ドリーム小説
虹雅渓の路地裏にて。
キュウゾウは一匹の猫を拾った。
猫は自分を
「、だよ」
と言って鳴いた。
その猫は今でも、キュウゾウの部屋に住んでいる。
猫 の 棲 む 部 屋 1
茶色の長い髪に、赤い目の猫。
虹雅渓の路地裏でキュウゾウが拾ってきた猫。
従順で、大人しくて、気まぐれで、可愛い。
純粋で、無垢で、どこか抜けていて。
キュウゾウを飽きさせない。
その猫が、ある日風邪を引いた。
始めは軽い咳をしている程度だったが、次第に悪化していき今は床に伏すまでになっていた。
始終キュウゾウの部屋に居るが、一体どこから風邪の菌をもらってきたというのか。
問えば、はずっとここから外には出ていないという。
ならば。
「誰か、ここに来たか」
「うん。ウキョウがきたよ」
「・・・・・またか」
相変わらずウキョウはキュウゾウが不在の際を狙ってはここに遊びに来ているらしい。
タイミングもよいことに、ウキョウはちょうど一昨日から風邪と診断されて自室にこもらされている。
奴がにうつしたとみて間違いない。
「何もされなかったか」
女狂いのウキョウにが見初められてしまい、キュウゾウの心配事は尽きない。
は熱で赤い顔をふるふると横に振って答える。
キュウゾウはほっと息を吐き、手を伸ばしての首に触れた。
「体温が高い」
「かぜって、あっついね・・・」
「だろうな。だが熱を出して汗をかけば治る」
「そっか・・・じゃ、がまんする」
力が出ないながらも、にへっとキュウゾウに笑いかける。
キュウゾウは苦笑し、の汗で張り付いた前髪を後ろへとかきあげてやった。
「」
「うん?」
「俺は仕事がある」
「うん」
「一人でいられるか?」
「・・・うん」
笑顔で返事しながらも、の目に多少の迷いと不安があるのをキュウゾウは敏感に感じ取った。
病気で弱った心が、置いていかれることに不安を感じているのだろう。
だがキュウゾウが看ているわけにもいかない。
今日はヒョーゴも同じ仕事ゆえ、面倒を頼むこともできない。
「できるだけ早く帰ってくる」
「うん。だいじょうぶだよ」
「」
「・・・・うん?」
の強がりなど、キュウゾウには全てお見通しだ。
じっと見下ろしてくる主人に、は何とか笑顔を作って「キュウゾウ?」と呼びかける。
しばらくを見つめていたキュウゾウは、不意に体を折っての額にそっと口付けた。
熱で高まった額に落とされたキュウゾウの唇は、少しひんやりしていて気持ちがいい。
「キュウゾウ・・・?」
「早く良くなれ」
「うん・・・ありがと」
いってくる、と短く告げて、キュウゾウは部屋を去っていった。
去り際に閉じる扉の隙間から垣間見せたキュウゾウの不安げな目が忘れられない。
一人になってしまった部屋で、は熱い息を吐いた。
一人で居ることは慣れているが、風邪を引いていると忘れていた一人の寂しさが蘇ってくる。
「あ・・・キュウゾウにごめんねって言うのわすれた」
風邪なんか引いてごめんね。
迷惑かけてごめんね。
自分を拾ってくれたばかりか、こんなにも面倒を看てくれる主人に。
ごめんね、キュウゾウ。
でも、ありがと。
キュウゾウが帰ってきたら言おう。
そう思いながらは目を閉じた。
*
部屋に一人置いてきたのことが心配で、どうにも集中できない。
アヤマロの警護をしながら、もう何度ヒョーゴに注意を受けたかわからない。
「おい。しっかりしろ、キュウゾウ」
「・・・あぁ」
「・・・・・」
「・・・・・」
「そんなに心配ならば、城の侍女にでも頼めばいいだろう」
「断る」
即答か。
キュウゾウはよほどのことが大切らしい。
自分以外の者がに触れることをことさら嫌う。
「ならば残業になって帰りが遅れぬよう、もう少ししっかりしろ」
「・・・あぁ」
相変わらず生返事をするキュウゾウに、ヒョーゴは眉間に皺を寄せてため息をはき捨てた。
ヒョーゴの警告にかかわらずぼぉっとしていれば、不意にアヤマロに名を呼ばれてキュウゾウは身を正した。
「キュウゾウ」
「なにか」
「聞いたぞえ、キュウゾウ。なんでも、そちの飼い猫が風邪を引いたとのこと」
「・・・・・」
「おそらくはウキョウがばらまいた風邪であろう。迷惑をかけるの」
「いえ・・・」
その通りだ、すごく迷惑だ、と言えたらどんなにすっきりすることか。
だが仮にも主人の手前、言いたい衝動をキュウゾウは必死に抑える。
「ウキョウの方はもうすっかり治りて、早速動き回っておるらしいがの」
「・・・左様で」
