【連載未読でもこれだけ知っていればOKな人物紹介】
・・・ 元海軍本部大佐。マルコに気に入られ紆余曲折あって今は白ひげ海賊団で海賊見習い中
マルコ ・・・ 一番隊隊長。にべた惚れ。独占欲が強く嫉妬深い。エロ親父
大参謀つる ・・・ 海軍時代のの直属の上司。育ての親で母親的存在だった
レイダーさん ・・・ 海軍時代のの直属の部下。兄的存在で相談相手だった。オリキャラ
ヴィヴィアン ・・・ 白ひげ海賊団専属ナース。美人。オリキャラ
私は夢魔に取り憑かれている
が白ひげ海賊団に迎え入れられてから数日が経過。白ひげのクルーたちはを快く受け入れてくれている
モビーディックはにとって思いのほか居心地のよい場所だった。けれど彼女はのんびり船旅できる身分ではない
海軍時代は将校だった彼女もここでは下っ端の海賊見習い。覚えなければならないことがたくさんある
休んでいる暇などなく、昼間は男たちに付いて様々なことを学ぶ日々を送っていた
一日の終わり、夕暮れ時にはへとへとで。夕食をとって疲れた体を風呂で癒し柔らかなベッドに倒れて眠りにつく
慌ただしい昼間とは違って夜の海は静かだ。ゆっくりと眠り明日のための体力を取り戻す
それが今のの日常。繰り返されるルーティン。特に付け加えることがあるとすれば・・・・・・
それは彼女の静かな夜を時折奪う「彼」の存在だろうか
Nightmare in the Ark
がモビーに来た翌日にはもう「白ひげ海賊団に新たに加わった若い娘の生活部屋をどうするか」と小さな議論がかわされた
いくら見習いだからといって男ばかりの大部屋に年頃のうら若い娘をポンと放り込むわけにもいかない
彼女用の小さな部屋をひとつ空けてやろうという好待遇が決められたわけだが、それも今すぐにとはいかない。だから
『とりあえず部屋ができるまではマルコんとこで世話になんな』
ぽんぽんと頭を叩かれながらサッチにそう言われたときはさすがのも眼をきょとんとさせた
それからサッチににまにま笑い付きで「よい夜を」と言われ、はようやく表情を崩しはしたが「はは・・・」と笑うしかなかった
そしてしばらくの間マルコの部屋に居候することに決まったわけだが、まぁ予想通りというか何というか
にべた惚れでいつ何時でも彼女を自分のものにしたいと考えている男と同じ部屋で過ごすわけだから当然そういう流れになるわけで
が思っていたとおり早速その日の夜から彼女の女としての生活は始まったわけだ
マルコがに情欲を感じるスイッチはいろいろなところに転がっていた
「はふ。さっぱりした」
「なんだ。いねぇと思ったら風呂かい」
「はい。お先にすみません」
「いや。・・・」(ベッドに腰掛けてじっとを見てる)
「マルコさん?」
「・・・」
「はい?・・・え、・・・ぅわっ!?」
が風呂からあがって部屋に戻ってきて濡れた短い髪をタオルで拭いていればやれ良い匂いだと押し倒され
せっかく綺麗にしてきたというのに、数時間後また風呂に直行するの姿が見られるわけで
他にも部屋で新聞を読んでいれば「真剣な横顔に興奮する」という理由でいきなり新聞を奪われて押し倒されたり
エースたちと酒盛りをしていれば「酔うとお前ぇは緩くなるからもう止めとけよい」といきなり担がれてお持ち帰り、そしてやっぱり押し倒されたり
そんなことが毎日とは言わずとも頻繁にあれば体力に自信のあるでも疲労はたまっていく
「・・・身がもたない」
