ドリーム小説
サマルカンドはかくも遠く 【後編】
■2017 グランプリシリーズ開幕
長谷津で過ごしたあの夏から月日はあっという間に流れ、気付けば10月。
半年のオフを経て、ついにグランプリシリーズが幕を開けた。
目指すは12月に日本で行われるグランプリファイナル。
東京行きの切符を手にするため戦いの火蓋が切って落とされた。
第1戦は10月後半に行われたアメリカ大会。
結果はオタベックが空港で言ったことを有言実行してみせ見事優勝。
2位にカツ丼、3位にピチット、4位にミケーレが入ってきた。
カツ丼は結果としては2位に終わったけど、あいつの演技の完成度は去年の比じゃなかった。
シリーズ初戦だってのにフィジカルもメンタルも安定感抜群で、一昨年便所で泣いてたくそみっともねぇブタの姿はどこにも見つけられなかった。
大会の様子をネットで見ていた俺はあいつらの華々しいスタートに否が応でも闘争心を煽られた。
やべぇな、俺も負けてられねぇ。
表彰式も見ず俺はすぐに外に走りに出た。
体がうずうずして今すぐ練習したくてたまらなかった。
10月のロシアの夜の街を走って走って、汗だくになるまで走って帰ってきたら姉ちゃんが誰かと電話していた。
誰かっつっても、思いつく相手はひとりしかいねーけど。
「おめでとう、すごく素敵だったわ。直接応援に行けなくて残念。……うん……うん、中国大会は行くわ。ユーラチカも出るし。2人のこと応援するから」
電話の向こうにいるのは100%オタベックだ。
なんでわかるのかって、電話の内容からしてもそうだし、何より話している姉ちゃんの表情と態度で丸わかりだ。
無意識なんだろうけど、あいつと話しているときの姉ちゃんは必ず胸に下げたペンダントに手を添えている。
愛おしそうに紐の先にぶら下がった飾りを撫で、大切なものを隠すように手のひらの中にしまい込む。だからすぐわかる。
福岡空港で別れたあの日から早2か月、2人は頻繁に電話で話すようになった。
「聞いて、ユーラチカ。オタベックがね」って、時折あいつと話した内容を俺に聞かせに来る姉ちゃんの顔はいつも幸せそうだ。
すっげぇ少しずつではあるんだろうけど、会えなくても2人の距離は確かに縮まってるんだろうな。
それがはっきり感じられたのはアメリカ大会が終わって数日後のこと。
俺が練習終わって家でまったりしてると姉ちゃんがなんかすげぇ切羽詰まった顔で駆け込んできた。
「ユーラチカ、お願いっ。男の人って誕生日に何が欲しいのかアドバイスしてほしいの」
「はぁ?誕生日?」
「ほら、ユーラチカ彼と年近いじゃない?同じスケーターだし。だから」
「ちょっと待てって。誕生日って誰の……、って、あー……なるほどな」
愚問だった。
姉ちゃんが誕生日プレゼントを贈ろうとする相手、しかも男なんて、一人しかいねぇよな。
「オタベックにか」
「10月31日なんですって。もう1週間もないんだけど、何か贈ってあげたくて」
10代の男に何をあげたらいいかわかんねぇから一緒にプレゼントを考えてほしいんだってよ。
別に何だっていいと思うけどな。
姉ちゃんが選んだものならあいつは絶対喜ぶ。
品物選びに一緒に行ってやりたかったけど、俺ももう中国大会を来週に控え最終調整に入っていて時間がなかった。
一緒に行ってやれない代わりに「アドバイスにはなんねぇかもだけど。あいつ黒とかグレーとか、色はそういうのが好きだぜ」って伝えた。
確か私服とか持ち物に黒系が多かったはず。
姉ちゃんはそれだけでも十分だって俺にハグして礼を言った。
「ありがとう。ユーラチカにも何かお土産買ってくるからね」
「いーって俺は。あいつのプレゼント奮発してやれよ」
姉ちゃんからの誕生日プレゼントなんて、いきなり送られてきた日にはきっとあいつすっげぇ喜ぶんだろうな。
どんな顔してどんな反応すんのか、近くで見られないのがちょっと残念だ。
で、結局姉ちゃんがオタベックへのプレゼントに何を選んで贈ったのかだけど、それはあいつの誕生日当日のインスタが教えてくれた。
10月31日にアップされた写真は2枚。
1枚目はあいつのファンたちから贈られた無数のプレゼントが並べられた写真。
んで2枚目にはあいつがキスクラでよく抱えている太眉のくまのぬいぐるみの写真。
ただその中で俺の目に留まったのは、そのぬいぐるみの腕に巻かれた黒革のベルトの腕時計だった。
シックなデザインでオタベックによく似合いそうなやつ。
でも、あれなんか……どっかで見たことあるような、って俺の脳がフル回転した。
あ、わかった。見たことあるはずだ。
あれ、姉ちゃんがいつも着けてるやつの色違いのメンズバージョンじゃん。
ってことはペアウォッチかよ。
なんだやるじゃん、姉ちゃん。
なんてにやついていたら写真の下に書かれたオタベックのコメントを見つけて思わず「はぁ!?」って呆れた声が出た。
『From Nike.』だってよ。
ニケはギリシア神話の勝利の女神だ。
あいつの中で姉ちゃんはそれだけでかい存在だってことだ。
なんだよオタベックの野郎、ヴィクトルに負けてねぇじゃん、充分キザなことしてんじゃん。
長谷津で姉ちゃんの浴衣姿を褒められなかった奴が随分成長したもんだ。
