利という、彼を満足させない勝利となったのだった
このときのヴォルグさんを思い出すと悲しくてたまらなくなります・・・
自分は勝者じゃない、再戦を願うと宣言する千堂さんが男らしくて好きです
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