ドリーム小説
フェザー級は東軍の勝利によって終わった全日本新人王決定戦
白星をあげた鴨川勢が祝勝会に盛り上がっていたその頃
初黒星を喫した千堂武士は、暗い夜の家路を歩いていた
気分はけして良いものではなく、2月の夜は凍えるように寒く彼の心を荒ませる
けれど家路を行く彼は一人ぼっちではなく、その隣には並んで歩いてくれる者がいた
16:私を道頓堀に連れてって2
すべての階級の試合が終了し、表彰式も終えて、なにわ拳闘会陣も解散することとなった
会長さんやセコンドさんたちはそれぞれ帰宅
私も兄と帰ろうと府立体育館の関係者入り口を出た
すると、先に出て待っていた兄に手招きでちょいちょいと呼ばれた
私は「なに?」と兄のところに歩み寄る
そこには顔中絆創膏だらけの千堂くんも待っていた
「。お前、千堂のこと家まで送り届けぇ」
「へ・・・?」
「柳岡はん・・・せやから、いらん言うとるやろ!」
「うるっさいわ。お前は黙っときぃや」
「あ・・・あの・・・?」
事態が飲み込めず戸惑う私の前で言い合う兄と千堂くん
兄が言うには、明日精密検査を受けに行く予とはいえ、念のため自宅までの道中のお目付役がほしいとのこと
その役が、東京のときに続いて再び私に回ってきたらしい
「見張りなんていらんがな。第一、ワイを送ってったその後こいつどないすんねん。女一人を夜道帰す方が危ないやんけ」
「・・・!」
思わぬ彼の発言だ。けれど正直言うと、少し嬉しかった
たとえ目付役を断るための口実だったとしても、まるで一人の女の子として扱ってくれているみたいで嬉しかった
千堂くんはなんとしても一人で帰りたいようだった
彼の気持ちがなんとなくわかる
たぶん、今は誰にもそばにいてほしくないのだろう
試合に負けて荒んだ気持ちを、彼は誰にも癒してほしくなどないのだろう
(ホントに昔から変わらないですね・・・。そうやって一人で戦い続けるところ)
まだ言い合っている兄と彼を一歩離れたところから見守りながら、私はひとつため息をついた
結局、言い合いに負けたのは千堂くんの方だった
兄曰く、
「ドアホ!お前放っといたら絶対明け方までほっつき歩いてばあちゃん心配させるやろ!」
「ぐ・・・――っ」
これには千堂くんも反論できず
彼の行動パターンはもはや完全に把握されているようだった
そして府立体育館を後にした私たちは夜のバスと電車を乗り継ぎ、彼の自宅の最寄り駅で降りた
私は千堂くんに遅れて駅の改札を出ると、待合いのタクシーで賑やかな駅前を何となく眺めた
2月の大阪は寒い。コートのポケットに手を突っ込み真っ暗な空を見上げる
雪が降ってきそうな空を見上げたままハァと息を吐いたら真っ白な小さい雲に変わった
「さむ・・・」
小さな声で呟いて空に向かってもう一つ息を吐いたときだ
「ほれ」
「え?」
どこかに行っていた千堂くんが戻ってきて、私は首筋に何かをピタリと押しつけられた
「ぅひゃぁ・・・っ!?」
人通りの多い夜の駅前で、色気なんてまったくない叫び声をあげてしまった
な、なんだなんだなんだ・・・っ!?