姉ちゃんはもうこの写真とコメント見たかな。
見たらきっと顔真っ赤にして、でも嬉しくてしかたないって顔で笑うんだろうな。
遠く離れていても2人の間には確かな繋がりがあるって感じさせられた出来事だった。
時間を少しだけ戻し、オタベックの誕生日の数日前。
10月最後の週に行われた第2戦カナダ大会。
優勝したのは昨シーズン同様JJの野郎だ。
相変わらずの過剰なパフォーマンスに俺はテレビの画面に向けて盛大な舌打ちをかましてやった。
2位にクリス、3位にギオルギーが入ってきた。
クリスは相変わらず色気駄々漏れって感じの演技で女どもを魅了してるし、ギオルギーは新しくできた女とうまくいってるみたいでスケートの調子にも良い影響を与えてやがる。
どいつもこいつも油断してたら足元掻っ攫われそうだぜ。
11月。
最終調整を終えて、気合いを入れて臨んだ俺の初戦中国大会。
アサインが出たときからこの日を楽しみにしてたんだぜ。
ここで俺はオタベックと早速対決することになった。
アメリカ大会で優勝して調子づいてるとこ悪ぃけど、表彰台の一番上に立つのは俺だぜ。
気合いを入れすぎたのか、久々の世界大会で緊張してやがったのか、初日のショートは最初のジャンプで失敗しちまってオタベックに次ぐ2位発進となった。
けどスコアは悪くねぇ、取り戻せる範囲内だ。
落ち着いて臨んだ2日目のフリー。
俺の前を滑るミケーレの演技が終わっていよいよ自分の番が来た。
シューズのエッジカバーを外してリンクに降り立った瞬間、リンクサイドから「ダバーイ!」と聞き慣れた低い声が俺に声援を送ってきた。
オタベックだ。てめぇ、余裕だな。
ライバルに向けて親指を立て、俺はリンクの中央へ。
深呼吸して、曲がかかるまでのわずかな時間で集中力を一気にトップギアへと上げる。
静かに、けれど熱く、俺は自分を見ているであろうすべての奴らに向けて心の中で吠えた。
ロシアにいる爺ちゃん。
今応援席のどこかにいる姉ちゃん。
リンクサイドのヤコフとリリア。
次に滑るオタベック。
そして日本にいるヴィクトルとカツ丼、その家族、長谷津の奴ら。
瞬きなんかしねぇでしっかり見てろ。
これがシニア2年目の、去年より遥かに進化した俺のスケートだ。
キスアンドクライは俺にとって涙を流す場所なんかじゃねぇ。
そこは喜びに吠える場所だ。
フリーの得点が出た。
俺のパーソナルベストを大きく更新し、他を寄せ付けないスコアで堂々の1位。
ヤコフも声をあげ、鉄面皮のリリアも大きく頷いて納得してやがる。
どうだ、オタベック。俺の得点を超えてみやがれ!
「ダバイ、オタベック!」
もらった声援はきっちり返すぜ。
キスクラから叫べば、リンクに降り立ったあいつは俺にちらりと視線を向けて親指を立てた。
観客たちの歓声を浴びながらリンク中央へ向かっていく。
あと少しでスタートの位置というところで「ダバーイ!」と一際大きな声援があがった。
オタベックは声がした方に顔を向けている。
俺も、あいつも、聞き間違えることなんてねぇ。
聞こえたのは確かに姉ちゃんの声だった。
姉ちゃんのあんなでけぇ声、身内の俺だって聞いたことねぇよ。
リンク中央に立ったオタベックの顔は凪いだ海みてぇに静かで、けどこれから吹き荒れる嵐を前に怖いくらい落ち着いていた。
演技が始まる。
俺も生で見るのはこれが初めてだ。
曲はベートーヴェンの交響曲第9番第4楽章『繁栄』。
重厚な出だしと腹の底に響く曲調があいつに良く似合ってやがる。
相変わらず体は硬いみてぇだけどそれをジャンプやステップが十分すぎるほどカバーしてやがる。
ジャンプはすべて成功。
ステップシークエンスでは自然と観客から手拍子が沸き起こる。
去年以上にオリジナリティは高く、見る奴らの士気を鼓舞する演技だ。
すべてノーミスで滑りきったあいつに大歓声が上がる。
本人も納得の演技だったんだろう、両手をあげてガッツポーズしてやがる。
キスクラで太眉のくまのぬいぐるみを膝に抱いて点数を待つあいつの姿を、俺は姉ちゃんと観客席に座って会場の上空に吊るされた大型モニターで見ていた。
スコアと順位が出る。
フリーのスコアはあいつのパーソナルベストだ。
けど合計点では俺に及ばず順位は2位。
その瞬間、中国大会の優勝は俺に決まった。
「っしゃあ!」
「おめでとう、ユーラチカ!」
隣に座る姉ちゃんとハグして喜びに浸る。
まずは初戦制覇。
オタベックはこれがシリーズ2戦目だからこれで終わりだ。
ここで2位という好成績を出したオタベックは早々とグランプリファイナルの出場枠に足を踏み入れたことになる。
シリーズ出場者の中で一番乗りかよ。
「なぁ、姉ちゃん。あいつこれで」
そのことを姉ちゃんにも伝えてやろうとした瞬間、大型モニターに映し出された映像に観客の女たちから黄色い悲鳴があがった。
何なんだよ、うるせーな。
気になってモニターを見上げれば、そこにはキスクラに座るオタベックがいた。
膝にのせていたくまのぬいぐるみを抱き上げ、その腕に巻かれた腕時計の文字盤にキスする姿に女どもは顔を赤くしてどよめいてたってわけだ。
その腕時計……もしかしなくてもやっぱそうだよな。
おいおい、あいつにしては随分大胆じゃね?
