※本丸や審神者についていろいろ捏造ありです。
※台詞ネタバレあり。ゲーム中の台詞(特殊会話含む)を随所にお借りしています。
元治元年(1864年)六月五日。
瞼を閉じる直前、最期に見たのは池田屋での紅い光景だった。
その後、俺は修復不可能と判断され破棄されたらしい。
だからそれ以降の日本で、いや世界で何が起こったのかなんてまったく何も知らない。
瞼を閉じてからどれほどの月日が過ぎたのかもわからない。
次に目を開けたとき、俺の目の前にいたのは浅葱色の羽織を羽織ったかつての主人ではなく栗色の長い髪をした若い娘だった。
「あんたが俺の新しい主?」
そう問いかけると娘はとても驚いた顔をしていたが、数秒置いて柔らかな笑みを浮かべて「はい」と頷いた。
ふうん。
随分と若くて頼りなさそうな女が主になったもんだ。
それが彼女への第一印象。
「俺、加州清光。川の下の子、河原の子ってね」
扱いにくいけど性能はいいってことと、可愛がって着飾ってくれる人希望ってことを伝えて自己紹介は終わり。
案の定彼女は呆気にとられた顔をしていたけど、それもまたすぐに笑顔に変わって「喜んで」なんて返事が返ってきた。
これが俺と主の出会い。
そしてこれから始まる安穏とした、けれど数奇な物語のはじまりだった。
◆ 四つ葉の君 <壱> ◆
これからの拠点となる本丸へ向かう途中、主となった彼女と案内役だというこんのすけとかいう管狐から話を聞いた。
何故俺が付喪神として蘇らせられたのかという話。
なんでも主となる彼女の生きる時代に歴史修正主義者なる者たちが現れて、そいつらが過去を改変しようとしているのだとか。
それを阻止するために幕府……じゃなくて政府に送り出されたのが審神者に選ばれた彼女なんだってさ。
そんな大事な役回りに選ばれたのだから余程歴史や刀剣に通じた人物なんだろうね。
けれどその予想は彼女の「日本史は全科目の中で下から二番目に苦手でした」という言葉で覆されることになる。
「……まじで。じゃ、俺が誰の愛刀だったかとも知らないわけ?」
「あ、それは君を初期刀として選ぶときに勉強しました。新撰組の沖田総司組長ですよね」
「まぁ……そうだけど」
ものすごく簡単な問題に正解しただけなのに彼女はものすごく自信満々そうな顔をしている。
まじか……この程度の知識しかなくて主とか、本当に先が思いやられる。
てか「君」って呼ばれたし。
明らかに俺の方が年下に見られた呼ばれ方だ。
彼女が主なのはわかっているけど一応俺も付喪神っていう神の一種なんだけど、という文句は言わずに閉まっておいた。
加州清光様とまではいかずとも、もう少しましな呼び方があると思うんだけど。
なんて思いながら進むうちに俺たちは本丸に到着した。
着くやいなやすぐにこんのすけに案内されて俺と彼女は本丸の中を見てまわった。
そこそこに広い平屋の屋敷で、家の中も割りと充実していて不満はない。
部屋数は多いし台所に風呂、厠に、すぐ隣には鍛練用の道場まであってむしろ満足な方だ。
「審神者様はこちらの部屋をお使いください。コンセントもありますし電気も通じておりますので電子機器等の使用も可能でございますぞ」
「え、本当に?それは嬉しい」
「こんせんと?」
なに、その聞き慣れない響きの言葉。
思わず復唱すると彼女が振り向いて「これのことです」と部屋の壁の下の方に取り付けられた四角いものを指さした。
豚の鼻みたいな穴が上下に二列並んでいる。
「現代の便利な道具です。ここからエネルギーを」
「えねるぎい?」
「あ……えーと、動力を得られます」
「ふぅん。よくわかんないけど」
「今度使っているところをお見せしますね」
「そうしてくれた方が早いかも」
彼女の言葉にちょいちょい混ざる異国風の用語。
さっぱりわからないが、それらは彼女たちの世界では当たり前に用いられている生活道具なのだろう。
それはつまりそれだけ長く俺が眠っていたということで、なんとなく記憶に残る『浦島太郎』とかいう御伽話の主人公になったような感じがした。
こんのすけ案内による本丸見学はしばらく続いた。
受けた説明を彼女は忘れないようにと帳面に書き記している。
こんのすけが丁寧に説明を続けてくれているけれど、俺の興味は彼女の手元で動く筆に注がれていた。
