会場にはまだタイトルマッチの熱気が残っていた
スポットライトの余熱が降り注ぐ中、2匹の異色の獣たちは互いに一歩も退かず睨み合っていた
浪速の虎と北欧の狼
それが千堂くんとヴォルグさんの邂逅だった
24:浪速の虎と北欧の狼1
「・・・」
「・・・なんや、その目は?」
無言で鋭い視線を向けてくるヴォルグ選手を、千堂くんも負けじと睨み返す
誰がどう見ても紙吹雪を投げつけた千堂くんが悪いと思うのだが
睨まれて難癖つけるなんて、これでは完璧に街のチンピラではないか
「メンチ切られた程度で喧嘩するほど子供やないが、ワイは今ナーバスになっとる。目つき変えへんと怪我するで」
「・・・」
脅すような言葉を吐いて、それから千堂くんはめきりと拳を鳴らした
ギクリ・・・。その光景に私はデジャヴを覚えた
まさかこんなところで問題を起こす気ではあるまいな
私の不安は大きくなっていく
と思えば、ヴォルグ選手もまた眼光を更に険しくし、ぐっと拳を握りこんでいた
ひやりとする私とは正反対に、千堂くんの眉と唇は好戦的に釣り上がる
「ほぅ・・・。えぇ度胸や」
「ちょ・・・っ、千堂くんダメですよ・・・――」
なんとか喧嘩にだけはならないようにしなければ
けれど日本ランキング2位と3位のボクサーの喧嘩を私が止められるはずもない
あぁどうしようとハラハラしていると、そばを通る人々が「おや?」と私たちに気付いた
穏やかでない雰囲気で睨み合う2人の青年を見て、通りすがりの一般人は「あ!」と声をあげた
「ヴォルグ選手と千堂選手だ!」
「え、マジ!?」
「えー、ラッキー!サインもらっちゃおーかな」
なんともタイミング良く、ミーハーな観客たちが2人を見つけて寄ってきてくれた
片や関西大阪の星、片や元アマチュア王者。人目を引いて当然だ
わらわらと人が寄ってきたことで剣呑な空気が徐々に薄れていくのがわかった
今の今まで殺気だったオーラを出していた千堂くんも、今は観客の発言につっこみを入れている
その間にヴォルグ選手はすっと背を向けて出口へと歩いていってしまった
千堂くんはまだ観客の人と言い合いをしている
もう喧嘩モードではなさそうだし、放っておいても大丈夫だろう
私は出口の方に爪先を向けると、静かに去っていった彼を追いかけた
千堂くんが「もう行くで、」と振り返ったときにはもうそこには私の姿はなく
「は・・・?どこ行ったんや、あいつ」
置いてけぼりの千堂くんは私が戻ってくるまでの間、ミーハーなお客さんたちの握手とサインの相手をすることになるのだった
「ヴォルグ選手!」
見つけられないかと思った彼はまだそんなに遠くに行ってはいなかった
後楽園ホールを出てすぐのところに彼を見つけて私は彼の名を呼んだ
呼ばれて振り返った彼は、少しだけ目元に険しさを残していた
北欧の白い狼に真っ直ぐな視線を向けられ、私はごくりと唾を飲み込んだ
「あの、・・・お引き留めしてすみません。私、千堂の所属ジムの者で柳岡といいます」
「・・・」
「あ・・・、その・・・。・・・先程はうちの選手がすみませんでした」
「・・・」
千堂くんの破天荒で失礼極まりない行為は今に始まったことではない
そのフォローをするのももう慣れていた
私はヴォルグ選手に向かって深く頭を下げて謝罪の言葉を伝えた
けれど・・・
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・」
「・・・・・・っ」
待てども待てどもヴォルグ選手からのリターンはなく、私はじっと彼と見つめ合うことに
冬の冷たい風に晒されながら待つこと数十秒
(どうしよう・・・。日本語通じないのかな・・・)
謝罪以前に根本的な問題が立ちはだかったか
私は高速で頭の中にあるヴォルグ選手のデータをめくった
確かヴォルグ選手はロシア出身だった気がする
ということは公用語はロシア語か。・・・とわかったところでしゃべれないけれど
(え・・・英語は通じるのかな?)
