ドリーム小説
隠 す !
どうすればいいのだろう。
冷茶を二つ載せた盆を抱え、はカンベエの部屋の前に立ち尽くしていた。
ひょんな成り行きからユキノとシチロージに気持ちよく送り出されたものの。
いざ、カンベエの部屋を前にすると。
入るに入れない。
立ち尽くし、数分が経過していた。
入る勇気はあまりないのだが。
このまま下がるのも何だか惜しい。
旅に次ぐ旅でカンベエとはなかなか会えるものではない。
こうして留まってくれても、昼間はが仕事で忙しく、ゆっくり二人で過ごすこともできない。
こうして二人になれるのは好機。
逡巡したままは動かず立ち尽くしていた。
「か」
不意に障子の向こうから声をかけられ、の体が僅かに跳ねる。
持っていた盆の上の椀がかちゃりと音を立てた。
「先程からそこで何をしている。何故入ってこないのだ?」
「あの・・・」
どうやら初めからわかっていたようだ。
カンベエなら当たり前だとは納得する。
「失礼いたします」
声を落ち着けてそう言うと、は素早い動きで障子を開け、中に入り、同じように素早く閉めた。
静かな室内。
はゆっくりと振り返る。
蝋燭一本のみが灯る薄暗い部屋。
カンベエは文机の前に胡坐をかき、何か書物を読んでいた。
が入ってきたことはわかっているが、顔は書物に向いたまま。
そのことには微かに安堵する。
まだ顔を見られていない。
それに部屋の拙い照明にも助けられそうだった。
カンベエの手元付近のみを照らす光は、入り口に立つまで届いていない。
「カンベエ様。お茶をお持ちしました。御一服なされてはいかがですか?」
「あぁ。すまんな」
できるだけ光源の側に近寄りたくないは、入り口付近に腰を下ろし、盆を置いた。
その様子に、カンベエは書物を閉じ、訝しげな顔をする。
「何故そんな遠くに座る。暗くはないか?」
指摘され、は俄かに焦る。
何か使えるものはないかと逡巡し。
ふと、廊下から見た空を思い出した。
「カンベエ様。今夜は月がとても綺麗です。ご覧になりませんか?」
そう言っては障子を開けた。
その言葉に、カンベエは「ふむ」と顎をさする。
文机から腰をあげ、の向かいへと腰を下ろした。
空に浮かぶ月は思いのほか明るく、互いの顔もよく見える。
だが蝋燭ほどの光源はなく、細部までは判別しようがなかった。
は安堵し、向かいに胡坐をかくカンベエに椀を渡した。
カンベエは、のどことなく違和感のある言動に気付いていた。
部屋の前で、入ることもなくしばらく立ち尽くしていたのもそうだが。
自分と距離を置こうとしている。
わざわざから出向いてきて、それはどういうことか。
そしてのいつもと違う部分に気付く。
から椀を受け取るのに近づいた瞬間。
ふわりと。
いつものからはしない香りが漂ってきた。
それはどこか覚えのある香り。
記憶の糸を手繰り寄せ。
そして思い出す。
「」
名を呼ばれ、は反射的に顔をカンベエへと向けた。
「ちと、よいか」
椀を静かに盆に載せ、カンベエはへと手を伸ばす。
「カンベエ様・・・?」
動かないの頬に、カンベエはそっと手を当てた。
僅かに撫でるように掌を滑らせる。
暗闇で見えないの頬は、光の下で見れば僅かに赤くなったのがわかったであろう。
大きく無骨な手が頬を撫でる。
気持ちよさに、は目を瞑った。
すると今度は、カンベエの指がの目尻に触れてきた。
瞑られた瞼の上をそっと優しい手つきで撫でていく。
「カンベエ様。どうなさったのですか?」
「。お主」
はそっと目を開けた。
見れば、目の前ではカンベエがに触れていた指先を何やら思案げに見ていた。
月の光に翳したり、指を擦り合わせたり。
そして不意にと視線を合わせ、小さく口端を上げた。
「お主、化粧をしているのか?」
「え・・・」
どうしてわかったのだろう。
そうの顔が言っていたのだろう。
カンベエは笑みを深めた。
「おしろいとな、紅の独特の香りだ」
その匂いは、ユキノがいつも纏っているものと同じ。
それにカンベエは気付いた。
直に触れてみて手についたおしろいで確信に変わった。
「珍しいな。化粧をするなど」
「いえ、これは・・・ユキノさんが面白がって」
ばれたとわかるや、は急に恥ずかしくなってきた。
暗がりで見えていないと分かっていても。
カンベエの視線を感じるだけで、全て見られているような気がしてならない。
は無意識に視線を外す。
「ふむ。だがしかし、こう暗くては折角の化粧も見えぬな」
「・・・・・」
最も避けていた一言を言われ、は顔を俯かせる。
先程からあまり顔を見合わせたがらない。
カンベエはのその仕草を見て。
とんっと今までの違和感が合致するのを感じた。
なるほど、と顎をさする。
「先程からの行動は、化粧をした顔を見られたくない故か」