空はよく晴れているというのに、甲板掃除用のデッキブラシにぐったりと身を預けるの口からはぼやきが零れる
別にだってセックスが嫌いなわけじゃない。マルコに求められることだって嫌ではない
ただ今は日中の雑務で体力を奪われているので正直ちょっときつかったりするのだ
けれどなりにひとつ気付いたことがある。マルコは頻繁に体を求めてはくるけれど、眠っているを起こしてまですることはないのだ
彼なりの気遣いなのかもしれない。まぁ別に抱かれるのは嫌ではないし睡眠だけはとらせてくれるからも文句を言うことはなかった
「」
「はい?・・・って、ちょっと待ってください。今新聞読んでる、」
「んなもん後にしろよい」
「ダメですって。あと30分したらイゾウさんに渡しに行かないといけないんですから・・・っ、だから」
「じゃ、20分で終わりにしてやるから残り10分で読め」
「マ、マルコさん・・・さいてー・・・っ」
後ろから羽交い締めにされ、読んでいた新聞をポイッと床に投げ捨てられベッドに連れて行かれてしまう
「助けて!」と叫べば誰か来てくれるかもしれないが(いや、来ないか。なんせ一番隊隊長の部屋ですから)
半ば無理矢理抱かれながらも、本心では彼とのセックスが嫌いではないは本気で抵抗することをしない
そうしてスプリングの軋むベッドに沈められ、彼の下で甘く鳴かされる日々が続いていた
*
けれどそんなの居候生活はある日を境に急変することになる
昼間の生活には何一つ変化はない。変わったのは彼女の夜の生活だった
やや強引なマルコの求愛も睡眠時間だけは手を出さないでいてくれたから応えられていたのに
ある日の夜を境に、彼はの唯一の救いだった夢の時間さえも奪いに来るようになったのだ
波の音だけが聞こえる静かな夜だった
昼間の雑務でへとへとになったはマルコのベッドの壁側半分を借りてすやすやと眠りについていた
意識は完全に夢の中にある。けれどふと体に違和感を覚え、は眉を寄せながらゆっくりと目を開けた
ぼやける視界は真っ暗で、まだ真夜中だと知る。起きて損したとは再び目を閉じた
けれど視界の中に一瞬映った幻影に、まさかとはバチリと目を開けた
「・・・マルコ・・・さん?」
「・・・」
おそるおそる声をかけた相手はの体の上に四つん這いで覆い被さっていた
プチプチと音がする。それが自分のシャツ(マルコから借りている)のボタンを外す音だと知り、は目を丸くした
「な・・・、あの」
「あぁ。起こしちまったかい」
「ちょっ、まさか・・・今からする気ですか?」
「この状況で他にやることなんてあんのかよい」
「いや・・・あの、私眠いんですけど」
「奇遇だな。俺もだよい」
「じゃ、やめませんか・・・?」
「断る」
「・・・っ」
の提案はばっさりと切り捨てられてしまった。心なしかマルコの声が少し低い。機嫌が悪いのだろうか
そのうちにはシャツの前を全開にされ、マルコは彼女の胸を見下ろしてぺろりと舌なめずりをした
暗闇の中、彼の顔が胸に近づいてきてその吐く息の熱さにはぞくりとした
「や、休ませてくださいよ・・・。明日動けなくなる、」
「そんな柔じゃねぇだろぃ」
マルコの態度がどことなく素っ気ない。目を覚ましたときから感じていたけれど、やっぱり今日の彼は何かおかしかった
いつものようにを感じさせるための愛撫もしてくれないし、優しい声で名前も呼んでくれない
(・・・マルコ、さん・・・・・・っ?)
