ドリーム小説
鴨川ジムの厚意で、千堂くんと私は木村さんの車で東京駅まで送ってもらえることになった
運転席には木村さん、助手席には私
そして後部座席には千堂くんと、帰りの道中寂しいからと無理矢理連れてこられた一歩くんの姿があった
何を考えているのやら、後部座席の若いボクサー2人は各々頭を抱えて身悶えている
「(だめだ・・・この空気に耐えられねぇ)ちゃん、何か音楽でもかけよっか」
「・・・」
気を遣って木村さんが助手席の私に声をかけてくれた
けれどそのときの私は別のことで頭がいっぱいで返事を返せなかった
タイミング良く赤信号で車を停めると、木村さんは何度も私に話しかけてくれた
「ちゃん?」
「・・・」
「おーい」
「え・・・?あ、はいっ。ごめんなさい」
「どしたの、んな怖い顔して。なんか怒ってる?」
「あ、・・・いえ。そんなことは」
と誤魔化すも、木村さんは勘が良い
慌てて笑顔を作ったが、きっと私が何か別のことで物思いに耽っていることに気付いていただろう
(ジム出てからだよな。なーんか不機嫌そうなのは)
そのときの木村さんの予想通り、確かに私は不機嫌の塊だった
俯き加減でわずかに唇を尖らせ、心なしかほっぺたも少し膨らんでいる
怒っているというか、不満があるというか、そんな顔をしていた
静まりかえってしまった車内に音楽が流れる
それを聞きながら、木村さんはゆっくりとアクセルを踏んだ
12:道頓堀ヤキモキセレナーデ1
「大阪で待っとるで!!」
東京駅のホームでの別れ際、千堂くんは一歩くんに向かってそう啖呵を切って別れた
動き出す新幹線。一歩くんと木村さんの姿がどんどん遠ざかっていく
ドアの窓から小さくなっていく東京駅を見送ると、私と千堂くんは指定の席を探して腰を落ち着けた
「あー、なんやあっという間やったなぁ」
千堂くんは窓際の席に座ると、うーんと背伸びをした
私は通路側の席に座り、無言で腕時計の時間を確認した
「しかし、流石に強かったわ鷹村さんは。スマッシュは一撃必殺のつもりで磨いたんやけどな」
「・・・」
千堂くんはまだ鷹さんとのスパーの熱が残っているらしく、思い出しては恍惚としている
ここで私が相槌でも打てば会話が繋がるのだが、あえて何も言わなかったため千堂くんのただの独り言になってしまった
彼も別に私に話しかけたわけではないのだろう
それからも千堂さんは独り言ともとれる、けれど相槌を打てば会話にもなりそうなことを言い続けた
私は沈黙を保つ
そんなやり取りがしばらく続けば、流石の千堂くんも何かおかしいと気付いたらしい
「なぁ、ワレ」
「・・・」
「おぇ」
「・・・」
今度のそれははっきりとした私への呼びかけだった
けれど完全スルー
千堂くんもようやく、これは明らかなシカトだと気付く
「ワレ、さっきからなに黙っとんねん」
両手を後頭部で組んでシートに寄りかかりながら、彼はちらりと私の方を見た
ずっと黙っていた私は、そこで何とも嫌味っぽい返事を返した
「・・・私、ワレって名前じゃないんですけど」
「あん?」
千堂くんは、なんだか私らしくないと感じたらしい
そのときの私は確かに卑屈になっているというか、不機嫌丸出しだった
「なに怒っとんねん、」
「・・・。別に。怒ってなんていませんよ」
「あぁ?怒っとるやないか。なんやねん、その顔」
私のちょっとした抵抗が効いたのか、千堂くんは私を名前で呼んでくれた
それは素直に嬉しかった
けれど次に彼が発した言葉に、私の顔はますますふて腐れたものになるのだった
「ワレ、ぶっさいくな顔しとるで」
「・・・――」
年頃の女の子に向かって、なかなかパンチのある一言を言ってくれるものである
私が純大阪娘だったら、「なんやてぇ!?もっぺん言ってみぃ!」と怒鳴りあげ、彼の胸ぐらを掴んでグラングラン揺らしたことだろう
だが東京育ちで、良くも悪くも控えめに育ってしまった私は言い返すことができない
せめてもの抵抗でぷっくりと頬を膨らませてふて腐れ、大阪に着くまで完全沈黙を決め込むのだった
そして長いこと新幹線に揺られ揺られて、2人は地元大阪はなにわ拳闘会に戻ってきたのだが