私は慌てて振り向く
そこには私の叫び声にびっくりした顔の千堂くんが立っていた
ホットの缶コーヒーを片手に持って
「お。そないに熱かったか?」
「え・・・、・・・あ・・・・・・コーヒー?」
どうやら首筋に押しつけられたのはコーヒー缶だったようだ。わざわざ買ってきてくれたのか
びっくりして損した・・・というか、いらない恥をかいた・・・
私はかぁっと顔を赤くしながら千堂くんからコーヒーの缶を受けとった
無駄に恥ずかしい想いはしたけれど・・・。けど、彼に手渡されたそれはすごく温かくてホッとした
「あったかい・・・。ありがとうございます」
「おぅ」
お礼を言って私は缶コーヒーのプルタブを開けた
熱いコーヒーをちびちび飲みながら私は千堂くんの後を追いかける
明るい駅前から少しずつ離れていく
戎橋(えびすばし)ほど立派ではない古い橋を渡っている途中で、不意に千堂くんが口を開いた
「幕之内の奴ら、今頃何食うてんのやろな」
それは何気ない雑談のネタの一つだったけれど、私は少しびっくりした
千堂くんの口から、ついさっき負かされたばかりの一歩くんの名前が出るとは思ってもみなかったから
私は彼のスタジャンの背中を見つめながら、自然に言葉を返した
「そうですね。やっぱりカニじゃないでしょうか」
「カニか・・・。は!これだから東京もんはあかんねん。大阪ゆうとお好み焼きかたこ焼きかカニしか思い浮かばへんからな」
千堂くんは「け!」と悪態をついて、今頃祝勝会をしているであろう彼らを散々けなしにかかる
彼なりの仕返しだろうか、なんとも彼らしいと私は缶の口に唇を押しつけてこっそり苦笑いした
こくりと飲み込んだコーヒーは、少し甘くて苦かった
彼の背を追いかけながら、私は彼に何て声をかけようかずっと迷っていた
試合が終わってから、私はまだ千堂くんに何も言っていなかった
兄は、立派なファイトだったと彼を励ました
小さな子どもたちは、次は勝ってくれと彼の背を押した
(私は・・・何て言おう・・・・・・)
言える言葉はたくさんある
『惜しかったですね』
『すごく良い試合でしたよ』
『次がんばりましょう』
とってつけたような激励の言葉ならたくさんある
けれど、そのどれも言えない
私には言う資格なんてないし、彼に言えるほど偉くもない、強くもない
(私は・・・・・・、わたしは・・・・・・)
そんなことを考えているうちに、あっという間に千堂くんの家に着いてしまった
古びたシャッターの降りた老舗の駄菓子屋さんの前で彼は立ち止まって振り返り、私と向かい合う
「ここでえぇわ」
「あ・・・。そう、ですか・・・。それじゃ、・・・お疲れ様でした」
「おぅ」
「あ、・・・千堂くん」
「なんや」
「・・・あの・・・」
最後に何か言いたかった
けれど向かい合ったまま私は何も言えず、結局作った笑顔を向けることしかできなかった
「明日必ず精密検査受けに行ってくださいね」
「あー、わかっとるがな」
千堂くんは面倒くさそうに片手を挙げて答えると、「夜道、気ぃつけぇよ」と言って背を向けた
スタジャンのポケットに両手を突っ込んで、家の鍵でも探しているのだろう
彼のその後ろ姿を最後に見て、私はくるりときびすを返した
一歩、二歩、と千堂くんの家から離れ始める
空っぽになった缶を後ろ手に持って、とぼとぼと家路を行く
(・・・私・・・・・・ホント役立たずだ)
彼に何も言えなかった
そのことを後悔しながら、5歩目の足を前に出したときだった
「」
私の足は、6歩目の足を前に出すことなくその場でぴたりと止まった
不意に名前を呼ばれて、私はゆっくりと振り返った
さっきまで背中を見せていた彼が、今はまた私と向かい合っていた
「・・・」
「千堂くん・・・?」
今度は私の方から声をかける
呼び止めたのは彼なのに、振り返った私と見つめ合ったまま何も言ってこない
なんだろう。どうしたのだろう
私は口元を少し緩めて笑みを作り、彼に続きを促した
しんと静まりかえった夜の小径
遠くで無数の車が大通りを流れていく音が聞こえる
そんな中、それからしばらくしてようやく彼は口を開いてくれた
「道頓堀連れてってやれんで・・・・・・堪忍な」
「・・・え・・・、・・・――」
私が見つめる先、彼の表情が変わる
私にそう言ってくれた彼は、ひどく悲しげに、ひどく悔しげに、笑っていた
←
BACK
→
SEO
掲示板
[PR]
爆速!無料ブログ
無料ホームページ開設
無料ライブ放送