英語が得意なわけではないけれど、ロシア語よりはまだわかる
私は中学・高校の英語の授業を思いだし、たどたどしい発音で話しかけてみた。すると・・・
「えと・・・、I'm sorry that・・・えー・・・と」
「あの・・・、大丈夫デス。日本語分かりマス」
「え・・・?」
私のダメダメ英語をご披露する前にヴォルグ選手の方から助け船を出してくれた
外国の人らしい、語尾にどことなく特徴のある日本語だった
けれど、彼はとってもあったかい声の持ち主だった
声を聞いただけなのに、私はなんとなく思った・・・ヴォルグ選手は優しい人かもしれないと
「・・・よかった。私、英語も全然ダメなもので」
「アナタ・・・、さっき千堂と一緒にいた人ですネ。千堂のこと謝りにわざわざ来てくれたんデスカ?」
ヴォルグ選手の日本語は思った以上に流暢で驚かされた
私は両手を前で組むと、あのゴンタくんに代わってもう一度頭を下げた
「・・・先程は本当に申し訳ありませんでした。初対面のヴォルグ選手に失礼なことばかりして」
ぺこぺこと頭を下げる私を見て、ヴォルグ選手は困ったような顔で笑った
ヴォルグ選手は笑うと目尻に皺ができて、それも含めてとてもかっこいいと思った
「気にしないでくださイ。ボクサーだいたいみんな同じ。喧嘩売られるのは慣れてマス」
「・・・すみません。よく注意しておきます」
ヴォルグ選手は思った通り優しくて寛容な人だった
それに比べてうちのゴンタくんは・・・もう
帰ったら今日のこと兄に報告してしまおう。後のことは知らないぞっと
そんなことをこっそり考えていたら、ヴォルグ選手が私を見てふっと笑った
「・・・?」
「アナタ優しい人ですネ。それにとっても礼儀正しイ」
「そう、ですかね・・・?そんなことないと思いますが」
「そんなことありマス。ワタシ敵のボクサーなのに、アナタ一生懸命謝ってくれましタ。とてもいい人」
「敵・・・、って。・・・あっ」
「そう。ボクと千堂、戦うことになるかもしれないデス」
私はようやくヴォルグ選手の言わんとしていることを理解する
そうだ。現在のランキングから考えれば、2位の千堂くんと3位のヴォルグ選手が戦う可能性は限りなく高い
しかもそれは空席の王座の奪い合い・・・日本フェザー級タイトルマッチになってしまうのだ
「そうなったらボクは本気で彼を倒しマス。容赦しなイ」
ヴォルグ選手は穏やかな顔で、けれどきっぱりと宣言してみせた
もしここに千堂くんがいたら、きっとまた喧嘩をふっかけにいっていたことだろう。私一人で良かった
さっきの粉々の挑戦状のお返しと言わんばかりにヴォルグ選手は自信たっぷりに言う
私はここにいない千堂くんに代わって、きりりと眉を上げて力強く笑ってみせた
「どうぞ。さっきの分も返すつもりで思いっきり殴ってやってください」
「・・・!」
「けど、千堂くん強いですよ。なかなかしぶといですから。覚悟してくださいね」
「・・・。・・・フ、・・・フフ・・・あはは」
「・・・?」
私なりにヴォルグ選手に合わせて言ったつもりだったのだが、なぜか笑われてしまった
おかしなことを言っただろうか?
ヴォルグ選手は綺麗で上品な笑顔を浮かべて小さく肩を揺らしながら言った
「アナタ、とてもいい人。それにおもしろくて、魅力的でス」
「そ・・・ですかね」
「名前、知りたいでス」
「名前・・・?」
「ファーストネーム。教えてもらえますカ?」
「あ、・・・はい。、です。柳岡」
「サン」
ヴォルグさんは落ち着いた声で丁寧に私の名前を呼んでくれた
そして最後にもう一度だけ優しい顔で微笑んでくれた
「知り合えて良かっタ。またいつかどこかでお会いしたいでス。・・・そのときは」
そのときは、もっとゆっくりお話ししまショウ
そう言うとヴォルグさんはきびすを返し、その場を去っていった
後楽園ホールの階段をゆっくりと降りていくその背中を私は見送った
去りゆく後ろ姿は少し寂しそうで、けれど独りで戦ってきた強さが感じられる背中だった
彼は孤独の中で戦う白い狼
たくさんの味方に囲まれ戦う虎とは違う、別種の強さを身に纏った獣に思えた
―――またいつかどこかで
そしてそのわずか2ヶ月後
私は彼の強さと、それから彼が迎えねばならない悲劇を目の当たりにすることになるのだった
原作ヴォルグさんの「困ってマース」が忘れられません
ヴォルグさん大好きです
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