俺は思わず口笛なんか鳴らしちまった。
「ちょっとなんで!?オタベック今まであんなことしたことなかったのに!」
「やだ、何なのよあの時計っ」
「ねぇちょっと、あれインスタにアップされてたやつじゃない?ほら、誕生日の」
「勝利の女神からってやつ?なによ、誰なのよそいつ!」
聞こえてくるわ聞こえてるわ、嫉妬に狂った女どもの叫び声が。
硬派のイメージが強いオタベックがあんなことすっからだぜ。
当の本人は腕時計をプレゼントしてくれた女神だけにメッセージを送ったつもりなんだろうけど、予想外に余波はでかかったみてぇだ。
んで、そのメッセージを送られた女神はっつーと今俺の隣で口を手で覆って顔を真っ赤にしている。
オタベックの思いがけないアピールに嬉しさのメーターが振りきっていて言葉にならねぇって感じ。
「よかったじゃん、姉ちゃん。脈ありじゃね?」
「ユーラチカっ、……もう」
変な期待させないでって言いながらも姉ちゃんの耳はますます赤く染まっていく。
なんだかんだいって離れていながらもこの2人は確かに心の距離を縮めていってんだなって再確認できて俺はなんか嬉しくなった。
結局中国大会は俺の優勝、オタベックが2位で、3位にミケーレが食いこんで幕を閉じた。
表彰式、2位のオタベックに少し低い位置から「この借りはグランプリファイナルで返すぞ」って宣戦布告された。
は、望むところだっつーの。受けてたってやるよ!
表彰式とインタビューが一通り済んでリンクの裏に引っ込んだところで観客席から降りてきていた姉ちゃんが声をかけてきた。
「おめでとう、ユーラチカ!オタベック!」
姉ちゃんは両手を広げると俺に飛びついてきた。
ぎゅっと抱きしめる力は強いけど、でも「素晴らしいわ。自慢の弟よ」って褒めてくれる声は穏やかだ。
俺を信じ、理解し、勝利を待っていてくれる姉ちゃんは俺にとって本当に大切な存在だ。
自分と同じ金色の髪をぐしゃぐしゃと撫でてやり、彼女にだけ聞こえる声で短い感謝の言葉を伝えた。
家族と勝利をわかち合う感動的な瞬間だぜ。
それをよぉ、なぁ、なぁおい、オタベックよ。
邪魔すんなよな。さっきから痛いぐらいの視線感じんだけど。
チクチクと刺さる視線の先を追えば、案の定そこには眉間に皺寄せた渋い顔のオタベックの姿が。
なんだよ、その顔。
あれか、お前も姉ちゃんにハグして欲しいんだろ。
それを察したわけじゃねぇんだろうけど、姉ちゃんは俺から体を離すと今度はオタベックのところへ駆けて行った。
「おめでとう、オタベック。グランプリファイナル出場もほぼ確定よね。応援してるわ」
「あぁ。ありがとう。……その、」
「なぁに?」
「誕生日に贈ってくれた腕時計のお礼、まだきちんと言えてなかっただろう。ずっと言いたかったんだ。ありがとう。すごく気に入っている。もらった日からずっと身に着けているんだ」
「本当に?よかった、嬉しい」
「黒は一番好きな色なんだ。、知ってたのか?」
「やっぱりそうだったのね。それはユーラチカが教えてくれて」
「そうか。……、……」
「……?」
「その……なんだ……」
「どうかした?」
なにやってんだ、オタベックの奴。
ここまで来ておいて、さっきはキスクラであんな大胆アピールまでしやがったくせになに今更尻込みしてんだよ。
ハグしてぇんだろうが。
大会で盛り上がっている会場の雰囲気にかこつけて、がっといっちまえばいいのに。
もだもだしている後ろ姿を見ていたらなんかすっげぇイライラしてきて、思わず舌打ちかましてあいつの背中を蹴ってやった。
バランス崩したあいつは姉ちゃんの方に倒れ、彼女を抱きこむような形で壁に両手をついて止まった。
お、これってジャパニーズの女どもの間で流行った壁ドンってやつじゃねぇ?
