ドリーム小説
アヤマロに頼まれた遣いの帰り道。
虹雅渓の路地裏にて。
キュウゾウは一匹の猫を拾った。
茶色の毛に赤い目をした猫は自分を
「、だよ」
と言って鳴いた。
拾 う !
「なんだ、それは」
アヤマロ邸に戻ったキュウゾウに放たれた、ヒョーゴの第一声がこれだった。
遣いから戻ったと思えば、キュウゾウは後ろに女を連れていた。
年の頃、十七、八程度か。
薄汚れてはいるが見目は・・・かなり美しいといえる。
なんだ、それはと問われ、キュウゾウは必要最低限に口を開いた。
「猫」
「馬鹿か、貴様!」
どこをどう見れば、人間の女が猫に見えるのか。
ヒョーゴはキュウゾウの脳味噌を疑った。
だがキュウゾウの奇怪な言動は今に始まったことではない。
深く追求しても自分が疲れるだけだと、ヒョーゴはさっさと納得することにした。
ヒョーゴは改めてキュウゾウの斜め後ろに立つ女を見た。
ヒョーゴと女の目が合う。
女はふにゃりと何かが溶けるように穏やかにヒョーゴに笑いかけた。
不覚にも可愛いと思ってしまったヒョーゴだった。
「その方、名は何と申す?」
「、だよ」
女は、少し語尾上がりのたどたどしい言葉遣いをした。
学が高いとはいえない。
「そうか。では、殿。何故、この男についてきた?」
ヒョーゴは親指をキュウゾウに向け、「この男」を指す。
は当然とばかりに答えた。
「ついてきたんじゃないよ。キュウゾウがついてこいって言ったんだよ」
どうやら既に名は教えあったらしい。
いや、触れるべきはそこではない。
は、自分は拾われたのだと言う。
ヒョーゴはキュウゾウをじろりと睨んだ。
キュウゾウは眼だけを明後日の方に向けてそらっとぼけている。
「誠か、キュウゾウ」
問えば、キュウゾウはこくりと一度頷いた。
ヒョーゴはキュウゾウの気が知れないでいた。
人間の女を拾ってくるなど、それでは誘拐ではないか。
何の意味があって。
「拾ってきて、如何様にするつもりだ」
再度問えば、キュウゾウは首を僅かに巡らせ、を見つめた。
「俺が、飼う」
「馬鹿か、貴様は!?」
ヒョーゴはまた同じ言葉を叫び、二人を見た。
飼うと言われてもは不快に思いもせず、拾い主のキュウゾウを笑顔で見返している。
キュウゾウもから眼をそらさない。
傍から見れば。
まるで二匹の猫が意を伝え合っているように見える。
「面倒は、俺がみる」
「キュウゾウ・・・幾らなんでも」
「俺がみる」
頑としてキュウゾウは譲らない態度だった。
紅い眼でヒョーゴをじっと威嚇する。
こうなっては最早キュウゾウを止めることはできないとヒョーゴは知っていた。
憎々しげにちっと舌打ちをする。
「もうよいわ。勝手にしろ」
「勝手にする」
そう言って、キュウゾウはヒョーゴに背を向けた。
も当然のようにキュウゾウの後ろについていく。
すっかりキュウゾウに懐いている。
まぁ特に害はないだろうとヒョーゴもその場を去ろうとした。
だが不意にヒョーゴは思い当たり、二人の背に声をかけた。
「キュウゾウ。気をつけられよ」
ヒョーゴの言葉に、キュウゾウの眼が「何をだ?」と問う。
ヒョーゴはを見つめた。
「殿の容姿、若様の御嗜好のど真ん中だ」
「・・・・・」
「ど真ん中だー」
ヒョーゴの言葉にキュウゾウは眉をひそめ、ヒョーゴの口ぶりを真似るを見下ろした。
キュウゾウに見下ろされ、は結んだ口端を上げて猫のように笑う。
確かには美しく、かつ可愛い。
余計な知恵などなさそうで、見つかればウキョウの恰好の餌食になるであろう。
自分をじっと見つめるキュウゾウに、は首をかしげる。
「なに?」
「いや。何もない」
素っ気無く答え、キュウゾウは足を進めた。
もその後ろをとたとたとついていく。
こうしてはキュウゾウに拾われ、キュウゾウの部屋で飼われることになった。
一つ屋根の下。
しかも同じ部屋に男が一人、女が一人。
だがとキュウゾウの関係はいつまでも変わらず、飼い主と猫だった。
「」
キュウゾウは、畳の上に胡坐をかき、とんとんと自分の膝を叩く。
は「呼ばれた」と認識し、畳の上を這ってキュウゾウに近づく。
そしてキュウゾウが示した足に、ころりと頭を預けて寝転がった。
