ドリーム小説
客にからまれたとき。
望まぬ扱いを受けたとき。
夜、一人で涙するとき。
いつも心の中で、その名を呼んでいた。
諭 す !
「大事無いか?」
「カンベエ様・・・」
カンベエは首だけで振り向き、に薄く笑いかける。
は、呆然とその顔を見上げていた。
カンベエに腕をひねられた商人の息子が「放せ!」と暴れる。
カンベエは放り投げるように腕を放した。
掴まれた腕を握りながら、男はカンベエを睨みつける。
「無礼者!僕にこんな狼藉を働いてただで済むと思っているのか!?」
男はぎらぎらとした目をカンベエに向ける。
だが、たかだか商人の眼光など、カンベエには痛くも痒くもない。
カンベエは余裕の表情で顎をさする。
「嫌がるおなごに無理強いをするのは無礼ではないのか」
「うるさい!この貧乏侍めが!」
男は激昂し、手に持っていた椀を振り上げた。
カンベエがその動きを見逃すはずがない。
腰に差した刀の鍔にカンベエの親指がかかるのをは見た。
瞬間的に、の体が跳ねる。
庇われていたカンベエの背中から、前へと躍り出た。
「おやめ下さい!」
の叫びの後に、ぱしゃりと水の弾ける音が響いた。
両腕を広げてカンベエの前に立つ。
その髪や顎先から、ぽたりぽたりと酒の雫が滴り落ちる。
空の椀をぶら下げた男は、訳が分からないという顔でを見つめていた。
通り過ぎていく客たちが、びしょ濡れのを不審な目で見ていく。
だが、そんなことは気にした様子もなく、はいつもと変わらぬ平然とした顔で男を見つめ返した。
「若旦那様。ここは癒しの里で御座います。あなた様のような方が、無粋な行為はおやめ下さい」
いつもより若干弱々しい笑顔。
頼りないともいえる笑みに。
だが、男の目から激情が消えていく。
後ろ手に握られたの細い手。
その手が、小さく震えているのをカンベエは見た。
呆然としていた男の肩に、やおら横から手がかけられた。
「おっと、若旦那様。こんなところにおいででいやしたか」
突然に現れたシチロージには驚きの顔をする。
シチロージの軽い口調に、男の意識は徐々に平常へと戻っていった。
「大旦那様がお呼びでごぜぇますよ。ささ、行きやしょう」
男の両肩に手をかけ、無理矢理方向転換させる。
シチロージは首だけをめぐらせ、カンベエとに片目を瞑って笑みを向けた。
はほっと力を緩める。
一件落着と思った瞬間。
「待て」
の後ろから、カンベエがいつもよりも低い声で男を呼び止めた。
男もシチロージも。
も。
カンベエを振り返る。
何をするつもりだろうとの心が不安に揺れる。
そしてそれは突然だった。
男が見る前で。
カンベエはの手を取り。
片手での頭を胸に引き寄せた。
本当に突然のことに、は赤くなることすらできずにいた。
より一層近くなったカンベエの声が、胸に響き渡る。
「覚えておかれよ。これは」
その言葉に。
は体が溶けるような目眩を覚えた。
「これはわしの女だ」
皆が見ている前で、何の躊躇いもなく放たれたカンベエの言葉。
初めて垣間見たカンベエの独占欲。
恥ずかしさ以上に、嬉しさがこみ上げてくる。
の目に、薄っすらと涙が滲んだ。
雫が零れないようにと、カンベエの胸元を掴んで耐えたが。
カンベエの手で更に強く胸に押し付けられ、白装束にの涙は沁みていった。
シチロージがユキノに事情を話してくれたおかげで、の今日の仕事はそこであがりとなった。
カンベエとは、蛍屋の二階の外廊下に座り込み、空を見上げていた。
周りには誰もいない。
蝋燭の光さえない。
半欠けの月だけが二人を照らしている。
カンベエはが「お酒で汚れておりますから」と止めるのもきかず、を胡坐の中に座らせ、後ろから抱きしめた。
細い首筋に顔を埋めれば、確かに酒の匂いがする。
酒と、の纏う香りがカンベエを酔わす。
廊下のどこかで鈴虫が鳴いている。
夜風が二人の包んで通り過ぎていった。
「」
「はい」
「何故、わしを庇うようなことをした」
決して責めるような口調ではなく、カンベエは純粋に疑問を問うた。
カンベエの問いに、は首をめぐらせ、薄く微笑む。
「何故、でしょう。・・・私にもわかりません」
その言葉は本当。
も、自分の行動の確かな理由などわからなかった。
あのようなことがあった後なのに、はやはり笑う。
だがカンベエはやっと気付く。
その笑みが、ひどく危うく儚い笑い方であることに。
カンベエの眉間が、僅かに寄る。
「シチロージに聞いた。あのようなことは一度や二度ではないな?お主は・・・あのような扱いを受け、何とも思わぬのか?」
カンベエの心配に満ちた表情に、はやはり笑みを浮かべる。
変わらない。
変わらなすぎる笑みに、カンベエの不審が募る。
はカンベエに笑顔を向ける。
心配させないように。
大丈夫です、と。
