ドリーム小説
どういう経路で伝染したのかは定かではないが。
信じられないことに、カンベエが風邪をひいた。
咳が出るだけ、少し熱があるだけなら常と同じ生活でいられたが。
カンベエを襲った高熱は体の自由を奪い、今彼はあてがわれた部屋で大人しく寝ている状態だった。
勿論、カンベエの看病はがするに決まっている。
と、誰もが思っていたが、意外や意外、その予想は外れる。
むしろその逆で、はカンベエに近付くことを許されなかった。
偲 ぶ !
カンベエが風邪で伏せっているとユキノに聞かされ、は慌ててカンベエのもとへ行こうとした。
だがそんなを、ユキノはとめた。
「だんなからの伝言よ」
「な、何でしょうか・・っ?」
「絶対に見舞いには来るな、ですって」
「・・え・・・」
ユキノの言葉に、は呆然となる。
だがそれもすぐに綺麗な眉を下げ、悲しみに満ちた目でユキノを見上げた。
「どうして・・・」
「ちゃんは仕事があるでしょ?ご自分の風邪がうつったらいけないとお思いなのよ、だんなは」
ただでさえ体の弱いである。
病の者の近くになぞいたら必ず風邪をひくとカンベエは思い、ユキノに伝言を頼んだそうだ。
「そんな、私・・・私も、カンベエ様のおそばで看病したいです」
「わかってるわ。でもね、ちゃん。だんなのお気持ちもくんであげてね」
「・・・・・」
ユキノに諭され、は泣きそうに歪めた顔を必死に常に戻そうとする。
本当なら一番そばに居てカンベエの看病をしたいと思っているのだろう。
の気持ちを知るユキノは、苦笑して可愛い女中の頭を撫でた。
「だんなのことは私とあの人に任せて、ちゃんはお座敷の方お願いね」
「・・・・・はい。ごめんなさい、ユキノさん。私、我侭を・・」
は寂しいのを我慢して無理矢理笑顔を作った。
「私、仕事に戻ります。カンベエ様のことよろしくお願い致しますね」
「えぇ。安心して、だんなが早く良くなるのを待ってなさいね」
「はい!」
お任せ下さい、と元気よく答え、は厨房へと駆けていった。
それが空元気であることはよくわかった。
駆けていくの背中は、カンベエのそばに居られない寂しさに満ちていた。
「お歳でしょうかねぇ」
「・・・・・」
「まさか、カンベエ様が風邪をおひきになられるとは」
「・・・そう言うな。わしとて、己が身のことながら驚いておる」
病床に伏せ、熱い額に手を置きながらカンベエはシチロージに苦笑を向けた。
その顔色は悪く、ちょっとした動きも緩慢だ。
会話が途切れると疲れたように目を瞑り、苦しげにゆっくりと呼吸する。
「もうじきユキノが薬湯を持ってくると・・・っと、来ました」
「だんな。お加減はいかがですかい?」
盆に湯気の出る茶碗を乗せたユキノが静かに障子を開けて入ってきた。
カンベエはだるい体を肘をついて起こした。
「かたじけない、女将。お主も多忙だというのに」
「どうぞお気になさらず。だんなは早く良くなることだけを考えていて下さいな。そうでなきゃ、ちゃんが可哀想ですよ」
「ん?・・・うむ」
ユキノは薬湯を渡しながら、カンベエの伝言をに告げたことを知らせた。
そのときのの悲しげな顔のことも添えて。
ユキノの言葉に、カンベエは表情を渋らせる。
「納得してくれたようですけど・・・無理に笑顔なんか作っちゃって、あの子は」
「・・・そうか」
「本当に罪作りなお方でげすねぇ、カンベエ様」
ユキノとシチロージに責められ、カンベエは苦笑して薬湯に口を付ける。
カンベエとてに会えないのはつらいことだ。
だがのことだ、カンベエの身を案じて絶対に看病を買ってでる。
自分の病がにうつるのが心配で仕方なかった。
体の丈夫なカンベエですらこれほどの酷い症状を出すのだから、体の弱いではたかが風邪でも重症になりかねない。
「女将、シチロージ。よろしく頼む。を此処へは」
「えぇ。近づけないように致しますね」
「まぁ、ちゃんのことですから。駄目だと言いつけられたら絶対にそれを破ることはないと思いますがね」