キュウゾウの紅い服と畳に、の長い髪が散らばる。
キュウゾウはの小さな頭を撫でた。
柔らかな髪が何とも心地いい。
同じ部屋にいたとしても、こうしてじゃれ合うことがほとんどだった。
大体はがキュウゾウの言うようにする。
来いと言われれば側による。
離れていろと言われれば遠くからキュウゾウを見つめる。
言葉など交わさなくとも、二人は不思議と視線で意思を伝え合うことができた。
「出かけてくる」
「うん」
不意にキュウゾウは告げ、は身を起こす。
刀を担ぎ部屋を出ようとするキュウゾウの後を、はとたとたと追った。
はいつでもどこでも、キュウゾウに何か言われない限りその後をついて回っていた。
だが今日はを連れて行くわけにはいかない。
キュウゾウはの額に手を当て、ぐいっと部屋の中に押しやる。
「ここにいろ」
「うん」
キュウゾウの言葉に、は素直に頷く。
「キュウゾウ」
「・・・・・」
「いってらっしゃい」
の笑顔に、キュウゾウはじっと視線を合わせた。
そのまま数秒が過ぎ、キュウゾウはくるりと背を向け、廊下を駆け抜けた。
はしばらくキュウゾウの背を見つめていた。
キュウゾウがいなくなっても、しばらくの間廊下を見つめていた。
「キュウゾウ。早く帰ってこないかな・・」
ぽつりと一人漏らす。
聞き分けのよいだったが、やはり内心では寂しかった。
は部屋に入ろうと障子に手をかけた。
そのときだった。
「あれー?君、誰?」
廊下の向こうから、大きな声でに声をかける者がいた。
は慌てることもなく、緩慢な動作で声のした方を見やる。
蒼い髪の青年―――キュウゾウがウキョウと言っていた男がを見つめ、近づいてきた。
「君、誰?知らない顔だねぇ」
「、だよ」
ウキョウにも、は同じように名乗る。
の容姿と笑顔、それに和やかな雰囲気に、ウキョウは一気にが気に入ってしまった。
「君かぁ。僕はウキョウ。ねぇ、君、これから僕の部屋で遊ばない?」
ウキョウはの手を掴んだ。
その瞬間、の体が僅かに跳ねる。
「だめ。わたし、ここで留守番だから」
「えぇ〜、いいじゃん。ちょっとくらいさ」
「若様!」
不意に二人を遮るように声が割り込んできた。
もウキョウも振り向く。
ヒョーゴが足早に二人に近づいてきていた。
突然の邪魔にウキョウは不機嫌な顔をする。
「なに、なんか用?」
「若様。その者は若様がお相手するような者ではありませぬ」
「そんなの僕が決めることだよ」
「しかし・・・」
ヒョーゴは何とか止めようと試みる。
ウキョウに連れて行かれたら、がどんな目に会うか知れたものではない。
それにそんなことになれば、キュウゾウがどう出るかわからない。
むしろそちらの方が恐ろしい。
どうしてこんなときにキュウゾウはでかけるのか、とヒョーゴは内心歯軋りする。
先程門を出て行ったキュウゾウを止めておけばよかったと思った。
そんなヒョーゴの葛藤とは裏腹に、は。
「わたし、どこにも行かないよ」
ウキョウにもヒョーゴにも流されず、自分の道を一人で歩いていた。
その言葉にウキョウは唇を尖らせる。
これで一件落着かとヒョーゴがほっとしたのも束の間だった。
「ウキョウがこっちに来れば遊べるよ」
さらりと地雷を踏んでくれた。
ヒョーゴは焦り、ウキョウは笑みを浮かべる。
「よいよ〜。じゃぁ、ここで遊ぼっか」
「うん」
「ちょっ・・お待ちを!」
ヒョーゴは焦り再度止めようとする。
だが無情にも、ウキョウはぴしゃりと障子を閉めてしまった。
完全に閉まる直前に見せたウキョウの冷たい眼が「開けたら解雇」と言っているのをヒョーゴは感じ取ってしまった。
「・・・・・・」
ヒョーゴはキュウゾウの部屋の前に立ち尽くす。
どうしようかしばらく迷っていたが。
「・・・・もう知らぬわっ」
を一人にしたキュウゾウが全て悪い、と。
半切れでヒョーゴは足早にその場を去った。
昼もとうに過ぎ、太陽もだいぶ傾きかけた頃。
キュウゾウはアヤマロ邸へと戻ってきた。
キュウゾウを覆う雰囲気には、僅かに興奮が混じっている。
出かけたときにはなかった首の切り傷からは、いまだ僅かに血が流れていた。