まさにこれからキスをする恋人みてぇな図になり、至近距離で見つめ合ったまま2人は顔を真っ赤にして固まっちまってる。
そんなおいしい瞬間をSNSオタクどもが見逃すはずがなく、他の選手の応援でたまたま来ていたピチットとグァンホンにその場面をめちゃくちゃ写真撮られて後でインスタにアップされてそのリツイート数が大変なことになるんだけど。
ま、放っておいたらなかなか進展しない奥手の2人にはいい刺激になったんじゃね―の?
11月中旬。
日本で行われたシリーズ第4戦日本大会。
そこで優勝したのはアメリカ大会で安定の滑りを見せつけたカツ丼だった。
ヴィクトルがコーチに就いてから世界戦で初めて獲った金メダルに2人涙をにじませて抱き合う姿がしばらくの間ネットを占拠した。
なに泣いてんだよ、ぶわぁーか。泣くのはまだ早ぇだろうが。
ちなみに2位にはレオ、3位にはスンギルが入った。
この時点でカツ丼はグランプリシリーズを2戦とも終え、合計28ポイントでファイナル進出はほぼ確定となった。
カツ丼にオタベックに、親しい2人に先を越されたけど俺の中に焦りはなかった。
余裕で追いついてやるっつーの、それもお前らより高いポイントを獲ってな。
日本大会後、間もなく行われた第5戦フランス大会。
表彰台の一番上に立ったのはJJの野郎だ。
カナダ大会に続き2つ目の金メダル。
2位にはピチット、3位にはギオルギーが滑り込んできた。
総合得点30ポイントを獲得したJJはこれでファイナル出場確定。
残る切符はあと3枚。
そして来たる11月後半。
シリーズ最後はロシア大会。
俺の結果はここで決まる。
祖国の声援を一身に浴びて演じた俺のスケートは、パーソナルベストとはいかないまでもそれに近い点数がつけられた。
2位以下を大きく引き離しての堂々の1位だ。
今季2度目の表彰台、それも一番上。
てっぺんから眺める光景はやっぱ最高だ。
2位にはクリス、3位にグァンホンが立ち、日本大会で準優勝したレオは4位で終わった。
これで30ポイント獲得した俺と26ポイントのクリスがファイナル出場を確定させた。
そしてレオの結果次第で出場権がどうなるかと待機していたピチット、あいつが24ポイントで最後の1枠にねじ込んできた。
グランプリファイナルに出場する6人が出そろった。
通過順位は1位が俺で、2位にJJの野郎。3位にオタベック、4位にカツ丼、5位にクリス、んで6位にピチットだ。
まさか昨シーズンとまったく同じメンバーでファイナルを争うことになるなんてな。
けど相手が誰だろうと知るか。
今年も一番上に立つのはこの俺ユーリ・プリセツキーだ。
去年カツ丼が打ち破ったヴィクトルの記録、それを超えてやる。
グランプリシリーズを終えわずかな休息を挟み、戦いの舞台は最後の地、東京へと移ることになる。
■2017 グランプリファイナル
年の瀬もそう遠くない12月中旬。
最終決戦の地、東京。
俺たち選手は本番の2日前に現地入りしていた。
クリスマスが近いこともあって街中がネオンで彩られていて目がチカチカする。
そういえば去年のバルセロナもこんな感じだったな。
あれからもう一年か、早ぇな。
確か去年の今頃だ、オタベックとダチになったのは。
んで、オタベックが姉ちゃんと出逢い一目惚れしたのも同じ日だ。
もう1年近くもあいつは姉ちゃんを想い続けているわけだ。
よくそんなに長くって感心すると同時に、いい加減告ってくっついちまえよって呆れもする。
もうすぐクリスマスだぜ。
いっとけよ、オタベック。
つーか、ひとつツッコんでいいか。
「なんで今年も出場者で集まって飯食ってんだよ……」
完全に去年の再現だろ、これ。
出場選手6人に加えて今年はコーチ勢までいるし、俺が誘ったんだけど姉ちゃんもいるし。
かなりの人数がレストランの一角を占拠してやがる。
くそめんどくせぇな。
俺に誘いをかけてきたカツ丼をじろりと睨んでやった。
「ごめん……またミナコ先生と真利姉ちゃんが。あと今年は優ちゃんも」
「ユリオくん、久しぶり!夏に長谷津に来たとき会って以来やね」
「おう、優子。あのうるせーガキどもは連れてきてねぇのか」
「あぁ、うん。ホテル出るギリギリまで行くって言って聞かなかったんだけど、グランプリファイナル終わったら遊園地連れてってあげるからって約束して置いてきた」
「遊園地!?なんだそれ、俺も行きてぇ!おい、オタベック。姉ちゃん。ついでにヴィクトルとカツ丼。大会終わったら行くぞ!」
「え、えぇ!?ちょ、ユリオ本気?」
「ワーオ、ジャパニーズアミューズメントパーク!俺も行ってみたいよ。勇利行こう。金メダル首から下げて行ったらすごく目立つと思わない?」
「えぇぇっ、ヴィクトル何言って」
「はっ?何言ってんだ、じじぃ。メダル獲るのはこの俺だ!」
ヴィクトルの軽率な一言を皮切りにクリスもピチットも「金メダルは僕のものだよ」って参戦してくる。
収拾つかなくなるじゃねぇか、余計なこと言ってんじゃねーよ!
