ドリーム小説
が心配していたカンベエの風邪も無事に治り、翌日にはカンベエは寝着の上に上着を一枚羽織って起き上がれるまでになっていた。
とカンベエは約束どおり、二人そろって縁側に腰掛け、あたたかな日差しの下でまどろむ。
それは七日ぶりの二人きりの逢瀬。
「カンベエ様」
「ん?」
横で胡坐をかいて中庭の池を眺めていれば、不意に隣から名前を呼ばれてカンベエはを見下ろす。
カンベエの横で足を崩して座るはだが、ただじっとカンベエの顔を見つめるだけで何も言わない。
「どうかしたのか」とカンベエが問えば、はどこか落ち着かない様子で言う。
「あの・・・本当にもう起き上がられてよろしいのですか?」
「・・・」
「本当に本当に、もうお具合の方は」
「、もうよい」
「その問いはもう四度目になるぞ」と。
あまりにも心配性なに、カンベエはふっと苦笑をこぼす。
「もう大丈夫だ」と四度目の同じ答えを返すも、は完全には安心しきってはいないようである。
綺麗な眉をわずかにひそめて、はカンベエの顔を見上げる。
カンベエは薄い笑みを浮かべ、顔をから真正面の中庭の池へと戻した。
それでもまだ、隣からの視線を感じる。
―――自分の愛しい者が、ただひたすらに己が身を案じてくれている。
それが何よりも嬉しい。
過剰ではないかと思われるほど甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるの想いが、なんだかくすぐったい。
「」
「はい」
名を呼ばれて、やはり何かあるのかとはわずかにカンベエの方へと身を乗り出した。
病み上がりのカンベエのために、自分にできることならどんな小さなことでもしてあげたい。
寒いというなら上着を持ってこよう。
咳が出るというなら薬湯を持ってこよう。
カンベエの役に立ちたいと意気込んでいれば、池の方を向いていた彼がやおら笑みを浮かべながら振り向いた。
刹那の速さで顔を寄せられる。
一秒にも満たない、ほんの一瞬の、ちょんと重ねるだけの口づけをされた。
「へ・・・?」
「何をほうけておる」
カンベエの動きがあまりに素早くて、は唇を奪われたことにしばらく気づかなかった。
徐々に思考が戻ってきて、かぁと耳を赤くして手で口を覆って、恨みがましい目をカンベエに注ぐ。
人の唇を奪うだけ奪ってさっさと真正面に向き直ってしまったカンベエは、横目でちらりとを見て、不敵に唇を歪めて笑う。
病み上がりのくせに、やることは常と変わらない。
「カ・・・カンベエ様・・・っ」
「なんだ」
「な、なんだ・・とはっ。何なのですかいきなり・・・カンベエ様はいつもいつも突然に!」
「唇にして欲しいと昨日言っていたのはお主ではなかったか」
「それは・・・その。いえ、そうではなく!・・・・わ、私はあなた様のことを心配していますのにっ」
治ったからといって起き上がっていたら、もしかしたら風邪がぶり返すかもしれない。
だからは日差しのあたたかなこの縁側を選び、カンベエに上着まで羽織らせたのに。
「四度目だ」と笑われるくらい、先程から何度もカンベエの顔色をうかがい心配しているというのに。
当のカンベエがあっけらかんとして、あまつさえ悪戯の口付けまでしたりして。
「私は本当に・・・・・・本当に心配しているのですよ!?」
カンベエの横顔を見つめるの目に、真剣さが帯びる。
がここまで真剣にカンベエを思うのには、昨日の久方ぶりのカンベエとの再会が尾を引いていた。
カンベエが風邪を引いて、会うことも近づくことも許されなかった七日。
たかが七日。
されど七日。
あの寂しくて胸が張り裂けそうな時を、もう二度と味わいたくない。
だからこんなにも心配しているというのに、自分の想いはまるでただの世話焼きの心配性のように扱われている気がする。
こんなにもまっすぐな目で見つめているのに、カンベエはに顔を向けず、真正面の池の方を向いたままだ。
カンベエは焦琥珀色の瞳を細め、ただただ前だけを見ている。
―――わずかな視線すら寄越してもらえない。
―――こんなにも近くにいるのに・・・彼がひどく遠くいるように感じる。
カンベエに、遠ざけられているように感じる。
