ドリーム小説
神無村へと旅立ったカンベエたちが、再び蛍屋に戻ってきた。
はカンベエとの再会を喜んだ。
そこでは新たな侍と面識を持った。
紅い侍の名は、キュウゾウといった。
「キュウゾウ様でいらっしゃいますか。に御座います。どうぞ御ゆるりとしていって下さい」
はいつものように笑顔でキュウゾウに挨拶をした。
キュウゾウは僅かに頭を下げ、挨拶の代わりとした。
寡黙で微少な言動で全てを済ます男の、いつもの行動に誰も文句を言わない。
またキュウゾウは「かたじけない」の一言で終わらせるのだろうと予想していた。
だが皆の予測は見事に外れる。
「あの・・キュウゾウ様?」
不意のの声に、皆がとキュウゾウに目を向ける。
二人の間には、ある程度の距離はあったはずだが。
いつの間にかキュウゾウはとの間合いを詰め、彼女の目の前に仁王立ちしていた。
は首をかしげる。
「キュウゾウ様・・あの、何か?」
「惚れた」
「え・・・えぇ?!」
何の脈絡もなく。
キュウゾウはどこかで聞いた事のある台詞を吐いて、突然を腕の中におさめたのだ。
キュウゾウの奇怪な行動に、は顔を赤くして慌てる。
周囲の人々も硬直して何も言えない中、カンベエはといえば。
「キュウゾウ・・・から離れよ」
静かな怒りに大気を震わせ、刀に手をかけていた。
乾いた金属音を立ててカンベエの指が鍔を弾く。
カンベエとキュウゾウを除く全員の背を冷たい汗が流れた、そんな夜だった。
奪 う !
カンベエとの久方の再会、キュウゾウとの稀有な出会いから数日。
ヘイハチとシチロージも遅れての合流を果たし、初めに交わされた会話はやはりキュウゾウのことだった。
まさかあの孤高の剣士が一人の女に―――しかも己の宿敵であるカンベエの女に一目惚れするとは。
奇怪な事態ではあったが、だが誰一人深刻に考える者はいなかった。
「いやいや、これは面白いことになりましたねぇ」
「まさかキュウゾウ殿が。これは手ごわい恋敵の登場でげすな、カンベエ様」
ヘイハチもシチロージも、むしろこの状況を楽しんでいた。
面白半分の笑顔に晒され、カンベエは深く重い溜め息を吐く。
「お主等・・・人事だと思って」
「まぁまぁ、カンベエ様。キュウゾウ殿ならば相手に不足なし。戦い甲斐があってよろしいじゃ御座いませんか」
「シチロージ・・・お主、楽しんでおらぬか?」
カンベエが苦い顔を向ければ、シチロージは額をぺしりと叩き、「ばれました?」と笑う。
実際、シチロージは、ここ数日のカンベエの苦労を知らなかった。
あの再会の夜、キュウゾウは皆によって「はカンベエの女である」ことを説かれた。
キュウゾウは黙ったまま眉間に皺を寄せて聞いていたが、人伝の説明では納得がいかず、不意にに。
「誠か?」
と問うた。
は顔を赤くして俯きながらもきちんと頷いた。
「はい・・・左様に御座います」
本人の口から答が出たのだから、これでキュウゾウも納得するであろうと誰もが思った。
だがそれは誰一人キュウゾウを理解していないということの再確認にしかならなかった。
キュウゾウは平然とした顔でぽつりと呟いた。
「そうか。ならば、奪うまで」
決して冗談を言っている声ではなかった。
抑揚のない声で呟き、不敵に笑うキュウゾウに。
カンベエ含む、その場にいた全員の顔が凍りついたことは言うまでもない。
あの日以来、カンベエはとキュウゾウから目を離せないでいた。
カンベエは、いつもの如く仕事をするを目で追っていた。
笑顔で蛍屋を走りまわるの姿に、はじめは癒されていた。
だが、そこに何時しか紅い侍が入り混じるようになったのだ。
キュウゾウは頻繁にの前に現れた。
仕事の合間に小休止するの前に現れては、側に寄り添っていたり。
積み重なったお膳をひょいと奪って運んだり。
に絡む酔っ払いを無言の眼光で睨みつけて追い払ったり。
カンベエがに近づく隙を与えぬほど頻繁に、キュウゾウはの前に姿を現した。
