それから月日はあっという間に過ぎていった
千堂くんと遊園地に出かけたのが2月の終わり
それから3月はあっという間に過ぎていき、気付けばあたたかい春を迎えていた
一歩くんとの試合以降完全休養に徹していた千堂くんもようやくリングに戻ることを許された
「もっかい仕切り直しや。幕之内とはいずれまた必ず戦う。そんときはワイのKO勝利や」
一歩くんとの雪辱戦を近い、千堂くんは硬く拳を握りしめる
私も兄とともに、千堂くんを全力でサポートすることを再度決意する
そんな彼と私たちの、再起に燃える一年を簡潔にお伝えしようと思う
23:経過報告。あれから一年
遊園地デートから約1ヶ月後、桜咲く4月
世の中は新学期やら入社式やらで慌ただしくなる季節
新しいことを始めようとする気持ちが高まる時期、なにわ拳闘会にも新たな入門生が続々と入ってきた
そんな中、千堂くんは3ヶ月の休養を経てようやく練習を再開することを許された
「っしゃぁ!!3ヶ月分のフラストレーション発散したるで!!」
ジム内に彼の豪腕の音が響き渡る
なにわ拳闘会にゴンタが戻ってきた
千堂くんが生き生きとした顔で兄のミットにスマッシュをぶつける
敗戦が及ぼす心身への後遺症はまったくないようだ
早く戦いたいとうずうずする千堂くんに、私も兄も笑って気合いをいれた
若葉萌える5月
世はゴールデンウィーク真っ盛り
この月には千堂くんにとって大事なイベントがひとつあった
それは5月5日、千堂くんの誕生日
この日は会長さんから兄、練習生までジムのみんなでお祝いをした
サプライズのバースデーパーティーに千堂くんは大喜びだった
「ホンマおぉきに」と短いお礼の言葉を告げた後、彼は
「待っとってや、みんな。この礼はチャンピオンベルトで返すさかい」
気合い十分の握り拳を眼前に掲げ、会長さんはじめジムのみんなにそう誓いを立ててくれた
兄も唇をあげて笑っている
何よりも嬉しいお礼の言葉だったのだろう
梅雨入りの6月
全日本新人王決定戦から約半年が経とうとしていた
千堂くんがドキドキの復帰戦に臨んだ
会長さんも兄もすごく心配していたけれど、ふたを開けてみれば結果は1ラウンドKO勝ち
「どや。千堂武士、華麗にカムバックやで!」
白星での再スタートに、地元の人たちもみんな大喜びだった
初夏の風薫る7月
この月からA級ボクサー賞金トーナメントが始まった
一歩くんは登録したみたいだけれど、千堂くんは関西の独自路線で行くという兄の提案で参加しなかった
でも千堂くんはトーナメント表の一歩くんの名前を睨むようにじっと見つめていた
きっといつか必ず雪辱戦を・・・と燃えているのだろう
陽射し照りつける8月
世の中は夏休みムード
そんな中、千堂くんのためにと兄が強化合宿を提案
場所はなんと比叡山のお寺
私も食事や洗濯などの雑用係として同行を許された
「なんやなんや、もう終いか!こんなんで幕之内に勝てるんかい!?」
「・・・―――っ!!だ、らぁぁぁ・・・っ!!」
「お。えぇでえぇで!その調子や!」
朝から晩までボクシング漬けの10日間
兄に発破をかけられながら、けれどさすがの千堂くんもつらそうだった
残暑厳しい9月
合宿から帰ってきてからも千堂くんの激しいトレーニングは続いていた
夏の暑さもあって疲れが抜けないみたいで、体力自慢の彼も目の下に隈ができていた
彼のために何かできないだろうか
考えた末、私は独学でスポーツ栄養学とスポーツ医学について勉強を始めた
難しいことを言っているように聞こえるが、素人の私にできることは限られている
私が挑戦したのは、スポーツ選手のための専門的な食事と、疲れをとるマッサージ法
勉強しながら、いつも私の頭の中には同じ想いがあった
少しでも彼の役に立ちたい、という想いが
木々が紅葉する10月
9月から挑戦し始めた私の取り組みの成果をお伝えしよう
栄養学に基づいたスポーツ選手の料理は、もともと料理が好きだったこともあってすぐに力を発揮してくれた
千堂くんにレシピを渡して、「こういうのをおうちで食べるようにしてください」と頼んだところ
彼の減量がいつもよりかなりスムーズに進んだのだ
「なんや・・・、いつもより体重落ちんの早いで。これホンマすごいわ」
そう言って千堂くんはすごく喜んでくれた
やってよかった。私も満足感でいっぱいだ
一方で、もうひとつ勉強していたマッサージの方はというと
「うはははは・・・っ!や、やめぇ・・・くすぐったくてかなわんわ!」
「ちょっ・・・、千堂くんじっとしててくださいよっ」
私のやり方がまずいのか、それとも千堂くんが敏感なのか
なかなか効果を発揮できずにいた
こっちに関してはまだ時間がかかりそうだ
秋の風吹く11月
A級ボクサー賞金トーナメントの決勝戦が行われた