一体どうしてしまったのだろう。どうしてそんなに不機嫌な顔で自分を抱くのだろう
彼の下で喘ぎながら、けれどには理由がまったくわからない
そうしてその晩、はマルコの気が済むまで抱かれ続けた
彼がを手放してくれたのは抱かれすぎての体力と精神力の限界を突破し、彼女が意識を手放した後だった
■□■
目覚めは最悪だった。丸窓から差し込む朝の光はあんなに清々しいのに、体がだるくてしかたがない
なんとか寝返りをうってベッドにうつ伏せになり、はハァと疲労の濃いため息を吐いた
と同時に開く扉。髪を濡らし、上半身裸で首からタオルを掛けたマルコが現れた
「あぁ。起きれたかい」
「・・・おはよう、ございます」
「おう。で、なんだよいその顔は」
「なんだよいって・・・」
しれっとした顔のマルコには「渋い顔だってしたくなりますよ!」と心の中で叫び、ばふっと枕に顔を沈ませた
今まで寝込みを襲うことなんてなかったのに、どうして昨夜に限ってあんなむちゃくちゃに抱いてきたのだろう
訳も分からず、睡眠不足の頭では訊く気力もなく、とりあえず起きようとはもそもそと体を起こした
「風呂入ってくるかい」
「・・・ぜひそうしたいですね」
「一人で歩いて行けるのかよい」
「大丈夫ですよ。・・・心配してくださるなら加減してください」
「それは無理な話だねぃ」
「・・・ひとでなし」
は恨みがましい視線を彼に送り、タオルと着替えを持って風呂に向かった
ふらふらとした足取りに風呂まで行く途中、数名のクルーに声をかけられたことは言うまでもない
*
「おい。あそこにエースが二人いるぜ」
昼時。賑わう食堂の扉を開けたサッチは一緒に来たマルコに楽しそうな声でそう言った
サッチが指さす方を見れば、そこにはダイニングテーブルに頭を載せて突っ伏す二人組がいた
一人は肉を刺したフォークを持った手をそのままに、皿のチャーハンに顔面からダイブした青年
もう一人は食欲がないのか空の皿を前に押しやり、テーブルの上に両腕を重ねてそこに顔を埋めた白髪の娘
しばらくして青年の方は「ぶほっ!」と突然目を覚まし、何もなかったかのように再び咀嚼を始めた
「エース隊長。またですかい」
「やべ・・・寝てた。ん?じゃねぇか。どうしたよ」
「・・・ん・・・」
飯の取り合いでがやがやした室内にもかかわらずは起きる気配がない
エースの正面で食事をしていたクルーが苦笑いしながら言う
「なんか午前中も甲板掃除しながら眠たそうにしてたんすよね」
「寝不足かよ。食うより寝てたいってことか。でもメシ食わなきゃ体力つかねぇぞ、」
「・・・ん、ぅ・・・」
声をかけられてもは顔の向きを変えるだけで起きない。相当眠いのだろう
まぁ放っておこうとエースは自分の食事に集中することにした
サッチとマルコはの様子を少し離れたテーブルに席を取って眺めていたのだが
サッチはテーブルに片手で頬杖つくと、マルコの方に視線を送ってにやっと笑った
「なんだよい」
「ちょっと夜無理させすぎなんじゃねぇの?」
「余計なお世話だよい」
マルコとが濃い体の関係を持っていることはサッチも知っているが、昨夜は初めて寝込みを襲ったことまではさすがに知らない
サッチに説明するつもりもなく、マルコはコーヒーをすすりながら新聞を広げた
最初のページに海軍の軍艦の写真が掲載されていて、船首近くに強面の海兵が白いマントをはためかせて写っていた
「最近赤犬が荒れてるようだねぃ」
海軍大将サカズキ。別称赤犬。マグマを自在に操るこの男とはできるだけ海で出くわしたくないものだ
にとっても海軍時代彼によく思われていなかったのもあり、会いたくない人物だろう
マルコはパラパラと新聞をめくり流し読みしていく。ふとのテーブルに視線を向けると、まるでゾンビのような動きで彼女が頭を起こしているところだった
起きたのはいいが赤子のように首が据わっておらず、両肩からは完全に力が抜けきっている
の様子をしばらく眺めていたマルコだったが、さすがの彼もちょっとやりすぎたかと少しだけ反省した
観察を続けていると寝起きのの背後に新たな人物がやってきた。イゾウだ
イゾウは丸めた新聞紙での頭を軽めにポンポンと叩いた。振り返ったのねぼすけ顔を見てイゾウは苦笑する
「ほら。今日の新聞だよ」
「あー・・・すみません、イゾウさん。ありがとうございます・・・、ぁふ」