言いつけを破るような子ではないからこそ、きっと今も「会いたい、そばに行きたい」とやきもきしていることだろう。
そんなを思い、早く治さねばとカンベエは残りの薬湯を飲み干した。
カンベエの看病を禁止され、は酷く悲しかった。
だがいつまでもそれを引きずってはいられない。
自分には蛍屋での仕事があるし、カンベエはそれを望んでいるのだと自分に言い聞かせ、は一心不乱に働いた。
「ちゃん、菊乃間に御膳三つ追加!」
「はい、ただいま!」
「大旦那様がお帰りだよ!女将はどこに」
「あの、私が代わりにお見送りいたしますっ」
「ちゃん、若君がお呼びだ!松乃間ね」
「はい!」
「また手、出されたら、引っ叩いておやり!」
「はい!・・え!?いえ、そ、そんなことはっ」
休む暇などない。
ユキノがカンベエの看病に行っている穴をが埋めねばならず、一日中蛍屋内を駆け回らねばならない。
一日の業務が終われば、風呂場でぐったりとするの姿が見られた。
浴槽の中でゆらゆらと頭を揺らしているを見て、入ってきたユキノは苦笑する。
自分も浴槽に身を沈めながら、に声をかけた。
「お疲れ様、ちゃん。本当に助かっているわ」
「あ、ユキノさん・・・お疲れ様です」
は浴槽に頭を預けて弱弱しい声でユキノに返事を返した。
だが思い出したようにぱしゃんと水飛沫をたて、「ユキノさん!」と声を上げた。
「あの・・カンベエ様は・・っ?」
不安に満ちた声で問えば、ユキノは苦笑する。
「そんな一日二日で良くなりはしないわ。ちょうど熱が出始めた頃よ」
「そ、そうですか・・・。あの・・・カンベエ様は、苦しそうにしていらっしゃるんですか?」
「そうねぇ・・。咳はないけれど、熱のせいで節々が痛んでいるようで動くのは億劫そうね」
ユキノの報告を聞いて、はまるで自分のことのように苦しげに顔を歪めた。
その顔を見てユキノはまた苦笑する。
「ちゃん。なんて顔してるの」
「や・・あの・・・」
「もう、本当に。だんながちゃんを遠ざけた意味がよくわかるわ」
「え・・?」
それはどういう意味だろう。
が首を傾げれば、ユキノは目を閉じて優しげに口元で笑む。
「人が苦しんでいるのを放っておけない。人の痛みを自分の痛みのように感じてしまう。ちゃんの良い所でもあり、悪い所でもある」
「ユキノさん・・・?」
「ちゃんに風邪がうつるというのもあるのでしょうけど、それ以上にだんなはちゃんにご自分の苦しみをうつしたくなかったのでしょうね」
本当にお優しい方、とユキノはを見て微笑む。
ユキノにそう言われ、はじんっと胸を熱くした。
そして同じくらい、悲しみも湧いてきた。
「そんな・・・私は、カンベエ様お一人が苦しんでおられるのなんて・・嫌です」
「わかってるわよ、ちゃん。だからね、だんなを安心させてあげるためにも、ちゃんはちゃんの持ち場で頑張らなきゃね」
カンベエを心配させないためににできることは、自分がしなければならないことを一生懸命やること。
それをカンベエは望んでいる。
はきゅっと唇を噛み締め、溢れそうな寂しさを心の奥に押しやった。
「ユキノさん・・・」
「なぁに?」
「・・・カンベエ様に、お伝え願えますか?」
はいつにない強さを帯びた笑顔でユキノに告げた。
会えるまでに快復したら、一番にカンベエに会わせて欲しい、と。
それまでは自分がユキノの分も頑張るから、と。
の笑顔に、ユキノが笑って頷いたことは言うまでもない。
それから三日、四日と日は流れていった。
風邪は一度ひいてしまったら無理に抑えるよりもひききってしまった方が治りは早い。
医師に告げられ、カンベエは日がな一日床に伏せる日々を送っていた。
やることなど何もない。
それ以前に、何かする気力も起きない。
熱で頭は茫洋とし、少し起き上がるだけで節々が悲鳴を上げる。
食欲などなく、嘔吐感さえ沸き起こってくる。
水か薬湯のみを口にする日々が続いた。
「・・・衰えたものよ」
誰もいない部屋で独り呟けば、静寂が言葉を飲み込んでいく。
