ドリーム小説
※「このキャラとこんなやりとりがあったらいいな〜」シリーズ第1弾。書きたいところだけ書いたのでヤマもオチもありません。
※『サマルカンドはかくも遠く【後編】』のひと月後のお話。
※オタベックは元リンクメイトのJJを「ジャン」と呼んでいます(非公式)。
※「ベーカ」はロシア語版のオタベックの愛称です。
東京で開かれたグランプリファイナルからひと月。
1月下旬。
アジア、オセアニア、アメリカ、アフリカ、4つの大陸の選手たちが集結する四大陸選手権が開催される。
今年の開催地は地元カナダのバンクーバーとあって、この俺JJの気合いはいつも以上に高まっている。
グランプリシリーズで競い合った選手も多く出場している本大会、「気が抜けませんね」なんてインタビュアーは質問してくるが俺には関係ないね。
応援してくれる家族やフィアンセ、カナダ国民のためにもJJが表彰台の一番上に立って愛を証明してやるぜ。
気合い十分で現地入りした大会前々日。
オフィシャルホテルでチェックインを済ませ、ロビーで取材やJJガールズへのファンサービスに応じていた俺はそこに見覚えのある人物を発見した。
透き通るようなブロンドヘア、虎の顔がバックプリントされたヒョウ柄のスタジャン、細身の黒のパンツ。
あまりセンスがいいとは言えないファッションだが、痩身の小柄な体型がそれらを難なく着こなしている。
後ろ姿だけでも確信できる、向こうに見えるのはロシアの妖精と名高い彼だ。
しかし、おかしい。
彼はロシアの選手。
ユーロ圏の選手はこの大会に出場していないはずだが。
わざわざカナダまで敵情視察か、はたまた誰かの応援にでも来たのか。
まあ理由はなんだってかまわない。
彼とは先のグランプリファイナルで一緒に表彰台に上がった仲だ。(※『サマルカンドはかくも遠く【後編】』参照)
遠路はるばるカナダまでようこそ、子猫ちゃん。
見つけた彼に挨拶すべく、背後から近付いていって華奢なその肩をがばりと抱いた。
「こーんなところで何してるんだい、ユーリちゃん。まさかJJの応援に来てくれたとか?」
「え?」
え?
返ってきた反応が予想していたものと180度違った。
「何すんだ、てめぇ!」と怒鳴られるかと思いきや、聞こえてきたのは鈴を転がしたような女性の声。
まさかと顔を覗きこむ。
「ユーリちゃん?」
「いえ、あの、私は」
戸惑い気味に俺を見上げてくるのはユーリちゃんと同じ色の瞳。
けれどそこにいたのはユーリ・プリセツキーではなく、彼と非常によく似た顔立ちの女性だった。
髪の色も彼と同じではあるがよく見るとスタジャンの中に長い髪が隠されている。
それが後ろから見るとショートヘアのように見えて俺はまんまと勘違いしてしまったわけだ。
「ユーリちゃん、ではない?」
「そう、ですね。はい」
突然見知らぬ男に肩など抱かれてしまいレディは困ったような笑みを浮かべて俺を見上げてくる。
完全なる人違いだ。
JJとしたことがとんだ失態を犯してしまったぜ。
これは失礼と謝罪の言葉を口にしようとした瞬間、背後にただならぬ殺気を感じた。
背筋を冷たいものが走り抜ける。
振り返る間もなくいきなり手首を掴まれ強制的にレディの肩から手を引き剥がされてしまった。
「なんのつもりだ。ジャン」
JJではなく俺をファーストネームで呼ぶ、その低い声には聞き覚えがあった。
