ドリーム小説
「いい加減に機嫌を直さぬか」
「・・・・・」
「誤解だとお主もわかったであろう?」
「・・・・・」
カツシロウの『古女房』誤解事件より発展した『カンベエの奥方』事件。
カツシロウの早とちりで誤解も解けて万事解決したはずだった。
妬 む !
宴はお開きになり、他の男衆は風呂に浸かりに行ってしまった。
他の女中とともに食事の片付けをしようとしていたに、やおらカンベエが声をかけた。
「。ちとよいか」
呼ばれては無意識にカンベエの方を見る。
微笑まれ、何気なしに緩んでしまった表情を、だが俄かに引き締めた。
女中の仕事をしなければいけないのもあるが、それ以上に今はカンベエと顔を合わせたくなかった。
その変化に、勿論カンベエも気付いていた。
「申し訳ありません。仕事がありますので」
まるで私とあなたは赤の他人とでもいうかのように。
すました顔でそう告げて廊下に出ようとした。
だが不意に横から出てきた人物に進行を阻まれた。
「はいはい、没収」
ひょいと膳をユキノに奪われてしまった。
「ユキ・・女将さん!」
慌てるにユキノはにこりと微笑む。
ユキノは同じ笑みをカンベエにも向けた。
「これはあたしがやっておくよ。だんな。三つ先の部屋が空いてますから、どうぞ自由に使ってくださいな」
「かたじけない」
カンベエの礼に笑みを深め、ユキノは軽い足取りで去っていった。
女将の粋な計らいに、は何とも言えない微妙な顔で立ちすくむ。
「」
呼ばれて振り向けば、カンベエは既に三つ先の部屋の前に佇んでいた。
目が早く来るように言っている。
釈然としないながらも、は仕方なく足を向けた。
蝋燭一本の薄暗い部屋の中で、二人は微妙な距離を置いて座っていた。
カンベエはを見ていたが、は僅かに視線をそらして目を合わせないようにしていた。
はだんまりを決め込むつもりだ。
仕方ないと沈黙を最初に破ったのはカンベエだった。
「宴の間もずっと目をあわさんとしていたな」
「・・・・・」
ずばりと事実を指摘され、の頬を汗が流れ落ちる。
沈黙は肯定を示す。
カンベエはひとつ溜め息をついた。
の思うところは大体わかっていた。
「いい加減に機嫌を直さぬか」
「・・・・・」
数秒経っても、何も言おうとしない。
カンベエは諭し聞かせるように言う。
「誤解だとお主もわかったであろう?」
「・・・・・」
その言葉に、は僅かに顔を俯かせた。
確かに誤解は解けた。
カンベエが言っていた古女房とはシチロージのこと。
カツシロウはユキノがカンベエの妻だと勘違いしただけ。
も頭ではわかっていた。
だが、不思議と心がすっきりとしなかった。
これは、いわゆるヤキモチなのだろう。
もそれはわかっていたし、カンベエがそのことに気付いていないわけがなかった。
だがカンベエはわからないでいた。
「。お主、女将がわしの奥方だと思われたのがそんなに気に入らぬか」
美しいユキノがカンベエの妻だと思われても不思議ではない。
事実、シチロージを挟んでいたとはいえ、落ち着いた二人は傍から見たら似合いでもあった。
宴の中、はカンベエと目を合わそうとしなかったが、それでもちらちらと横目で彼を追ってはいた。
あくまで、一人の女中として。
「カンベエ様」
やっと開いた口から出た呼び声は、ひどく刺々しいものだった。
は相変わらずカンベエの方を見ようとしない。
じっと畳の目を見ながら話した。
「シチロージ様とは、随分と仲がよろしいのですね」
やっと開いた口が告げた言葉は。
はっきり言って、カンベエには理解不能だった。
どうしてここでシチロージのことが出てくるのか。
「うむ。大戦中はわしの副官でもあったからな。付き合いは長い。お主もここで働いているのなら、奴の良さがわかろう?」
「はい。シチロージ様は本当に良きお方です。私もいろいろなことを教えていただきました。ですが」
嫌に強い接続詞が続く。
カンベエは静かに次の言葉を待った。
「カンベエ様のように視線だけでお話ができるほどの長いお付き合いはありません」
それは宴の合間のこと。
カンベエのちょっとした目配せに、シチロージはまるで全てわかっているかのように頷いた。
には欠片もわからない。
彼らの間にある、見えない絆を見せられた気がした。
「付き合いが長いだけだ。その他の者は会って日も浅い」
「そうですか。そういえば、カツシロウ様もカンベエ様をひどくお慕いしておられましたよ」
とは先程顔を見合わせたこともあってか、カツシロウはに対して気さくに話しかけてきてくれた。
年若い剣士を思い出し、カンベエは苦笑する。
「あぁ。どうやらわしを剣の師と思っているようだ。門弟をとる気はないのだがな」
「あら。カンベエ様にその気がなくとも、お酌に行きましたときも、ずっと先生は先生はと言っておられましたよ」
先生のあれが素晴らしい、これに感服したと、ずっと褒め称えていたカツシロウ。