「なんと申しますか・・・猫の親子のようにも見えますな」
「・・・うむ」
とキュウゾウを見ていたシチロージが、呆れた笑いで告げる。
カンベエも同じことを思っていた。
猫の親子のようなら、まだいい。
だがカンベエは安穏としていられなかった。
いつがキュウゾウの牙に掛かるかわからない。
真正面からキュウゾウの告白を受けただが、根が純粋である故、キュウゾウを邪魔者と考えていない。
少し個性的だが、自分に対して友好的なお侍様ぐらいにしかキュウゾウのことを思っていないのだからカンベエの心配は募るばかりだった。
その日の夜もカンベエたちはいつもの如く、座敷で夕餉を取っていた。
給仕するは席を見回し、ふと気付く。
紅い衣を纏った侍―――キュウゾウの姿が見当たらない。
「カンベエ様。キュウゾウ様はどちらに?」
に問われ、カンベエは椀を持ったまま苦笑する。
「うむ。あれはどうも群れることを好まぬ奴でな。恐らくは外にいる」
「では、お食事は」
「さて、な。わしらの知らぬところで摂っているのやもしれん」
キュウゾウの行動に関して把握している者はほとんどいない。
神無村でも、キュウゾウが落ち着いて食事をしている姿などほとんど見たことがなかった。
カンベエの言葉を聞き、は「では」と腰を上げる。
「では、何か見繕って届けて参ります」
「キュウゾウに、か?」
「はい」
その場を去ろうとするを、カンベエはやおら呼び止めた。
は笑顔でカンベエを振り向く。
カンベエは椀と箸もそのままにしばらく何か考え込んでいたが。
「」
「はい」
「十分に気をつけよ」
「はい?」
真剣な顔でカンベエはに告げた。
はカンベエの言葉の意味がわからず、首をかしげる。
できればをキュウゾウに近づかせたくはなかった。
だがそこまでの行動を抑制するのは野暮というもの。
「その、な。できるだけ早く戻ってこい」
「はい。承知いたしました」
はカンベエに笑みを向け、座敷を後にした。
は厨房を借り、食べやすい握り飯を三つほどと熱い茶を淹れ、それらを盆に載せて外へと足を向けた。
蛍屋の暖簾をくぐり出て少し歩いたところに、薄暗闇に掛かる朱塗りの橋がある。
が探す紅い侍は、橋の中ほどに寄りかかって腕を組んでいた。
「キュウゾウ様」
声をかけると、キュウゾウは伏せていた顔をへと向けてきた。
軽い足音を立てて自分に近づく女を目線だけで追う。
キュウゾウは当然の如く、の気配に気付いていた。
だがあえて気付かぬ振りをしていたのは、に呼ばれるのを待っていた故。
「こちらにおいでで御座いましたか」
薄暗闇に、が笑みを浮かべているのが見える。
初めて会ったときにも自分に向けてきたその笑顔に、キュウゾウは僅かに気が緩む。
「簡単なものですが、夕餉をお持ちいたしました。いかがですか?」
そう言っては盆の上の握り飯と湯気の立つ茶を差し出した。
キュウゾウは橋から身を起こし、と盆とを交互に見やる。
「かたじけない」
「どうぞ。冷めぬうちに召し上がって下さい」
に促され、キュウゾウは握り飯に手を伸ばした。
口に運ぼうとして、だが寸でのところで止める。
どうかしたのだろうかとがいぶかしんでいると、キュウゾウは橋の端に片膝を立てて座り込んだ。
それからようやく握り飯を口に運んだ。
変なところで行儀がいい、と。
は思わず笑みを漏らす。
キュウゾウの横に盆を置き、もまた腰を下ろした。
キュウゾウは米を嚥下し、横目でを見やる。
「服が汚れる」
キュウゾウはぽつりと呟く。
自分に付き合って制服を汚す必要はない、と暗に含んでいる。
「構いません。今日の仕事は全て終わりましたから」
が笑顔で告げれば、キュウゾウは納得したように二つ目の握り飯に手を伸ばした。
出された握り飯も副食も全て平らげ、キュウゾウは差し出された茶も飲み干した。
「馳走になった」
