ドリーム小説
※8巻/77夜『シンドリア王国』 のちょっと前。シンが煌帝国に行く直前のお話
シンドバッド一行がバルバッドから帰還して数日が経過
アラジン、アリババ、モルジアナの三人はたっぷりと休養をとらせてもらい、体力はほとんど回復していた
ただ、バルバッドでの戦いで傷ついた心はそう簡単には癒されない。特にアリババが受けた傷は深い
「モルジアナ様はだいぶ回復されました。アラジン様は少しでしたら食事を召し上がられるように。ただ・・・
アリババ様だけは本日も何も口にされておりません。いかがいたしましょう」
「そうか」
三人に食事を運ぶ侍女頭は若い少年の食客を心配して国王に相談に来る始末
彼の傍でジャーファルも心配そうに表情を曇らせている
シンドバッドは腕を組み、さてどうしたものかとしばし考えた。そして
「ジャーファル」
「はい」
「を客室へ呼んでくれないか」
簡潔に、それだけを伝えた
シンドバッドはにアリババたちの対応をさせるつもりらしい
それがどう功を奏するのかはわからないが。一体何のために・・・?ジャーファルにも見当がつかなかった
だがシンドバッドには思うところがあるらしく、腕組みをしたまま視線を部下に投げるとニッと笑ってみせた
「まぁ、ものは試しだ。彼女に任せてみよう」
「はぁ・・・」
よくわからないが、とりあえずジャーファルは両袖を前で合わせて一礼し、彼女を呼びに行った
*
「はじめまして、お三方。何度かお会いしておりますが、こうしてご紹介にあずかるのは初めてですね」
ジャーファルに連れられアラジンたちの客室にやってきたは、三人を前に両袖を合わせて挨拶をした
シンドバッドは三人に簡単に彼女を紹介した
「政務官代行のだ。ジャーファルの部下にあたる。とは言っても、年は彼女の方が上だが」
「です。よしなに」
柔らかで優しい笑顔の彼女に、三人の子どもたちの反応は三者三様だった
モルジアナは年上の美人な女性に笑顔を向けられやや緊張した様子だ
アラジンは、いつもだったら我先に綺麗なお姉さんの胸に飛び込んでいくのだが今はその元気もない様子
ただ嬉しいのは嬉しいらしく、表情こそやや疲れていたが「よろしくね、おねえさん」と笑顔ではあった
「えぇ、こちらこそ。これからしばらくは侍女とともに皆さんのお世話に参りますので」
「本当かい?うわぁ、おねえさんみたいな綺麗な人が来てくれるなんて僕うれしいよ。ね、モルさん」
「あ・・・はい。えっと・・・よろしくお願いします」
モルジアナも愛想こそないが、律儀にぺこりとお辞儀をした
それからは二人の後ろに立つ金色の髪の少年に目を向けた
シンドバッドから聞かされた通り、アリババは二人に比べて極端に覇気がなかった
表情は暗く、何日も食事をとっていないせいで顔色も悪い
「(さて。)アリババ君」
「・・・。・・・え?あ、・・・はい」
「気分はいかがですか?怪我の具合は」
「あ・・・いや、・・・もう何ともないです。・・・ホントに大丈夫、なんで・・・」
「そうですか」
大丈夫と口では言っているが、誰の目にも彼が大丈夫なようには見えなかった
笑顔が引きつっていて、愛想笑いすら上手くできなくなっている。彼を包むオーラははっきりとこう言っていた
俺に構わないでくれ。放っておいてくれ、と
バルバッドであったことの大半はジャーファルの記憶から知っているだったが
アリババが抱える深い痛みと哀しみまでは、彼の記憶を読ませてもらえないとわからない
けれど今彼の心は見知らぬ人間には開くことはないだろう
今彼の心に必要なのは、休養と栄養だ。だからは時間をかけてこの少年と接しようと思った
「アリババ君。何か用がございましたら何なりとお申し付けくださいね」