つーか、大会前日にこんな大人数で飯食ってパーティーみたいなことやってる場合かよ。
食うだけ食って、とっととお開きにしてもらいてぇ。選手のためにもな。
けど、そのうちコーチ勢を中心に大人組が酒なんか飲みだして盛り上がってきやがって。
もういいだろ、俺はもうホテルに帰るぞって言い出そうとしたところでほろ酔いでいい気分になったヴィクトルがまた余計なことを言い始めやがった。
「ところではさぁ、恋人作らないのかい?」
「え?なぁにヴィクトル、唐突に」
「いやぁ、だってさ。もったいなさすぎるじゃないか」
こんなに美人なのにずっとフリーだなんて、だってよ。
酔っ払ったリビングレジェンドは常以上に饒舌らしい。
つーか、ヴィクトルの奴ぜってぇわざとだな。
オタベックの気持ちわかってて、わざと言ってるよな。
姉ちゃんは「もう。相変わらず口が巧いんだから」って呆れ顔で笑ってそのまま話題を流そうとするも、今日ばかりはヴィクトルがそれを許してはくれなかった。
「俺が立候補しようかな」
お前が言うと本気なのか冗談なのかわかんねぇからやめろ。
酔っ払い、エロい目で姉ちゃんのこと見んな!
リビングレジェンドの色気たっぷりの目で見つめられ、姉ちゃんは「冗談はやめて、ヴィーチャ」って困った顔で笑ってる。
姉ちゃん美人だからロシアでもしょっちゅうナンパされてっけど、何度されても一向に断るのがうまくなんねぇんだよな。
男からのこういう誘いやからかいを華麗にスルーできないのが姉ちゃんの唯一の弱点かもしれない。
「ヴィクトルが立候補するなら俺もしようかな。実はロシア大会のときから気になっていたんだよね」
は?クリスもかよ。
ヴィクトル以上の色気製造マシーンが。
ヴィクトルのは冗談だってわかっけど、クリスのはどっちなのかわかんねぇ。
大人の男2人からアプローチされて姉ちゃんはいよいよ困っている。
おいオタベック、お前も参戦…………するような奴じゃねぇよな。
案の定あいつは俺の隣に座ったまま黙り込んでやがる。
ただ目付きはこれ以上ないくらい厳しい。
完全にソルジャーの顔つきだ。
握ったグラスは力が入りすぎて今にもひび割れそうだ。
グラスが壊れる前に、俺はあいつの横腹を肘でガツッと突いてやった。
「いいのか、黙ってて。とられちまっても知らねぇぞ」
「……、……」
ギリって、微かに音が聞こえるくらい奥歯を噛みしめてやがる。
何か言いたいんだろうけどうまく切り出せねぇんだろうな。
こういうときJJの野郎なら「ちょーっと待ったぁっ!!」とか叫びながら割り込んでくんだろうけど、オタベックじゃな。
あーもう本当に知らねぇぞってため息が出たところで、「ごめんなさい」と姉ちゃんが男2人に向かって声をかけた。
眉を落として申し訳なさそうな顔で笑って、「お2人の気持ちは嬉しいんですが」って。
「恋人はいないけど、ずっと気になっている人はいて。今はその人のことしか考えられないから」
近くに座ってた奴らの視線が一斉に姉ちゃんに向く。
大勢の目に晒されて恥ずかしそうにしてたけど、姉ちゃんは自分が言ったことに間違いはないって堂々としていた。
アプローチをかけたクリスは口笛を吹き、ヴィクトルは策士の顔でにこにこと笑ってやがる。
「妬けるなぁ。にこんなに想われているなんて。一体どこの誰かなぁ」
ヴィクトルの視線がちらりとオタベックに向くのを俺は見逃さなかった。
って、ちょっと待て……。
話を聞いてた奴らの視線、全部オタベックに向いてねぇか。
おい、これここにいる全員わかってんじゃねぇの?
