ドリーム小説
鴨川ジムでの一晩はあっという間に過ぎ、その翌日
たった一日ですっかり鴨川ジムに溶け込んだ千堂くんは、ジムの器具を使わせてもらって練習にまで参加していた
一方私は何かお礼をしなければ申し訳ないと仕事を探し、とりあえずジム生の練習着の洗濯とジムの掃除をした
「悪いね、ちゃん。すごく助かるよ」
「いぃえ。こちらこそ無一文なのに一晩泊めていただいて本当に助かりました」
雑巾がけする手を止め、私はマネージャーの八木さんに笑顔を向ける
八木さんは腕組みをしてにこにこ笑顔で私を見下ろしていた
「やっぱり女手があると違うなぁ。ちゃん、うちに移籍しない?」
「えぇ?鴨川ジムにですか?うーん・・・そうですねぇ」
冗談だとわかっているが、私は笑って話を合わせた
すると八木さんの後ろからずんずんとやってきた鷹さんが
「おぅ、そりゃいい!そうしろ、猫娘。鴨川のマネージャーやれ!」
がははと笑いながらそんなことを言うのだった
「そんな、鷹さんまで・・・」
私は肩をすくめて苦笑いする
鷹さんは私の頭をぐわしと掴むと、笑いながらそれをぐしゃぐしゃと撫でた
たった一晩で鴨川に馴染めたのは私も同じだった
男だらけのボクシングジムに女の子がいることは珍しいらしく、みんなが親切にしてくれた
加えて、昔からよく言われたが私はどうやら人受けする体質らしい。自分ではよくわからないが
青木さんや木村さんをはじめ、人見知りだという一歩くんまでもすぐに打ち解けてくれた
特に鷹さんには殊更気に入られてしまったようだ
「んな顔すんなって、猫娘。冗談だっつーの」
私の誕生日が2月22日だと教えたら、「にゃんにゃんにゃんか。猫の日だな!」と何だか盛り上がってしまい
挙げ句の果てには、「猫娘」なんてあだ名までつけられてしまった
「お前、猫っぽいからちょうどいい!お前のことは今から猫娘と呼ぶ」
「ね、ねこむすめですか・・・っ?」
ゲゲゲか・・・
思わずつっこみそうになったのは大阪で暮らしているからだろうか
断る理由もないし、鷹さんが楽しそうだからまぁいいかと私はすんなり了承した
そうしたら今度は「俺のことは鷹さんと呼べ!」と王様の命令がくだった
はじめは「日本チャンピオンを鷹さんだなんて恐れ多すぎます・・・っ」と遠慮したのだが・・・
どうしても鷹さんが譲らないのでそう呼ばせてもらうことになった
まぁそれも何度も呼ぶうちにたった一日ですっかり慣れてしまったのだけれど
11:鷹さんと虎くん
千堂くんの暴走から始まった私たちの東京珍道中だったが、その旅も終わりに近づいていた
しかし始まりが始まりなら終わりも終わり
その締めくくりは、なんと鷹さんと千堂くんの階級を超えたスパーリングという形となった
「ワイでよけりゃお手伝いしますわ」
鷹さんにはスパーリングパートナーがいないと聞き、怖いもの知らずの千堂くんは自ら名を挙げたのだった
相変わらず破天荒すぎる彼の行動に、お目付役の私はハラハラしっぱなしだ
「千堂くん・・・、本気ですか?」
「銭も仰山もろてしもたし、ワイもなんか役に立っとかんとな」
「それはそうですけど・・・。後でお兄ちゃんに叱られてもしりませんよ?」
6階級上のボクサーと・・・しかも日本チャンピオンとスパーだなんて
本当は止めさせたいけれど、一度やると言ったら千堂くんはてこでも動かない
そうこうするうちに準備は整い、「カーン」とゴングが鳴ってしまった
(何もなければいいけれど・・・)
私は心配しながらリング外のセコンド席に座った
しばらくは何の問題もない普通のスパーリングが繰り広げられていた
鷹さんは千堂くんに勉強させてくれているようで、高等テクニックのオンパレードが続く
(すごい・・・。これが日本チャンピオンかぁ)
千堂くんの心配でハラハラしていた私も、思わず鷹さんの技術に釘付けになってしまう
と、そのときだった
「つ・・・っ。おい、肘だぞ。気をつけろ」
リング上で鷹さんが千堂くんを警告した。よく見ると鷹さんは鼻血を出し、自分のグローブで拭っている
千堂くんの肘が当たったのだ
熱くなりすぎて動きが大きくなってしまったのだろう、と鷹さんもリング外の誰もが思った
けれど、千堂くんのセコンドについていた私はまさかと思った
「・・・わざとや」
「!」
(・・・!!)