私は一人でも頑張れます、と。
胸を張って。
笑顔のまま告げるつもりだった。
それなのに。
の目から一つ、二つと大粒の涙が零れた。
一度零れたら最早止まらず、堰を切ったように涙が頬を流れ落ちた。
「嫌・・です」
小さな唇が震えながら言葉を紡ぐ。
「嫌です。堪らなく、嫌です。他の方に・・・カンベエ様以外の方に触れられたくなどないです。あの夜のことも、カンベエ様には・・・カンベエ様にだけは見られたく・・なかった」
そう言って、は小さく嗚咽を漏らす。
カンベエはたまらず、その小さな体をきつく抱きしめた。
が初めて漏らした心の内。
この場所は、が一人で泣いて耐える場所だったのに。
今は、それを受け止めてくれる人と共にいる。
全て晒してもいいと、初めて思えた。
カンベエの腕の中では小さく震えていた。
「わしがしばらく声をかけずにいたのを、拒絶と感じたか?」
カンベエの問いに、は小さく頷いた。
避けられたあの数日を思い出すだけで、は身が切れそうになる。
「やはり、そうであったか。・・・すまぬことをした、」
カンベエの小さな溜め息が聞こえた。
「ただわしは・・・お主にどう接すればよいかわからずにいただけなのだ。また、泣かせてしまうのではないかとそればかり恐れてな。それを誤解させてしまったか」
そう言って、カンベエはの頭を優しく撫でた。
が大切過ぎて。
触れたら壊れてしまいそうで。
カンベエには包み込んでやることしかできないと感じていた。
カンベエの想いが、背中越しにの心に流れ込んでくる。
カンベエの真意は、の心を揺らし、動かし、奮い立たせた。
「カンベエ様」
カンベエの腕の中で首をめぐらせ、は僅か上の焦琥珀色の瞳を見つめた。
だけを映し出す瞳に、苦しいような笑みを向ける。
「私、泣かないように頑張ります。カンベエ様にご心配をおかけしないよう。ですから」
の細い手が、そっとカンベエの頬を包む。
慈しむように、緩やかに細い指が滑る。
「どうか、カンベエ様の思うがままになさって下さい。私は、カンベエ様になら全てを許します」
月の光に照らされて、は溶けるような笑みを浮かべる。
―――はわかっていない。
恐らくそれは無意識に答えたものなのだろうが。
はわかっていない。
今自分がどれだけ凄い言葉を口にしたか。
時が止まったままのカンベエに気付かず、は相も変わらず無邪気な笑みを向けてくる。
本人無自覚の据え膳は食していいものか、判断に迷う。
「・・・」
「はい」
カンベエは自分の頬を挟むの手を取り、緩く握り締めた。
「口付けてもよいか?」
カンベエはを見つめたまま、ゆっくりと顔を近づける。
突然の言葉に、の頬が俄かに赤く染まった。
普段は了承など取らず、一方的に奪われるから。
改まって聞かれると返答に困る。
心の臓が破裂しそうなほど鼓動が速まる。
熱に浮かされながらもは小さく首を縦に振った。
それを待っていたかのように、カンベエは噛み付くようにの唇に自分のそれを押し当てる。
カンベエの手がの顎にかけられ、上を向かせた。
仰け反られた細い首に、するりと指を這わせる。
全てを吸い取るように口付けられ、ようやく解放されては荒く息をする。
いつものカンベエらしからぬ強引さには眉根を寄せる。
「カンベエ・・さま?」
「すまんな。まだ、足りぬ」
短く告げて、カンベエはの左右の目尻に口付けた。
こそばゆさには目を閉じる。
暗闇の中、不意に唇に押し当てられた感触がより鮮明に体を突き抜ける。
カンベエの濡れた唇が何度ものそれをついばむ。
唇が離れる度に小さな音を立てられ、の中に熱が溜まっていく。
最後に一際はっきりと音を立ててから唇を放した。
夢心地の中を彷徨うの濡れた唇を、カンベエは親指で拭ってやった。
「これは、あの夜の清めだ」
カンベエの口元が妖しく笑う。
あの男にここまでされていない、と抗議しようかと思ったが、既に腰が抜けて酔わされたではどうにもならなかった。
くたりと頭をカンベエに寄りかからせる。
「。すまぬ。少々急ぎすぎたか」
手の甲で軽く頬を叩いてやれば、は薄っすらと目を開けた。
上気する頬に、細められた潤う瞳。
濡れる睫を瞬かせ、カンベエを見つめ返してくる。
「・・・・・」
顔から顎、首から鎖骨にかけて、あの男のかけた酒に濡れるの姿に。
カンベエの喉が僅かに鳴ったことを、は気付かない。
夜はまだ長い。
二人の行く末を。
半欠けの月だけが見守っていた。
つ ぶ や き
やっと終わった・・・。
そして大して諭してない。
でも今日は誰にも邪魔させませんわー!
しかしカンベエ一行はいつまで蛍屋にいるんだ・・・。
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