ってことは、クリスも確信犯かよ。
思わず再びオタベックの脇を肘で突っついていた。
「おい。バレてんじゃねぇか、これ」
オタベックも全員からの好奇の視線を感じとったみてぇでちょっとたじろいでいる。
気まずげに顔をそらしたのはいいけど、耳が赤いの見えてんぞ。
姉ちゃんといいこいつといい、もう結構いい距離にまで近付いてんだからいい加減くっつけよって、テーブルに頬杖ついて盛大にため息をついた、そんな本番直前の夜だった。
■バンケットにて
夜空に向けて吐きだした息が白く凍る。
気温の差こそあれ、東京もロシアも同じ冬なんだなって、んな当たり前のことを思いながらバンケット会場のレストランの入り口に突っ立って夜空を見上げていた。
グランプリファイナルが幕を閉じた。
結果は思い出したくもねぇけど、でも終わったもんはもうどうしようもねぇから受け止めてやるよ。
優勝したのは、勝生勇利だ。
ヴィクトルと挑んだ2年目、昨シーズンの雪辱を見事に晴らしてみせたってわけだ。
準優勝はショート、フリー、ともに完璧な演技を滑り切ったJJ。
俺は……悔しいけど3位に終わった。
ジャンプで失敗したからとか、俺よりカツ丼とJJの方がシニアでの経験値も持久力も上だからとか、言い訳しようと思えばいくらでも出てきたけど、思い浮かぶ言葉は全部腹の底に飲み込んでやった。
本当は悔しさに胃の腑が焼けそうだったけど、思いっきり奥歯を噛みしめて我慢して表彰台にはのぼった。
俺より高い場所に立ったカツ丼を、あいつの努力を、認めてやらねぇといけないんだろうけど。
「くそがっ。調子にのんなよカツ丼が。世界選手権だ!ぜってー俺が勝って2連覇してやる!」
素直に「負けたぜ」なんて言える性格じゃねぇから、俺にできるのは荒削りな宣戦布告だけだ。
カツ丼は眉をあげた強気な笑みを浮かべて「望むところだよ」って俺の挑戦状を受け取った。
「ユーリ。こんなところにいたのか」
「よぉ、オタベックか」
「寒くないか。中に入ったらどうだ」
「あー……いや、もうちょっとここにいる」
「そうか……」
オタベックは、昨年同様4位の成績で終わった。
すべての演技が終わった直後はすげぇ悔しそうな顔してたけど、でもそれも表彰式が終わる頃にはいつもの引き締まった表情に戻っていた。
たぶんこいつも俺と一緒だ。
焼けるような悔しさを飲み込んで、次を見据えている。
俺たちには落ち込んでる暇なんてねぇんだ。
シーズンが終わるまでは、どんなに傷つこうが戦士として立ち続けなきゃなんねぇ。
立ち止まってなんていられない。
「なんか用あって呼びに来たんじゃねぇの?」
「ああ。実は勇利がお前のことを呼んでいて」
「は?カツ丼が?なんだよ」
「その、ダンスバトルがどうとか」
「はぁ!?なんだあいつ、ばっかじゃねーの!」
今年もやってんのかよ。
全然学習してねーな。
脳みそまでブタかよ。
俺は今年はぜってー参加しねーぞ。
って、そこをてこでも動かない姿勢でいようとしたんだけど。
「いいのか。勇利は『ユリオの奴、試合でおいに負けてダンスバトルでも負けるの嫌で逃げたとよ〜』と言っていたが」
「……っ、ふっ………ざけんな!!誰がっ。逃げてねーし!ダンスなら俺の方がずっと上だし!」
酔っ払ったカツ丼の挑発にまんまとのせられてネクタイを指で緩めながら中へと戻っちまった俺は、後で振り返るとホントバカ野郎だ。
結局今年もカツ丼のせいでバンケットは異常な盛り上がりをみせ、冬の寒さを吹き飛ばすような熱い夜となって今季のグランプリシリーズは完全に幕を閉じた。
バンケットがお開きになった後もその熱は続き、酔っ払ったダメな大人どもが2次会どこに行こうかなんて話し始めていた。
まだ飲むのかよ。つーか、俺もうホテル帰って寝たいんだけど。
オタベックももう帰るっつーし、2人で先にあがることにした。
便所に行ってくるっていうあいつをレストランの前で待っていると、不意に店の前にタクシーが一台停まった。
誰か呼んだのかと気にも留めずにいると、開いたドアから現れたのはなんと姉ちゃんだった。
俺の姿を見つけると姉ちゃんは心配そうな顔で走り寄ってきた。
「ユーラチカ、ちょうどよかった。大丈夫なの?」
「は?姉ちゃん?なんでここに」
「なんでって、ヴィクトルに呼ばれたから来たんだけど。ユーラチカとオタベックが泥酔して寝ちゃって起きないから迎えに来てほしいって」
「はぁ?俺飲んでないぜ。つーかまだ飲めねぇし。オタベックも、んな泥酔っつーほど飲んでは」
ヴィクトルの奴、なんのつもりだ。
まだ店の中にいるだろうから問い詰めに行くかって振り返ったらタイミング良く自動ドアが開いて中からオタベックが現れた。
姉ちゃんの姿を見つけて驚いた顔をしてやがる。
「?どうしてここに」
俺と同じ質問を投げかけ、姉ちゃんもさっき俺に言ったのと同じことを言って伝える。
誤報だったみたいだってことで、足取りもしっかりしてる俺たちの姿に姉ちゃんはホッとしていた。