「随分眠そうだな。寝てないのか」
「はい・・・」
「ふーん・・・。同室の隊長が寝かせてくれないのかね」
「あはは・・・。・・・まぁ、ご想像にお任せします・・・」
はほとんど開いていない目で笑いながらゆらゆらと頭を揺らす
思考力も低下しているだろうに、は習慣で新聞をテーブルに広げて目を通し始めた
眠い目をこすりながら端から端まで記事に目を通す。もちろん全部を読んでいるわけではない。これはもうの習慣というか癖になっていた
海軍を抜けてからまだそれほど経っていないせいだろう。どうしても無意識に海軍関連の記事を探してしまうのだ
そこに自分が知る親しい人の名前はないか。誰かの背中が写ってはいないか。そして見つけると、の表情は自然と緩む
本当は良くないことだと薄々感じてはいるのだ。新しい生き居場所を与えられて古巣を懐かしむなど
けれど新聞を読み漁り、ついこの間まで仲間だった人々の姿を探す彼女は、まるで巣だったばかりの甘えた鳥のようだった
紙面に視線をさまよわせて一生懸命記事を探すを離れたところから見つめながらマルコは複雑な顔をするのだった
*
マルコにとってはいつも通りの、にとっては疲労感たっぷりの一日を終え、その日の夜。は寝る前にマルコに昨夜のことを問いかけた
「マルコさん。どうして夕べに限って寝ているときにしてきたんですか?」
なんだかいつもの貴方らしくなかった。そのことには触れずただ訳だけを訊いた。木製の椅子に座って背もたれに腕を置いたマルコは無表情でを見つめる
「なんでそんなこと訊くんだよい」
「だって、マルコさんてエッチのとき強引で勝手で、し始めたら容赦ないですけど」
「ふーん。言うじゃねぇか。自分だって気持ちよさげに腰揺れてるけどねぃ」
「・・・私のことは今はいいんですよ。で、何が言いたいかといいますと。マルコさん、今までは私が寝てるときは手を出してこなかったのに」
「なんで昨夜に限っては、か」
「そうです。・・・もう、正直今日一日つらかったんですよ」
できれば睡眠中はお控え願いたいとはやんわりと断りをいれる。けれどやっぱりマルコは無表情でを見つめてくる
しばらく見つめていたけれど、ふっと視線をそらしたのも彼の方からだった
「マルコさん?」
「別に。・・・夕べのは、ただの気まぐれだよい」
「・・・。そうですか」
その答えでは納得できたわけではないが、それ以上訊いてもたぶん答えてくれないだろうという空気は察した
それからマルコが何かを隠していることも察することができた。けれどは深く訊くことはしなかった
人と深く関わることをしない。ずっとそんな距離の取り方で生きてきたから無関心を装うのは得意。特に色恋沙汰に関しては
けれどこのときもっと深くつっこんでおくべきだったとは後々後悔することになる
その日からは頻繁に寝ているところをマルコに襲われるようになってしまったのだった
ある晩は服が脱がされている途中で目が覚めて驚愕し、ある晩はきわどい姿勢の状態で目が覚めてしまい大声で叫びそうになり
その中でも一番酷かったのは、一晩に二度抱かれたときだった
「・・・足りねぇんだよい」
何が彼をここまで動かすのかわからない。まるで見えない何かに取り憑かれているかのようにマルコは必死に彼女の体を求めた
薄れゆく意識の中では思う。薄暗闇の向こう、彼の背中に取り憑いているのは夢魔なのではないかと
愛した女を快楽の淵に引き摺り込み精気を奪うという、恐ろしく、哀しく、そして愛しい悪魔なのではないかと
「・・・」
受け止めきれないほどの快楽を与えられ、はその晩もまた意識を失ってしまった
体力なんてとうに底をついていて、彼女はずっと気力だけで彼のすべてを受け止めていた。カラダにもココロにももう何も残っていない
そしてすべてを空っぽにされた私は夢を見る余裕すら与えられず深い眠りに堕ちていくのだ
■□■
マルコさんの愛は「いとしい」というよりも少し「かなしい」
愛した者が自分から離れていくことをとても嫌う
愛した者が自分以外のものに惹かれることを好まない
遠くから見守っているようでいてその実、心の距離はひどく近い
そして一度愛したら自分のすべてを注ぎ込む。血も、肉も、骨も、すべてを
この世に自分と同じ生き物はお前しかいない、だから愛すのだと言われているような錯覚を覚える
