ドリーム小説
キュウゾウが見つけた小奇麗な茶屋。
外席の椅子には赤い布が敷かれており、見目もいい。
周りに客のいない席を見つけては座り、キュウゾウも刀を外してその横に腰掛けた。
客が入ったのを見て、好々爺がすぐに茶を運んできた。
キュウゾウが茶をすする横で、は御品書きを眺め。
「これを。お願いいたします」
は甘味に羊羹を頼んだ。
降 る !
しばらくしてやってきた羊羹を、は小さく切って食べ始めた。
一口食べては幸せそうな笑顔を浮かべるを、キュウゾウは横目で見つめる。
楊枝で一口分の大きさに切り分け、ぷすりと刺しては手を添えて口に運んでいく。
綺麗な食べ方をする、とキュウゾウは思った。
アヤマロの護衛で何度か茶の湯の席に立ったことがある。
のそれは、まさに作法の例であった。
「おいしい」
「そんなに旨いか」
「はい。私、甘いものが好物なもので」
満足そうに笑うを見ていると、幸せそうに米をかっ込むヘイハチが思い出される。
そんなことを考えつつキュウゾウは茶をすすっていた。
ふと、目の前に楊枝に刺さった羊羹を差し出される。
「キュウゾウ様もお一ついかがですか?」
おいしいものを分かち合いたい子供のような目ではキュウゾウを見る。
だが、キュウゾウは片手を挙げてそれを制した。
「遠慮する」
「甘味はお嫌いですか?」
は首をかしげる。
そんな姿を可愛いと思いながら、キュウゾウは「否」と答えた。
「お主が食ってやった方が、それが喜ぶ」
それ―――羊羹にキュウゾウは目だけを向ける。
キュウゾウの言葉に、はしばらく目を瞬かせていた。
何かおかしなことを言ったかとキュウゾウはを見下ろしていると。
俄かにの顔に笑みが広がった。
「・・なんだ」
「あ、ごめんなさい」
キュウゾウが眉根を寄せていぶかしんでも、はいまだ笑ったままだ。
キュウゾウの目がその笑いの意味を問うているのがわかり、は笑いを収めた。
「いえ。その・・・以前にカンベエ様も同じことを言っていらしたのを思い出して」
あの時は確か、が金平糖を勧めたときだったと思い出す。
同じような状況で、同じようなことを言われるとは。
やはりカンベエとキュウゾウはどこか似ている、とは再度思うのだった。
カンベエの顔がよぎったのか、の笑みに僅かに艶が混じる。
その変化をキュウゾウが見逃すはずもなく。
不意に出た宿敵の名と、カンベエとの稀有な繋がりを聞かされ、キュウゾウは不服そうに眉を歪める。
自分が先ではないのか。
カンベエの後というのが何とも悔しい。
宿敵と同じ扱いを受けるのが、キュウゾウは何とも言えず不快だった。
は朗らかに笑うが、それは己とカンベエの姿が重なったため。
それが何とも悔しい。
そんなキュウゾウの気持ちなど知らず、は嬉々として最後の羊羹を切り分けていた。
三つに切り分け、一つ二つと口に運んでいく。
最後の一切れ。
中心に楊枝を刺し、は大事そうに口元へ持っていく。
一気に食べてしまうのは勿体ないと、端を口にくわえて名残惜しげに楊枝を抜き取った。
その直後のことだった。
ぱくり
「んっ!?」
「・・・・」
視界に赤と金色が入ってきたと思うや。
がくわえていた反対側半分に、光の如き速さでキュウゾウが食らいついてきた。
赤い三白眼と至近距離で眼が合う。
鼻頭が僅かに触れ合った。
足の両脇に手をつかれ、は身動きが取れない。
呆然とするを傍目に、キュウゾウは何食わぬ顔で離れていく。
自分の席に戻り、もぐもぐと羊羹を租借し始めた。
「・・・・・」
口の中に僅かに残った羊羹を味わうのも忘れ、はごくりと飲み込んでしまった。
キュウゾウに最後の羊羹を半分以上持っていかれてしまった。
楽しみにしていたのに。
などと考える余裕はの頭にはなかった。
今、の頭の中を駆け巡るのは。
「・・・っ!?」
唇ごとキュウゾウに食べられてしまったこと。
食らいつくとはまさにこのことだ。
の唇を覆うように、キュウゾウの唇が重ねられたのだから。
さっきまで乾いていたはずの唇が、今は確かに濡れていた。
キュウゾウの唇の柔らかさや暖かさがいまだ残る己の唇をは手で覆い隠す。
顔に熱が集まってくる。
そんな戸惑うを横目に、キュウゾウは飄々とした態度で茶を飲み干していた。
とん、と空の椀を置く。
「馳走になった」
いろいろな意を込めて言い放ち、に横目でにやりと笑いかける。
の頬も耳も真っ赤に染まり上がった。
「キュウゾウ様・・な、何をなさいますっ!」
は赤い顔で抗議するも、キュウゾウはしれっとした顔で目を背けた。
飄々と言葉を返す。
「他意はない。したかったからしたまで」
「・・・・」
「食い終えたのならば参る」
言うが早いかキュウゾウは立ち上がり、刀を背に担いだ。
も渋々立ち上がり、キュウゾウの背を追おうとして。
慌てて懐から甘味代を出し、小銭を席に置いた。
「御馳走様でした。御代はこちらに!」
それから慌ててキュウゾウを追った。
自由奔放で気ままで本能で動く。
キュウゾウはまるで猫のようだとは思った。
己のやりたいように振る舞い、を振り回す。
