ドリーム小説
―――君に届かなかった言葉を、今贈ります
2ヶ月前 8月30日 PM1:00 屋上にて
「あつい・・・」
ジーワジーワとうるさいくらい蝉の鳴き声が聞こえる
新学期まで残り二日となった夏休み終盤の猛暑日、の最高気温を記録する時間帯
コンクリート詰めで照り返しの強い屋上に立ち大汗を流すとマルコ
立っているだけで気がおかしくなりそうな暑さだった
「暑すぎるよ・・・屋上」
「お前・・・。来たいって言うから連れてきてやったのに文句言うなよい」
暑さのせいもあるが若干イライラを見せながらマルコは咥えた煙草に火をつける
吐き出された紫煙が真上へと昇っていく。風がないから余計に暑い
の着ているポロシャツもマルコが着ているワイシャツもべったり体に貼り付いている
「なんでこんなくそ暑い時間帯に屋上に連れてけなんて言うかねぃ・・・」
「だって、いくら補習とはいえ朝の8時半から夕方の4時半まで教室に缶詰めなんてもたないもん」
「それで息抜きがしたいって?」
「そー」
「じゃ、なんで教室より数倍暑い屋上を選ぶんだよい」
「か、風が気持ちいいかと思って・・・」
「あほ」
教室の窓から外見た時点で今日が無風であることに気付け、と怒鳴ってやりたいのをマルコは自制する
ただでさえ暑いのにカッカしたら余計に暑くなる。マルコは無心で煙草を吸うことに集中しようとした
「あ!」
そしてそれを邪魔するように何かを発見して子どものように声を上げる
今度はなんだと半分面倒くさそうにマルコはの方に視線を向けた
は高いフェンスにかじりつくようにして遠くを見ていた
マルコも彼女が見ている方角を向いて彼女が見つけたものを探す。けれどマルコが見つけるよりも早く
「煙・・・」
がぽつりと呟いた。それでマルコも目的物を見つけた
遠くに見える建物の煙突から白い煙が真っ直ぐ空へと立ちのぼっていた
あの煙突は銭湯や焼却炉のものではない。あれは確か
「火葬場だねぃ」
「・・・うん」
その一言だけ言えばそれ以上の言葉はいらなかった
火葬場の煙突から煙があがる。それが意味することはひとつしかない
今日もまたこの世界のどこかで誰かが空に還っていったのだ
「煙、真っ直ぐ上に向かってるね」
「あぁ」
「ってことは、空まで一番短い距離で行けるね」
フェンスにくっついたまま、はついさっき数学の補習で学んだ最短距離を唱えた
なんの変化もない、ただ真っ直ぐ昇っていくだけの煙をはじっと見つめたまま言う
「ねぇ、先生」
「ん」
「今日、風なくてよかったね」
「・・・そうだねぃ」
首筋にびっしょりと汗をかきながらそう言うの声は少しだけ嬉しそうに聞こえた
白い煙は揺らぐことなく真っ直ぐに空に伸びていく
地上から昇る煙は濁りのない白さで、それはまるで天からさがる蜘蛛の糸のように見えた
■□■
2ヶ月後 10月30日 PM1:00 昼休み 社会科教員室にて
購買部のパンを片手にプリントの丸付けをしていたマルコは、机の端に置いておいた携帯がメールの着信を知らせ手をとめた
携帯を開いて受信フォルダを確認すると、教室にいるからだ。何の用だろうと中身を開き件名を読んだマルコは
「は・・・?」
思わず心の声が表に出てしまった。それぐらい意味の分からないタイトルだった
『件名: 除霊のお誘い』
「・・・」
もうこの時点でアイタタタだ。アホだアホだと思ってはいたが、ついにインチキ除霊師にでもつかまったか
すぐに携帯を閉じたい気分になったがマルコはなんとか踏みとどまって恐る恐る内容を読んだ
『本日10月30日放課後6時ぴったりに屋上階段に来てください!』
「・・・?」
内容は普通だった。件名だけが怪しすぎるぐらい怪しいだけで、内容だけ読めば普通の待ち合わせだ
彼女が何を考えているのかマルコにはさっぱりわからない
けれどそれでも今日の放課後彼は待ち合わせに指定された屋上階段に行くのだろう
部活でも授業でも生徒指導でも生徒たちから怖れられているマルコ先生も、可愛い恋人のお願いには弱いのだった
■□■
PM5:50 屋上階段にて
OP学園は1階が1年生、2階が職員室や各教科の教員室、3階が2年生、4階が3年生という構造になっている
そして4階の階段には続きがあって、更に上に昇ると屋上に続く扉に辿り着く。それが屋上階段だ
扉の前は小さなホールになっていて、今は使われていない古い机や椅子が積み重なっている