「お粗末様に御座いました。足りられました?」
「十分」
ことん、とキュウゾウは茶碗を盆に戻す。
は笑顔でそれを受け取る。
腹が膨れて満足したのか、キュウゾウは刀を抱いたまま目を閉じていた。
「あ」
不意に声を漏らしたに、キュウゾウは片眼を開ける。
を見やれば、顔をほころばせて笑っていた。
の笑い顔は可愛いが、何を笑っているのか気になる。
「・・・何だ」
「キュウゾウ様。こちらに」
問えば、は自分の口の右端を指差す。
の動きを見ていたキュウゾウは、無意識に自身の口端に指を滑らせた。
だが何もない。
何なのだ、とキュウゾウが眉間に皺を寄せていると。
「こちらです」
は笑いながら、キュウゾウの顔へと手を伸ばしてきた。
俄かに驚くキュウゾウをさておき、は指で何かを掬う。
「はい。取れました」
笑顔で告げるの細い指には、白い米が一粒ついていた。
そういうことか、とキュウゾウは納得する。
「・・・すまぬ」
「いえいえ」
お気になさらず、とは笑む。
キュウゾウはの指をじっと見ていたが。
不意に、キュウゾウはの手首を掴んだ。
何事かと不思議に思うを傍目に、キュウゾウは今しがた掬われた米粒をぱくりと。
の指ごと口に含んだ。
の顔が俄かに赤くなる。
「あのっ・・キュウゾウ様」
「勿体無い」
名残惜しげにの指を放し、キュウゾウは飄々と言ってのける。
また真正面を向いてしまったキュウゾウの横顔を、は赤い顔で見つめた。
キュウゾウと知り合ってまだ数日だが。
キュウゾウの行動は予測不可能で、を振り回すことが多かった。
自分よりずっと年上であろうに、子供のような行動をとる。
だがそれは、決して不快なものではなかった。
どこかカンベエと似たところのある侍に、は一緒にいて楽しいと思うことの方が多かった。
じっとその横顔を見ていたら、やおらキュウゾウが首をめぐらせた。
キュウゾウはを真っ直ぐに見つめ、低い声で呟く。
「戻らなくていいのか」
「え?」
「・・・島田のところに」
キュウゾウの口調はどこか拗ねていた。
まるで我侭な子供のような、とは思わず顔をほころばせる。
「そうですね。もう少ししましたら戻ります」
は橋の上を飛び交う数匹の蛍を見つめた。
ふらふらとどこか危うげな飛び方を、優しげな眼で追う。
キュウゾウは横目でそんなの横顔を見つめた。
綺麗な顔だ、とキュウゾウは思った。
それは先日、初めてを見たときにも思ったこと。
その笑みで迎えられるカンベエが羨ましい、と。
認めたくはなかったが、キュウゾウはカンベエに嫉妬していた。
もう一つ。
キュウゾウが綺麗だと思ったのは、の目だ。
全てを包み癒すような、優しい目。
屈強な男ですら怯ませるキュウゾウの眼光にあてられても、は怖がることなくその目でいなす。
カンベエは望むままに、のこの目に見つめられているのか、と。
悔しいながら、また一つカンベエに嫉妬する。
「怖くはないのか」
「はい?」
「俺の側に居て、怖くはないのか」
突然の脈絡のない問いかけに、はキュウゾウに目を向ける。
はキュウゾウの横顔を見つめ、ふっと笑みを浮かべた。
「いいえ。怖くなどありません」
「・・・そうか」
そう言われては、頷くしかない。
だが果たして、それはの真の言葉であろうか。
キュウゾウは、カンベエの宿敵である。
カンベエの仕事が終われば、二人は再び剣を交えることになる。
侍同士の戦いにおいて、負けた者がどうなるか。
は全て知っているはずだ。
想い人の敵を前に、は何故笑っていられるのか。
「俺が、お主の男を斬る者だとしてもか」
キュウゾウの言葉が、静かな橋上に響く。
その言葉に逃げるように、飛んでいた蛍たちは姿を消してしまった。
静寂に包まれる中、キュウゾウは緩慢な動作でに顔を向けた。
は笑うでも怒るでもなく、ただただキュウゾウを見つめ返している。
「俺は、島田カンベエを斬る」