静かに目を閉じれば、蛍屋の日常を作る音が時々聞こえてきた。
女中が膳を運びながら走り、かちゃかちゃと食器が立てる音。
夜の宴会の練習か、三味線や鼓・鉦の途切れ途切れの演奏。
女将の指示する声や、従業員たちの返事。
その中に、愛しい女の声が全く混じっていないことにカンベエは嫌でも気付く。
まるで蛍屋にいないかのように、ここ数日聞いていない、あの柔らかで甘い声。
「近付かぬように頼んだのは・・・自身であったか」
自分で頼んでおきながら、あの声を欲するなど何と愚かな。
熱に浮かされながら、カンベエは薄く笑う。
会いたい、早く会いたい、と心が叫ぶ。
会ったら、あの子はまず何と言うだろうか。
近付くなと命じたカンベエを諌めるだろうか。
仮に再会であの子に叱られようと、甘んじて受け入れよう、と思いながら、カンベエは早い快復を念じて眠るために目を閉じた。
「・・・・」
愛しい女が夢の中で見舞いに来てくれる、そんな戯れ事を願って名を呼んだ。
誰かに名を呼ばれた気がして、は後ろを振り向いた。
でも、そこには誰もいない。
空耳か、とは再び前を向き直り。
「さんや」
「きゃぁ!」
いきなり目の前にいた客の老人に驚いて悲鳴を上げた。
落としそうになった御膳を慌てて抱え直す。
そんなを見て、八十過ぎの腰の曲がった好々爺はかっかっかと笑う。
「相変わらずじゃねぇ、さんや。いやしかし、そんなに驚くこともないじゃろぉ」
「ご、ごめんなさい、御隠居様」
慌てて詫びるに、好々爺は「よい、よい」とかえって上機嫌になる。
そして老爺はまたおもむろに袖に手を差し入れ、小さな麻袋を引き出した。
「さん。あんたの好きな金平糖持ってきたよ」
「御隠居様・・・。またお店の商品くすねてこられたんですか?」
困ったように笑うに、老爺は朗らかに笑いながら麻袋を揺すれば、中に入った砂糖菓子がしゃらしゃらと音を立てる。
老爺は、老舗の菓子屋の御隠居であった。
蛍屋の常連である老爺は殊更にのことを気に入っていた。
孫のようにを可愛がり、甘味好きなにしょっちゅう菓子を届けていた。
「いっぱいあるからいいんだぁよ」
「後で怒られますよ?」
「いいんだぁよ。ほら、お受け取り、さん」
「そんな・・・受け取れません、御隠居様。いつもいただいてばかりで申し訳ないです」
困ったように笑顔で断りを入れれば、老爺はいじけた子どものような顔をする。
「残念じゃのぉ・・」と本当に落ち込んだように言う老爺に、はもっと申し訳ない気持ちになる。
だが、ふとはあることを思いつき、「御隠居様・・それ」と麻袋に視線を向けた。
途端に老爺の顔に笑みが戻る。
「受け取ってくれるかい」
「あの・・買わせていただけませんか?」
意外なの申し出に、老爺は意表を突かれたように細い目を開ける。
「お願いします」と何か楽しげに購入希望を催促するに、老爺はしばらく渋っていたが。
「えぇよ。ただし、半額でしか受け取らんよ」
と、悪戯っ子ように笑うのだった。
カンベエの傍らに座すシチロージは、熱で荒い息を吐くカンベエを見て眉根を寄せていた。
風邪の熱は、出し切ってしまった方がいい。
汗をかいて、足りない水分は飲んで補給すればいい。
そして食事も摂って栄養をつけねば体力がなくなる。
だが、カンベエは高熱のせいで吐き気を多分に催し、食事を遠ざけていた。
「カンベエ様・・・何か口にしませんと、治るものも治りませんよ」
「・・・わかっては・・おるのだがな」
どうにも受け付けん、とカンベエは熱い息を吐く。
廊下が軋む音がして、障子を開けてユキノが盆を持って現れた。
「だんな。お食事ですよ」
盆の上にはいつもの薬湯と、湯気を立てる粥の入った椀が乗っている。
カンベエは重い体を起こして、ぐらつく頭に手を置いた。
「すまぬ、女将。・・・薬湯のみを頼む」
申し訳なさげにカンベエが告げれば、ユキノは盆を畳の上に置きながらにっこりと笑んだ。
そして手に薬湯でも粥でもない、小さな紙包みを取ってカンベエに渡した。