2階の社会科教員室から4階まで。息切れするほどではないが結構いい運動にはなるなとマルコは思ったとか
「あ。さすが先生。10分前行動ばっちりですね」
「それより時間にルーズなお前が10分前にいるなんて珍しいねぃ」
最後の12段を上がりながら、もう一番上の段に座って待っていたにマルコは笑って皮肉を言ってやった
12段のぼりきったマルコはの横に立って彼女を見下ろした
は彼を見上げてにこりと笑って自分の横をトントンと叩き、座ってと促す
マルコは指示されるがまま彼女の横に腰を下ろし、そしてメールの件について訊いた
「で。何なんだよい。メールに書かれてたことは」
「あー。除霊ですか?」
「それ以外に訊くことがねぇだろい」
「何なんだも何も、言葉通りですって」
「除霊・・・?」
「除霊」
「・・・」
「・・・」
「・・・新手の詐欺に騙されてんなら相談にのるよい」
「違いますって!」
マルコに憐れみの目で見つめられ、思わずは怒り肩になってしまった
どうやらマルコにすんごい誤解をされているようなので、は事の次第をきちんと話すことにした
「ねぇ、先生。先生は知ってます?学園に伝わる七不思議のひとつ。『屋上階段に出る女の子の幽霊』の話」
「いや、知らねぇなぁ」
どこの学校にもよくある学園七不思議や学校の怪談の類は、教師よりも生徒の方がよく知っているものだ
は階段の下の方に向かって両足を伸ばし、『女の子の幽霊』の話をし始めた
「むかーしむかし、この学園の生徒だったある女の子のお話ですよ。あ、ちなみにその子はなっちゃんと言うそうです」
「ほぅ。で、その子は本名田中麗○で、オレンジジュースが好きだとかかい」
「さぁ、違うと思いますけど。・・・てか、なっちゃんて三吉○花じゃないんですか?」
「・・・」
はいたって真面目な顔で首を傾げる
某オレンジジュースのイメージキャラクターの違いにジェネレーションギャップを感じ、ちょっとマジショックのマルコだったとか
それはさておき、はなっちゃんの話を続けた
「それでですね、なっちゃんは3年の秋に好きな男の子に告白しようと彼をここに呼び出したらしいんですね」
「よくあることだねぃ」
「でもハプニングが起こりまして。呼び出された男の子は時間ピッタリにここに来て待っていたんですけど、なっちゃんは来なかったそうです」
「自分で呼び出しておいて忘れたとかかい」
「ぶぶー。なっちゃんは約束は絶対守る良い子だったそうです。・・・実はですね、なっちゃんはもともと体が弱くて薬を飲んでいたそうなんですね
急に走ったり激しい運動をしちゃいけないとお医者さんにも言われていたそうです。けどその日は時間に遅れたらいけないと1階から全速力で階段を
昇ってしまったらしくて」
そこでは一度言葉を切った。瞼を少し下げて真っ直ぐ前を向いて話す彼女の横顔は、少し哀しげだった
「ここまであとちょっとってところで心臓発作を起こしてしまい・・・なっちゃんはそのまま亡くなったんだそうです」
「・・・」
「それ以来、なっちゃんが男の子に告白しようとしたその日のその時間になると毎年、告白場所に辿り着けなかった未練からここになっちゃんの幽霊が
現れると言われています」
「・・・初耳だねぃ」
マルコはここにもう数年勤めているが、そんなにはっきりとした七不思議を聞くのは初めてだった
は一体誰からその話を聞いたのだろう。気にはなったが、だが不意にそれ以上に気になることがマルコの脳裏をかすめた
「・・・なぁ、」
「はい?」
「その・・・まさかとは思うが」
「はい」
「その・・・なっちゃんが現れるっていう告白の日ってのはまさか」
「まさかのまさかで今日ですよ」
「・・・!?」
「しかも告白時間まであと3分です」
「・・・おいおいおい」
そんなところによく彼氏を呼び出してくれたもんだ。マルコはもはや引きつった笑いしか浮かばなかった
そんなマルコとは正反対には彼を見つめてにっこりと笑う
「まぁ本当になっちゃんの幽霊が現れるかどうかはわかんないですけど。けどこの世に現れるということは未練があるからなので、とりあえず成仏
させてあげようかと思って」
「除霊ってのはそういうことかい・・・」
「はい。気合いはいれたんですけどね、やっぱ一人じゃちょっと心細かったのでマルコ先生にも」
「俺を巻き込むなよい・・・」
除霊しに来て逆に取り憑かれたらどうするんだ。そのときはたとえ生徒であろうとこの娘に慰謝料を請求しようとマルコは本気で思った