対戦カードは一歩くんVSヴォルグ・ザンギエフ選手
ロシア出身のアマチュア世界王者で、白い狼と呼ばれている選手だ
ヴォルグ選手圧倒的有利と謳われていた試合だったが、結果は一歩くんの大逆転勝利
千堂くんはこの試合をテレビで、かなり興奮気味に観ていた
「・・・幕之内のやつ・・・なかなかやるやんけ。早う戦いたいわ・・・――っ」
そう言ってぱしんと拳をてのひらに打ち付ける
ニッと好戦的に笑う、千堂くんの肩が武者震いしていたのが忘れられない
12月
世の中はクリスマスムード
ちなみに千堂くんと私は、また兄による命令で強制的クリスマスデートに行かせられた
兄曰く「クリスマスに若いもんがなに一人寂しく過ごしとんねん。辛気くさくてかなわんわ。どっか行っとき!」とのこと
千堂くんと2人で出かけるのは遊園地以来だった
兄の命令とはいえ、また彼と遊びに行けてすごく嬉しかったのを覚えている
そして年が明けて1月
私と千堂くんはハタチとなり、成人式を迎えた
私は振り袖を着させてもらって、式が終わった後ジムにも顔を出した
会長さんが「かわえぇなぁ、ちゃん」としきりに褒めてくれたのがとっても嬉しかった
ちなみに千堂くんはスーツ姿だった
見慣れぬ・・・というか、彼のイメージから程遠い服装に予想がつかなかったけれど
スーツにネクタイをしめた千堂くんは思っていた以上にかっこよくて、正直すっごくどきどきした
「なんやねん。なにじっと見てんのやワレ」
「えっ、・・・あ・・・いえ、その・・・。かっこいいなぁと思って」
「・・・ふん。おだててもなんも出んで」
来慣れないスーツ姿が照れくさいのか、千堂くんはプイッとそっぽを向いてしまったのだけれど
でもこっそりと何度か鏡をチラ見していたのを見ると、結構気に入っていたのかもしれない
そんなことがあって、2月
あれから一年。季節を一周して、ボクシング界はまたひとつの節目を迎えようとしていた
一歩くんが現日本フェザー級チャンピオンの伊達選手と対戦する日がやってきた
自称永遠のライバル一歩くんのタイトルマッチに千堂くんの気持ちは高まる一方で
「テレビなんかで観とる場合かい!行くで東京!!」
「えっ、・・・えぇ・・・!?せ、千堂くん・・・っ!?」
彼の行動はいつも唐突で読めない
なんとなんと千堂くんははやる気持ちを抑えられず、またしても突然の東京行きを決めてしまった
そして当然のごとく兄からお目付役を言い渡される私
なんだかこんなことが1年ちょっと前にもあったような・・・
そして私たちは後楽園ホールで一歩くんのタイトルマッチを観戦した
隣に立つ千堂くんは終始険しい顔つきをしていた
一歩くんに先を行かれたことが悔しくてたまらないのだろう
手に汗を握りながら見つめる中、ついに試合終了のゴングが鳴り響いた
結果は伊達選手の勝利
一歩くんは負けてしまった
リングに鴨川サイドからタオルが投げ込まれるのを見て、私は胸が苦しくなった
それからばたりと倒れる一歩くんの姿に大丈夫だろうかと心配になったけれど、一応ライバルジムである私たちが鴨川さんの控え室に行けるわけもなく
「大丈夫ですかね、一歩くん・・・」
フラフラしながら退場していく姿を見守っていたら、いきなり隣から千堂くんの舌打ちが聞こえてきた
「・・・納得いかへん」
「・・・?」
「どないしてくれるんや、コレを・・・」
「千堂くん・・・?」
「おのれが勝っとったらリング上がって叩きつける予定やったのに・・・。計画がパーや」
「・・・!?そ、そんなこと考えてたんですかっ」
本当に何をしでかすかわかったものじゃないな、この人・・・
しかもその『挑戦状』をビリビリに破いたかと思ったら、大きく振りかぶって投げ捨てたのだ
「アホンだら――っ!!」
「千堂くん、ポイ捨て厳禁・・・っ!」
なんという自由人だ・・・
周りの人に迷惑がかかってしまうと慌てた私は、・・・けれど次の瞬間更に慌てることになるのだった
千堂くんが千切った紙を投げ捨てたそこには、彼のボクサー人生で素通りできない人物が立っていたのだから
「・・・!!」
「・・・・・・」
その人物は投げられた紙吹雪をひらりと避けてかわすと、千堂くんに鋭い視線を投げつけた
外国人らしい綺麗な青い目と端整な顔立ち
その顔はテレビやボクシング雑誌で何度も見たことがあった
フェザー級ランキング千堂くんに次いで3位の、アマチュア世界王者
「ヴォルグ・ザンギエフ、選手・・・」
北欧の狼と呼ばれる孤高のボクサーに私たちは出会った
全日本新人王戦以降の千堂さんの動向を捏造させていただきました
次回いよいよ狼さんが登場します
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