「これは・・・?」といぶかしみながらも、カンベエはそれを手の平に乗せ、そっと和紙のねじりを開いた。
「誰からだと思います?」
楽しそうにユキノが告げれば、シチロージもなんだなんだと紙の中を覗き込む。
開かれた和紙の上には、小さな金平糖の山が積みあがっていた。
この星屑のような菓子を殊更好む娘を、カンベエは知っている。
「・・・か」
「えぇ。糖分を摂れば、少しは食欲も湧くかもしれないからと」
「はぁ、ちゃんらしい。可愛い贈り物でげすね」
顔をほころばせるシチロージに視線を向けて苦笑し、カンベエは一粒取って口に運んだ。
柔らかいとげが舌にあたる。
軽く歯を立てれば簡単に砕けてしまい、すぐに溶けてしまう。
口の中に広がる甘みと、の優しい気遣いに、カンベエは緩みそうな口元に手を添えた。
「だんな。ちゃん、頑張ってくれてますよ」
「・・・あぁ」
「女将顔負けでげすよね」
「はいはい、わかってますよ」
二人のやり取りを聞いていたカンベエは、薄く笑みながらもう一粒口に運んだ。
そして開いた和紙をもう一度包み直し、枕元に置いた。
「カンベエ様?」
「女将。粥をくれるか」
「だんな・・・えぇ、勿論ですとも」
カンベエの申し出に、ユキノは安堵して熱い粥の椀を渡した。
「ありがたく頂く」とカンベエは箸を動かし、粥を食す。
あんなに食べる気のしなかった食事が、今は不思議なくらい箸が進んだ。
ユキノとシチロージは顔を見合わせ、カンベエがもうすぐ快復することを予期した。
カンベエと会えなくなってから、七日経った。
相も変わらず、の周りは忙しい。
数日前にユキノに頼んだ贈り物はちゃんとカンベエに届いたらしい。
カンベエの食欲が戻ったと聞いて、は安堵した。
カンベエの快復を祈って、ひねもす働き続けた。
「それじゃぁね、。女将によろしく」
「ありがとう御座いました。またのお越しを」
ユキノに代わって常連客を見送り、はふぅと安堵の息をついた。
そして次の仕事を向かおうとしてきびすを返したところで。
「あ、れ・・・」
ふらりと一瞬目眩がし、は壁に手をついた。
だが二、三度頭を振れば、それもすぐに治った。
七日間動きっぱなしで疲れているのかもしれない、という自覚はあった。
浴槽に浸かっていて、そのままうたた寝してしまうときもあったし。
「あと今日だけだし・・・頑張ろう。明日はお休みだし」
自分に言い聞かせるように言って。
不意には、明日のことを考え無性に寂しさに襲われた。
いつもの休みの日は、一日中カンベエとともに過ごしていた。
でも明日は、カンベエはそばにいない。
そばに近付くこともできない。
カンベエはまだ治らないのだろうか、と病人を責めるようなことを考え始めてしまう自分をは諌めた。
寂しい。
たまらなく寂しい。
カンベエに会いたい。
病気なんてうつってもいいから、そばに行きたい。
「・・カンベエ様・・」
誰もいない廊下でぽつりと名を呼べば、じわりと涙が浮かんできた。
こんなところで泣いている場合じゃない。
涙が零れる前に、は袖で目元を拭った。
そのとき、ぱたぱたと廊下を走る足音がして、「ちゃん!」と後ろから名を呼ばれては振り返った。
「・・女将さん・?」
「ちゃん、行きましょうっ」
いつになく焦るユキノは、だが笑顔だった。
首を傾げるを、ユキノは早く早くと急かす。
「今、お医師様が診療を終えてね。だんなの病は、もう大丈夫だろうって」
「・・え・・っ」
ユキノの言葉に目を真ん丸にすれば、「ほら、早く」とユキノに背を押される。
とんとん、と数歩たたらを踏んで立ち止まったが。
「女将さん・・・私」
「仕事の方はいいから。頑張ってくれたから、今から休みにしてあげる」
「あの、私・・・・・すみません、女将さんっ。ありがとう御座います!」
笑顔のユキノに見送られ、は急ぎ足でカンベエの部屋へと向かった。
走りながら前掛けとたすきを外し。
途中、何度か従業員とぶつかりそうになりながら。
七日間、近づけなかったカンベエの部屋へと走った。