そうなれば、キュウゾウはの怨敵となる。
キュウゾウはじっとを見つめる。
しばらくして、二人の間を一匹の蛍が通り過ぎていった。
はキュウゾウから視線をそらさず、ゆっくりと形の良い唇の端を上げた。
予想外の笑顔はキュウゾウを十分に驚かせる。
「それが、御二方が交わされた約束なら、私が口を挟む権利などありません」
キュウゾウはの瞳を見つめ。
その奥にある何かを見た気がした。
侍という生き物を深く理解し、侍として生きる想い人を受け入れる心を。
「奴が死しても構わぬか」
「それはちょっと・・・。カンベエ様が死されることなど、考えたこともありませんが」
キュウゾウの皮肉にも、は無邪気な笑みを浮かべる。
の言葉には、想い人の力量を心底信頼する心が感じ取れた。
羨ましい限りだ、とキュウゾウは唇の片端を僅かに上げて笑う。
「ならばよい機会だ。奴が負けた時のことを考えておけ」
「カンベエ様が負けたら・・・ですか」
侍同士の戦いにおいて、負けは死を意味する。
予想もしたくない未来を突きつけられ、は虚空を見上げて唸る。
そんなの横顔をキュウゾウは見つめた。
初めて見たときから、美しい女だとは思っていた。
だが今、改めてその横顔を見つめ、キュウゾウは感じる。
を美しいと思うのは、容姿のみではない。
眼で視えないものを感じ取れるキュウゾウだからこそわかる。
真に美しいのは、目に見える姿以上に。
がその身に纏う雰囲気。
どんな答が来るかと待つキュウゾウの耳に届いた言葉は、とても予想のつかぬもの。
「ではカンベエ様が敗れました際は、私がキュウゾウ様に挑みます」
その言葉に、思わずキュウゾウの動きがとまる。
キュウゾウは眉間に皺を寄せる。
「・・・気は確かか」
「はい」
「俺に勝てるとでも」
「そんなまさか。逆立ちしても無理に御座います」
あっさりと敗北を認める。
キュウゾウは、その言葉の意味が知りたかった。
の笑みが闇夜に光って見える。
「戯言ですが・・・カンベエ様を散らしたのと同じ刀で屠られるのであれば、死しても同じ所に行けると思っただけです」
そう言って、は自嘲気味に笑う。
だがその気高い瞳は、確かに紅い眼を射抜いていた。
キュウゾウの背を、覚えのある感覚が走りぬける。
耳の奥に鳴り響く、懐かしい金属音。
首筋に残る、消えない刀傷がきぃと悲鳴をあげる。
島田カンベエと初めて一刀を交えたとき体を駆け抜けたのと同種の痺れ。
真の侍だけが纏う、気高き気迫。
それをキュウゾウは、目の前の細腕の女から感じた。
今なら、カンベエの心がよくわかる。
という女に惚れた島田カンベエの心が。
カンベエ同様にに惹かれた、己の心が。
何も言わぬキュウゾウに、は不思議そうに首をかしげる。
キュウゾウは、口元に浮かべていた笑みを更に強くする。
「キュウゾウ様?」
「欲しい」
「え?」
そう呟くや、キュウゾウはの身を引き寄せ、自分の胸の中におさめた。
強く抱きしめられ、の体が瞬時に強張る。
「キ、キュウゾウ様・・・?」
キュウゾウに強く抱かれ、は頬を紅い装束に押し付ける形になる。
は赤い装束の胸元を押し返そうとするが、キュウゾウは一向に力を弱めない。
キュウゾウの突然の変化には戸惑う。
だが決してキュウゾウに嫌悪の情はわかなかった。
キュウゾウの行為には、悪酔いした客が纏うような邪念がない。
今のキュウゾウは、欲しかった玩具を手に入れて放さない子供のよう。
「・・・・・」
「え・・?」
突然名を呼ばれ、は思わず声を漏らす。
初めてキュウゾウがの名を呼んだ。
あんなに強く抱きしめていた腕を緩め、キュウゾウはの顎を持ち上げた。
顔を近づけ、キュウゾウは唇を奪おうとする。
は慌ててキュウゾウの胸を押した。
だが腕力で敵うはずなどなく。
「キュウゾウ様っ」
紅い目と視線が絡み、は時を止められたように動きをとめた。
キュウゾウの目は、己の欲望を果たそうとする子供のそれ。
