ドリーム小説



あと1回飛び込めばすべてが終わる


手を伸ばせば届くところまで希望が近づいていた。光は近い。けれどの精神も肉体ももうギリギリのところまで来ていた。日に日にやつれ、目の下にはどす黒い隈を作り、地縛霊でも乗っているのか両肩をずっしりと沈ませて歩く姿は傍から見れば同情を誘う。けれどそんなを気遣ってくれる者は誰一人いないのだった。皆が皆、見ていないようなふりをして「自業自得だ」と彼女を蔑む。半透明だった身体が更に薄れていく彼女を影で「亡霊女」と呼んで嘲笑う。

そんなどうしようもないくらいどん底に落ちたなのに、どうしてだろう・・・ドラコだけはそんな彼女についつい目を引き寄せられてしまうのだった。彼自身理解しがたい感情に不満を抱きながら、それでも無意識にの姿を視界におさめてしまう自分がいるのだった。





□ 魔女の条件U 〜The Adventure of Lovely Twins〜 <22> □





―――今日ですべてを終わらせよう

そう決めて、はその日の朝を迎えた。
は朝食の席につき、マーガリンを塗ったトーストの角を小さく囓る。食欲なんてまったくなかった。それでも、少しでも食べておかなければ渦の中での戦いに体が保たない。
(吐きそう・・・)
料理を作ってくれる屋敷しもべ妖精たちには悪いが、は眉間に皺を寄せて咀嚼した。なかなか喉を通ってくれないトーストを飲み物で流し込もうと、はオレンジジュースに手を伸ばした。そのときだ。
「変な体。気持ちわる」
「あはは。クラゲみたい」
半透明の体を揶揄する声。あからさまな陰口が後ろから聞こえた。もぐもぐと咀嚼していたの口が止まる。次いで女の嫌なくすくす笑いが聞こえては眉間に皺を寄せた。
「・・・・・」
振り返ることはしなかったけれど、は眼差しをきつくさせて食卓の一点を睨み付けた。ディメンター並みの冷たいオーラを背負ったに、彼女の斜向かいに座っていた後輩がびくりと肩を震わせる。は振り返って思いきり毒を吐いてやろうかと思ったが、そうはしなかった。代わりに「ふん・・・」と鼻を鳴らしてオレンジジュースを引き寄せ、自分を鎮めるようにゆっくりと喉に流した。
(こんなところで体力使うなんて馬鹿らしい。やめやめ)
ジュースを飲み干し、目を閉じてはいるが厳しい表情のままふぅと息をつく。そんなの様子に、陰口を言った女子たちは拍子抜けしたらしく、「行こ行こ・・・」とそそくさと退散していってしまった。

その様子をドラコは離れた席から静かに眺めていた。遠目にもスリザリンの意地の悪い女子たちがを揶揄したのがわかった。絶対には反撃すると思ったのに、予想外に彼女は女子たちを相手にしなかった。自分の時には目くじら立てて怒りまくっていたくせに・・・。対応の違いに少々腹が立ったが、それ以上にの精神面に変化が見られたことが意外で。
(なんだ。そうやって大人しくしていれば・・・)
サラダを咀嚼し、ふと頭をよぎった自分の考えにドラコははたと動きを止める。
(そうやって大人しくしていれば・・・?・・・なんだというんだ)
まさか、「可愛らしいのに」などと一瞬でも思ってしまったことなど認められるはずもなく。
「・・・ありえない」
自分の思考に自分で嫌悪し苦々しげに舌打ちすれば、「何が?」と隣に座るパンジーに声を掛けられてしまった。
「なんでもない・・・」
ぶっきらぼうに返事し、ドラコはフォークを乱暴に皿の上に置いた。けれど、心の中のもやもやは晴れない。
「くそ・・・、なんだっていうんだ」
「なに苛々してるのよ、ドラコ。変なの」
機嫌の悪そうなドラコに、パンジーも触らぬ神に祟りなしと見守ることに。
苛々しながらもやはり無意識にドラコの視線はの方へ行ってしまう。ちょうどが席を立つところで、誰も連れ添わず一人で席を離れていく彼女の背中を視線の端におさめた。けれど、が一瞬ふらりとよろけたのをしっかりと見てドラコは思わず眉間に皺を寄せた。
(・・・危なっかしい奴)
ふらふらとした足取りで大広間を出て行ったに、ドラコは苛つきとは少し違うもやもやに取り憑かれ落ち着けないでいた。このもやもやはなんだ。名前の知らない感情が胸の内を支配する。すっきりしない。
「くそ・・・っ」
悪態をついて席を立つと、ドラコはやや足早に大広間を後にした。