部屋に一番近い曲がり角でシチロージと医師と出会わせ、は慌てながらも頭を下げた。
「さぁさぁ、お早く」とシチロージに笑みを向けられ、は頷いて彼らの横をすり抜けた。
廊下に面した部屋の障子は閉じており、陽の光があたっている。
「・・・・・っ」
部屋を前にして、胸がどきどきした。
胸に手を置いて息を整え、中に声をかけようと口を開いたところで。
「か・・?」
あの低く柔らかな声が、を呼んだ。
久しぶりに聞くあの人の声に、は上ずった声で「・は、い・・」と返事をした。
中から、入っていいと言う声が聞こえ、はゆっくりと障子を開いた。
前を見ないように顔を伏せたまま開けて室内に滑り込み、俯いたまま後ろ手に障子を閉めた。
障子に日が射して、室内を明るくしている。
空気で、そこに彼がいるのがわかり、異様に鼓動が速くなった。
「何をしておる」
「・・あの・・」
「」
名を呼ばれて、はゆっくりと顔を上げる。
敷かれた布団の上で上半身を起こしたカンベエが、優しい目でを見ていた。
、とカンベエにまた名を呼ばれて、はたまらずカンベエの隣に駆け寄った。
「・・カンベエ様・・っ」
滑るように横に座り込み、カンベエに目線を合わせるべく膝立つ。
カンベエに近付いてみて、病の痕がよく見て取れた。
唇は乾いてかさついており、どことなく頬がこけたように思える。
目にも疲れが見え、いつものカンベエよりも少しだけ小さく見えた。
「カンベエ様・・・お具合は・・っ?」
「なに。もう大丈夫だ。あとは、体力の回復を待つだけだ」
「そう、ですか・・・・それはよかっ・・」
全てを言い切る前に。
ぽたり、と。
の目から涙が零れた。
意識せず零れ落ちた涙に、「あ・・」と声が漏れ出る。
手で口を覆えば、余計にぽろぽろと涙が溢れた。
心配が一気に安堵に変わり、たまっていた不安が零れだす。
「ご、ごめんなさい・・・私・・っ」と笑んで袖で拭おうとするの手を、カンベエはそっと掴んだ。
「カンベエ様・・・あの」
「心配かけたか」
「・・・あ・・」
「すまなかったな、」
そう言って優しい笑みを向けられ、きゅっと唇を引き結べば余計に涙が溢れた。
それ以上我慢することはできず、たまらずはカンベエの首に抱きついた。
「カンベエ様・・・カンベエ様っ」
「あぁ」
「ぉ・・お会いしたかった・・・寂しかった、ですっ」
たかが七日の別れが、酷く遠い別れに感じた。
同じ場所に居て、会うことのできない苦しさを知った。
伝えたいことが溢れるように口から出た。
会いたかった、と。
寂しかった、と。
そんなの背を、カンベエは優しく撫でる。
「・・」
「は、い・・」
「わしも、だ」
「・・・カンベエ、様?」
「わしも・・・お主に会えず、寂しかった」
思いも寄らぬカンベエの言葉に、はゆっくりと体を放した。
自分を見上げるカンベエは、寂しそうに笑んでの目元を指でぬぐう。
「お主が届けてくれた薬が良く効いた」
「あ・・本当ですか?」
「あぁ」
そう言って、カンベエは手を伸ばして枕元の紙包みを手に取った。
片手で器用に開ければ、中には数粒の金平糖が残っている。
「嬉しかったぞ、」
「・・・喜んでいただけて、よかった、です」
照れたように笑えば、カンベエの指がそれを一粒つまんでの口元へと運んだ。
見下ろすカンベエの目が「一つどうだ?」と聞いてくる。
は顔をほころばせて小さく口を開けてそれを受け入れた。
星屑を押しやるカンベエの指が、の唇に軽く触れた。
途端に忘れていた熱がの胸に蘇る。
僅かに頬を赤くし、口の中で金平糖を転がせば、すぐに柔らかい甘さが広がる。
幸せそうに菓子を食べるに、カンベエは穏やかな眼差しを向けてくる。
胸の奥が、じんと疼いた。
頭が沸いたように熱くなっていく。
カンベエに触れたい、と全身が叫ぶ。
「・・カンベエ様・・」
「ん?」
「あの・・・」
どんどん速くなっていく胸の鼓動が勇気を押し出し、いつも言えない言葉をの口から紡がせる。
「口付け・・してもいいですか?」