「オタベック、顔が赤いわね。お酒飲んだの?」
「ああ、少し」
「そう。バンケットはどうだった?楽しめた?」
「そうだな。ユーリのダンスがすごかった」
「ダンス?」
「ああ。勇利やヴィクトルとダンスバトルをしていた」
「えぇ、本当に?」
「オタベック、余計なこと言うんじゃねーよ」
「ふふ。なるほどね。それでなのね、2人の服装なんだかおかしいと思った」
「……?」
「だってお酒を飲んでいないユーラチカの方がこんなに乱れていて、飲んでいるオタベックの方がネクタイまできっちり締めているなんて」
「普通は逆じゃない?」って姉ちゃんは口元に緩く握った拳を添えて笑う。
「でも、楽しかったのならいいわ。本当にお疲れ様。ユーラチカ。オタベック」
スケーターとして走り続けてきたこの半年を思い、穏やかに笑って労いの言葉をかけてくれる姉ちゃんを。
オタベックは少し眉をひそめて、とても眩しいものを見るような目で見つめていた。
そして一度ぎゅっと目を閉じたあいつは、次に瞼を開けたときそこに強い意志の籠った瞳を宿していた。
何かを決意した目で、ゆっくりと息を吐き出すと姉ちゃんを真っ直ぐに見つめて口を開いた。
「……いつか福岡の空港で俺が言ったこと、覚えてくれているか」
思い出を呼び返す、それはもう4か月近く前のこと。
姉ちゃんはもちろん忘れてなんかいなかった。
わずかに緊張したオタベックの声に「えぇ。もちろん」と穏やかな声で返す。
何を言ってもすべて包み込んでくれそうな優しい姉ちゃんの声に、オタベックは観念したように自分の想いを話し始めた。
「面目が立たない。大きなことを言っておいて、結果はこの様だ。結局何も手にすることはできなかった。勝ってメダルを獲って君に伝えようと思っていたことも……今の俺にはその資格がない」
祖国にも、姉ちゃんにも、顔を向けられない。
手に残るものが何もないことはあいつにとってはこれ以上ない悔しさだった。
伝えたいのに、伝えられない。
あいつの男としてのプライドがそれを許さないでいた。
冬の冷たい空気が肺を凍らせる。
吐きだされた白い息。
それが晴れたとき、彼の目に映ったのは初めて会ったときからずっと変わらない姉ちゃんの笑顔だった。
「残念ね」
「………」
「あなたの。オタベック・アルティンのスケートは、私の目にはずっと金メダル同然のものに映っていたのに」
世辞でも、慰めでもない。
一番近くで見ていた俺にはわかる、それが姉ちゃんの本心であることが。
そんなことを言ってもらえるなんてあいつは思ってもいなかったんだろう。
オタベックは喜びたいのに、けれどそれを許さない自分もいるみたいな複雑な顔をしていた。
固く溶けない彼の心に姉ちゃんが光を当てる。
「オタベック、お願い」
「……?」
「少しかがんでくれる?」
意味は分からないが、姉ちゃんの言うとおりにあいつは少し膝を折って頭を下げた。
低くなったオタベックの首に、姉ちゃんは自分の首に下げていたあいつのペンダントを外してそれをかけてやる。
顔をあげたあいつは驚きと訝しみと混ざった顔で姉ちゃんを見下ろしていた。
それもそうだ。だってそれは表彰台にのぼったら返してほしいって約束したものなんだからな。
でも姉ちゃんはそれを返すべきは今だと信じて、オタベックが拒んでも譲らないって顔をしていた。
「オタベック」
「……」
「私は……聞きたいわ。あなたが私に伝えようとしてくれていたこと」
「……、……」
「お願い」
聞かせて。
あなたの気持ちを。
それはたぶん、きっと、私と同じものなんじゃないかな。
凍った白い息が何度2人の間を阻んでも、霧が晴れれば必ずあいつの前には彼女の笑顔があった。
首にかけられた飾りを手のひらに包みぎゅっと握る、あいつの顔にはいつしか観念したような困った笑みが浮かんでいた。
彼女には敵わない。
勝利の女神にはカザフの英雄でも勝てはしないんだ。
「・プリセツキー」
そこはレストランの前。バンケットに参加した人々がみんな見ている中で。
オタベックは周りの視線なんて気にすることもなく彼女の前に片膝をついて跪き、彼女の左手をとると薬指の付け根にキスをした。
予期せぬ展開に観客たちから黄色い声があがる。
けれど喧騒は2人の耳には届いてはいなかった。
「バルセロナで初めて会ったときからずっと君のことが好きだった。君がよければ、俺の恋人になってほしい」
ギャラリーの歓声鳴り止まぬ中、彼女が笑顔で出した答えはもちろん決まってる。
返ってきた答えに満足した英雄は、ようやく眉間の皺を伸ばし安堵した顔で笑う。
跪いたまま空に祈るように両手を伸ばし彼女の頬に両手を添えるとそのまま自分の方へと引き寄せ彼女の唇にキスをした。
さっき以上にでかい歓声があがる。
あちこちから聞こえてくる指笛。
鳴り止まないカメラのシャッター音。
とりわけピチットのスマホは一体何枚撮るんだよって呆れるほど連写の音がとまらない。
あいつぜってぇSNSにアップするだろ。
これ大変なことになるんじゃねぇの?