それはまるで神話でノアが箱船に集めたつがいの動物の一種のように。この世で唯一無二の同種にありったけの愛を注ぎ込む
その愛を重たいと感じたことはない。愛されている実感は有り余るほど感じるから嬉しさの方が勝っている
けれどこれまで生きてきた自分の人生の中でそこまでの愛を注がれたことがないから私はどう応えていいかがわからない
彼が差し出す手を取りその愛に応えてしまった瞬間、二人とも欲望の海で溺れてしまいそうな気がして少し怖くなる
そんな愛情の与え方しか知らないマルコさんの愛は「いとしい」というよりも少し「かなしい」
けれど「いとしさ」にも「かなしさ」にも愛は含まれているから、私は彼がくれる愛が嫌じゃない
彼は十分すぎるほどの愛を私にくれる。私はそれにどう返したらいいのかわからない
心の中で想っている自分の気持ちを、もっとうまく貴方に伝えられるようになれたらいいのに
*
毎夜というわけではなかったが、マルコに半ば強制的に抱かれ、意識を失い、夢も見ずに泥のように眠る日々が続いたある日
体力気力ともにギリギリのラインで雑務をこなしていたの、ついに限界を迎える日がやってきた
夏島が近いせいか日中40℃を超える真夏日で、健康な者でさえ体力を奪われる日だった
「は・・・?」
次の島への偵察から戻ってきたマルコは、帰宅早々サッチから良くない報告を受けた
マルコは眉間に皺を寄せて思わず問い返してしまう。サッチは「だから!」ともう一度同じことを伝えた
「ちゃんが見張り台から落ちたんだよ」
「見張り台って・・・あれかよい」
「そう。あれだ」
二人は「あれ」を見るべく首を上に向けた。巨大船のマストの天辺近くに備え付けられた見晴らしのいい見張り台
建物にしたら4〜5階に相当するのではないかという高さがある。あんなところから失神した状態で落ちて無事で済むわけがない
マルコは背筋が冷たくなるのを感じた
「心配はいらねぇよ。ちゃんは無事だ。しかも無傷でな」
「あの高さから落ちてかい」
「エースがな、大活躍したんだ」
持ち前の素晴らしい反射神経でエースは落ちてくるを空中で抱きかかえキャッチした。おかげではすり傷ひとつ負っていない
マルコはホッとして、後でエースに礼を言いに行こうと思った
「今は医務室で点滴うたれて寝てる」
「そうか・・・」
「まぁ、何があったかは知らねぇけどさ。惚れてんなら大事にしてやれよ」
「・・・」
何も説明せずとも、の失神がマルコに関係しているとサッチは察したらしい。その辺りは本当に長年の腐れ縁だ
彼らしい助言を言い残してサッチはマルコの肩をポンと叩いて去っていった
残されたマルコは何とも言えない複雑な気分で、両手を腰において空を仰いだ
眩しすぎる炎天に眉間に皺を寄せながらきつく目を閉じ、自分自身に向かって小さく舌打ちした
「どうすりゃ大事に扱えんのかねぃ・・・」
その問いに答えてくれる者は誰もいない
彼女が大事すぎて、その扱い方がわからなくなっている。本能のまま愛をぶつけているだけじゃダメなのか
(こんな年になって愛だの恋だのに振り回されるなんて、みっともねぇなぁ・・・)
情けない自分をマルコは自嘲する。顔を戻しゆっくりと目を開けると、マルコは足早に医務室に向かった
*
「過労と睡眠不足。それと軽い熱中症ね」
点滴の管を腕に通されたまま眠るを見下ろしながらヴィヴィアンがマルコにそう伝えた
昏々と眠るはぴくりとも動かない。静かに息をしながら眠っていた
「よくもまぁこんなになるまで放っておいたものだわ」
「ひでぇのかい」
「今はもう大丈夫よ。けど、エースがここに連れてきたときは死人みたいにぐったりしていてびっくりしたわ」
「・・・そうかい」
それからヴィヴィアンはマルコに点滴が終わるまで見ていて欲しいと頼み医務室を出て行った
マルコはポケットに両手を突っ込み、ベッドサイドに立ちつくしたままただじっとの寝顔を見下ろした
起きる気配もなくよく寝ている。ふと彼女の目の下にうっすらと隈ができているのを見つけ、マルコは表情を崩す
がこんな状態になった原因は全部自分にある。執拗に体を求めて、拒まない彼女に甘えた結果がこれだ
「・・・」
「・・・」
久々に穏やかな気持ちで彼女の名前を呼んだ気がする。けれど彼女からの返事はない