なんだろう、あの永遠に墨の途切れない細い筆は。
頭の方を押すとかちかちと絡繰り人形のような音を出しながら新たな墨が出てくる。
たぶんあれも未来の道具なのだろう。
彼女の持ち物は面妖でわけがわからないものだらけだ。
随分とこまめに注意事項を書きとる彼女の後ろを俺はただ付いて回った。
とりあえず台所と風呂と厠の場所は覚えたからそれ以外は後でゆっくり覚えていけばいいかと思って。
困ったら几帳面に書き留めている彼女に訊こうとそのときは呑気に考えていた。
それからしばらくして一通りの説明が終わった。
お役目を終えたこんのすけは門から一歩外に出たところで「それでは審神者様、ご武運を」と言ってどろんと消えていった。
呆気にとられる俺の隣で彼女は呑気に消えていった管狐に手なんか振っている。
「さて、と」
「これからどうするの?」
「そうですね」
「いきなり出陣とかしてみる?刀、俺一振りしかいないけど」
「それはさすがに……。ですが出陣はできるだけ早くしてみようと思っていますので」
なんだ、見た目呑気そうなわりに意外とやる気満々らしい。
彼女は「早速鍛刀というのをして仲間を増やしてみたいと思います」と言うと、さっきひたすら説明を書き留めていた帳面を手の中で開いた。
鍛刀には何が必要で場所はどこでと書いた内容をぶつぶつ呟いて確認している。
俺はというと両手を頭の後ろで組んでのんびりとその様子を眺めていた。
「ねぇ、俺なにかすることある?」
「えっと……そうですね。とりあえず今は何もないですかね」
「あっそ」
「部屋で休んでいてくれてかまいませんよ」
「なんで。おかしいでしょ。一緒に行くよ」
「え、でも特にすることはないので暇だと思いますが」
「することなくても行くよ。一応今は俺が近侍なんだから」
「え?」
「えってなに。今俺しか刀いないんだから当たり前でしょ」
他に誰かいたのならそいつに任せてもよかったけど、今の状況じゃ俺がやるしかないだろう。
出会って間もない人だけれど一応は主なのだから一振りしかない俺が近侍を務めるのは当然だと思うんだけど。
まぁでもそれは俺らの時代の流儀であって、彼女の生きる時代には通用しない常識なのかもしれない。
彼女は不思議そうな顔で「そういうものなんですか」なんて言っているし。
俺はひとつ息をつき「そういうものなんだよ」と言って彼女より先に玄関の方へ向けて歩き出した。
頭の後ろで両手を組んだままの恰好で振り返り「行かないの?」と声をかける。
「鍛刀するなら早くしたら?できるだけ早く出陣したいなら急いだ方がいい」
夕方まではまだ時間があるから急げば一戦ぐらいはできるかもしれない。
そう告げると彼女は慌てた様子で帳面を見て鍛錬場を確認した。
「一番左奥の部屋ですね」と場所を告げると慌てて駆け出し俺を追い越していく。
草履を引き摺りながら走る姿がなんとも危なっかしいなと思っていたら案の定彼女は俺の数歩先でこけた。
両手はなんとかついて転んだようだから顔は打っていないが白袴の両膝と草履の片方が脱げてしまい白い足袋も砂で汚れてしまっていた。
追いついて「大丈夫?」と後ろから声をかけたら「平気ですが……痛いし恥ずかしいです」と返事が返ってきた。
「いきなりやらかすね」
「幸先不安ですよね……申し訳ないです」
「まぁ怪我してないなら何よりでしょ」
「そうですね。そう思いましょう」
「立てる?」
「はい、全然問題ないです」
「それはよかった。はい」
「え?」
出会って間もない人だけれど一応は主だし一応は女子なので手を差し出したのだけれど。
きょとんとされてしまった。
何その反応、手なんか出したこっちの方が恥ずかしくなるんだけど。
彼女は驚いた顔で俺の手をじっと見たまま動かない。
俺は一度差し出した手を引っ込めるなんて格好悪くてできなくて、もういいやと無理やり彼女の手首を掴んで起き上がらせてやった。
初めて彼女に触れた感想。
うわ、手首細い。あと軽すぎ。
立ち上がらせると茶色に汚れてしまった白袴の膝辺りを適当に叩いて砂を払ってやった。
それから脱げた草履を足元まで運んで、落ちた帳面も拾って同じように叩いて砂を払って彼女に渡してやった。
