ドリーム小説
「女将さん。若旦那様がお帰りになられますよ」
「あらあら、もうそんな時間?」
「シチロージ様。それはあちらの部屋にお願いいたします」
「あいよ。お安い御用で」
「カツシロウ様。稽古をなさるのでしたら、後程湯を沸かしますゆえ、どうぞお入りになって下さい」
「これは。かたじけない」
「あ。ヘイハチ様・・・・また勝手にご飯食べられましたね?お服にご飯粒が」
「あいや。これは、そのぉ」
「キララ様、コマチ様。お服が乾きましたのでこちらへ」
「やったです!久々の綺麗な服ですー」
「これ、コマチ。さん、ありがとうございます」
それは蛍屋の何気ない風景。
彼女の笑顔で溢れる、風景。
笑 う !
「ふむ」
上階の手すりに寄りかかり、吹き抜けの階下の回廊を男は思案げに見下ろしていた。
料亭、蛍屋。
昼とはいえ、様々な客が訪れており、数多の女中たちが忙しそうに走り回っている。
その中に、お膳を三つ重ねて動き回る女がいた。
「おや、だんな。どうかなさいました?」
たまたま通りかかったユキノがカンベエに声をかける。
カンベエの視線は一度だけユキノに向くが、すぐに階下へと戻された。
「いや、なに。世話しないと思ってな」
思案げに顎をさする。
ユキノもカンベエの見つめる方角に目を向けた。
カンベエの視線の先には、濃紺の着物に白い前掛けを締めてせかせかと走り回るの姿があった。
そのことに気付き、ユキノはふんわりと微笑む。
「よく働く子でございましょう」
ユキノの言葉に、カンベエは口元を緩ませて答えとする。
二人の人間に見られているとも知らず、は隠すことなく表情や仕草を晒して走り回っている。
ユキノは片手に携えた団扇でゆったりと風を扇いだ。
「本当に気が利くんですよ、ちゃんは。あの子がいなくなったら、うちの経営にも響きますわ」
ずっとここで働いて欲しいと暗に含ませ、ユキノは母のような目でを見下ろす。
ふとの顔が上を向いた。
カンベエとユキノに気付き、は二人に笑いかける。
両手にお膳を抱えて階下から声をかけてきた。
「女将さん、カンベエ様!もうすぐお昼ができますのでお座敷にいらしてください」
ユキノはすぐ行くよ、と返事を返し、カンベエは片手を緩く上げてそれに答えた。
の笑みが一層深くなる。
後ろで束ねた長い髪を揺らし、カチャカチャと膳を抱えて仕事へ戻っていった。
去り際の笑みが、印象に残る。
「そうだな。それに」
やおらカンベエは言葉を続ける。
を見下ろすカンベエの顔は、これ以上ないほど優しげだった。
「よく笑う、な」
階下を走るは、会う人会う人に微笑むのだ。
微笑まれた方も、どんな仏頂面の者ですらぎこちなく微笑み返す。
の持つ不思議な才だった。
ユキノは自慢げに胸を張る。
「そうでしょう。あの子の笑顔見たさに来るお客さんもいるくらいですからねぇ」
皆様、あの子の笑顔に癒されに来ているのですよ、とユキノは呟く。
癒しの里の、癒しの人。
。
「だんな。さぁ、もうお座敷に参りましょうか」
団扇をくるくると回しながら、ユキノはカンベエに背を向けた。
カンベエは後を追わず、もうしばしを見ていようと手すりに寄りかかった。
だが寄りかかって数秒。
不意に起き上がり、少々遠ざかったユキノに声をかけた。
「女将、ちと」
「はい?」
見返り美人の如く振り返るユキノ。
カンベエは自分が呼び止めたにもかかわらず、その場で少し留まった。
カンベエが口篭るとはこれ珍しい。
焦琥珀色の目があちらこちらに泳いでいた。
「その・・・目当ての客というのは」
カンベエらしくない、お茶を濁したような言い方。
それでもユキノはカンベエの聞きたいことを察したのだろう。
薄く、どこか意地悪げに微笑んだ。
「勿論、皆様殿方でございますよ」
ユキノの言葉にカンベエの動きが俄かに止まる。
「そうか・・・。あぁ、すまぬな呼び止めて」
「いいえぇ」
内心慌てているかもしれないカンベエに、嬉々としてユキノは答える。
カンベエに向けた背が微かに揺れていた。
まさに予想していた通り、とカンベエは顎をさする。
嫌なことばかりいつも的中する。
癒しの里に夜の帳が下りる。
ここからは、金が舞い散る世界。
商いで上にのし上がった商人たちが多く訪れる時間。
あちらこちらの部屋で宴が催される。
ユキノもシチロージも、お酌に踊りにと動き回っている。
そして女中であるの仕事はその比ではない。