二人でいるはずなのに、一人ぼっちでいるような気にさせられる。けれどそれも全部自分のせい
マルコは片手で目元を覆うと自分を戒めながらゆっくりと息を吐いた
*
ザザン、ザザン・・・と波が船にあたる音が遠くで聞こえ、穏やかな波音に誘われるようにはゆっくりと目を開けた
視界も思考もぼやけていてはっきりしない。ただ真っ暗な部屋の様子に、自分が倒れてから随分と時間が経っていることはわかった
少しずつ体の感覚も戻ってきた。けれどだるくて起きあがろうとも思えず、はゆっくりと目を閉じてはぁと息を吐いた
「起きたかい」
「・・・!」
人がいるとは思わなかった。はパチリと目を開けて声がした方に首を軽く動かした
薄暗闇の中、壁に寄りかかって腕を組んでいる人がいた。視界はまだはっきりしないけれど、でも誰がいるのかは声で分かる
「マルコ、さん・・・?」
「具合はどうだい」
「あ・・・もう大丈夫、だと思います。いつお帰りに?」
「お前が見張り台から落っこちたすぐ後だよい」
「あー・・・はは。恥ずかし」
顔の筋肉を動かすのもだるいらしくての笑顔はいつも以上に薄っぺらい
起きたは自分が落っこちてからの状況を知りたがった。マルコはサッチやヴィヴィアンから聞いたことをそのまま伝えた
はまた薄く笑って、「後でエースさんにお礼言わなきゃ」と言った
話が終わるとしばらく沈黙が続いた。マルコは黙ったまま壁に寄り掛かっている。は何か話題はないかとだるい頭を巡らせた
あぁ、そうだ。そろそろ夕飯の時間だ。マルコは夕食を済ませたのだろうか。それを訊こうとしてが唇を開きかけたとき
「悪かったねぃ」
「え?」
沈黙を破ったのはマルコの方だった。静かな穏やかな声。突然の謝罪にはきょとんとしてしまう
「なにがですか?」と逆に謝られる理由を問いかければ、マルコはばつが悪そうに首をそらして言った
「過労も睡眠不足も、俺のせいだろい」
「・・・。・・・あ」
言われては合点がいった。なるほど。マルコが近くに来ないのとあまり目を合わそうとしない理由を知る
いつも自信たっぷりでやや傲慢とも言える彼の珍しい姿にはくすくすと笑う
「反省してくださってるんですか」
「まぁな・・・」
暗くてよく見えないが、きっとマルコは仏頂面をしているのだろう。は肩を揺すりながら小さな声で笑う
滅多に見られない下手(したて)の彼は、無理矢理体を求めてきていた最近の彼とは明らかに雰囲気が違った
少し緩さを取り戻した彼に、はふっと唇をあげて微笑んだ
「じゃ、反省ついでに訳を教えてもらいたいんですけどね」
「あ・・・?」
「わけ。どうして最近夜荒れてたのかですよ」
「・・・あぁ」
「気まぐれ。じゃないんでしょ?」
「・・・」
それぐらいわかりますよ、とは笑う。そして静かにマルコの答えを待った
しばらく黙っていたマルコだったが、がしがしと後頭部を掻くと観念したように小さく舌打ちをした
それからずっとそらしていた視線をに戻し、やや不機嫌な声で話し始めた
マルコの話を聞くと、どうやら原因はの寝言だという
寝言なんて言っていたのかと言われた本人が驚いていたが、大事なのはその内容だった
が寝言で呟いていたのは、いつも特定人物の名前だという。きょとんとするにマルコは遂に核心部分を問う
「レイダー」
「へ?」
「って誰だよい」
「・・・レイダー、さん・・・?」
マルコがその名前を呼ぶとひどくぎこちないのに、が呼ぶととてもしっくり来るのはその名を彼女が呼び慣れているから
にとっては懐かしい人の名前。けれどマルコにとっては、惚れた女の夢の中に現れる得体の知れない男の名前だ
「お前が寝言で呼ぶのは、いつもそいつの名前だったんだよい」
「えっ」
「1回、名前呼びながら泣いてるときもあった」
「えぇっ」
そんなの初耳だ。はまさか自分が寝ているときそんなことになっていたとは知らず、ちょっと恥ずかしくもあった
けれど、マルコの話を聞いてこれで彼のここ最近のおかしな様子が理解できた。は彼にわからないように小さく苦笑する
そして同時に思う。見知らぬ男の名前を寝言で言っただけで、ここまで嫉妬心を燃やすほど彼の愛情は深く重いことを
その重すぎるほどの愛を、嫌だとは感じない。深く深く愛してくれているのがわかるから嬉しく思う