邪念のない瞳に見つめられ、は思わず抵抗を忘れる。
だがキュウゾウを受け入れるわけにはいかなかった。
戸惑い、どうしていいかわからず。
は心の中で、想い人の名を呼んだ。
不意にの肩に後ろから手がかかった。
は半ば無理矢理、キュウゾウから剥がされる。
強い力で後ろに引かれ、倒れてしまうと思った瞬間。
「平気か、」
誰かに背中を抱きとめられた。
背後にいるのが誰であるか。
確認せずともには推して知れた。
「カンベエ様・・」
名を呼び振り向けば、予想通りの想い人が心配そうな顔でを見つめていた。
カンベエはを引き寄せ、キュウゾウがしたように自分の胸の中にかくまった。
カンベエは真正面に腰を据える紅い侍に視線を送る。
「何のつもりだ、キュウゾウ」
怒りとも呆れとも取れる溜め息を吐いて問えば、キュウゾウは悪戯を企てる子供のように唇を吊り上げて笑う。
「お主ばかりずるい」
「なに?」
「半分譲れ」
発せられた言葉もまた、我侭な子供のそれだった。
どう答えていいかわからず、カンベエは思わず低く唸る。
「そう言われても、な。これはわしの女ゆえ」
飄々と告げるカンベエに、腕の中のの耳が赤くなる。
キュウゾウはのそんな変化を、闇夜に目聡く見つけた。
「ふぅん・・・」
カンベエとを舐めるように見つめ、キュウゾウは吊り上げ口で声を漏らす。
面白い二人だ、と思った。
そして、ますますが欲しくなった、と。
やおら、キュウゾウは静かに立ち上がった。
「島田カンベエ」
キュウゾウの紅い目が、高い位置からカンベエを射抜く。
月を背負って立つキュウゾウを、カンベエはじっと見上げた。
「早く仕事を終えろ。お主との勝負、更に楽しみになった」
一方的に願望を告げ、キュウゾウは笑む。
キュウゾウは、カンベエの腕の中に収まるに視線を送った。
その視線に勘良く気付いたのか、は僅かに身じろぎ、キュウゾウを見上げてきた。
キュウゾウは笑みを濃くする。
「俺のものにする」
それだけ告げ、キュウゾウはさっさと二人に背を向けて闇夜に消えていった。
カンベエとを残し、橋の上に静寂が戻る。
しばらく二人はキュウゾウが消えていった方を見つめていた。
鈴虫の鳴き声にそっと耳を傾ける。
どこかに消えていた蛍たちが、いつの間にか戻ってきていた。
二人はしばらく橋の上に座り込んでいた。
カンベエの腕の中に収まったまま、は白装束の胸元に顔を埋める。
不意に、カンベエの手がの頬に添えられ、は顔を上げた。
「何も・・されなかったか」
「カンベエ様・・」
焦琥珀の瞳は、を案じる想いで満ちていた。
心配されていたことに、の胸がとくんと跳ねる。
誰に見つめられても動くことのないの心は、カンベエの瞳にだけ反応を示す。
は暗闇でも光るような笑みを浮かべた。
「はい。カンベエ様が止めてくださいましたから。何も」
「そうか」
の笑みに、カンベエは俯き、安堵の息を漏らす。
数日分の疲労も上乗せされた、重い溜め息だった。
疲労を吐き出しはしたが、だがカンベエの不安が全て消えたわけではなかった。
を一人にした途端、これである。
しばらくはまだキュウゾウへの警戒を解くわけにはいかないと思うのだった。
の頬に添えたままの手に。
ふと、が手を重ねるのを感じ、カンベエは視線を下ろした。
は自分の頬に添えられたカンベエの手に自分の手を重ね、静かに目を閉じていた。
「?」
何も言わぬに、やはり何かされたのか、とカンベエは俄かに不安に駆られる。
はゆっくりと目を開け、カンベエに笑みを向けた。
「どうかした・・」
カンベエが言い終わらぬうちに、は身を乗り出し。
カンベエの頬に、掠める程度の口付けをした。
柔らかな感触はすぐに離れていってしまったが、思ってもみなかった不意打ちにカンベエは驚きを見つめる。
は頬を染め、再びカンベエの胸元へと顔を埋めてしまった。
小さな囁き声が聞こえてくる。