同じ振り回すでも、カンベエとはどこか違う。
キュウゾウは自分を振り回して困らせてばかりだ。
自分はからかわれているのだろうか。
そんなことをキュウゾウの赤い背を見つめながら考えていたときだ。
ごろごろ、と。
大岩を転がしたような音が空から聞こえてきた。
思わず、もキュウゾウも灰色の空を見上げる。
道沿いに並ぶ店の者たちの動きが慌てだした。
「おっと、これは来そうだな」
「だな。今日はもう終うか」
男たちが店仕舞いを始めだす。
街中の人々の足も速まっていく。
は空からキュウゾウへと視線を向けた。
「キュウゾウ様」
「夕立か」
キュウゾウがぽつりともらしたときだ。
視界の中に一瞬、一筋の閃光が走った。
経験したことのある光に、思わず本能が働く。
は反射的に両耳をぐっと塞いだ。
「っ!!」
硝子を叩きつけたような雷鳴が轟き渡った。
手で塞いだ意味などなく、轟音が鼓膜を揺する。
無意識に目を瞑っていたは、不意に頬に落ちてきた雫に目を開けた。
結構な速さで地面に水玉模様ができていく。
身をすくめるの肩にキュウゾウは手をかけた。
「すぐに本降りになる。急ぐぞ」
「はいっ」
二人は虹雅渓の街を下るべく、その場を駆け出した。
キュウゾウが先を行き、その後をが追う。
キュウゾウの言ったとおり、雨は数分で激しさを増した。
人々が軒下で雨宿りをする中、キュウゾウとはぬかるんだ地を駆け抜けた。
急がなければ、里と街を隔てる大門が閉じてしまう。
そうなれば、もう明日の朝まで門が開くことはない。
雨の中でも身軽に走るキュウゾウに追いつこうと、は必死に走った。
だが、水を吸った着物は重く、肌に張り付いて走りにくい。
に合わせて速さを落としていたキュウゾウは、の姿を確認するべく後ろを振り返った。
まさにそのとき、着物に足をとられ、前のめりに倒れこんだが目に入った。
キュウゾウは急停止し、の前へとしゃがみ込む。
「いたた・・・」
「平気かっ?」
「はい、大丈夫です」
恥ずかしそうに苦笑しながらも、は立ち上がろうと膝を立てた。
「・・・っ」
「どうした?」
「い、いえ・・・・・あっ!」
不意に笑みの消えたに、キュウゾウは問いかける。
それには再び苦笑を向けていたが、その目が突然に驚き見開かれた。
「なんだ」
「・・・門が」
の言葉に、キュウゾウは立ち上がり、の視線の先を追う。
二人がいる場所は、ちょうど街から里へ降りる長い石段の入り口。
遥か下には、癒しの里が見えている。
街と里とを隔てる大きな門が。
ゆっくりと閉じていくのが見えた。
「・・・」
「・・・」
豪雨に打たれながら、遠くで門が閉じきった音がするのを二人は聞いていた。
キュウゾウは何を言うでもなく、小さなため息を漏らす。
閉じてしまったものは仕方がない。
いつまでも雨に打たれているわけにもいかない。
キュウゾウは癒しの里に背を向けた。
振り返れば、はいまだ地に座ったままでいる。
キュウゾウはの前に再びしゃがみ込んだ。
「汚れる」
「・・・ごめんなさい」
「なんだ」
「ごめんなさい。私がもたついていたために・・・」
キュウゾウ一人なら、楽々と行けたであろうに。
は自責の念に俯く。
だがやおら、体がふわりと地から離れ、は顔を上げた。
背と膝裏に大きな手の感触。
キュウゾウは、いつまでも立とうとしないの体を軽々と持ち上げた。
「あ、あの・・っ?!」
「これ以上ここにいても仕方がない」
淡々と告げて、キュウゾウは街へと戻るべく足を進める。
ただだけが慌てていた。
「私なら大丈夫です、歩けます。お、降ろして下さいっ」
「断る」
「ですがキュウゾウ様の負担に」
「ならぬ。お主は軽過ぎる」
「キュウゾウ様・・」
「足」
不意に告げられた単語に、は言葉を切る。
キュウゾウは、やはりと目を細めた。
「挫いたな」
「・・・お分かりでしたか」
じろりと向けられた赤い細目が、「当然」と言っていた。
は黙り、苦笑する。
先程転んだときに足を捻ってしまった。
立ち上がろうと力を入れただけで、鈍い痛みが走る。
キュウゾウはの僅かな動作にそれを感じ取っていた。
「大人しくしていろ」
「・・・はい。キュウゾウ様」
「・・・」
「ありがとう御座います」
気付いてくれたこと。
運んでくれること。
様々な意を込め、は礼を言った。
雨の勢いがどんどん増していく。
一晩、雨をしのげる場を探さねばならない。
キュウゾウはを抱えながらも、先程以上の速さで走った。
遠ざかっていく癒しの里。
最早見えなくなってしまった里には、薄っすらと雨霧がかかっている。
ぼやけた霞の向こうで、数多の灯りがちかちかと瞬いていた。
つ ぶ や き
完璧キュウゾウ夢になってますね。
シリーズを知らない方が読まれたら、「カンベエ夢です」と言っても通じませんね。
カンベエ夢です!(でも言ってみる)
さて、遂にキュウゾウにもを姫抱っこするチャンスが訪れました。
徐々に親密度(という名の密着度)が高くなっていきますね。
戻る!
SEO
掲示板
[PR]
爆速!無料ブログ
無料ホームページ開設
無料ライブ放送