最高の侍に出会った。
キュウゾウは久しく感じていなかった戦いの臨場感に奮い立つ。
今日は邪魔が入ったが、いずれまた相見えることができよう。
その日のために、この昂ぶりは収めておこうとキュウゾウは思った。
軽い足取りでキュウゾウは部屋に向かう。
流石のキュウゾウも僅かに疲労を感じていた。
早く戻って、に寄りかかって眠りたい。
部屋の障子が見えるところまで来たときだ。
キュウゾウは自分の眼を疑った。
「じゃぁねぇ、君。また遊ぼうね〜」
キュウゾウの部屋から、ウキョウが出てきた。
笑顔で部屋の中の人物に手を振り、障子を閉めたところでウキョウは立ち尽くすキュウゾウに気がついた。
何とも邪悪な笑みをキュウゾウに向ける。
「なんだ、あんたか」
「・・・・こちらで何を?」
一応は主人の息子。
キュウゾウは平静を保って問いかける。
ウキョウは実に楽しそうに答えた。
「別にぃ。遊んでただけだよ、君と」
キュウゾウの眉根が僅かに寄ったのを見て、ウキョウは歯を見せて笑う。
ウキョウは後ろで手を組み、軽い足取りでキュウゾウに背を向けた。
「可愛いよねぇ。よいよねぇ、君。僕も欲しいな〜」
「・・・・・」
ウキョウは弾む足取りで去っていった。
廊下の向こうからまだ「よいよねぇ」と言っているのが聞こえる。
キュウゾウは自室の障子に手をかけた。
開けようとしたとき。
「キュウゾウ?」
中からが声をかけてきた。
気配が読めるわけではない。
ただの勘で言い当てるのだから、時にはキュウゾウを驚かせる。
キュウゾウはゆっくりと障子を開いて中に入った。
初めに目に入ったのは、畳の上に広がった花札やかるた。
本当にただ遊んでいただけなのか、とキュウゾウは僅かに胸を撫で下ろす。
「おかえり、キュウゾウ」
「」
「うん?」
「ここに、若様が来ていたのか」
「うん」
は笑顔で「ウキョウに遊んでもらってた」と言う。
どうやらキュウゾウの早合点だったようだ。
「楽しかったか」
「うん」
「そうか」
は笑顔で散らばった遊具を片付け始める。
本当に、ただの戯れだったようだ。
さしずめ、近所の者が主人の留守中に飼い猫と遊んでくれた程度か。
キュウゾウは刀を下ろし、胡坐をかいた。
なんだか疲れた、とキュウゾウは目を閉じる。
しばらくはが札を片付ける音がしていた。
だがその音も止み、部屋に静寂が流れる。
目を閉じたままのキュウゾウの耳に、不意に声が届いた。
「あ」
何かに気付いたようなの声。
なんだ、とキュウゾウは眼を開ける。
が畳を這ってキュウゾウに近づいてきた。
「キュウゾウ。首、血が出てる」
の細い指がキュウゾウの首の切り傷を指す。
あぁそういえば、とキュウゾウは不意に首の痛みを思い出す。
傷が疼き、おさまっていた昂ぶりがじわじわと蘇って来た。
はキュウゾウの真横に手をついて見上げた。
「キュウゾウ、痛い?」
「別に」
素っ気なく答えれば、は「でも血が出てる」と呟く。
切り傷自体はそれほど深くもない。
放っておいてもそのうち治る、とキュウゾウは別段気にしていなかった。
不意打ちはいきなりやってきた。
「ん」
の顔がずずぃと近づいてきたかと思えば。
はぺろりとキュウゾウの首を舐めた。
「!」
「痛かった?」
驚き眼を見開くキュウゾウと、あっけらかんと問う。
二人は至近距離で目を見合わせる。
いきなり何をするのか、とキュウゾウの目が言っている。
だがは気にした様子もなく、再びキュウゾウの首に口を近づけた。
流れる血も乾いて固まった血も、全て拭い去るように舐める。
にその気はなくとも、キュウゾウの欲が俄かに上昇する。
キュウゾウはの額に手を押し当て、べりっと自分の首からを引き離した。
「キュウゾウ?」
「・・・何の真似だ」
じろりと睨むようにキュウゾウはを見る。
キュウゾウの焦りも知らず、は飄々と言う。
「傷は舐めて治すのがよいよね〜」
「・・・・」
「ってウキョウが言ってた」
突然ウキョウの口真似をされ、キュウゾウは怪訝な顔をする。
するとは、キュウゾウの眼前にすっと自分の手をかざした。
よく見れば、人差し指の腹に細い傷がついている。