一口二口だけれど、パンは囓った。オレンジジュースだってコップ一杯分は飲んだ。貧血になるはずはない。けれど現実に今、の体は柱に両手をついていないと立っていられない状態だった。思った以上に自分の体が弱っていることに辟易する。
(だめ、だ・・・目が、)
回る・・・。視界がピントのぼやけた写真のように歪む。体が鉛のように重い。と思った瞬間、両足の膝ががくりと崩れ落ちた。
―――倒れる・・・っ
一瞬気が遠のいただったけれど、体が床に叩きつけられる感触はやってこなかった。代わりに感じたのは、腰に回された力強い腕の感触。いつの間にそこに来たのか、の隣に立ち、彼女の細い腰を片腕で抱えてくれる存在がいた。
(・・・だ、れ・・?)
虚ろな意識でその存在を確かめようとして、無意識にきつい眼差しになってしまったらしい。ぼやける視界の中でその人はチッと舌打ちして、
「愛想のない奴だな。手を貸してくれた相手にその顔か。可愛げのない女だ」
聞き覚えのある声でスラスラと悪態をつく。知っている人物の声にの表情筋は今度こそはっきりと意思を持って引きつった。
「ちょ、っと・・・さわんないで、よ」
息も切れ切れだが、彼を突き放す態度は変わらない。せっかく気紛れでも親切にしてやったというのに、の可愛くないことときたらない。ドラコの額にぴきりと青筋が浮き立つ。けれどだからといって彼がの体を放すことはなく、今にも倒れそうな彼女の体をしっかり支え続けてやった。もちろん鼻で笑って虚勢を張ることは忘れない。
「支えられなきゃ立っていられないくせに、よくそんな強がりが言えるな」
「誰もあんたに支えてほしいなんて言ってないじゃない・・っ。も、いいからを呼んでよ」
「あ?」
「早く、・・・呼びなさいって言ってる、の!」
ドラコに支えられ立つの顔色は蒼かった。精一杯の強がりを、けれどドラコのプライドはバッサリと切り捨てる。
「断る。僕に指図するな」
「っ・・・この、傲慢男。あんた、自分を中心に世界が回っているとでも思ってるわけ・・!?」
「ふん。その言葉、そっくりそのまま貴様に返すさ」
互いに悪態をつき合う、二人の仲は最悪。けれどドラコがを支える腕を弱めることはなく、も抵抗してドラコを振り切ろうとはしなかった。目を合わせれば一触即発とまで言われていたスリザリンの傲慢王子と我が儘王女、二人の関係に確かな変化が見られた。
「ちょ・・・もういい加減にしてよ。いつまでもあんたとくっついているなんて、耐えらんないわ!」
「やかましい女だな。人の厚意くらい素直に受けとったらどうだ」
ったく、とドラコは苦々しい顔でとりあえずをその場に座らせた。ドラコは床にぺたりと座り込んだの正面に立ち、彼女を見下ろした。彼女よりも目線が上にあることに優越感を感じ、腕組みをして鼻を鳴らして笑う。
「・・・いちいちむかつく笑い方!」
「一人では立てもしないくせに。強がりだけは天下一品だな」
「うっさいわね・・・っ。も、いいからさっさとどっか行ってよ!」
「むかつく女だ。エスコートする甲斐もないな。せっかく助けてやろうと思ったのに」
「余計なお世話、よ・・!なに?しおらしくスカートの裾摘んで、『ありがとう、ミスターマルフォイ』とでも言ってほしかったわけ?どうせ気味悪がるくせに・・!?」
具合が悪くて声に迫力はないけれどの毒舌マシンガンは健在。ドラコを睨み上げ、犬歯を剥き出しにして吠えまくる。そのあまりのうるささに、気紛れでもせっかく助けてやったのに・・・とドラコは眉間に皺を寄せて呆れたため息をつく。そしてポツリと何気なく思ったことを零したのだが。
「本当に可愛くない女だな。もう少し大人になったらどうだ」
「・・・っ」
何気なく言った一言は思いの外に効いたらしく、機関銃のような口が一瞬怯んだ。は唇を噛みしめて悔しがっていた。
「・・・なに、よ。あんたまでスネイプ先生と同じようなこと言って、・・・偉そうに。私のこと、どうしたいのよ・・・、素敵な淑女にでもなれって・・?!」
「ふん。僕は思ったことをそのまま言ったまでだ。可愛げがなくてわめいてばかりのガキ臭い貴様の欠点をな」
「・・・――っ。・・・うるっさいわね・・・これが、・・・これが私なの!!この可愛くない毒舌女が私なのよっ。今更・・・今更、変えられるわけないじゃない・・・」
初めはマシンガンのように勢いよく怒鳴り始めただったが、その言葉は徐々に尻つぼみしていき、最後の方は蚊の鳴くような声で呟いて終わった。しょんぼりとして見える彼女の顔に浮かぶのは怒りと悔しさ、それから少しの哀しみ。