「膝擦り剥いてない?」
「え?あ、ないです」
「あっそ。ならよかった」
「あの」
「じゃ、早く行こう。一番左の部屋だよね」
「そうです。あの」
「なに?」
「ありがとうございます。あの……加州清光くん」
「……」
いかにも呼び慣れないって感じで初めて名を呼ばれた。
ちょっとこそばゆい。
じっとこちらを見つめてくる彼女からふいっと顔をそらし、「どういたしまして」と素っ気なく返事をして歩き出した。
後ろからまた草履をずるずると引きずった足音がついてくるのが聞こえる。
その音を聞きながら俺は彼女に見えないところでさっき手首を掴んだ方の手を緩く握ったり開いたりした。
細くて折れそうで頼りない腕。
けれど触れた先にあったのは、とても居心地の良い優しいぬくもりだった。
冷たい刀の自分とは違う、生きた人間のぬくもりにどこかほっとしたのを確かに感じていた。
◆
初めての鍛刀が完了した。
最低限の資材を投入したため、わかってはいたけれど打ち上がったのは短刀の部類の刀たちばかりだった。
「前田藤四郎と申します。末永くお仕えします」
「ぼくは、今剣!よしつねこうのまもりがたななんですよ!」
「僕は、五虎退です。あの……しりぞけてないです。すみません」
三者三様ではあるが、やってきたのは見事なまでに小さき者たちだった。
身の丈平均約三尺四寸(約130cm)の短刀たちは新たな主となった彼女の周りを囲んで各々自己紹介を始めた。
自己主張が強いのが今剣で、逆に妙に気が弱いのが五虎退。
その二振りの発言量の差を上手いこと調整しているのが前田藤四郎だ。
性格は各々全然違う三振りだけど、主となった彼女に自分を知ってもらいたいとぐいぐい距離を縮めていっているところはよく似ている。
短刀というのは皆あんなふうに外見が幼くて人懐っこいものなのだろうか。
彼女は突然現れた三振りの短刀にぐいぐい来られて焦るかと思いきや、どうやら嬉しいらしく顔には笑みが広がっていた。
俺が感心したのは、三振りの自己紹介を聞くときの彼女の姿勢だった。
目測大体四尺二寸(約160cm)ぐらいの彼女は背の低い彼らと目線を合わせるために両膝を床について中腰で話を聞いていた。
目線が同じになり小さい三振りたちも心持ち嬉しそうで更に彼女との距離を詰めている。
その様子を眺めながら俺は内心で「へぇ……」と感心していた。
彼女がどういう意味があってそうしたかはわからないけれど、ああしてもらえたら相手は嬉しいだろうな。
なんて思いながらその様子を見ていたんだけど、彼らの自己紹介が一向に終わりそうにない感じだったので手をぱんぱんと叩いて強制的にお開きにさせた。
「んじゃ、そろそろ行ってみる?あんまりのんびりはしていられないよ。初陣だから勝手もわかんないし余計に時間食うでしょ」
「おー、さっそくのいくさばですか!たのしみです!」
「身が引き締まります」
「ご、ご迷惑にならないようにがんばります……っ」
「よっし。じゃ、支度して……って言っても装備は各自の刀だけだけど」
一応俺が近侍で部隊長だから指示を出してみる。
すると小さい三振りは各々の仕方で返事をして素直に指示に従って動き始めた。
反発されることもなくすんなりと部隊が動き出し軽く拍子抜けする。
短刀って皆あんなふうに外見が幼くて人懐っこくて素直なのかな。
だったら今後も助かるんだけど。
俺は後頭部を掻きながら彼らの後を追って玄関へと向かった。
その後ろを彼女もついてくる。
けれど彼女がついてくるのは玄関を出て少し歩いたところにある本丸の門のところまで。
俺が「あんたは留守番ね」と言って彼女を残すことに決めたからだ。
どうやら一緒に行く気満々だったらしく本人は驚いた顔をしていたので俺はひとつ息をついて自分なりの意を述べた。
「俺たちにとってもこれが初陣で、はっきり言って戦場がどんな感じなのかまったくわからないんだよ。きっと自分たちのことでいっぱいいっぱいになる。そんな状態であんたを守ってやれるかって言ったら正直言って難しいからね」
本当は「どんなことがあれ主を全力でお守りします」って言えれば恰好がつくんだろうけれど、無理なことをしていきなり怪我を負わせるわけにはいかない。
