ドリーム小説
ユキノに使いを頼まれていたのをすっかり忘れていた。
昼時から夕方にかけての中途半端な時間にそれを思い出し、は慌てて前掛けを外した。
早くしなければ、虹雅渓と癒しの里を隔てる門の閉門時間までに帰って来られなくなってしまう。
はぱたぱたと軽い足音を立てて、カンベエの部屋に向かった。
『いい?ちゃん。街に行くときは、誰か護衛の方をお供に連れ立っていくんだよ』
常日頃、ユキノがに言っていることだ。
子供ではないのだから、とが苦笑してもユキノは譲らない。
だからはカンベエに御供を頼みに向かった。
だが、行き着いた先の部屋では、カンベエはシチロージと何やら真剣に軍議を醸していた。
声をかけるのも申し訳ない雰囲気に、はカンベエの部屋からそっと離れたのだった。
頼 む !
「何をしている」
カンベエの部屋から少し離れた廊下でうろつくことしばし。
不意に後ろから声をかけられ、は振り向いた。
「キュウゾウ様」
「こんなところで何をしている」
「いえ・・その」
問われ、はカンベエの部屋の方にちらりと目を向けた。
の視線の移動にキュウゾウは気付く。
「島田か」
「・・・はい」
「何をしている。呼べばいいであろう」
「いえ。お話し中のようですし」
そう言っては苦笑する。
ふと空を見上げれば、虹雅渓の空に灰色の雲が見えた。
雨が降ってきてしまうかも、との杞憂は増える。
その微小な表情の変化にもキュウゾウは気付く。
「何か用でもあるのか?」
「はい。街に使いを頼まれているのですが、女将さんに必ず護衛の方を連れ立つよう言われていて」
どうしよう、とは溜め息を吐く。
キュウゾウはの話を聞いて、大体の意図を掴んだ。
悩むに、キュウゾウは声をかける。
「俺ではだめか」
「え?」
キュウゾウの思わぬ申し出に、思わずはキュウゾウを見上げる。
キュウゾウの目が、どうなのだと言っていた。
の頭が悩み、回転する。
早く使いに行かねばならない。
護衛をカンベエ様に頼みたい。
でもお忙しそう。
邪魔したくない。
キュウゾウ様が自ら買って出てくれた。
いいのだろうか。
でも雨も降ってきそうだし、使いは今日までのものだし。
ぐるぐると思考をめぐらし、は「では」とようやく口を開いた。
「お言葉に甘えて。よろしくお願いいたします、キュウゾウ様」
「承知」
丁寧にお辞儀をして頼むに、キュウゾウは短く返す。
善は急げ。
二人はやや足早に蛍屋を後にした。
午後の虹雅渓は、相変わらずの賑わいを見せていた。
使い先の店の中にはだけが入り、キュウゾウは店の前に寄りかかってを待っていた。
腕を組んで目を閉じている。
虹雅渓など、以前住んでいたキュウゾウにとっては目を瞑っても歩ける街。
さして珍しいものもない。
が店の中に姿を消してから僅か数分後。
「お待たせいたしました、キュウゾウ様」
入ったばかりと思っていたが暖簾を退けて出てきた。
「用は済んだのか」
「はい。思っていましたよりもだいぶ早く片付きまして」
お役目を果たし、はほっと表情を緩ませる。
キュウゾウは寄りかかっていた体を起こし、帰路につこうとに背を向けた。
不意に。
ぐぅ・・・
「・・・・」
小さな音が聞こえ、キュウゾウはを振り返る。
そこには、耳を赤くして腹を押さえるがいた。
「聞こえました・・・?」
「腹が減ったのか」
キュウゾウの言葉に、「やっぱり聞こえましたか」とは恥ずかしそうに笑う。
そういえば、今日も連日以上に忙しくて、ろくに昼食を摂っていなかったと思い出す。
「何か買うか」
「いえ。お気になさらないで下さい。早く帰りま」
ぐぅぅぅ・・・
言ったそばから二度目の腹の虫が鳴った。
キュウゾウは手で口を覆い、にやけそうな笑みを隠す。