カンベエの問いに、は僅かに首を縦に振る。
「恥ずかしいのです。・・・お見せする程のものではありません」
蚊の鳴くような声で囁く。
相変わらず自分の想い人は変なところで臆病で困る、とカンベエは顎を撫でつつ苦笑する。
不意にカンベエはその場で立ち上がった。
衣擦れの音に、何事かとは顔を上げる。
カンベエはに白い手袋を嵌めた手を差し出した。
が手を添えると、その細い手を引っ張り立ち上がらせる。
そのまま手を引き、カンベエは部屋の中へと導いた。
歩みは蝋燭近くの文机の前で止まった。
明るい。
月の光に隠されていたものが曝け出される。
カンベエが振り向き、は咄嗟に俯いた。
手を繋いでいるため逃げることはできない。
は急に無性に羞恥に襲われた。
以前言われた言葉が頭に蘇る。
カンベエにも、子供の背伸びだと思われるのではないか。
女になろうとユキノの真似事をしたようで、何だか恥ずかしかった。
下を向いたまま動かない。
の心が手に取るようにわかり、その初々しさにカンベエは苦笑を漏らす。
「」
カンベエはの両頬にそっと手を添えた。
「顔を、よく見せてくれぬか」
カンベエの言葉にも動かずにいただが。
観念したのか、ゆっくりと手を添えられた顔を上げた。
蝋燭の明かりに、の顔がやっとしかりと見えた。
揺らめく炎の光に映し出されて。
カンベエの動きが止まる。
を見つめたまま目を放さない。
「カンベエ様・・?」
の呼びかけにも答えずにいる。
化粧を施したは。
予想以上に美しかった。
普段はつけぬおしろいに、目尻に引いた桜色の縁取り。
唇に塗られた淡い色の紅が、火に照らされ艶やかに光る。
暗闇では決して拝むことのできない美貌。
女とは化粧一つでこうも変わるものかとカンベエを驚かす。
見下ろせば、不安そうな目を向けているにカンベエは問いかける。
「。お主のこの姿、誰に見せた?」
不意の問いかけに、は目を点にする。
不可思議な問いだが、答えは簡単だった。
「ユキノさんとシチロージ様に」
「シチロージにか」
「はい」
「奴に何か言われたか」
どうしてこのような質問をするのだろうとは不思議でしかたがなかった。
だがシチロージに言われたことを思い出して答える。
「はい。その・・・綺麗だと」
「・・・・・そうか」
カンベエは妙に納得し、の頬から手を放した。
カンベエの問いに答えて、は気付く。
そういえば、まだカンベエには何も言われていない。
やはりしてもしなくてもそれほど変わるものでもなかったのか。
僅かながらに期待もあっただけに、少し胸が痛む。
と、不意に手を差し伸べられた。
「え」とが気付く間もなく、その体はカンベエに抱きすくめられていた。
「カンベエ様、どうなさったのですかっ?」
突然の行為に燻っていた熱が急上昇する。
腰に回された手。
肩に乗せられた顎。
隙間なく密着する体。
触れられた部分が熱くなっていく。
の耳の横で、カンベエが熱い息を吐いた。
体がぞわりと粟立つ。
「」
「はい」
「その姿、あまり人に見せるでないぞ」
「え?」
何を言われたのかよくわからなかった。
カンベエはの横髪を払い、今度は耳元で囁いた。
「もう少し自覚しておけ。その化粧、男共を虜にする」
最後に、より低く官能的な声で囁かれた言葉が、の意識を溶かす。
『わしも例外ではなく、な』
耳の奥に鳴り響いて消えない。
言葉を認識するや、囁かれた耳も白い首も朱に染まっていく。
カンベエの手袋越しの指がの唇に触れた。
白い手袋に、淡色の紅が移る。
「カンベエ様、手袋が」
「紅も。あまり引くな。誘惑していると勘違いされても知らぬぞ」
「そんなことは」
ない、と言おうと開いた唇を、カンベエのそれで塞がれた。
不意打ちの口付けに熱が上がっていく。
柔らかな唇を押し当てられ、ようやく離れたと思ったら唇を舐めとられた。
引いていた紅が全て消えていく。
腰を支えられ、最早抵抗を見せないの耳元で再度呟いた。
「こういうことを他の者にされたくなければ、あまり化粧をせぬことだ」
囁いた後に耳の縁を食まれ、は体を震わせながら必死に頷いた。
暗闇の中に蝋燭の火が一つ灯る。
男の手が火を扇ぎ、一筋の煙を立てて火は消えた。
部屋に暗闇が広がり、障子の隙間から月明かりが入りこんだ。
つ ぶ や き
カンベエさんは割と嫉妬深いと嬉しい(私が)。
だがしかしこんなくさいことは言わないだろう。
まぁ・・・夢ですから。(逃)
カンベエさんの、桜色に染まった手袋。
後日洗濯の際にユキノさんに見つかり、シチロージに伝播し、カンベエさんがからかわれると嬉しい(私が)。
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