冷たい殺気も見知った者の気配だとわかると自然と肩の力が抜ける。
「ストーップ。乱暴はよしてくれよな」
落ち着いて振り返れば予想通りそこにいたのはかつてカナダのリンクで練習をともにした旧友の姿。
「オタベック。やっぱりお前か」
眉間にこれでもかというほど皺を刻んで俺を睨みつけてくる、彼の名はオタベック・アルティン。
カザフスタン代表の選手で俺とは同い年、前述のとおり元リンクメイトでもある。
そんな彼は俺の手首をギリリと握りしめたまま怖い顔で睨んでくる。
おいおい、どうした。これじゃまるで俺が彼女に暴漢を働いたみたいじゃないか。
「ジャン。彼女から手を放せ」
「もう放しているぞ。というかお前が引き剥がしたんだろう?」
彼の手から逃れ両手をホールドアップ、降参のポーズをとる。
それでもオタベックの表情は険しいままだ。
眉間の皺が平らになる様子はない。
なんなんだ、その凄まじいまでの警戒心は。
目の前のレディを守らなければという強すぎる使命感を感じるぜ。
こちらのレディと一体どういう関係なんだ。
「そう怖い顔をするな、オタベック。こちらのレディの後ろ姿がユーリちゃんにとてもよく似ていたんでな、間違えてしまっただけだ」
正直にそう話すもオタベックは「そうなのか?」と半信半疑の目を彼女に向けて確認をとる始末。
まったく疑い深い奴だな。
レディが俺の言葉を肯定してくれて、それでようやく納得したのかぎゅっと凝縮していた眉間の皺を伸ばした。
それも渋々という感じではあったが。
俺を弁護してくれたレディには改めて失礼を働いたことを謝罪。
彼女は「よく間違えられますから」と笑って俺の軽率なミスを許してくれた。
後ろ姿だけでなく顔立ちもユーリちゃんによく似たレディ。
話を聞くとなんとユーリちゃんの従姉弟なんだそうだ。
なるほど、どうりで似ているわけだ。
ちなみに今彼女が羽織っているヒョウ柄のスタジャンはユーリちゃんが預けていったものだそうで。
当の本人はどこにいるのかと訊ねれば、なぜかこんなところにまで来てユーリエンジェルズに見つかってしまい現在彼女たちから逃走中とのこと。
相変わらずロシアの妖精はファンサが苦手のようだ。
自分と容姿が近いレディに上着を着せてカモフラージュにでもするつもりだったのか、ユーリちゃん。
冗談のつもりでそう言って笑ったらレディではなくオタベックに再び睨まれてしまった。
「そんな彼女を身代わりにするような真似ユーリはしない」
キッパリと言いきられてしまう。
悪かった、そんな怖い顔するなって。
別にユーリちゃんを侮辱したつもりはないんだぜ。
相変わらずまっすぐで真面目な奴だな、お前は。
どうどうと馬を鎮めるように彼の前に両手のひらを掲げる。
隣に立つレディがまたも俺に助け船を出してくれた。
「オタベック、いいの。目立つから上着は置いていったらって声をかけたのは私だから」
ユーリちゃんに頼まれたのではなくレディ自らが囮役を買って出たのだと本人が言う。
「ルロワ選手の言うことは間違っていないわ」
だからそんな怖い顔しないで。
ユーラチカを理解してくれてありがとう。
彼女が笑顔でそう言うと、たったそれだけでオタベックの険は静かに鎮まっていった。
なんだぁ……?
おいおい、オタベック、なんだ、つまりそういうことなのか?
なんとなく察してはいたが、2人は知り合い以上の関係ということでOK?