は春の陽ざしのような柔らかな笑みを少年に向けると、彼の頭をぽんぽんと二度優しく撫でた
幼い子どもにするような仕草だったけれど、アリババの気分を害した様子はなかった
彼は顔を上げてをじっと見上げてきた。は少し首を傾げる
すると彼の口から「・・・どうもっす」と小さな声で返事が返ってきた
すぐに顔をそらされてしまったけれど、アリババの顔色は会話を始めたときよりも少しだけ良くなっていた
はそっと笑みを深め、小さく一礼してシンドバッドたちと部屋を後にした
*
たちが部屋を去っていき、再び客室は三人だけになった
アラジンとモルジアナは「これからどうしようか」とシンドリアでの生活について話題に話し始めた
一方でアリババは、三人の大人たちが去っていった扉をじっと見つめていた
「・・・」
「アリババさん・・・?」
「ん?あ、アリババくん。どうしたんだい。お腹でも空いたのかい」
「あ・・・、いや・・・」
アラジンたちに声をかけられてもアリババはまだ扉を見つめたままだった
立ちつくし、そのままポツリと呟いた
「あの人・・・」
「あの人?・・・おねえさんのことかい?」
「あぁ・・・。あの人・・・なんつーか、ちょっと・・・懐かしい匂いがした」
「懐かしい匂い・・・ですか?」
「あぁ・・・。なんか、俺と似てるっつーか・・・」
「よくわかんねぇけど・・・」とアリババは独り言を呟く
そしてくるりと後ろを振り返ると、「いや・・・、やっぱ勘違いかも」と二人に向かって苦笑した
「わりぃ・・・俺ちょっと横になるわ」
「うん・・・おやすみ、アリババくん」
疲れた足取りでベッドの方へ行ってしまった彼をアラジンとモルジアナは見送った
アラジンは前を向いたまま横のモルジアナに話しかけた
「なんだろうねぇ、懐かしい匂いって」
「・・・さぁ・・」
「ねぇ、モルさん。おねえさんからアリババくんと同じ匂いなんてしたかい?」
「いえ・・・、あの人からはアリババ臭はしませんでした」
「あれは一度嗅いだら忘れられない匂いですから」とモルジアナは首を横に振る
アラジンは「なんだろうねぇ」と首をひねる
けれどそれはさておき、アラジンには嬉しいと思えることもあった
「よくわからないけれど。うん、でもアリババくんが久しぶりに少し笑ったから良かったよ」
「苦笑いでしたけどね」
的確なつっこみを入れるモルジアナだったが、アラジンは気にすることなく「いいんだ」と笑った
*
アラジンたちの部屋を後にして、ジャーファルは雑務があるからとシンドバッドたちと別れて去っていた
残されたはシンドバッドの誘いで彼の部屋に招かれた
君主らしい豪奢な部屋に二人きり。は二人分のお茶をいれようと茶器を手に取った
「どうだった。彼らと話してみて」
「え?あぁ・・・そうですね」
不意に感想を求められ、はお茶をいれる手を止めずに感想を述べた
「三人の中で一番安定しているのはやっぱりモルジアナちゃんですね。頼りになりそうな子です」
「まぁ、そうだろうな。ファナリスは皆そうなんだろうか。マスルールも同じだ。精神面がぐらつかない」
「それから、アラジン君も今は元気がないようですが、まぁ大丈夫でしょう。問題はやはり」
「彼だな」
「はい」
二人の頭に同じ少年の顔が浮かぶ。はゴブレットを手にシンドバッドの執務机まで歩きながら話を続けた
「アリババ君、彼自身も。彼のルフにも覇気がありません」
「仕方がないか。彼もまだ子どもだ。早く元気になってくれればいいが」
「私もそう望みます。命を受けた以上、彼が早く回復してくれるよう努めますが、少々時間はかかりそうですよ」
「構わない。すぐに何かあるわけではないしな。彼らが良くなってくれるまでいくらでも待つつもりだ」
「さすがはシン王。器が大きくていらっしゃる」