近づくことを許されていないような感じ。
思い出したくない、この感じは、昨日までが抱えていた不安と同じ。
近くにいるのに、カンベエがひどく遠い。
しつこくも心配しすぎて呆れられてしまったのだろうか。
「カンベエ様・・・」
「・・・・・」
「ごめんなさい・・・うるさく付きまとってしまって。でも、私は本気であなた様の身を心配していて・・・あの」
はそこでようやく、じっと見つめていたカンベエの横顔から視線をそらした。
カンベエからの応答はない。
小さな寂しさが胸をよぎる。
は床に手をついてずらし、ぴたりと寄り添っていたカンベエとの間にわずかな距離を置いた。
カンベエの気を引きたい、のささやかな抵抗にも彼は何の反応もよこさない。
縁側に涼しい風がふっと吹き抜けて、結んでいないの長い髪を揺する。
「少し、寒くなってきましたね・・・」
「・・・・・」
「あの・・・・」
「・・・・・」
カンベエの沈黙がなんだか重たい。
言葉がうまく続かない。
歯切れの悪い自分の言葉に、カンベエをいらつかせてしまったのかもしれない。
昨日まで床に伏せっていたのだから、カンベエは本当は今日はゆったりとした時間を過ごしたかったのかもしれない。
それなのに一々、こまごまと世話を焼いてしまって申し訳ないことをしてしまった。
「私・・・あの、白湯(さゆ)をお持ちしますね」
場を取り繕うような硬い笑みを向けて、はすっと立ち上がった。
カンベエに聞こえないくらいの小さなため息を吐いて、彼に背を向ける。
―――どうしてこんな空気になってしまったのだろう。
―――今日はひさしぶりに一日中一緒にいられて、嬉しいはずなのに。
確かに自分はカンベエに苦笑されてしまうくらい甲斐甲斐しく世話を焼いてしまったが。
だが今日はカンベエもまたどこかおかしいと思うのだ。
珍しいくらい自分本位というか、わがままというか。
風邪がこんなところにも影響しているのだろうか。
そんなことを考えながらは一歩、二歩と歩みを進めた。
その歩みがぴたりと止まる。
正確には、止められる。
「え・・・?」
不意に後ろから伸びてきた手に右手首をつかまれ、は歩みを止めてゆっくりと振り返った。
自分の細い手首を掴む、褐色のたくましい手に目をやる。
褐色の無骨な指が、を離さんと強い力で彼女の細い手首を掴んでいた。
はカンベエの突然の行動に不思議そうな目をし、ゆっくりと視線を彼の顔へと向けた。
「カンベエ様・・・?」
カンベエの顔を見下ろしたの胸に、わずかな動揺が走る。
それは、いまだかつて見たことのないカンベエの表情。
怒っているわけでもなく、笑っているわけでもなく、泣いているわけでもなく。
不動の侍を思わせるカンベエがするとは予想もつかぬ表情。
さっきまで中庭の池を眺めていた適当な目が、今はまっすぐに、だけを見上げていた。
がその場を離れようとした刹那、カンベエが見せた意外なまでの行動。
カンベエが・・・焦った。
あの沈着冷静で、何事にも動じないカンベエが焦りを見せた。
見下ろす先にいるカンベエは、感情の読めぬ表情でじっとを見上げていた。
中庭からやっと自分に視線を向けてくれたと思ったら、そんな強い眼差しを向けられて。
はわけがわからず、何度も瞬きを繰り返す。
「どうかされました?」
「・・・・」
「カンベエ様・・?」
「・・・・な」
「あの、白湯をお持ちしますので、どうか手を」
「離れるな」
の瞳を射るカンベエの目が、ほんの少しだけ細められる。
まるで懇願するようなその変化に、もまたカンベエから目がそらせなくなった。
強く強く、だけを求める、彼の目、彼の言葉に心が揺れる。
「・・・・・」
「離れるな」
「カンベエ・・様・・・」
「わしのそばを離れるでない」
掴まれていた手首を思い切り強く引き寄せられ、は再びカンベエの横へと腰を下ろすことになった。
どうしたのだろう、カンベエはどうしてしまったのだろうと思っていれば、今度はカンベエの両手が伸びてきた。
が何か言う暇もなく、カンベエの両腕が彼女の細い肩に巻きついて背後からきつく抱きしめられた。
癖のある柔らかな髪が頬をくすぐる。
薬と汗の匂いを近くに感じる。