それらはの初めて知るカンベエの一側面でもあった。
輝く目での知らないカンベエを語るカツシロウが、本当に羨ましいと思った。
「そうそう。まさかカンベエ様が女性と旅をされているとは思いませんでした」
「・・・・・」
微笑まんばかりの声で告げる様が、かえって空恐ろしい。
「キララ様、でしたよね。気高く、美しい方でございますね」
「・・・水分りの巫女殿であられるからな」
「何でも虹雅渓の最下層にまで落ちそうになったところを、身を挺して守られたとか」
これもカツシロウから聞いた話だ。
カンベエに関することはほとんど人づてに聞いたこと。
その話は興味深く、知りたいことはたくさんあったけれど。
その話の中には。
どこにもはいないのだ。
カンベエと自分を繋ぐものが、あまりにも薄くて細い。
一緒に旅することができない自分が歯がゆくて、悲しくて。
彼にかかわる人たちに、妬くことしかできない。
「それからヘイハチ様には」
「」
カンベエの鋭い声が話を途中で遮った。
いつもの低さをひとつ下回る声。
初めて聞く声はお世辞にも穏やかとは言えず、は顔を上げられないでいた。
「いい加減にせぬか。何なのだ、一体」
強い口調で諌められる。
は頭が冷えていくのがわかった。
だがそれとは裏腹に、胸の奥はどんどん熱くなっていった。
「お気になさらず。ただの・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・やきもち・・・ですから」
自分で口に出して言ってみて、悲しくなった。
恥ずかしくなった。
嫉妬は醜い。
でも。
それでも。
妬かずにはいられなかった。
いつもカンベエの近くにいる人に、妬かずにはいられなかった。
カンベエの過去を知るシチロージが。
先生と慕うカツシロウが。
同じ女として側にいて守られるキララやコマチが。
共に旅できるゴロベエが、ヘイハチが、キクチヨが。
ただただ羨ましかった。
自分にはできないことができる彼ら。
にできることは。
こうして拗ねて、カンベエが気をかけてくれるのを待つことだけ。
カンベエの気を引いていたかった。
彼の目に留まっていたかった。
いまだ俯いたままのに、カンベエはふと溜め息を吐いた。
「久しく会えたのに、その態度はないのではないか」
カンベエの声に僅かに失望が混じっていた。
そのことがの心を軋ませる。
彼に失望されたという悲しみと。
想いが届かない哀しみと。
ない交ぜになって、感情が溢れ出す。
無意識に顔はカンベエを見つめ、口が動いていた。
「妬いたら、いけませんか!?・・・どうせ」
大粒の涙が、はらはらと頬を伝う。
畳に染みを作っていった。
泣きたくなどないのに。
「どうせ私は子供です!あなたに触れる人全てが羨ましくて、仕方がないっ」
溢れ出した感情は止まらず、身勝手な我侭が口をついて出てしまった。
自分で言ってしまったことに、は顔を悲しみに歪ませる。
慌てて口を押さえて顔を背けても、零れる涙と冷たい沈黙が逃げることを許さない。
折角会えたのに、自分の我侭であの人との距離が遠くなってしまった。
いつまでたっても子供な自分が嫌でたまらない。
だから置いていかれるのだろうか。
の感情が負へと走る。
「」
聞こえてきた声は、さっきとは違う。
とても穏やかなものだった。
呼ばれて反射的に顔を向けてしまった。
「それが本音か、お主の」
目が合って、優しく微笑まれる。
醜い感情を口走ってしまったのに。
変わらない笑顔。
たったそれだけ。
それだけで嬉しい。
突き放されたと思ったのに、また目を向けられただけで心が跳ねる。
そう思ってしまうなんて。
もう自分はどうしようもないくらい、この人を好いているのだ。
「。こちらへ」
本心ではすぐにでも近づいていきたかったけれど。
子供が持つようななけなしのプライドが邪魔をして、すんなり近寄ることはできなかった。
渋るの顔を、カンベエは根気強く見つめ続けた。
しばらくしては観念したのか、畳に指をつき、滑るように移動してきた。
カンベエの横にすっと座り直す。
自分は、弱くて、愚かだ。
近づけたことが嬉しい。
近づくことを許されたことが嬉しい。
拗ねた猫のような感情。
「あぁ。そこではない」
ふとそう言われての顔に疑問符が浮かぶ。
ここへ来いと言われたのに、そこではないと言われる。
不思議がるに、カンベエはふっと微笑んだ。
どっかりと胡坐をかいた自分の足を、彼は二度叩いた。
「来なさい」
彼が指し示す場所は。
とても魅力的な場所ではあるけれど。
は幾ら大人になりきれないとはいえ、そこに座れるような年でもない。
子供扱いされたと思い、は僅かに顔をそらした。
「私は・・・もう子供ではありません」
また拗ねてしまった猫に、カンベエは困ったように顎をさする。
「そうか。コマチなどは喜んで寄ってくるのだがな」
