ドリーム小説
「ご自分の気持ちを伝えないんで?」
の頭を、シチロージは優しく撫で続ける。
シチロージの肩に頭を預けたまま、は彼の胸の中で冷静に返事を返した。
「伝えたからって、どうなるわけでもないもの。かえって彼を困惑させるだけだよ」
生徒が教師に惚れて、想いを伝えて
その先にハッピーエンドが待っているわけじゃない
彼を困らせてしまう
彼を悩ませてしまう
自分との関係で彼を不幸にしてしまう
だったら自分の気持ちなんて、言わずにしまっておいた方がいい
自分の気持ちは隠して、このままずるずると報われない恋を続けていた方がずっとずっと
「あんた方、似た者カップルなんざんすねぇ」
シチロージが呆れたように苦笑する。
はゆっくりと頭を起こし、シチロージを不思議そうに見上げた。
恋
するアルビノ 3
夜の9時をまわり、料亭兼居酒屋《蛍屋》の個々の座敷からは賑わいの声があがっていた。
暖色系の照明の下では、たくさんの客が仕事の疲れを酒で癒している。
そんな中で、同僚2人にしこたま酒を飲まされ、早々に座敷の上で天井向いて横たわる者の姿もあった。
首のネクタイを指で緩め、眼鏡を粗雑に外して畳の上に投げ、ヒョーゴは自分の目を片手で覆い隠す。
今日はシチロージとカンベエに誘われ、珍しい組み合わせの3人で盃を舐め合っていたはずなのに。
気付けばシチロージに多量の酒を飲まされ、回らない頭でカンベエの尋問を受け、ヒョーゴは完全にダウンしていた。
*
「いやぁ、あのときのヒョーゴ殿といったら」
「完全に潰れてたでしょ」
「えぇ。いつものキリッとしたイメージはどこへやら。顔は真っ赤で呂律は回らないし、タクシー呼ぼうにも住所は言えずで」
彼のその姿が容易にイメージできるは、くすくすと可笑しそうに笑う。
*
「ちょいとちょいと、ヒョーゴ殿。こんなところで寝ちゃダメですぜ」
「あ〜・・・・・るさいっ。黙れ・・っ」
「あらら・・・完全に潰れてやすね」
「ふむ。シチロージ。ちと飲ませすぎたのではないか?」
ヒョーゴの介護は全てシチロージに任せ、カンベエはゆったりと猪口など傾けていた。
亭主関白な上司にシチロージはじとりと非難の目を向ける。
だが、また唸りだしたヒョーゴの枕元に膝をつくと、保健医らしくおしぼりを彼の目元に置いてやった。
「ヒョーゴ殿。タクシー呼びやすから起きてくださいって」
「う〜・・・・俺に構うな・・・っ」
「あぁ・・・ったくもう。こんなところのお嬢さんに見られたら嫌われちまいやすよ?」
つい先程仕入れたばかりのネタでヒョーゴを起こそうと試みる。
少しぐらいは慌てた反応を返すだろうかと期待してシチロージは待っていた。
だが、ヒョーゴからの反応が返ってこない。
寝てしまったのだろうかと思っていれば、おしぼりで半分顔の隠れたヒョーゴの口元がゆっくりと動いた。
「は・・・俺のことをどう思っているんだろぉな・・・・」
口調は酔っているのに、彼の呟きはひどく真剣なものだった。
シチロージははたと動きを止め、カンベエに目配せする。
カンベエもまた傾けた猪口をそのままに、シチロージと目を合わせて、それから2人してヒョーゴに視線をやった。
ヒョーゴは目元に当てられたおしぼりの上に手を置いて、横になったままだ。
真っ暗闇の視界で、彼は何を見ているのだろう。
酒に犯された脳内で彼が見る夢は、おそらくは彼女の夢なのだろうと2人は思った。
「・・・ヒョーゴ殿」
「俺は・・・あいつに好きだと言ったことなど一度もない。一度もだ。ただ・・何となく一緒にいるだけだ」
独白するヒョーゴの声には、怒りとも悲しみとも憤りともとれる感情が入り交じっていた。
これだけ酒に酔って、まさか演技できるわけもない。
それは確かに、ヒョーゴの心の断片だと2人は気付く。