だから恥もなく思ったままに伝えたら彼女は「なるほど」と思いのほかすんなりと受け入れてくれた。
「確かに戦えない私がついていったら皆さんの邪魔になってしまうだけですものね」
「まぁ、身も蓋もない言い方するとそうなるけどさ。とりあえず今日は俺たちだけで戦場と敵陣の様子を見てくるから。で、場慣れして余裕が出てきたらあんたのことも連れてってあげる」
「だから今日は留守番ね」と念を押すと、彼女は「そういうことなら仕方ありませんね」と諦め気味に笑った。
「わかりました。私はここで皆さんの帰りをお待ちしていますね」
「うん。そういうことでよろしく」
「あるじさまー!この今剣、みごとほまれをとってまいりますね!」
「行って参ります。留守をよろしくお願いいたします」
「が、がんばりますっ。あの……帰ってきたら、さっき途中で終わっちゃった虎くんたちのお話の続き聴いてください」
各々に出発の意を告げる三振りに彼女は笑顔で応える。
それから「みんな気をつけて行ってきてください」と三振りの頭をそれぞれ順に優しく撫でてやった。
主に撫でられた三振りはとても嬉しそうで余計に気合いが入ったらしい。
今剣なんて宙返りしそうな勢いだし、元気すぎる短刀たちの様子に「大丈夫かな、あれ……」と若干の不安と心配がよぎる。
まぁ、でも最初なんだから仕方ない、なるようになれだ。
俺は息をつくと「じゃ、行ってきます」と軽く告げて彼女に背を向けた。
その背に「加州清光くん」と彼女の声がかけられる。
なんだろうと中途半端に半身だけで振り返る。
「なに?」
「あの、君もお気をつけて。どうか無理はせず」
「……」
「……?あの」
「はいはい。了解了解」
俺は素っ気ない感じの返事を返すと再び彼女に背を向けてひらひらと片手を振った。
背中に彼女の視線を感じる。
たぶん俺たちの姿が見えなくなるまで門の前にいるつもりなのだろう。
俺は先に行ってしまった三振りに追いつくべく小走りで駆けだした。
別に早く彼女の視線から離れようと思ったわけじゃない。
遠ざかるにつれ背中に注がれる彼女の視線はだんだんと薄れていった。
少し走って三振りに追いついた頃にはその気配は完全に消えていた。
追いついた俺に前田藤四郎と今剣が振り返り「加州殿、どうされましたか?」「いそぎましょー!」と声をかけてきたので俺は「なーんでもないよ」と素っ気なく返し彼らを追い越して隊の前に出た。
平静を装って三振りの前を歩き出したのだけれど、実は心中はわずかにもやもやとした気持ちを抱えていた。
それは初陣への不安や危惧、緊張などといったものではなく、まったくの別物。
これから戦場に赴く部隊長には不必要で相応しくないものだ。
これはもう自分の性格を呪うしかないが、そのときの俺が抱えていた気持ちというのは……。
(なんで俺の頭は撫でてくれないんだよ……)
この感情をなんというかなんてよく知っている。よくわかっている。
このときの俺は初陣だというのに、後ろをついてくる三振りの幼い短刀たちに小さな嫉妬心を感じていたのだった。
身の丈の問題だろうか。でかいとまでは言わないが彼女より背が高いからされなかったんだろうか。
そんなことはないだろう、高いとは言っても俺と彼女の身長差はほんの僅かだ。
ならば見た目の問題だろうか。彼女は幼い外見の者にしかそういうことをしないのだろうか。
もしそうなら仕方ない。
仕方ないけれど、なんというか、あれだ。
「……ずっりぃの」
「はい?何かおっしゃいましたか」
「……なんでもないー。……あぁ、もう。さっさと行って敵倒して帰ってくるぞ!」
「そうですね!流石は部隊長殿。気合いの入れ方が違いますね」
「よーし、いそぎましょー!」
「あ、あ、待ってくださいぃ……っ」
自分の後ろをついてくる幼いなりの短刀たち。
元気よく飛び跳ねる今剣に小さな優等生の前田藤四郎、そして既にもう泣きそうな五虎退。
こんな小さな者たちに、しかもあんな些細なことで嫉妬なんかしている自分に自分で呆れる。
俺は彼女に撫でられなかった頭をがしがしと掻いて、これから初陣なんだ気合いを入れろと己に喝を入れた。
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