「こんのゴンタクレがぁ!!鴨川さんに迷惑かけよって。まったく何してくれとんねん!」
「や、柳岡はん・・・ちょっ、落ち着いてぇな」
「アホ!!これが落ち着いていられるかい!アポなしでいきなり他所様のジムに上がり込んで・・・!」
当然のごとく千堂くんは兄にしばき倒されるのであった
散々説教され、「明日からロード2倍や!」と罰を言い渡される始末
千堂くんは「げっ」と顔をしかめながらも、すごすごと大人しく退散していった
「ったく・・・。一体いつになったら大人になるんかいな」
「・・・」
「、お前もご苦労やったな。今日はもう帰って、ゆっくり休んでえぇで」
「・・・」
「?」
「へ・・・?あ・・・、うん」
「・・・?」
兄に話しかけられても私の反応は明らかにいつもより鈍かった
兄も「おや?」と気付く
「なんや。東京で何かあったんか。やたら不機嫌やんけ」
「そ・・・、そうかな?」
「おぅ。えらいブサイクな顔しとるで」
「ぅ・・・」
まさか千堂くんのみならず、彼のトレーナーにまで同じことを言われるとは・・・
私は落胆と諦めの混じったため息をついた
帰っていいと言われたが、二日間ジムを空けてたまったため洗濯物だけでも片付けていこうとランドリー室へ向かった
ジムの隅で千堂くんがウキウキしながらバンデージを巻くのを視界の端におさめながら
「ねぇ、お兄ちゃん」
その日の夜。ジム生のほとんどが帰宅し、残った者で後片付けをしていたとき
リュックを背負って帰り支度を終えた私は、グローブのチェックをする兄に声をかけた
兄は自分の手にグローブをはめて入念なチェックをしている
真剣に作業する兄に、こんな質問をしていいものか・・・と少し迷ったが、身内ということで甘えてみた
「その・・・ね。いきなりだけど、・・・夜の道頓堀って楽しいの?」
「はぁ〜・・・?なんやねん突然」
兄はグローブから顔を上げると、訳がわからんという顔で私を見上げてきた
う・・・まぁ当然といえば当然の反応だ
質問をした私自身ちょっと気恥ずかしい
「えと・・・・・、ちょっと興味があって」
そんなわけないが、笑って誤魔化してみた
「興味ぃ?なんや、行ってみたいんか?それとも合コンでもあるんか?」
「うーん・・・、そういうわけでもないんだけど。前に友達に飲みに誘われたこともあるから」
「まぁ、あんまおすすめはせんなぁ。夜の道頓堀なんて酔っぱらいだらけの歓楽街やさかい」
「ぅ・・・やっぱりそうなんだ」
話には少し聞いていたが、やはりそうなのか
実際に行ったことはないため想像で訊くしかなかった
「やっぱり女の人のお店とかもいっぱいあるんだ」
「せやなぁ」
「ふぅん・・・。ねぇねぇ、お兄ちゃんも行くの?そういうとこ」
「ワイか?あー・・・まぁたまにな。ジム同士のつき合いとかもあるさかい」
「そっかぁ」
兄には兄の大人の事情があるのだろう
私はトンと壁に寄りかかり、グローブを手入れする兄の方をちらりと見た
今兄が手入れしているのは千堂くんのグローブだ
自然と彼の顔が頭に浮かんだ
胸の奥がもやもやする
「千堂くんも、行くのかな・・・」
夜の道頓堀に。綺麗なおネェさんだらけのお店が並ぶ歓楽街に
私の呟きに兄はグローブチェックの片手間にやや適当に答えた
「どうやろなぁ。まぁでも千堂若いし、顔もなかなかえぇ方やさかい、おネェちゃんたちの方がほっとかんかもな」
「・・・」
「よーし、終わったでぇ」
結構な爆弾を投下しておいて、兄は「帰るかぁ」と呑気に言いながらグローブを片付けに行ってしまった
兄が帰り支度を終えて戻ってくるまで、私は壁により掛かったままの姿勢で待ち続けた
兄の言葉が頭の中で反響する
千堂くんは若くてかっこいい。だからきっと、美人のおねえさんたちの方が放っておかない
その通りかもしれない・・・
私は俯き、スカートの裾をきゅっと握った
今の私は、きっと帰りの新幹線のときと同じ顔をしている
セレナーデって女性のために歌われる恋の歌らしいです
なんか意味不明なタイトルですみません・・・
←
BACK
→
SEO
掲示板
[PR]
爆速!無料ブログ
無料ホームページ開設
無料ライブ放送