ドラコの言葉は随分との心に傷を与えたようだ。心のコアをやられた彼女は、悔しそうにスカートのひだを握って唇を噛みしめていた。の心が葛藤している。「放っておいて!」という意地っ張りの自分と、「変われるものなら変わりたいのだ」という素直な自分との間で。
思春期の少女を眺めているようだった。ドラコは思わずため息をつく。あぁ、なんて成長の遅い面倒な女なのだろうと。それが気に入らなかったのか、はムッとした顔で下から上目遣いにドラコを睨み上げた。
「・・・むかつくからため息とかつかないで。てか、息もしないで」
無茶苦茶な命令をドラコにする。一方のドラコはもうそんな言葉を相手にもせず、偉そうに腕組みをして彼女を見下ろしていってやった。
「人が生き方を変えるのに早いも遅いもあるのか?」
「・・・なによ。いきなり、お説教?聞きたくもない」
「そうやって悪態ついて生きるのがお前の処世術なんだろうが。結局は自分の首を絞めてるんじゃないのか」
「・・・――っ。・・っるさいわねっ。いいでしょう、これが私の生き方なんだから!」
「それでお前が満足しているのならな。勝手にすればいいだろう」
「いいって何よ・・っ?勝手にするわよ!良いも悪いも、私にはこういう生き方しかないんだから、」
「そんなの誰が決めたんだ」
「・・、ぇ・・・っ」
「一度決めた生き方で一生過ごせだなんて、誰が言った」
偉そうな口調と上から目線は変わらない。けれど、あの素直じゃないが悪態つくのを忘れて思わず聞き入ってしまうほどその時のドラコの言葉には力があった。
「変わろうと思って行動すれば何だってできるんじゃないのか。僕に言わせれば、お前は変わりたいと思っているだけで何もしない臆病者にしか見えないがな」
「・・・――っ」
臆病者、と言われは奥歯を噛みしめてドラコを睨み上げる。けれど言い返すことはしなかった。ドラコの言葉はあまりにもストレートにの心の核を打ち抜いていった。いつも壁を作って他人の助言を受け入れず、棘のあるバリアを張って他人をはねつけていたの心に。バリアに空いた針の穴のような死角を通って入ってくる言葉があるなんて思ってもみなかったから。ドラコの言葉にを包む反抗的なオーラが少しだけ弱まる。それはドラコにも感じとれた。
「やっと静かになる気になったか」
「・・・ふん」
「これから体力使うんだろう。これ以上ぎゃんぎゃん騒いで余計な力を使うのは賢いやり方じゃないな」
「・・・うるさいわね。あんたに関係ないじゃない」
「関係あるね。さっさと呪文を解読してを助けてもらわなきゃ困る」
「またさんか・・。・・未練たらたら男」
「好きに言ってろ」
「好きに言うわよ。・・・・・、・・・ミスター」
「あ?」
の唇がもごもごと動いて何か言ったが、最後の方が小さな声で聞き取れずドラコは片眉を上げて問い返した。は綺麗な黒目をさまよわせ、唇を尖らせた不機嫌そうな顔を浮かべる。それからまるで明後日の方に視線を投げて、ぼそりと。
「・・・ミスター、マルフォイ」
「・・!」
悪意のないの声で初めて呼ばれた名前に、ドラコは思わずいぶかしげに細めていた睨み目を驚きに見開いた。ドラコのびっくりしている様子にはほんの少しだけ頬を赤くする。素直にするのが気恥ずかしくて仕方なかった。はそっぽを向いたまま口早にぼそりと呟いた。
「・・・・・ぁりがと」
不機嫌そうに小さな声で。の笑顔付きのありがとうとは比べようもないくらい無愛想な感謝の言葉だったけれど、それはの中で確かに何かが変わった瞬間だった。今のの精一杯の想いを受けとり、びっくりしていたドラコははたと我に返り、慌てて彼女から視線をそらした。
「ふん・・・。そうやって素直にしてれば、少しは可愛く見えるんじゃないか」
彼のプライドが強がりを吐かせるけれど、そっぽを向いたドラコの横顔はなんだか嬉しそうで満更でもなさそう。に見られる前にドラコはくるりと彼女に背を向ける。背中に投げつけられる「余計なお世話よ!」という彼女の悪態。ちらりと振り返れば、は「べー」と小さく舌を出すと、すました猫みたいにふんっとそっぽを向いてしまった。


あぁ、やっぱり可愛くない

可愛くない

可愛くない

高慢ちきで我が儘で幼い彼女

・・・けれど、



―――・・・・ぁりがと



さっきのはちょっとだけ可愛かった、なんて思ってしまった僕の趣向は

果たして正常なのか異常なのか

誰か教えてくれよ





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