今度はの頬が赤くなった。
キュウゾウは視線をめぐらし、少し離れたところにある茶屋に目をつけた。
「寄っていくか」
「え?」
「茶屋がある」
キュウゾウがくいと顎で指し示した方角を見やる。
店の前に赤い長椅子を幾つも構えた、小奇麗な茶屋がの目に入る。
キュウゾウの気遣いに、だがは笑顔で手を振った。
「お気遣いありがとうございます。でも本当に大丈夫」
ぐぅぅ・・きゅぅ・・
「もぉっ!!」
は遂に首まで真っ赤にし、腹を両手で抱え込んだ。
キュウゾウもたまらず、小さく吹き出す。
赤い顔で俯いてしまったの頭に声をかけた。
「何か腹に入れた方がいい」
は最早何も言えず、「はい・・・」と力なく返事をするのだった。
二人の足は、蛍屋ではなく、急遽茶屋へと向かった。
その頃、蛍屋では。
シチロージとの軍議も終わり、廊下を歩くカンベエの姿があった。
いつもなら廊下をうろついていれば、せかせかと走り回るの姿を見るはずなのだが。
「いない、な」
の足音も声も聞こえない。
廊下の角を曲がったところで都合よくユキノと出くわした。
「女将。の姿が見えぬようだが」
「あぁ、はいはい。ちゃんでしたら、今日中のお使いを頼んでいましたので、恐らくは街に出かけたんだと思いますよ」
笑顔で説くユキノの言葉に、だがカンベエは疑問が浮かぶ。
確かは護衛なしに街へは行かぬようユキノに言われていたはず。
そして街に行くときはいつもカンベエに護衛を頼みに来ていたはず。
だがカンベエのところをは訪れていない。
カンベエは顎に手を添え、疑問をユキノに投げかけた。
「誰ぞに付き添っていったのか?」
「あら、そういえば。だんながここにいらっしゃるということは・・・」
ユキノも知らないらしく、二人は「はて?」と疑問符を撒き散らしていた。
がユキノの言いつけを破って一人で出歩くわけもない。
だが、を十分に守れるだけの者でなければ護衛の意味もない。
カンベエの頭の隅に、まさかの赤い衣がちらついた。
「女将殿。こちらにおいででしたか」
逡巡する二人の後ろから、相変わらずの笑みを浮かべてヘイハチが声をかけてきた。
のんびりとした足取りで近づくヘイハチに、ユキノは向き直る。
「おや、ヘイハチさん。何か御用ですか?」
「はいはい。実はさんから言伝を預かっておりまして」
「から?」
ヘイハチの言葉にカンベエが答え、二人は顔を見合わせてヘイハチの続きを待った。
ヘイハチはのんびりとした口調で告げる。
「はい。何でも、『お使いにはキュウゾウ様に護衛を頼みました。夕刻までには戻ります』とのことです」
それだけを告げ、ヘイハチは「では私はこれにて」とその場を去っていった。
突然の事態に、カンベエの眉根が寄る。
「キュウゾウが・・・?」
「おやまぁ、これはまた」
思いもよらずキュウゾウにを取られたカンベエに、ユキノは苦笑を向ける。
床を見たり、空を見上げたりと視線を動かしては「むぅ」と小さく唸るカンベエの姿に小さく笑い、ユキノもその場を後にした。
一人廊下に残り、カンベエは虹雅渓の街の空を見やる。
空には、灰色の雲が薄っすらと浮かんでいた。
まるでカンベエの心を移したような雲に、じわじわと不安が膨れていく。
「・・・何もなければよいがな」
カンベエの心配を促すように、蛍屋の中池にぽたりと一粒の雫が舞い落ちた。
つ ぶ や き
カンベエ夢・・・?いや、キュウゾウ夢だ、これじゃ。
さんお使い短編。続きます。
しかし過保護ですね、皆さん(笑)。さん、子供じゃありませんよ。
まぁ、それだけ大切にされているということで!
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