コマチというのは、あの一番小さな子だろう。
自分はカンベエにはあの子と同じに見えるのだろうか。
それよりも、カンベエはそんなに頻繁にあの子を膝に座らせているのか。
そう思うと、あんな小さな少女にまで妬いてしまう。
逡巡するはカンベエを見ていない。
カンベエはやれやれとその細い手を引いた。
が抗議の声を発する頃には。
ぽすんと彼の足の上に横抱きに乗っかり、その腕の中に納められてしまっていた。
ぐいと頭を引き寄せられ、胸に頬を寄せる。
抵抗する暇も与えない彼に、はついと顔を上に向けた。
僅か数センチのところで目が合う。
近い。
近すぎる。
これは嬉しいというより。
かえって落ち着かない。
目を合わせるよりはましと、はカンベエの胸に顔を押し付けた。
白い装束の胸元をぎゅっと握り締める。
カンベエの左手が、優しい手付きでの頭を撫でる。
カンベエの右手が、緩やかなリズムでの背を叩く。
彼の顎が頭に乗り、より近くにカンベエを感じた。
すんっと一つ、自分に下で鼻を啜る音がした。
カンベエは一度自分の胸からを放した。
そっと顔を覗き込めば、はそっと顔をそらした。
「・・・見ないで下さい」
泣いて崩れた顔を見られたくないのだろう。
長い髪の間から垣間見えた耳は赤く色づいていた。
カンベエは苦笑し、親指での目尻を拭った。
白い手袋に涙が沁み込み、カンベエの心を揺らす。
「わしは、お主を泣かせてばかりだな」
そう言って、もう一度を胸の中に導いた。
カンベエは、どうしようもないくらい大人だった。
は、どんなに背伸びをしても子供を抜けられなかった。
カンベエの大きさが、の心を包んだ。
の穢れない想いが、カンベエの心を癒した。
カンベエだから、を包めた。
だから、カンベエを癒せた。
他の誰にもそれは替えられないことを、二人は知らなかった。
「カンベエ様」
「ん?」
カンベエの胸に顔を埋めたまま、は囁く。
顔を見ないでいられるから素直に言えた。
目を合わせて真意を告げられるほど、は大人ではなかった。
「我侭を言って・・・ごめんなさい」
「さて、な。・・・何のことであったかな」
カンベエはを抱く腕に力を込める。
素直に言葉を言えるの幼さが、どうしようもなく愛しかった。
は安堵し、そっと目を閉じた。
髪を撫でられる感触が心地よかった。
背を叩いてあやす律動に身を預けた。
不意に、頭を撫でていた感触が消えた。
額にかかる前髪がよけられるのを感じて、薄っすらと目を開けた。
柔らかな感触が額に落ちる。
少しかさついた唇に、額にかかる熱い息。
の頬が俄かに染まる。
「カンベエさ」
「しぃ」
の唇に指を添える。
驚きと恥ずかしさを浮かべてカンベエを見つめてくる。
その左の瞼に口付け、次いでゆっくりと右にも落とした。
僅かに口内に広がる、塩辛さ。
恍惚とするの頬に手を添え、上を向かせた。
しばしの間、見詰め合う。
カンベエが口元を緩ませたのを見て、も柔らかに微笑んだ。
が胸の装束を引く。
それはカンベエを受け入れるという合図。
それに答えるように、ゆっくりと顔を近づけた。
「カンベエ殿はいずこか〜。お湯が冷めてしまいますぞ〜」
障子に映し出されるは、ふらふらと歩む米侍の影。
ゆらゆらと揺れる、刀にぶら下がったてるてる坊主。
ほろ酔い気分でカンベエを呼びながら、影は部屋の前をゆっくりと通りすぎていく。
声は次第に遠のいていく。
が、また近づいてきたり、遠のいたりを繰り返す。
「ややや。ここは先程通りましたな。カンベエ殿〜。いずこにおわしますか〜?」
そんな声がしてしばらくして、やっと声は遠くに行った。
再び訪れる沈黙。
二人は、突如として聞こえてきたヘイハチの声にそのままの体勢で動けずにいた。
近すぎる二人の距離。
互いの唇に息が掛かる程の距離。
数センチどころか、唇を動かせばそのまま触れ合ってしまいそうな程近いカンベエの顔に、の心の蔵は爆発寸前だった。
ヘイハチによって吹き飛ばされた先程の甘い雰囲気。
を見る限り、取り戻すには少々時間が掛かりそう。
カンベエはゆっくりと身を引き、固まったの赤い頬をぺちりと叩いてやった。
それで覚醒したは、より一層顔を赤らめてカンベエの胸に顔を押し付けた。
その姿に含み笑いを漏らし、あやすように肩を叩いてやった。
「なかなか・・・上手くいかぬものだ」
謀られたような旅仲間の横槍。
二度目のお預けに、カンベエは苦笑し溜め息を漏らす。
の頭を優しく抱いて、ぽんぽんと二度叩いた。
つ ぶ や き
なんでこんなに邪魔が入るんだろうというお話。
やっぱりユキノさんにはシチさんだなぁというお話。
おっさまがコマチの子守をしていたらいいなぁというお話。
でもシチュエーション的に好きなので、裏に続きを書いてみようと思います。
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