「あいつは美人で、頭もキレて、世渡りだって上手くて・・・・・。あいつのことを幸せにしてやれる男なんて腐るほどいるだろうに。あいつはもっと幸せになれるはずなのに」
「今のは、幸せではないと申すか」
「そうだ・・・っ」
カンベエの問いかけに、ヒョーゴは怒りを露わに叫んだ。
そしてそれはおそらく、自分自身への怒り。
酒がヒョーゴに凍り付いた心の奥を吐露させる。
怒り混じりの彼の告白は、という女を想い、ひどく優しくて、そしてひどく痛々しかった。
は幸せなんかじゃない
そしてそれは俺の責任でもある
俺が手を出したせいで、あいつは女として最低の人生を送っている
このまま俺といても絶対に幸せになんてなれやしないのに、あいつは笑ってついてきてくれる
だから俺はこれ以上あいつを不幸にはしたくないから、愛の言葉なんかであいつを縛り付けるつもりはない
「あいつはもっと幸せになれる女なんだ・・・・」
「泣いてるんですかい?お嬢さん」
シチロージの肩に額を戻し、動かなくなってしまったの頭を、彼は優しく撫でた。
シチロージの白衣の肩にじわじわと沁みていく、透明な雫。
彼女なりのプライドか、嗚咽は全て唇を噛んで飲み込まれていた。
両手をきつく握りしめて、あふれ出しそうな鳴き声を必死に食い止める。
ようやく絞り出せた声は切ない響きをもって彼をいさめた。
「ばか・・・・・・・・」
愚かだ、彼は愚かだ。
そんなことを考えていたなんて、もう愚かで愚かで。
そして・・・・なんて優しいのだろう。
の呟きを聞いていたシチロージは、優しい声で彼女に同意した。
「そうですねぇ」
「馬鹿だよ・・・・・・・ヒョーゴ」
「えぇ・・・・あたしもそう思いやすよ」
彼は愚かだ。
そう言って、シチロージは撫でていたの頭に自分の頬を押し当てた。
「そしてさん・・・お前さんもだ」
シチロージはゆっくりと自分の肩からの頭を外させた。
彼女の色素の薄い目は、うっすらと赤くなっていて、それはあまりにも愛らしかった。
の顔を見下ろして、シチロージはにっこりと優しい笑みを浮かべる。
「ヒョーゴ殿を想うあまり、自分の想いを押し殺しちまっている」
「・・・・・・」
「あんた方は似た者カップルなんざんすよ」
2人して全く同じ想いと葛藤を抱えている。
体は十分に溶け合っているのに、心が平行に歩んでいるから、いつまで経っても交じり合わない。
自分を見下ろすシチロージを、は目をそらすことなくじっと見つめ上げた。
シチロージは青い目を細めて、慈しむようにを見守る。
まるで妹を可愛がるように、よしよしとの頭を撫でてやった。
「まったく。世話の焼けるお二人さんでやんすね」
あたしゃ仲人じゃありませんぜ
おどけたような口調で肩をすくめるシチロージに、の顔に笑みが浮かんだ。
くすくすと肩を揺らして笑うは、それはそれは可愛らしくて。
「素直に恋をしなさいな、白蛇ちゃん」
「え?」
「何でもありやせん。・・・おっと、そうだ忘れていやした」
不意にシチロージは自分の額をぺしりと叩き、おどけた顔をしてみせた。
胡座をかいていたベッドからすとんと降りて、そして今まさに思い出したとばかりに告げた。
「そうでげした。さっき職員室でお嬢さんが倒れたことをそれとなく噂しておいたんですよ」
「え?」
「ですからね、そろそろ」
トントン
その続きを言う前に、まさにタイミングを計ったかのようにノック音が2回保健室に響き渡った。
音のしたドアの方に2人は顔を向ける。
シチロージが「開いてやすよ」と一声かければ、控えめに扉が開いた。
現れたのは、2人がよーく知っている人物。
「はいるか?」
中肉中背、揺れる長い黒髪。
眉の間にはうっすらと皺が寄っていて、眼鏡の奥の目はとシチロージの2人を捕らえた瞬間、不機嫌そうなものに変わった。
何故、下校時間を過ぎたこんな時間に、保健室に2人きりでいるんだという顔。