なるほどなぁ、それならさっきお前が見せていた剥き出しの警戒心にも納得できる。
2人の関係が見えてくると自然と視界もクリアになり見落としていた物まで目に入ってくる。
JJとしたことが、どうして気付かなかったんだろう。
2人の手首をよく見てみれば、色違いの揃いの腕時計が巻かれているじゃないか。
それからこちらのレディ、実はずっとデジャヴュを感じていたんだがようやく思い出せたぜ。
それはひと月ほど前に幕を下ろしたグランプリファイナル、そのバンケット会場での出来事。
あの無口でシャイなオタベック・アルティンがひとりの女性に愛の告白をして情熱的なキスまで交わしたという記事がネットを騒がせたことがあった。
今目の前にいるレディこそそのときの彼女じゃないか。
ああ、なんて日だ。
まさかこんな形でカザフの英雄のお姫様にお目にかかれようとは。
ああ、神よ。あなたはなんという好奇な出会いをお導きになられるのですか。
俄然俺の中で彼女への興味は高まり、思わずじっと彼女を見つめてしまった。
俺の視線に気付いた彼女が「なにか?」と首を傾げてくる。
すぐ隣に立つ彼とは正反対に警戒心のない無垢な笑顔で。
可憐な仕草に、言葉や態度から滲み出る心根の優しさ、加えて自然と人を惹きつける柔らかい笑み。
チャーミングで素敵なレディじゃないか。
オタベック、なかなか隅に置けないな。
「水臭いぞ、オタベック」
「……?」
「フィアンセができたなら、ちゃんとJJにも紹介してくれよな」
「……っ、ジャン」
何を慌てているんだ、おかしな奴だな。
オタベックは隣のレディに聞かれていないかと焦っているようだが彼女は「?」と彼を見つめ返している。
安心していいぜ。ちゃんとレディには聞こえないように顔を寄せてひそひそ声で囁きかけてやったろう?
JJスマイルを浮かべてレディの紹介を催促する。
オタベックに至極面倒くさそうなため息をつかれてしまった。
俺は何かまずいことでも言ったか?
「……フィアンセ、じゃない」
小声で早口に否定される。
自分たちはまだそんな関係じゃない、早合点するな、と視線で注意されてしまった。
なんだそうなのか、これは失礼。
俺はてっきりもうそういう関係なのかと。
まぁでもそうか、バンケットでの出来事で2人が騒がれてからまだひと月足らず。
確かにオタベックにはちょーっとばかり早すぎる話だったか。
いやぁ、メンゴメンゴ。
余計なことを言ってしまったな。
そのお詫びといってはなんだが、恋愛ごとに疎そうなお前にJJ自ら恋のアドバイスでもしてやろうじゃないか。
JJ流レディをもてなす作法と彼女との仲を深めるテクニックだ。
これであっという間に2人の関係はステップアップ間違いなしで、
「何を考えているのか知らないがすべて遠慮しておく」
声に出して言った覚えはないが何かを感じ取った彼に先手を打って断られてしまった。
つれない奴だな、オタベック。
それにしてもJJの手助けが不要とは余裕じゃないか。
本当にいいのか?
いずれJJの力が必要になったとき泣いてすがってきてもアドバイスしてやらないぜ?
俺なりに旧友の恋を応援しているつもりだった。
だからお節介を焼いてやりたくてそう言ったんだが。
「心配してくれなくても大丈夫だ」
どうやら俺の心配は杞憂に終わりそうだ。
あまり表情を大きく変えない彼が口元にほんの少しの笑みを浮かべて自信ありげに宣言する。
「いずれちゃんとフィアンセとして紹介しにいく」
今はまだ無理でもいつか必ず。
自分の手で掴み取った愛だから、自分の手で育てていきたい。
だから手出しは無用だ。
おとなしく傍観していてくれ。
静かに、けれど熱のこもった言葉を、決意を、俺にだけ聞かせる。
その声にも眼差しにも迷いはない。
まるで彼のスケートのようだ。
そこにはもうサルコウが跳べずに悔しそうに下を向いていた少年の面影はなかった。
あるのは自身の手で掴み取ったスケーティングとレディに真っ直ぐな愛と情熱をそそぐひとりの英雄の姿。
オタベック、いつの間にそんなホットでクールな男になっていたんだ。
JJはカナダにいた頃のお前しか知らない。