大勢に祝福され、姉ちゃんは顔を赤くして恥ずかしそうにしながらも、でも嬉しくて幸せでしょうがないって感じでその顔から笑顔が消えることはなかった。
一方でオタベックの奴はなんか吹っ切れたみてぇな清々しい顔しやがって。
ピチットに「お2人、キスシーンもう一回お願いします!」とか無茶苦茶な要望出されて、ごめんなさいって困り顔で笑う姉ちゃんの顎に指かけて顔を上げさせ2回目のキスをあっさり奪っていきやがった。
なにいきなり大胆になってんだよ。
あれだ、酒が入ってるせいだろ。
明日しらふになったとき、今自分がしでかしたことSNSで確認して顔面赤くして頭抱えりゃいい。
俺が一番にホテルの部屋に乗り込んでいって、お前のその姿を指さして大笑いしてやるよ。
無口でシャイがテンプレートだった奴の紹介文に、「やるときはやる男。カザフの英雄は愛の戦士」なんて新しい文が付け加えられる日もそう遠くはなさそうだ。
そんなまさかの愛の劇場で幕を閉じたグランプリファイナルから数か月。
スケーターたちの戦いはまだしばらく、春先まで続くことになる。
その後、カツ丼は全日本選手権で優勝し去年とあわせて2連覇を達成。
四大陸選手権ではJJの野郎が優勝し、オタベックが2位に、ピチットが3位に立った。
そしてシーズンの最後を飾る世界選手権。
ここで俺はヴィクトルが築いた歴代最高点を更新し表彰台の一番上にのぼった。
去年4位に終わったオタベックは雪辱を晴らし2位の座に。
3位のカツ丼を抑えての準優勝に本人は両手を拳に変えて喜びに震えてた。
オタベックの奴、シーズン後半の名だたる大会でメダルを掻っ攫っていきやがって。
みんな愛の力は偉大だって言ってんぞ。
そして4月、ようやくやってきたスケーターにとってのシーズンオフ。
俺は去年と同じくヴィクトルたちに着いていって長谷津の温泉で体を休めていた。
オタベックは姉ちゃんを連れてカザフスタンへ帰国。
家族に紹介するんだってよ。やること早くねぇ?
2人がカザフへ旅立って1週間後、あいつのインスタに1枚の写真がアップされた。
ウズベキスタンの古都サマルカンドの美しい空と青い街を背景に2人が笑顔で並んで立つ写真。
ハッシュタグは『#Samarkand』と、それからもうひとつ、『#mysweetheart』だってよ。
あいつついにやりやがった!
それを見た瞬間の俺の第一声は、もうずっと前から決まっている。
「ぶわぁーか!惚気てんじゃねーよ、このバカップルが!」
満を持して、周りにいた温泉客たちがビクッて肩を跳ねあげて驚くぐらいでけぇ声で叫んでやった。
記事のいいねの数値はどんどん上がっていく。
俺はぜってぇ押してやらねぇかんな。
俺がハートなんか押さなくても、もうてめぇの隣には今までもこれからもずっとお前だけを愛してくれる勝利の女神がいるだろうが。
「くそが。せいぜい幸せになりやがれ!」
実に幸せそうな笑顔の2人に俺なりの祝福の言葉をかけて思いっきり鼻で笑ってやり、無造作にスマホをポケットに突っ込むと勢いよく立ちあがって「おい、海行くぞ、海!」ってカツ丼たちを引っ張って長谷津の海に向かった。
「え、なに、見るだけじゃなくて?足入れるの?さ、寒いよまだ」
「うっせぇ!つべこべ言ってねぇで靴脱げ!ヴィクトル、なに笑ってんだ。お前も来んだよ!マッカチンお前も来い!」
嫌がるあいつらを無理やり引っ張って、まだまだ海水浴には早い冷たい海に両足突っ込ませて悲鳴をあげさせてやった。
痺れるほどの冷たさの中、見上げた空はあの2人がいる楽園に負けねぇくらい青く澄んでいて俺はスマホをかざして滅多に撮らない空に向けてシャッターを切った。
遠く離れた空の下にいる2人がどうか幸せでありますようにってな。
サマルカンドはかくも遠く、けれどたどり着いたそこには永遠の愛と楽園が待ちうける。
これはカザフの英雄オタベック・アルティンが愛した者を手にするまでの長い永い旅の記録。
そして2人になったその旅はこれから新しい道を歩いて行く。
これはそんな話だ。
─ fin ─
※補足解説
オタベックのフリー曲に勝手に選曲したベートーヴェン交響曲第9番第4楽章は実在する曲ですが『繁栄』という名前は勝手に後付しました。アニメの『降臨 ―建国版―』の続きっていう感じで。第4楽章は「歓喜の歌」で有名なあれです。
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