「助けにきてくださった御礼、です」
「・・・」
顔を見られたくないとは一層強く顔を埋める。
相変わらずな想い人に、カンベエは苦笑してその頭を軽く叩いた。
カンベエの腕の中で、は僅かに身じろぎ「それから・・」と呟く。
「それから、御心配いただかなくとも私がこの身を許すのは・・・カンベエ様だけですので」
自分を信じて欲しい、とその声は言っていた。
意外すぎる言葉に、思わずの頭を撫でていたカンベエの手が止まる。
は僅かに身を離し、カンベエを見上げた。
「カンベエ様・・?」
「・・・・見るでない」
カンベエは口元を手で覆い、の視線から逃げた。
僅かな灯りに照らされたカンベエの耳は、珍しく赤かった。
は首をかしげ、カンベエを見上げる。
どうやら、何も心配することはなかったらしい。
自分ばかりが振り回されたのか、とカンベエは手の下で苦笑する。
見上げてくるの頬に、カンベエは今一度手を添えた。
滑らかな肌にそっと指を這わす。
「案ずるな、」
「カンベエ様?」
「奴には、渡さんよ」
大気も揺らさぬような静かな笑みを浮かべ。
の顎を指で持ち上げ、カンベエは奪うように唇を重ねた。
の体が緊張したのは初めのうちだけで、次第に気が解れていくのが唇から伝わってきた。
唇を割りたい衝動を抑え、名残惜しげに軽い音を立てて唇を放す。
薄暗闇でもわかるほど、の頬は朱に染まっていた。
本心は嬉しいくせに、の目は恨みがましくカンベエを見つめる。
「・・・カンベエ様」
「先手必勝と申すであろう。怒るでない」
キュウゾウにも―――誰にも渡すものか。
カンベエはを胸の中に抱く。
を放さんとする姿は、どこかキュウゾウに似ていた。
そのことに気付き、はカンベエに見えないのをいいことに薄く笑う。
「」
「は、はい」
不意に呼ばれ、は体を跳ねさせる。
笑ったのがわかったのだろうかと危惧するの耳にカンベエの声が届く。
「今宵は、わしの部屋で休め」
「はい。・・・えっ?」
言葉の真意に気付き、は跳ねるような声を出す。
カンベエは淡々と続ける。
「キュウゾウに襲われても知らぬぞ」
「キュウゾウ様に・・ですか?」
は目を丸くしてカンベエを見上げる。
その姿をちらりと目におさめ、カンベエは肩を揺すって息を吐いた。
警戒心、零。
キュウゾウが夜這いに来るであろうことなど微塵も考えていない。
しばらくはを自分の部屋で寝させようと思うカンベエであった。
「嫌か?」
「いえ。嫌ではありませんが・・・」
不意には口篭る。
また目を向ければ、の耳が赤く染まっていた。
の心など、カンベエには筒抜けも同然である。
カンベエは喉奥で笑いをかみ殺す。
「何を期待しているのだ、お主は」
「な・・私は何もっ」
心を読まれ、の顔が一気に赤くなる。
カンベエに恨めしそうな眼を向けるが、カンベエはそれすら笑っていなしてしまう。
「わかっておるよ」と頭を軽く叩かれた。
拗ねるの耳元に、カンベエはすっと唇を寄せる。
「毎日はせぬ故、安心いたせ」
「カ・・カンベエ様!」
当たっているだけに、は何も言えない。
闇夜にの唸る声とカンベエの笑い声が響き渡る。
橋の上を、二人を包むように蛍が飛び交っている。
二人の蜜夜は、しばらく続きそうだ。
つ ぶ や き
全世界のキュウゾウ好きー様に謝罪いたします。申し訳ありません。
捏造おっさまのみならず、捏造キュウ様まで・・・。そして全作品の中で最長。
百花楼的カンベエさん・・・大人。頼り甲斐がある。エロい。しかもむっつり。好きな子を大事にしつつ、超攻め。
百花楼的キュウゾウ・・・自由奔放。言動が子供。欲しい物は奪う系。好きな子をぐいぐい振り回しつつ、超攻め。
同類という感じがしなくもないです。シリーズ化しようかな。
戻る!
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