細い肩に額を押し付けられて、カンベエの大きな重さを感じる。
背中から抱きしめられて感じる、カンベエの体温。
常より少しだけ高い体温に、はにわかに心配になる。
だがそれ以上に心配になる、カンベエの不可解な行動。
「カンベエ様・・・・・いかがなさいました?」
自分の肩に額を寄せる彼に、小さな声で問いかける。
返事はなかなか返ってこない。
の両肩を抱く彼の手に少しだけ力がこもる。
それから、自分の肩口から彼のくぐもった声が聞こえてきた。
「約束を、違(たが)えるな」
それは威風堂々としたカンベエとは思えぬほどの小さく掠れた声。
この距離でやっと聞き取れるくらいの弱い声。
だが、その声が放つ言葉には低く重い響きがあった。
「約束・・・?」
「昨日交わしたことだ。もう忘れたか」
「え?」
「お主が言ったことであろう。今日はひねもす、そばに居ると」
「あ・・・・は、はい。忘れてなどおりません。ですがカンベエ様・・・白湯を取りに行くだけのことですので」
「構わぬ。お主はここにいればよい・・・・・・それでよい」
―――離れるな。
―――離れていくな。
カンベエのくぐもった声と、肩口で感じる高めの体温が、にそう伝える。
強く強く抱きしめられ、は心がつぶれそうな錯覚に陥る。
こうして抱きしめられるのはいつぶりだろう。
先程まで遠くに感じていたカンベエを、今は怖いくらい近くに感じる。
胸の鼓動が速すぎて、自分がどうにかなってしまいそう。
うまく回らない頭で、だがは考える。
カンベエはどうしてしまったのだろう。
さっきまでは、まるでおざなりに扱われ、自分など居なくてもいいような態度をとられたのに。
ほんの少し離れようとしただけで、石火のごとく連れ戻されて。
逃がさないといわんばかりの力で抱きしめられて。
こんなカンベエは見たことがない。
これではまるで、まるで。
―――幼な子みたい。
自分よりもずっとずっと年上で大人なカンベエにそんな念を抱いてしまい、はくすりと小さくほくそ笑む。
全く力を緩めようとしてくれないカンベエに、は控えめに声をかける。
「カンベエ様」
「・・・・・」
「カンベエ様。少しだけ、力を緩めていただけませんか?」
「・・・・・」
「ご心配なく。私は・・・どこにも行きませんから」
あなた様のおそばにずっといます。
そう告げれば、の両肩を抱くカンベエの腕の力が、ほんの少しだけ弱まった。
わずかに解放され、は自由になった腕を動かし、胸の前で交差するカンベエの腕に手をかけた。
「カンベエ様・・・・・どうかされたのですか?」
目を閉じて、柔らかな笑みを浮かべて、人を安心させる声で問えば、肩に額を押し付けていたカンベエがわずかに額を起こした。
だがカンベエの口から返事は返ってこない。
答えたくないのかもしれないし、答えるための言葉を選んでいるのかもしれない。
カンベエの好きにさせようと、は催促することなく優しい沈黙を保った。
緩やかな風が、そよそよと吹きぬけていく。
時間がゆっくりと流れていく。
二人は穏やかな時間を共有していた。
二人だけの時間。
七日ぶりの、二人だけの時間。
はこの七日間のことを思い出していた。
カンベエに会うことを許されず、ユキノの分まで世話しなく働いていた数日間。
カンベエに会えず、寂しいと何度思ったかわからない。
だが忙しく体を動かしているときだけは、その寂しさを忘れることができた。
だから昨日、七日ぶりにカンベエに会えたときの嬉しさは言葉で言い表せなかった。
カンベエに会えて嬉しい。
カンベエとともにいられて幸せ。
私は、幸せ。
カンベエはどうなのだろう。
不意にそんな考えがよぎる。
は閉じていた目をふっと開けた。
日の光にぼやける視界を、何度か瞬きして取り戻す。
「」
半覚醒の意識の中、耳元で名を呼ばれてははっと身をすくませた。
反射的に首をめぐらせて後ろを向こうとしたが、だがその前にカンベエに首元に顔をうずめられてしまい、彼の顔を見ることはできなかった。
今度はが、カンベエの名を呼ぶ。
本当にどうかしたのかと問えば。
カンベエは大きな猫のごとくの首に頬を摺り寄せ、大きく息を吸った。