不安があるとすれば、それはむしろ自身の心の方だった。彼がくれる愛情と、自分が彼を想う気持ちが今は釣り合っていない気がする
「マルコさん・・・」
「ん・・・」
マルコはからの説明がないのでふて腐れたような顔をしている
彼がくれる不器用な愛に、いとしさとかなしさを覚える。自分はいつかその愛に応えられる日が来るのだろうか
は力を抜いて笑い、「教えてあげますよ。レイダーさんが何者なのか」とマルコが求める答えを差し出すことにした
けれど彼女がここ数日でマルコから受けた負担は相当のものがある。あっさり答えをあげるのはちょっぴり癪だった。だから
「ただし、条件があるんですけど」
壁により掛かる彼に、は少し意地悪な笑顔で条件を提示した。その内容はマルコにとって少々手痛いものだったが
自分がここ数日彼女にしたことを思うと折れるしかないなと最後には観念するのだった
数日後
すっかり元気を取り戻し、勢いよく駆けながら甲板を掃除するの姿にクルーたちはみな安堵の笑みを浮かべていた
マルコは階段の上で積み荷のリストをめくりながら元気なを見下ろし軽く笑う
結局が寝言で呼んでいたレイダーという人物は、海軍時代の彼女の直属の部下だった
よく相談にものってもらっていた兄のような存在だったと知らされ、マルコの溜飲も下がり一件落着した
けれどどうして彼の名前ばかりを繰り返し呼んでいたのか。それだけはわからずマルコはヴィヴィアンに助言を求めた
「寝言で繰り返し呼ぶってことは、それほど特別で大事な相手だったってことかい」
「んー・・・そうね、それもあるかもしれないけれど。けど今回のの場合はきっと違うんじゃないかしら」
憶測だけれど、と説明を続けるヴィヴィアンの笑顔は少し哀しげだった。それはを想っての表情
「寝言で人の名前を呼ぶときってね、会えなくなって寂しいって気持ちの表れがあるんですって」
「・・・それってつまりは、」
「そう。一種のホームシックみたいなものだったんじゃないかしら」
ヴィヴィアンの言葉に、マルコは何とも言えない気持ちになったのを思い出す
甲板でクルーたちとびしょ濡れになって笑いあっているは、この船に馴染んでいるように見えてまだ心の半分は海軍にあるのかもしれない
身も心も白ひげの一員になるのには時間がかかるのだろう(エースがそうだったように)
できることなら彼女の心をここに繋ぎとめる楔が自分の愛する想いであればいいとマルコは願う
「マルコさん、積み荷の確認手伝いましょうか?」
掃除を終えたが下の甲板からマルコを見上げて声をかけてくる
白く短い髪を風に揺らし、太陽の光に輝かせ、活気を取り戻した笑顔で見上げてくる
マルコはしばらく無表情のまま彼女をじっと見下ろしていたが、ふっと表情を緩めると親指のジェスチャーで上がってこいと彼女を呼んだ
今はまだ、初めて出逢った頃よりも少しだけ彼女の笑顔が柔らかになったことを喜ぼう
駆けよってくるを、いつもより少し穏やかな笑顔でマルコは迎えた
+++ Postscript +++
ここまで読んでくださりありがとうございました
長くなってしまいましたが一応書きたいことは全部書けたので満足です(また私だけが)
「愛しい」と書いて、「いとしい・かなしい」と読むんですよね。愛ってホント素敵。昔の人のセンスに乾杯
マルコと。まだすれ違いの多い二人です。特にマルコはを捕まえておく手段としてエッチばっかりしてる感じです
愛に不器用なおっさんですが、これからもそんな隊長を愛でていきたいです
※タイトル補足
今回久々にまともにタイトル考えました(笑)
『 Nightmare in the Ark 』(ナイトメア イン ジ アーク) ・・・ 『箱船にひそむ悪夢』って感じですかね
本来は船の「上」でのことなので「〜 on the Ark」が正しいと思うのですが、悪夢が船の「中」に蔓延しているという意味で今回は「in」を使用しました
<おまけ de がマルコに提示した条件>
「私の部屋ができてもしばらくの間はマルコさんは入室禁止、ということでどうでしょうかね」(にっこりvv)
「・・・――!?」(愕然)
こうして自分の部屋での安眠を確保しただった
□
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