「おやおや、これはヒョーゴ殿。どうされたんで?」
「島田先生に頼まれての様子を見に来たんだが。大丈夫そうだな」
「うん、」
さも仕方なく来ましたとばかりの彼の言い方に、シチロージは二人に背を向けて肩を揺らす。
シチロージが何をおもしろがっているのかがわかるは苦笑し、わからないヒョーゴはますます眉間に皺寄せる。
ひとしきり楽しんだシチロージは、白衣のポケットに両手を突っ込むとベッドを離れ、すたすたとデスクの方へと歩み寄った。
デスク上のファイルを手に取ると、シチロージはくるりとヒョーゴに顔を向けた。
「ヒョーゴ殿。申し訳ないんですがね、ちょっと職員室に用がありやして。しばらくここにいてもらえますかね」
「あ?・・・あぁ。構わんが」
「申し訳ありませんねぇ。それじゃ、よろしく。・・・さん」
「うん・・・?」
「おだーいじに」
「うん。あ・・・シチさん、」
ファイルを片手で肩に担いで軽快に出て行こうとするシチロージを、思わずは呼び止めた。
ドアノブに手をかけたシチロージは首だけ軽く回すと、に向かって素早く片目をつぶって出て行ってしまった。
静かにドアが閉められ、保健室にはヒョーゴとだけが取り残される。
ヒョーゴの目は、ベッドの上にちょこんと座るへと向けられた。
ネクタイはなく、ブラウスのボタンも上3つと随分開いている。
いくら貧血で寝ていたためとはいえラフすぎる恰好と、異様に乱れたベッドシーツがヒョーゴの目にとまる。
まさかな、というあまり考えたくない予想が頭をよぎり、思わずをじっと見つめていたら彼女に不思議そうに声かけられた。
「なに?」
「随分と仲がいいんだな、保健医と」
「うん?そかな」
普通だよ、と答えたが、ヒョーゴはまだ怪訝そうな顔をしている。
の頭を、ふっとある考えが横切る。
・・・今のはヤキモチ・・・なのかな
シチロージのせいで、ついそんなことを考えてしまう。
あぁ私らしくない、とよぎった考えを消し去り、はベッドサイドに腰掛け直して足をぶらつかせた。
「ね。ヒョーゴ」
「あ?」
「本当に島田先生に頼まれてきたの?」
「あぁ、そうだ」
「ふーん」
「・・・・・・・・なんだ」
「ん。だって確か島田先生、今日午後から出張のはずだけどなぁと思って」
「・・・・・・・・」
に指摘され、ヒョーゴの顔が「しまった・・・」という苦虫を潰した顔になる。
気まずげに顔をそらすヒョーゴに、はくすくすと肩を揺らして笑う。
「相変わらず嘘が下手ね。ヒョーゴ」
どこまでも優雅で、一枚上手の彼女。
はポンポンと自分の横を叩き、彼に座るように促した。
ヒョーゴはふて腐れながらも彼女の横に腰を下ろし、長い足を組んで肘を乗せて頬杖ついてしまった。
”・・・・・・あ”
彼が近づいて、ふとは気付く。
前は彼が側まで来れば鼻をついてすぐにわかったものが、今は全くしない。
気付けば、もうしばらくヒョーゴのスーツからは煙草の匂いがしていなかった
最近は、もうヒョーゴのキスはタバコの味じゃないことを思い出す。
彼が禁煙している理由は、しか知らない、が一番よく知っている。
自分が勝手に決めた戒めを、ヒョーゴはずっと守ってくれていたのだろう。
は目を細め、ヒョーゴの横顔に声かけた。
「ね、ヒョーゴ。煙草やめるとイライラするでしょ?」
「あ?」
「もう吸ってもいいよ。我慢するのつらいでしょ」
ヘビースモーカーの彼がここまで保っただけでもかなりすごい。
でも、これ以上彼を苦しめる謂われはない。
彼を解放してあげなくちゃ。
だが、ヒョーゴから返ってきた返事は、の予想とは違っていた。
「いや。もう当分いい」
「え・・・どうして?前はあんなに吸ってたのに」
「あぁ・・・まぁな」
そう言うと、ヒョーゴが片眉だけ下げて、おどけたように笑って言った。