吐息がくすぐったくてはまた肩をすくめる。
「」
「はい」
「・・・」
「はい・・・」
「ここにおるな・・・・」
まるで確認するように彼は問う。
自分で抱きしめているのに、なぜそんなことを問うのか。
「カンベエ様?」
「これは・・夢ではあるまいな」
「え?」
「今ここにおる・・・お主がに間違いないな?」
カンベエの不思議な問いかけに、は戸惑う。
だが自分を抱くカンベエの腕に少しだけ力を加わったのを感じて、は何かを察した。
「はい・・・」
「・・・・・」
「今カンベエ様の腕の中に居る・・・・私がにございます」
「・・・あぁ」
そうか、と。
カンベエは納得したように。
安心したように返事を返す。
カンベエの不安が、少しだけ弱まったのをは聡く感じ取る。
自分を縛るカンベエの腕に手をかけて外させ、緩んだ彼の拘束の中では体を反転させた。
カンベエと向かい合う。
うなだれるカンベエの顔にかかっている、緩い癖のある髪を手ですくい、いつもカンベエがにしてくれるように彼の耳に髪をかけた。
銀色の耳飾りがしゃらりと揺れている。
現れでたカンベエの顔は、威厳に満ちながら、だが目はどこか別の世界を彷徨っていた。
彫りの深い褐色の顔を、は下から覗き込む。
カンベエと目を合わせれば、カンベエの目がを見つけて、ゆっくりと色を取り戻していくのがわかった。
を見つけ出した彼の目が、安堵にゆっくりと瞬きする。
覗き込むに、カンベエはふっと苦笑をこぼした。
その笑みが、の胸を深くえぐる。
こんなにも寂しそうに笑うカンベエを、知らない。
放っておいたらこのまま霞のごとく消えてしまいそうで怖くて仕方がない。
―――カンベエ様
彼が消えてしまわないように、名を呼んだ。
―――私は、ここにいます
どこにも行ったりしない。だから心配しないで。
「私は・・・・・私はあなたのおそばにいます」
白く細い両の手をカンベエの両頬に添えて、自分から顔を近づけて。
そっと、彼に口付けた。
一度離れて互いの目を合わせ、もう一度ひざを伸ばして唇を重ねた。
自分の生気を彼に移すように、慈しむように優しく口付けた。
力のなかったカンベエの手がゆっくりと動きを取り戻す。
先程のような拘束するような強さじゃない、を包むような強さで彼女の細い腰に腕を巻きつける。
細い体を引き寄せて体を重ねれば、の手がカンベエの頬を離れて首に巻きつけられていく。
から重ねられた唇を一度離し、今度は彼の方から口付けた。
の全てを唇で感じ取るように、深く、深く。
カンベエの体を通して、彼の想いがに流れ込んでくる。
―――自分も寂しかったのだ、と。
―――お主に会えず、たまらなく寂しかったのだ、と。
がそばにいることが、いつの間にか当たり前になっていた。
が己のそばにいることが当たり前のことだと思うようになっていた。
その傲慢さがたたったのだろう。
七日間、自分からを遠ざけて、何度も同じ夢を見た。
が居なくなる夢。
自分の世界のどこにもが居ない。
探せど探せど、どこにもいない。
そのうち、だんだんに忘れていくのだ。
自分が誰を探していたのかも忘れていく。
という女がいたことも忘れていく。
についての全てが消えた世界は、常と変わらず平和で穏やかで皆の笑顔に満ちていて。
ただただ、カンベエの胸だけが慟哭(どうこく)していた。
戦で生き残ってしまった幼な子が独り、焼けてしまった村を前に大声で涙を流すような。
守りきれなかった愛しい者の屍を胸に抱いて、唇をかんで涙を流すような。
大切なものを失った、もう取り戻せない、そんなどうしようもない想いの中にカンベエはいた。
七日が経って、ようやく起き上がることを許されて、空虚な想いで床に就いていれば、廊下を走って部屋に近づくぱたぱたという軽い音が聞こえてきて。
障子が開いて、逆光の中、顔の見えない女が彼の横に膝をついて、ひどく心配そうな顔を向けてきて、自分も女と何か言葉を交わして。
『・・カンベエ様・・・っ』
女がぽたりと涙をひとつこぼしたのを見て。
それが自分の愛しい女であることに―――であることに気づいた。
その瞬間、彼は七日間の悪夢から目を覚ますことができた。
副 う (そう) !