そう言えばさっきは時間まであと3分とか言っていた。そろそろじゃないのか
携帯を取りだして時間を確認しようとしたマルコだったが、それよりも先にが自分の携帯で時間を確認していた
「時間でーす」
幽霊が出ると言われている時間だと思えないほど呑気な声でそう言うとは真っ直ぐ前を向いて、そして笑顔で、見えない何かに向かって話しかけた
「なっちゃん、聞こえてますか?」
静かな屋上階段にの声だけが響き渡る。もちろん返事はない。返ってくるのは静寂だ
けれどは気にした様子もなくなっちゃんに話しかけ続けた
「あのね、なっちゃんが好きだった男の子から伝言を預かってきてるので、今から伝えますね」
「・・・?」
そのことは聞いていない。マルコは驚きに少し目を開き彼女の横顔を見つめた
は少しだけマルコの方に顔を向けて、それから「しぃ」と人差し指を自分の唇に立てた
少しだけ私の話を聞いていてくださいという合図にマルコは言葉をとめる
それからが紡ぐ短いメッセージに耳を傾けた
それは遠い昔、ここでなっちゃんを待ち続けた男の子が彼女にあてたものだった
「『あの日、君から待ち合わせの手紙をもらって、僕はとても嬉しかった』」
まさか小さい頃からずっと一緒の、幼馴染みの君からそんな手紙をもらえるなんて思っていなかったら、最初は夢かと思った
何度も何度も頬をつねって、夢じゃないとわかったときは嬉しくてたまらなかったよ
君は僕に伝えたいことがあると言っていたけれど、実は僕も君に伝えたいことがあったんだ
「『だから君よりも先に来て待っていて、君が来たら僕から先に伝えようと、待ち合わせの時間より10分も早く来て待っていたよ』」
秋の夕暮れ。この階段に腰掛けて、夕陽が落ちて暗闇が世界を包み込むまでずっと君を待っていた
君の姿が見えて、君がこの階段を昇りきったら僕から先に伝えようと思っていた
だけどまさか君が大変な状態にあったなんて、そのときの僕は知るよしもなかった
「『苦しむ君を助けに行けなくてごめん』」
一人ぼっちにしてごめん。助けに行けなくてごめん
何も知らない僕は君との約束通り、ここで君をずっと待っていることしかできなかった
そして君が来たら伝えようと思っていた言葉を何度も頭の中で繰り返し唱えていたんだ
きっとその言葉は、君が僕に言おうとしていたことと同じだと信じて
「『僕も君のことが・・・ずっと好きだった』」
君に届かなかった言葉を、今、素敵な恋をしている女の子の声を借りて君に贈ります
■□■
PM6:30 屋上にて
念仏も数珠も水晶も使わない除霊を終えて、とマルコは屋上のフェンス越しに街を見下ろしていた
夕陽はもう沈んでしまって、東の空には星が瞬き、西の空は紫色に染まっていた
見下ろす街にはぽつぽつと明かりが灯り始めている
真夏に来たときとは違い、10月終わりの秋の風は少し肌寒く上着が欲しいなとは思った
「ねぇ、先生」
はフェンスに指をかけ、首を後ろに向けてマルコに問いかけた
「火葬場がある方って、こっちだっけ?」
夏のあの日、二人でこの場所から白い煙が空に昇っていくのを見た
問いかける彼女にマルコは複雑な笑みで「あってるよい」と答えてやった
満足したは再び前を向いて、真っ暗な街を見下ろす
「真っ暗でどこにあるのか見えないや」
「・・・」
彼女の頼りない小さな背中を後ろから見つめながら、マルコはさっき彼女が話してくれた七不思議の真実を思いだしていた
先生。実はですね、そのなっちゃんが好きだった男の子という人に私会ってるんですよ
その人は今はもう80過ぎのおじいちゃんなんですけどね、うちの寮の隣に住んでましてね
私が寮に入ったばかりの1年生の夏休みにたまたま知り合って仲良くなりまして
それ以来ときどきおじいちゃんちに遊びに行っておしゃべりしたりしてたんですよ
おじいちゃん、笑うと顔中の皺が目元に集まるんですよ。でもその顔がすごく可愛いんですよ
あとですね、おじいちゃんに会いに行くといつもお菓子をくれるんですよね
夏はかき氷とかラムネとかで、秋になるとおまんじゅうに焼き芋。あ、もちろん3月はひなあられです
え?お前は野良猫か・・・って。ひどいですね。別にお菓子目当てで行ってたわけじゃないですって
フェンスにひっかけていた指を外し、は両腕を抱くようにして体をさすり始めた