「吸いたくなったら、お前が飛んできてキスしてくれるんだろう?」
彼女の同意を求めるように苦笑してを横目で見つめる。
「俺にはそっちの方が合っている」
そんな約束まで、きちんと覚えていてくれたのか。
あんな一時の子どもの戯れを。
の心が静かに揺らめき出す。
ヒョーゴの横顔をじっと見つめていれば、彼が顔を向けてきた。
にやりと彼が笑うとき、それは何かを企んでいるときだ。
「ところで今煙草が吸いたくて仕方がないんだがな」
「そ・・?」
「どうにかしてくれるんだろう?」
案の定そんなことを言って、ヒョーゴはゆっくりとに顔を近づけてくる。
も首を傾け、彼の両頬に手を添えて、そっと自分の唇を押しつけた。
触れるだけのキス
唇が離れて、しばらく2人で見つめ合った。
時計の針の音だけが部屋を満たす。
それからしばらくして、ヒョーゴはの方に頭を倒すと、彼女の腿の上に頭を置いて寝転がってしまった。
彼からの甘えるような行動なんて珍しい。
「・・・・どうしたの?珍しいね」
「・・・・・・たまにはいいだろう。俺は疲れてるんだ」
そう言ってヒョーゴは眼鏡を外し、の手を取って自分の両目を隠すように置かせた。
ヒョーゴの長い髪が肌にあたってこそばゆい。
ヒョーゴがゆっくりと息をするたびに彼の胸が上下し、その振動が足に伝わってくる。
空いている手で彼の頬を撫でていたら、その手を取られて、指を絡ませて手を繋げられた。
あぁ
愛しくて愛しくて
胸が締め付けられて痛みに耐えきれない
音にならない吐息を漏らせば、ヒョーゴは私の手をどかさせて下から私を見上げてきた。
ヒョーゴを見下ろして、「なに?」と小さな声で問いかければ、彼の手が伸びてきて、私の頬をするりと包んだ。
「学校でそんな色っぽい溜め息つくな」
「うん?」
「抱きたくなるだろうが」
「ばか・・・・」
あぁ
胸が苦しくて苦しくて苦しくて、耐えきれない
あした、うぅん、今すぐ、死んでしまいたいよ
「ヒョーゴ・・・・・・」
「なんだ」
「ねぇ、ヒョーゴ・・・・・」
「どうかしたのか?」
ヒョーゴ・・・・・・・
ヒョーゴ・・・・・・・
ねぇ・・・・・・・・・ヒョーゴ
あまりにも切なげに私が呼ぶから、あなたはひどく心配そうな顔で私の顔を見上げて
「らしくないな。そんな泣きそうな顔」
お前には似合わん、と苦笑いして、私の目尻を親指で撫でて、優しく慰めてくれた。
ヒョーゴの手が私の目元から離れていって、去っていく熱が淋しくて恋しくて。
私の感情は、私の顔に顕著に表れていたようで、余計にヒョーゴを心配させてしまった。
ヒョーゴの顔に呆れたような苦笑いが浮かぶ。
「そんな顔してると、ここで抱くぞ」
「・・・どうせできないくせに」
憎まれ口を叩いてやれば、痣が付くくらいきつく絡められる指。
真下から私を見つめたまま、彼の手が私の後頭部を引き寄せ、ゆっくりと唇を重ねられた。
キスとセックスだけの関係だったはずなのに
それだけでよかったはずなのに
どこで道を間違えてしまったのだろう
あなたに愛されたいと、私の身体が噎び泣く
苦しくて、苦しくて、この苦しみは誰にも消せやしない
あなたが愛してくれなきゃ消えることはない
白い蛇は、神の遣い
神様以外、愛しちゃいけなかったのに
許して、神様
もう天に還れなくてもいいから
お願い、神様
私を天から見棄ててください
「ねぇ、ヒョーゴ・・・・・・」
「なんだ」
「・・・・・もう少しだけ・・・・一緒にいて?」
その日私は初めて心からの我が儘を彼に伝えた
彼は笑って、返事をする代わりにもう一度私の頭を引き寄せてキスしてくれた
お願い、私を離さないで
あなたと一緒に墜ちていきたいの
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