「もう少し節度というものを身につけさせねばなるまいて」
前を行くアヤマロの言葉に、キュウゾウは適当に相槌を打つ。
聞いているような聞いていないような生返事を返していたが。
「おぉ、そうじゃ」
「・・・・」
「ウキョウがの、そちの飼い猫の看病に行くと張り切っておったぞえ」
「・・・・左様で。・・・・・・・っ!?」
その言葉には、さすがのキュウゾウも身を強張らせた。
ヒョーゴもまた眉をぴくりと引きつらせている。
よりによってウキョウが。
しかも風邪で弱っている、部屋に一人きりのの元へ。
これ以上の危険がどこにある。
キュウゾウは今すぐ仕事を放り出してのいる部屋へ走っていきたいのを必死に抑えた。
その日一日中、キュウゾウの体から鬼気が放たれ、ヒョーゴが冷や汗を流していたとか。
その日の夕方、仕事を終えて部屋に戻ったキュウゾウは。
怒りに震え、手のひらをきつく握り締めることになる。
が、いない。
朝が寝ていた布団はもぬけの殻だった。
が連れて行かれた。
連れて行った犯人など、一人しかいない。
犯人はあろうことか、部屋に置き手紙まで残していったのだから。
『君の病気は僕がうつしたものだから、僕が責任もって治してあげるね〜。というわけで、しばらく君は僕の部屋で預かるよ。いつか返してあげるね〜』
ふざけるな、とキュウゾウは力いっぱい手紙を握りつぶした。
「いつか返してあげる」
それがいつになるというのか。
ウキョウのことだ、きっとに飽きたらすぐに捨てるに決まっている。
がキュウゾウの元へ帰ってくる保証などない。
「くそ・・・っ」
それでも、一介の雇われ侍であるキュウゾウにはどうすることもできない。
ウキョウの部屋に立ち入ることは許されていない。
は完全にウキョウの籠の中にとらわれてしまった。
を取り戻すすべもない。
どうにもできない状況で、キュウゾウの手の中で握りつぶされた手紙が悲鳴をあげていた。
*
自分には何もできない。
を連れ戻してやることもできない。
が連れて行かれてから、五日が経過した。
が戻ってくる気配は、ない。
もう風邪が治っていても良い頃だと思うが。
一度、廊下でウキョウとテッサイ、お抱えの女たちとすれ違ったときがあった。
キュウゾウとヒョーゴは足を止め、ウキョウたちが通り過ぎるのを待つ。
キュウゾウは壁際によけながらも鬼気をむき出しにしてウキョウを睨み付けた。
ヒョーゴとテッサイはキュウゾウがウキョウに飛び掛るのではないかと内心落ち着かない。
ちょうどウキョウたちがキュウゾウたちの前を通り過ぎて、何事も起こらず終わったとほっとしたときだった。
「君の風邪ねぇ、なかなか治らないんだよね〜」
わざわざ荒波を立てるようなことを、ウキョウが言ってきた。
キュウゾウは煮えたぎる想いでゆっくりと後ろを振り返る。
そこには狡猾な笑みを浮かべたウキョウがいた。
「・・・ならばこちらで面倒を看ます。あれをお返しいただきたい」
「それはだめ〜」
「・・・何ゆえ」
「だって、君が『キュウゾウのところに帰りたくない』って言ってるよ?」
ウキョウの言葉に、キュウゾウはわずかに目を見開く。
それは嘘か誠か。
が、何ゆえ自分のもとへ戻りたくないなどと言うのか。
葛藤するキュウゾウに、ウキョウは追い討ちをかける。
「だから君のこと、もう少し預かってあげるよ〜」
「・・・・・」
煩悶するキュウゾウに、にやりと蛇のような笑いを投げかけてウキョウは背を向けた。
「あんたの夜の扱いに満足してないんじゃないの〜?」
「いやだ、ウキョウ様ったら」
「もう、ほんとに」
従えた侍女たちにまで嘲笑され、キュウゾウは去っていくウキョウたちを鬼のように睨み付ける。
最後に一度だけ、テッサイがキュウゾウとヒョーゴを振り返って申し訳なさそうに小さく礼をしていくのが見えた。
ウキョウたちが視界から消えて、キュウゾウは左の拳で壁を激しく横殴りにした。
「・・・・っ」
「キュウゾウ、やめろ」
剣士が手を怪我でもしたらどうする。
ヒョーゴがとめるのも聞かず、二度三度と拳で壁を殴りつける。
が戻ってこない。
ウキョウの策略で連れて行かれたのならいざ知らず、が自分で帰ってきたくないと言っているという。
それは嘘か誠か。
それを聞きたい相手は、キュウゾウの手の届かぬところにいる。
つ ぶ や き
『拾う!』のその後です。
無駄に長編。
無駄にシリアス。
無駄にラブ。
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