「かるたで切ったの」
「・・・舐めたのか」
「うん。ウキョウが」
さらりとは言ってのけた。
その言葉にキュウゾウの眉間に一気に皺が凝縮する。
何もなかったかと思いきや、十分危ない目にあっていたようだ。
キュウゾウが怖い顔をする理由がわからず、は首をかしげる。
「・・・貸せ」
「うん?」
不意にキュウゾウはの手を取る。
キュウゾウの動向を見ていると目を合わせ。
キュウゾウはの細い指を咥えた。
細い傷に舌を這わせる。
最早血は止まっていたが、そんなことはどうでもよかった。
キュウゾウにとっては、自分以外の者がに触れたことの方が問題だ。
「キュウゾウ」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「キュウゾウ。ウキョウと間接ちゅうだよ」
のいきなりな言葉に、キュウゾウは嫌悪に眉を歪めた。
身も蓋もない。
キュウゾウはゆっくりと口から指を外した。
熱い口腔内から外され、外気に触れた指先が熱と冷気を敏感に感じ取る。
は舐められた指をじっと見つめていた。
不意にキュウゾウの人差し指が伸びてきて、の下唇をふにっと押した。
軽く弾力のある唇には、僅かにキュウゾウの血が付いている。
「ここは」
「なに?」
「ここにも、されたのか」
何を、とは言わずとわかるだろうとキュウゾウはの答を待つ。
はふるふると首を横に振った。
「してもよい〜?って言われた」
「・・・・・」
キュウゾウに唇を押されたまま、は言い難そうに口真似をする。
どこまでしたたかなんだ、とキュウゾウは顔を歪ませた。
だがは当然というように言う。
「やだって言った」
「・・・・・」
「だってわたし、キュウゾウのものでしょ?」
違う?との目が問う。
路地裏で初めて見たときから変わらない紅い目で。
キュウゾウだけを求める目で。
溜まらず、キュウゾウは顔を伏せ、小さく噴き出した。
「違わない」
「あ。キュウゾウ、笑った」
は笑う。
猫のように唇を上げて笑う。
キュウゾウは押し当てていた指を放し、代わりにの顎をやや乱暴に掴んだ。
驚き目を瞬かせるに構わず、顔を引き寄せてキュウゾウはの唇を塞いだ。
最初の口付けは、錆びた鉄の味がした。
彷徨うの手に指を絡ませ、キュウゾウはを畳の上に押し倒す。
貪るように唇を押し当てては放し、それを繰り返す。
しばらくして唇を放し、まだ僅かに付いていた自分の血をぺろりと舐め取ってやった。
見下ろせば、は快とも不快ともわからぬきょとんとした目でキュウゾウを見ていた。
やはり何を考えているのかわからない。
「キュウゾウ」
キュウゾウから目をそらさず、は呼びかける。
嫌だ、と拒絶するのかとキュウゾウは身構えた。
「キュウゾウ」
「・・なんだ」
「血って、不味いね」
「・・・・・」
ぶはっ
状況を解さない、あまりに頓狂な台詞に耐え切れず、キュウゾウは再度噴き出す。
顔を背けてはいるが、キュウゾウの肩は大きく揺れている。
は何故キュウゾウが笑うのかわからず、目を瞬かせる。
「わたし、おかしいこと言った?」
「・・・・いや」
キュウゾウは少しずつ肩の揺れを収めていく。
一度大きく息を吐き、やっと真上からを見下ろした。
自分と同じ紅い目が、キュウゾウをじぃっと見つめる。
はどこまでも猫だ。
従順で、大人しくて、気まぐれで、可愛い。
どこか抜けていて、キュウゾウを飽きさせない。
まるごと全てを食べてしまいたいくらい愛しい、猫。
「」
「うん?」
「最高」
「うん」
「何が?」との目が問えば、キュウゾウは「内証」と目で答える。
「教えて」との目が催促するから。
キュウゾウは答える代わりに、噛み付くようにに口付けた。
虹雅渓の路地裏にて。
キュウゾウは一匹の猫を拾った。
猫は自分をと言って鳴いた。
その猫は今でも、キュウゾウの部屋に住んでいる。
つ ぶ や き
またキュウゾウを激しく捏造してしまいました。誰だ、これ・・・。
キュウゾウを笑わせすぎました。
話的には4話辺りです。
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