「もう、落ち着かれました?」
カンベエの腕の中におさまって、彼の胸に手をついて、は優しい声で問いかけた。
の頭に頬を寄せて、カンベエは渋い声で唸る。
風邪で精神的にまいっていたとはいえ、男として酷い失態を見せてしまったと。
照れ隠しからか、カンベエははっきりとした返事を返さない。
それがおかしくて、はカンベエの胸の中で小さく笑って肩を揺らせた。
「笑ったな・・・」
「はい。ごめんなさい」
容易に自分の非を認め、なお肩を揺らして笑うに、カンベエは眉間に皺を寄せて嘆息する。
「四十過ぎの男が寂しがるのが、そんなにおかしいか」
「いぃえ?おかしくなどありませんよ?」
「ならば何ゆえ笑う」
「ふふ・・・・。カンベエ様が」
かわいいなぁと思って。
そう素直に答えれば、を抱きしめるカンベエの腕に強い力が加わった。
「不名誉だな・・・」
「痛い痛い。痛いです、カンベエ様ー」
「わしを笑いおった罰よ」
「カンベエ様、大人気ないです・・」
ふざけあって言葉を交わし、二人は互いの顔を見つめてふっと息を吐いて笑いあった。
自分の愛しい者がそばにいることの幸せを、十二分に噛みしめる。
二人見つめあい笑って、唇を重ねる。
猫が戯れるように、カンベエはの頬に口付け、細い首に唇を寄せる。
さらりと流れる髪をわければ、昨日つけた赤い痕がうっすらと残っていた。
消えかかるその上にカンベエがすっと唇を寄せれば、は穏やかに咎める。
「だめ・・だめですよ、カンベエ様」
「なんだ」
「痕、つけないで下さいね」
明日からはまた仕事で髪を結わなければならないのですから、と。
小さな子の悪戯を止めるように告げれば、カンベエは口惜しそうに彼女の首から顔を離す。
よかったと安堵していれば、不意にの視界が反転した。
縁側の床の上に組みしかれ、上から体で覆いかぶせられて身動きが取れない。
自分を見下ろすカンベエの焦琥珀の目が、不敵に笑っていた。
あぁ、いつもの彼だ。
病で少しだけやつれた目が、じっとを見下ろす。
腹を空かせた暗褐色の獣が、ぺろりと舌を出して己が唇を舐めるのを見て、は唇を引き結んで苦笑した。
「」
「はい」
「腹が減ったな」
「そうですね。何か召し上がります?えと・・・あ、昨日の金平糖は」
「すまぬ。もうない」
わしが食ってしまった、と笑いながら言って、カンベエはに顔を近づける。
反射的にぎゅっと目を瞑れば、閉じた左の瞼をぺろりと舐められた。
生暖かくてくすぐったい。
獅子に狩られる、兎の気分になる。
ゆっくりと目を開ければ、褐色の獅子がにやりと笑んで、兎の耳元に口を寄せてきた。
低い声が、鼓膜をゆする。
「久々に、お主を喰いたいな」
彼らしい、獣じみた台詞。
兎は耳も首も赤くして、憎らしげに獅子の目を見上げる。
あなたのその言葉を待っていました、と。
思っているけれど、教えてなんてあげない。
「め、召し上がられるなら・・・・残さず食べてくださいね・・・っ」
せめてもの抵抗で強気に告げれば、カンベエはおかしそうに顔をそむけて肩を揺らして笑った。
「あぁ。無論そのつもりだ」
細い横目で女を見下ろし、男は唇を引き上げて笑った。
どうしようもないくらい、お前が愛しい。
お前のいない現世(うつしょ)など、もう考えられない。
つ ぶ や き
せつなげソングを聴きながら書いていたらこんな話に。
『偲ぶ!』のその後でございます。
こんな弱いカンベエさんはとても彼らしくないのですが、カンベエさんが自分のこんな姿を見せるのは
きっとちゃんの前でだけだと思うので。
そうだと私が萌える。
戻る!
(
)
SEO
掲示板
[PR]
爆速!無料ブログ
無料ホームページ開設
無料ライブ放送