砂糖よりずっと甘い声がカンベエの耳をさす。
己の首に腕を回し、見下ろしてくるの目の、何と熱っぽいことか。
年甲斐もなくカンベエは胸が高鳴った。
カンベエの返事を待たずに、が顔を近づけてくる。
唇が、触れ合う、その間際で。
「・・・すまぬ」
「ぅん!」
カンベエの指がの唇を塞いだ。
カンベエは気まずげ笑み、口付けを拒まれたは恥ずかしさと寂しさに顔を赤くして歪める。
揺れるの目が「どうして?」と問えば。
「その、な・・・まだ完治とは言えぬのでな。口移しでうつる可能性がないとも言えぬであろう?」
カンベエにそう告げられ、は納得したような、我慢を無理矢理押し込めているような顔でカンベエを見つめる。
それでも仕方なく、「・・・はい」と小さな声で返事を返した。
まるでお預けをくらってしまった子犬のように、しゅんっと耳を垂れる。
落胆していれば、「」と名を呼ばれ、落としていた顔を再びカンベエに向ける。
瞬間、掠めるような口付けを頬に受けた。
頬にあたる、少しかさついた唇の感触と暖かさに、は目を丸くして、じわじわと頬を赤くしていく。
「・・・・ぇ・・っ」
「唇でなければ、まぁ平気であろう」
カンベエにしてやられた、と頭が理解したときには、主導権は完全にカンベエに移っていた。
カンベエの手がの後頭部に回り、の体を引き寄せる。
崩れたバランスを保とうとカンベエの足の間に膝をつき、広い肩に手を置けば、カンベエはの肩に頭を預けて抱きしめてきた。
久しぶりの抱擁に、体の熱が、カンベエへの愛しさが湧き上がってくる。
後ろで髪をくくって露わになっている首に唇を寄せられ、細い体がふるりと震えた。
風邪で熱が高まったカンベエの吐く息は熱く、久方のの体に余計にその熱は上がっている。
何度も何度も弱い首に口付けられ、の口から切ない喘ぎが漏れ出た。
「・・カンベエ、様・・」
「どうした?」
「あの・・・首、に」
甘く掠れた声で、は懇願する。
「痕を・・付けて下さいませんか」
「・・・・・」
意外すぎる申し出に、カンベエはしばし留まる。
それは普段の行為で、が特に嫌がることだった。
仕事柄、髪を束ねねばならず、首に痕を残せば皆に見られてしまう。
カンベエの疑問を感じ取ったは、目を細めて薄く笑う。
「明日、お休みをもらったんです。だから、髪を下ろしていられるんです」
「そういうことか」
納得したようにカンベエは笑み、とめていた行為を再開する。
細く白い首に、いつもは加えぬ力を込めて吸い上げれば、慣れない小さな痛みには息を吐く。
カンベエが唇を離せば、小さな紅い花が肌に咲いていた。
「これでよいか、?」
「・・や・・・もっと・・・」
小さな口から予想外の言葉が漏れ、驚きながらを見上げれば、も自身の発言が信じられず口を覆って顔を真っ赤にしていた。
無意識の発言ほど本音に近いもの。
恥ずかしそうにするに、カンベエは笑いをこらえられず破顔する。
「あの、あの・・カンベエ様っ」
「承知した。お主が満足するまでつけてやろう」
「やっ・・ぁ・・・んっ」
カンベエの唇がの首を滑る。
首の両側に三つずつ花を散らせたところで、唇は鎖骨へと降りてきた。
着物の衿に指をかけ、少しだけ横にずらして肌を露わにさせる。
その行為は、の両肩にまた三つずつ花が咲くまで止むことはなかった。
「・・カンベエ様・・」
「ん?」
「明日は・・・ずっとおそばに居られますよね?」
「あぁ。ひねもす、な」
明日にはきっと、唇を触れ合わせられるくらいカンベエも回復しているはず。
縁側で、金平糖でも齧りながら口付けあいましょう。
つ ぶ や き
割と長い話になりました。
ラブラブ・・・です。
「ひねもす」は「一日中、終日」という意味です。
ちなみに「よもすがら」は「一晩中」です。
よもすがら、お主を抱いていたい、などと言わせてみたい、カンベエ様に(あほ)。
戻る!
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