はにこりと笑って熱いゴブレットを彼に手渡した
シンドバッドは熱いお茶を一口すすると、ゴブレットを置いて息をついた
「だが、俺もずっと彼らについていてやることはできない」
「あら。何かご用事が?」
「あぁ」
シンドバッドは短く返事をし、しばしの沈黙を保った。は彼からの次の言葉を待つ
すると不意に彼の手が伸びてきて、は手首をとられた
何かと思えば今度は掴まれた手首をぐいっと引っ張られ、は彼の両足の上に横向きに座らされた
そのまま彼の両腕が腰に巻き付いてきて、完全に彼の腕の中におさまってしまった
とてもとても近い距離に彼の顔がある。けれどは別に驚きはしない
「シン?」
息もかかりそうな距離で、は彼を親しい名で呼んだ
二人の距離が主従のそれを超え、男女の距離になったときだけは彼をその名で呼ぶようにしていた
じっとの顔を見つめていたシンドバッドは、ふと表情を緩めた
「少し軽くなったか」
「さぁ。どうでしょうか」
「俺とジャーファルがいない間、お前一人に国事を任せきりにしていたせいかな」
シンドバッドは彼女の腰に回した腕に力を込め、二人の距離をもっと縮めた
も自然と体を彼に預け、彼の広い肩に手を乗せた
ぴたりと寄り添う二人。シンドバッドは目の前にまで寄った彼女の頬に軽く口付けた
小さな音を立てて唇を放し、彼女と視線を合わせるとさっきまでの話の続きをした
「」
「はい」
「俺は十日後、煌帝国に向け出立する」
「あら・・・それはまた急でございますね」
「あぁ。すぐにでも行わなければならないことがある。今度の遠征にはシャルルカンとスパルトスを連れて行く」
その言葉だけで、暗に「ジャーファルは置いていくから政務は彼に任せていい」と言っているのをは理解した
シンドバッドが頼みたいのは、あの三人の子どもたち・・・アリババのことなのだと察する
「またしばらく留守にする。その間、国とあの子たちを頼む」
真摯な瞳でじっと見つめられ、我が君にそう言われてノーと言えるわけがない
もとより彼の命ならどんなものでも断るつもりなどない彼女だが
はゆっくりと瞬きをして微笑むと、彼の肩に置いていた両手を彼の首に回した
「貴方の命であるなら何なりと。その代わり、貴方もしっかりとお勤めに励んできてくださいませ」
「心外だな。俺はいつだって真面目に仕事しているぞ」
「ふふ。それなら結構ですが。また深酒などして、可愛らしいお姫様に手など出されませんよう
くれぐれもお気をつけなさってくださいね」
「・・・お前な」
何とも手厳しいことを言われ、シンドバッドは彼女を見つめたまま眉をひそめる
ジャーファルが言いそうなことを彼女に言われ、なんだか厳しい監視が二人に増えたみたいだ
二の句が継げないのを見てくすくすと笑われる始末
シンドバッドは悔しさまぎれに笑う彼女の唇を不意打ちで奪ってやった
あまり感情を見せない彼女もさすがに驚いたようで、「ん・・っ」と声が零れた
唇を重ねたまま、彼は彼女の体を抱きしめたままゆったりと椅子の背もたれに体を預けた
丹念に口付けていた唇をそっと放し、息のかかる距離でシンドバッドは薄く笑った
「そうまで言うのならな。俺の眼が皇女殿に向かないよう」
「シン・・・?」
「今夜はしっかりとこの目にお前を焼き付けさせてくれ」
「え・・・や、ちょっと・・・・シン――っ」
にも言い分はあったのだが、残念ながら彼女の抗議の声は主の唇の中へと吸い込まれていった
どんなに厳しいことを言いはしても、結局は自分も主人の我が儘には甘いのだなと自覚するしかなかった
従順な臣下のため息ふわり、夜の闇に溶けた
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