ブラウスにベスト一枚ではさすがに寒いのだろう。スカートも相変わらず短くて足は丸出しだし
叱ってやろうかと思ったが、今日に限っては見逃してやろうとマルコは苦笑した
話をするうちに、おじいちゃんがここの卒業生だってわかって
それで何となく七不思議の話になって、その中の『屋上階段に出る女の子の幽霊』の話になったときでした
おじいちゃんが「ちゃんになら話そうかなぁ」って、何十年も胸に秘めていたことを話してくれたんです
それで、もし自分が最期を迎えるときが来て、そのときもし私がまだ学園の生徒だったら、この伝言をお願いしたいって
おじいちゃん笑ってそんなこと言うから、「長生きしてくれなきゃやだ」って言ったんですけどね
「・・・」
「ねぇ、先生。覚えてるかな。夏休みにここに来たとき、二人で白い煙を見たよね」
寒そうに体を抱えながら、は首をマルコの方に向けてふっと笑う
笑っているつもりなのだろうけれど、形のよい眉は少し下がっていて、それはひどく哀しげで今にも泣きそうな笑顔だった
あの夏の日、二人でここから見送った白い煙。あの煙に乗って、おじいちゃんは天国に旅立っていったそうだ
再び前を向いてしまった彼女の背中をマルコは見つめる。か弱い背中は微かに震えていた
それは寒さのせいか、それとも・・・
考えるよりも先にマルコの足は彼女の方へと向かって歩いていた
「・・・!!」
「・・・なんだ」
「せんせ・・・?」
暗い街を見下ろす彼女の背中をマルコは後ろからすっぽりと覆うように抱きしめてやった
片手で抱えた栗色の小さな頭は秋の風にすっかり冷たくなっていた
彼女の体を自分の方に引き寄せて、隙間がないくらいくっついて暖めてやる
マルコの腕の中で彼女がふふっと小さく笑った
「ありがと、先せ、」
「お疲れさん」
「え・・・」
「よくできました」
「・・・ぁ・・・。・・・・・・うん・・・っ」
マルコに褒められ、は嬉しさを隠せずゆっくりと笑顔を浮かべた
はお勉強が苦手だ。頭が弱くてあほなことばかりすぐに思いつく。運動神経も並程度。世界史と家庭科だけが得意で、他の成績はひどいものだ
けれどは優しくて、それからあったかい女の子だ。人が大好きで、足りない頭で誰かの役に立ちたいと思っている
だからマルコは大切にしたいと思う。誰かのために頑張る彼女を、誰かのために涙を流す彼女を、癒すのは自分にしかできないと思いたい
「さて。そろそろ帰るとするかい」
「うん!・・・あ・・・ねー、先生」
「んぁ?」
「今日は・・・?」
マルコの腕の中ではごそごそと首を後ろに向けて、猫みたいにニンッと笑う。何を期待しているかは言われずともすぐわかる
おねだりするのは相変わらず巧いもんだ。マルコは困ったような顔で笑って、「しょうがない奴だねぃ」と小さく鼻で笑ってやった
「俺んちを所望するってことは、明日の午前中まで動けないのを覚悟するってことだけどねぃ」
それでもいいのかよい、と今度は意地悪に笑ってやれば、いつもは「うっ・・・」と怯む彼女が今日は笑みを濃くしてみせた
「いいよ。除霊に付き合ってくれたから、先生の好きなようにさせてあげる」
「お前・・・自分が言ってることの意味わかってんのかよい」
これだからアホの子は困る。本能で言葉を選ぶから、本人無自覚でこっちを誘惑してくるからたちが悪い
だが自分で言ったのだから覚悟はしてもらおう
にこにこと笑ったまま見上げてくる彼女の冷たい唇にマルコは覆い被さるようにキスをして塞ぎ、とりあえず自分の熱をわけてあっためてやった
それ以来、10月30日の午後6時に屋上階段に現れるという女の子の幽霊の噂話は聞かなくなり
その数年後、幽霊の話の代わりに学園七不思議に新しい伝説が生まれたという。それは人を怖れさせる怪談話ではなく
それは「10月30日の午後6時に屋上階段で愛の告白をするとその恋は成就し、二人は末永く幸せでいられる」という甘く優しいジンクスだったとか
Love Song for My Ghost
+++ Postscript +++
ここまで読んでくださりありがとうございました
この学パロの二人は本当に書きやすくて、夢主が頭弱い子ちゃんなのでいろんなことをやってくれて助かります(笑)
いつもはどたばたやってる二人ですが、今回は甘く、そしてちょっぴり切ない幽霊と恋のお話でした
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