いつもソルジャーのような鋭く隙のない眼差しで氷を見つめていたお前のことしか。
何がお前を変えたんだ。
「オタベック?」
ずっと会話の外にいた彼女が少し心配そうな面持ちで彼を呼ぶ。
「大丈夫だ。なんでもない」と彼女を見下ろすオタベックは俺が見たことのない愛おしげな表情をしていた。
言葉少なに穏やかな笑みで会話する2人の姿に自然と答えは出ていた。
ああ、なんだそうか。
考える必要なんてなかった、それはもうとっくに目の前にあったじゃないか。
そうか、オタベック。お前も出会えたというわけだ。
冷たい氷の上で独り戦う、そんなお前の心を包み潤し愛を与えてくれる存在に。
OK、ならば俺は盟友としてお前が掴み取った愛を陰ながら応援するとしよう。
いつかお前がレディを連れて再び俺のところに会いに来てくれる日を心待ちにしているぜ。
さてな、そろそろJJは退散するとしよう。
だがその前にひとつ。
俺はレディと向き合うと右手を自分の胸に当てダンスのエスコートをするように恭しくお辞儀をした。
「失礼、プリンセス」
「え?」
「お名前をお聞きしても?」
俺としたことがまだ名前を聞いていなかっただなんてな。
オタベックを夢中にさせる麗しの姫君。
君の名前を聞かずしてこの場を離れることなんてできない。
エメラルドの綺麗な瞳が驚いた表情をして俺を見つめてくる。
彼女は照れくさそうに形の良い眉を落とし「そんなふうに呼ばれたのは初めてです」と笑ってその名を教えてくれた。
「です。・プリセツキーと申します」
。
カザフの英雄のプリンセスを名乗るにふさわしい美しい名だ。
「よろしく、。俺のことは気軽にJJと呼んでくれ」
手を差し出し握手を求める。
彼女はそれに快く応えてくれた。
隣のオタベックが少し不機嫌そうな顔に変わるのがおかしくてたまらない。
ああなんてわかりやすい奴だ、オタベック・アルティン。
ここにいる美しい姫君は自分のものだと、誰も触れるなとでも言いたげじゃないか。
そんな嫉妬心を露わにするお前の姿、初めて見るぜ。
なかなか可愛いところもあるじゃないか、ベーカちゃん。
「プリンセス。ベーカちゃんをよろしくな」
「え?あっ」
「ジャ……っ!?」
オタベックの不意を突き、彼女の手を取り甲にキスをした。
もちろん触れてはいない、唇が触れそうなぎりぎりのところでリップ音を立てただけだ。
けれどベーカちゃんにはそれすら許せない行為だったみたいだ。
再び眉間に皺を刻み、怖い顔で俺を威嚇してくる。
ああ、本当になんて可愛い奴なんだ君は。
「……ジャン、早くイザベラのところへ行ったらどうだ」
「ああ、そうだな。そろそろ邪魔者は退散するとしよう。それじゃ、。また会おうぜ。ベーカちゃんは後でリンクの上でな」
片手を挙げて挨拶しひらりときびすを返せば背中に投げつけられる「その呼び方はやめろ」という抗議の声。
俺は肩を揺らし、振り返ることなくひらひらと手を振ってその場を離れた。
ああ、神よ。
今日というこの日の素敵な出会いに感謝いたします。
俺の大切な友が美しいプリンセスと出会えたことに、2人がこれから幸せな道を歩んでいけることに、心から祈りを捧げます。
胸の前で小さく十字を切り、緩く握った拳にキスをする。
「JJ!」と俺を呼ぶ声が聞こえて顔を上げればそこには笑顔で俺を待つ愛しいフィアンセの姿が。
自然と俺の頬も緩み、片腕を高く挙げて彼女の名を呼び返す。
愛する者の元へ向かう俺の足取りは軽い。
ああ、きっと今ならどんなジャンプも跳べる気がする。
いや跳んでみせる、なぜなら俺はキングJJなのだからな!
愛を知って強くなった愛しい友よ。
お前が氷の上で魅せる愛の力がどれほどのものか、とくと見せてもらおうじゃないか。
果たしてこのJJを上回れるかな。
ああ、お前と戦うその瞬間が待ち遠しいぜ!
愛しのベーカちゃん
※ちなみに四大陸選手権の結果は、優勝JJ、2位オタベック、3位ピチットとさせていただいてます。(『サマルカンド〜【後編】』より)
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