客が訪れれば玄関でお迎えし、部屋に料理を運び、その間に別の部屋を片付け、帰る客をお見送り。
それに加え、には別のお役目もあった。
「これ、。こちらに来て酌をせぬか」
金で肥えた体でどかりと腰を据えた商人たちが、行く部屋行く部屋でを待ち構えているのだ。
その一つ一つに、はきちんと相手をしていた。
手や肩を馴れ馴れしく触られても払いのけることなく、相手が気付かないようにさらりといなす。
どんな相手にも同じように微笑む。
そんなの笑顔見たさに客が来るという話にも頷けた。
「君」
いつものように呼ばれて振り向けば、そこには蛍屋の常連客。
を見初める若い商人がいた。
は両手で膳を抱え持ち、やはり笑顔を向けた。
「若旦那様。いらっしゃいませ。いつも御贔屓に」
「いつまで経っても仰々しい挨拶だね」
客はの肩に手を回し、顔を近づける。
はあえて避けることはせず、相手の視線を流すように柔らかく合わせた。
「もっと砕けてくれればなぁ。僕のことも名前で呼び捨てにしてくれていいんだよ」
「そんな。うちの大事なお客様にそんな失礼なことできません」
「そうかなぁ・・・。ん?」
客が何かを見つけてから視線をそらした。
何だろうと疑問に思い、も客の視線を追う。
視線の先。
少し離れた回廊に、焦琥珀色の彼がいた。
こちらを見ていたらしいカンベエと不意に目が合う。
そのままどちらがそらすこともなく、数秒が流れていった。
「侍だ。何だかここのところ、侍が多いね」
「あ・・・そうですね」
客の声には再び男の方に向き直る。
客の男が楽しそうに笑った。
「金もないくせに。無理してこんなところに来なくてもいいのにねぇ」
男はけらけらと笑う。
乾いた笑い。
何も潤すことのない、冷たい笑い。
いつも笑っているでも好きになれない笑い。
カンベエは見ているのだろうか。
このやり取りを。
共犯だと思われていないだろうか。
自分も一緒になって侍を嘲り笑っていると思われないだろうか。
そればかりが心配だった。
それでも、彼の方へ視線を向けることはできなかった。
今はあくまで仕事中。
がしなければならないことは、接客なのだ。
私情を仕事に挟まない。
それがの構えだった。
「さぁ、若旦那様。そろそろお戻りになりませんと、大旦那様が心配されますわ」
「あぁ、いいよ別に。親父のことは」
「ですが、私ももう仕事に戻らないといけませんので」
は微苦笑を浮かべて客に諭して聞かせた。
男は不満そうにしていたが、仕方ないと頭を掻いての言葉に折れた。
「また後で部屋に来るんだろう?」
「えぇ。お酒をお持ちします。大旦那様がお好きなものを」
「酒はいいよ。君が来れば、それでいい」
それでは、と立ち去ろうとしたときだった。
男はの腕を思い切り引き寄せた。
均衡感覚をなくした手から、膳が落ちて大きな音を立てた。
突然のことには僅かに怒りを見せる。
「若様っ。御戯れは」
が放った言葉は中途で途切れた。
背中に感じる冷たい壁の感触。
握り締められた手首に走る痛み。
そして何より。
押し付けられた唇の感触。
愛しい人のものとは違う薫り。
しばらくして唇を解放され、怯え混じりの目で見上げれば、男の口端が高く上がった。
「そういう顔も良いね、君」
新しい玩具を見つけた子供のような笑み。
の背中を悪寒が駆け抜けた。
それでもは酷く取り乱したりはしない。
怒りで我を忘れたりはしない。
客にこういうふうに接せられるのは、これが初めてではなかった。
だが決して慣れている訳ではない。
嫌なものは嫌だ。
は落ちた膳や割れてしまった器を拾い集めながら告げた。
「困ります、若旦那様。・・・なぜ、このようなお戯れを」
「だってさぁ」
返ってくる声は完全に子供のそれだった。
無邪気な子供の口から、我侭が飛び出す。
「むかつくんだよね、あの侍。ずっと君のこと見てるんだもの」
かちゃり、と。
拾い集めた破片が床に落ちた。
ゆっくりと。
ゆっくりと。
顔を上げる。
遥か向こうの回廊に立つ男が一人。
とカンベエの視線が、今一度交錯した。
つ ぶ や き
くそぅ。私の悪い癖が出た。
オリジナル色が強い。なんてこった。
カンベエとの絡みがない!
そしてシチロージの口調がわからない!
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