ドリーム小説
―――堪忍な
そう言って申し訳なさそうに千堂くんは笑った
夜の街灯がそんな彼の顔を半分隠す
それは天下の千堂武士らしくない、弱々しい笑顔だった
17:私を道頓堀に連れてって3
堪忍だなんて
千堂くんが私なんかに謝る必要なんてこれっぽっちもないのに
私は申し訳なくて、「謝らないでください」と言おうとしたのだけれど
「あの、」
「すまんな、楽しみにしとけ言うたのに」
「え、・・・あ・・・。いえ、・・・そんな」
千堂くんは私の言葉を遮ってそう言い、片方の眉を下げて笑ってみせた
強くてプライドの高い彼らしくない笑い方だった
(千堂くん・・・無理して笑ってる)
何かに耐えている、そんな笑顔だった
その証拠に、スタジャンのポケットにつっこまれた彼の両腕は微かに震えていた
きっとポケットの中できつくきつく拳を握りしめているのだろう
悔しい気持ちを押し殺して、私との約束なんかを気にしてくれている
そう思うと、胸が一気に苦しくなった
「千堂くん・・・」
「・・・」
少し丸まった背中と、ポケットの中で握りしめられている拳
約束を守れなかった自分を戒めているような姿が、見ていてつらかった
「千堂くん・・・」
「・・・」
「あの・・・約束のこと、どうかお気にせず。私は平気ですし」
「・・・」
「・・・って、あのっ。別にどうでもいいというわけではなくてですね」
良い言い方が思いつかなくて焦る
千堂くんはどこかを見つめたまま苦い顔をし続けていた
上手な言葉で彼の心を慰めてあげることができない
それでもなんとか私は伝えたいことを必死に言葉にした
「勿論勝ち負けも大事ですけれど、戦っているときの千堂くんはすごく素敵でしたし」
「・・・」
「それに、一歩くんに勝つために千堂くんが一生懸命練習していたのも知っていますし」
「・・・」
私が何を言っても、千堂くんは無言だった
きっと上手く伝わっていないのだろう
自分の不器用さが嫌になる
「ボクサーにとってひとつの黒星が選手生命に響くことも、・・・わかります。兄がそうだったから」
「・・・」
自分の兄、柳岡もかつては日本ランカーだった
だから全然わからないわけではない
勝てば天国、負ければ地獄
ボクサー人生は苛烈だ。勝利に必死になるのもわかる
「勝ち負けが全てではないなんて詭弁だってわかっています。・・・けど、」
「・・・」
「けど、頑張った自分をちょっとだけでもいいから・・・、・・・褒めてあげてください」
毎日走って、いっぱい練習して、街中の期待を背負って
気を失っても最後まで戦ったあなたを・・・、少しでいいから褒めてあげてほしい
リングから、無事帰って来られなかった人もいる
あなたが気を失いながら戦う姿を見たとき、私は怖くてしかたなかった
そう伝えたかったのに・・・
「・・・褒めたかて、負けたことに変わりはあらへん」
そのとき、それまでずっと黙り続けていた千堂くんが、静かに言葉を割り込ませた
低く重みのある声で、じろりと私の方を睨んで、彼は言った
「負けるんやったら、リングで死んだ方がマシや」
その声が、その眼が、「負けた自分に同情するな」と言っていた
戦うことに厳しい彼の心に、ひどく突き放された気がした
ずきりと心が軋む
私は甘いのかもしれない
私では彼の理解者にはなってあげられないのかもしれない
それでも・・・
それでも・・・、彼のその言葉だけは否定したかった
「私は、千堂くんが無事生きて帰ってきてくれた・・・――。それだけで充分・・・、嬉しいです」
勝ち負けは重要だ
けれどそれよりも・・・あなたの無事が何よりも嬉しい
この想いも彼に届くことはないのだろうか
自分の不甲斐なさが悔しくて、悲しくて、じわじわと目頭が熱くなっていった
気付けば、私はぽたぽたと涙をこぼして泣いていた
泣きたいのはきっと彼の方だろうに
「ワレ・・・」
「・・・――」
「・・・なに、泣いとんねん」
「・・・、・・・泣いてません・・・っ」
意地を張っても、こぼれ落ちる涙は留まることをしらず
後から後から溢れてくる涙を私は必死に拭った
けれどまるで涙腺が壊れたかのように大粒の涙は流れ続ける
みっともなくて、恥ずかしくてしかたがなかった
私は千堂くんに背を向けて、空き缶を持っていない方の手でごしごしと目元を拭った
そうしたら、後ろで千堂くんがハァとため息をつくのが聞こえた
私は泣きながらも少しムッとして、背を向けたまま彼に抗議してやろうと思った
「」
けれど、私が口を開く前に彼に名前を呼ばれてしまった
私は背を向けたまま「はい・・・」と返事を返す
そのまましばらく振り返らずにいた
そうしたら、また彼のため息が聞こえて、それから足音で彼が近づいてくるのがわかった
なんだろうと思っていれば、不意に彼に片腕を引っ張られた
「ぁ・・・っ」
バランスを崩し、私はたたらを踏む
空になったコーヒーの缶が私の手を離れてコンクリートの地面に落ちていった
カンカンカン・・・と夜の街に鳴り響く音が、どことなくゴングの音に似ていた
「――っ」
私は腕を引っ張られ、そのまま彼の方へと引き寄せられた
近すぎる彼との距離に鼓動が跳ね上がる
そのうちに、彼の反対の手が伸びてきて、私は頭を後ろから支えられて強く抱きしめられた
彼の肩に額を押しつけて、私は顔や耳がこれ以上ないくらい熱くなっていくのを感じた
「あ、・・・あの・・・――っ」
「女に泣かれるんは苦手や」
「・・・っ、・・・」
彼の声が耳元で聞こえる
鼓動がどんどん早くなっていく
けど、そんなの自分では止められない
心臓の音が彼に聞こえやしないかとびくびくしていたら、上から優しい声が降ってきた
「このままやカッコつかへんさかい・・・、もっかい約束したるわ」
彼の右手が、私の頭を強く抱きしめる
彼の左手が、私の腕を強く握りしめる
うるさいくらいに早い鼓動に邪魔されながら、私は彼の声に耳を傾けた
「次は絶対連れてくさかい」
「・・・ぇ、・・・」
「道頓堀、嫌っちゅーほど満喫させたる」
彼の両手に捕らわれながら、私は再び宣言された
「次は、守る。・・・絶対に守ったるさかい・・・」
その言葉に、私は思わずどきりとしてしまった
彼が言わんとしていることはわかっている。勘違いも甚だしい
けれど、まるで彼が私のことを守ってくれるかのように聞こえてしまった
不意に、私の頭を強く抱きしめていた右手が、ぽんぽんと私の頭を優しく叩いた
まるで、泣いている子をあやすかのように優しく
「せやから・・・、もうちょい待っとってや」
ぽんぽん、ぽんぽんと
リング上で強打を放つ彼の右手が、優しく優しく私をあやす
彼との近すぎる距離に相変わらず鼓動は苦しいくらい早かったけれど
私は彼の肩に寄りかかり、静かに目を閉じて、それから静かに微笑むことができた
「・・・はい」
楽しみに待っています、と
私の返事に、彼は私の頭を優しく叩いて応える
とまっていたはずの涙が一粒、目尻にたまって、それから彼の肩に吸い込まれていった
少しは甘くできたでしょうか
千堂さんは女の子の涙が苦手だといいな
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