リング上、千堂くんのぼそりと呟いた声が鷹さんと私の耳にだけ聞こえた
あぁ・・・なんてことだ。青ざめる私の予想通り、鷹さんの額には怒りの青筋が浮きあがっていた
そして丁寧なボクシングをしていた彼のスタイルが一気に怒り全開のものに変わった
鷹さんはいきなりラッシュで千堂くんに襲いかかり始める
「な、なんだぁ〜〜〜っ!?」
「急に怒り出したぞっ」
「ま、まずいですよ、止めましょうよ!」
鷹さんの急変に木村さんたちも声をあげた
こうなってしまっては手がつけられない
千堂くんがぼこぼこにされるのが目に見えている
「よ、よせぇ千堂!どうせあたらねぇよっ」
「殺されるぞ!!」
木村さんと青木さんが大声をあげて千堂くんを止めにかかった瞬間
それまで単調なパンチを繰り出していた彼が、ここで渾身の必殺技を見せたのだった
ドンッ!!と重々しい音を立てて鷹さんの右頬に直撃したのは、スリークォーターからのアッパー
「スマッシュだ・・・っ」
「た、鷹村さんの体が・・・」
「ずれた・・・!!」
フェザーの選手がヘビー級並の鷹村守をよろめかせた・・・!
3人が驚きに声を張り上げる。けれど、リング上ではすでに決着がついていた
気付けば鷹さんのフルスイングストレートを一発もらい、千堂くんがリング上に大の字で寝転がっている状態だった
「千堂くん・・・っ!」
慌ててロープをくぐり、気絶する彼の横に膝をついて様子を窺う
閉じた瞼を押し上げて眼球の様子をチェックし、首の動脈に指を押し当てて脈を確認する
よかった、どうやら失神しているだけらしい
私はホッと胸を撫で下ろした
「何も日本チャンプがムキにならなくたって」
「いちち・・・。スマッシュ持ってるなら先に言えってんだ。びっくりして一発もらっちまったじゃねぇか」
大人げないという目で見る青木さんに、鷹さんは千堂くんにやられた頬をグローブでトントンと軽く叩いていた
私は千堂くんのヘッドギアを外してあげると、両眼を閉じて静かに寝入る彼の顔を見下ろした
考えなく強い者に挑んでいくなんて、勇気があるというか、無謀というか
(昔から変わりませんね・・・)
しょうがないなぁ
呆れながらも私の顔には苦笑が浮かぶ
それから私は迷惑をかけた鷹さんに声をかけた
「すみませんでした、鷹さん。傷大丈夫ですか?」
「おぅ、平気だ。このぐらい問題ねぇさ」
「もう・・・本当にすみません。うちのゴンタクレ選手のせいで」
「あー?なにお前が謝ってんだ」
「いえ・・・その・・・。さっき、千堂くんがぼそぼそ言っていたのが聞こえたもので」
「あ?・・・あーあー、あれか」
鷹村さんは試合中のことを思い出すと、「全然気にしてねぇよ」と私の頭をグローブでぽんぽん叩いた
木村さんたちには聞こえなかったようだが、彼の近くにいた私たちにはしっかりと聞こえていた
―――こない突っつき合いおもろないわ。本気のドつき合いやないと土産話にならん
よくもまぁ6階級も上の日本チャンピオンにそんな挑発ができるものだと感心してしまう
気絶したままの彼に代わって、私は何度も鷹さんに頭を下げた
だが鷹さんは別段気にはしていなかった
「千堂みたいな熱い男は嫌いじゃねぇよ」と、むしろ彼を気に入ってくれたようだ
それよりも何度も頭を下げる私の方を気にしてくれて、最後にはからかわれてしまった
「んな詫びの気持ちがあるんならよ、今度東京来たとき俺様とデートでもすっか」
「へ・・・?」
「お。なんなら俺様が大阪に行ってやってもいいぞ」
「でーと?・・・って、えぇ・・・!?デ、デートですかっ」
本気なのか冗談なのか、鷹さんはにやにや笑いながら私を見下ろしてくる
私は目がそらせず、じわじわと顔が熱くなっていくのがわかった
だって男の人にデートに誘われるなんてこと、ほとんどないから。こういうことに慣れていない
「なんでぇ、真っ赤になっちまって」
「あ・・・、や・・・すみません・・・っ」
「あー!何やってんすか、鷹村さん!どさくさまぎれでちゃんのことナンパなんかして」
「なに!?抜け駆けは許さねぇぞ!」
「うるせぇ!!小者どもは黙ってろ!」
私がナンパされたことをきっかけに、大の大人3人がマジ喧嘩を始めてしまった
呆然と見守っていると、水を汲んだ一歩くんが戻ってきた
「水持ってきましたー・・・って、何やってるんですかっ!?」
知らぬ間にリング上が猛獣の乱闘騒ぎになっていて一歩くんもまた呆然とする
鷹さん、青木さん、木村さんの3人の喧嘩では、一歩くんや私に止められるはずもなく
とりあえず私たちはリングサイドから3人の争いを観覧することに
ただ一人、リング上で気絶したまま置き去りの千堂くんが不憫でならなかった
鷹村さんは本当にかっこいいと思う
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