ドリーム小説
“あなただけが好きなんです”
この想いは、風に乗って届いたのだろうか。
想 う !
言葉が出尽くし、は、はぁと大きく息を漏らす。
視線の先にいるカンベエの顔がよく見えない。
ぼやけていると思ったら、は自分の目に涙が溜まっているのに気付いた。
は慌てて小袖で拭い去った。
不意に、自分の周りから囁き声が聞こえてくるのに気付いた。
は視線をカンベエから外し、自分の周りを見やる。
ぎょっとした。
の周りにいた人々が、皆を見ていた。
稀有の目で見る者もいれば、中には「やるねぇ、お姉ちゃん!」との告白を後押しする声も。
の顔は一瞬で真っ赤になった。
自分でも信じられない。
まさか公衆の真ん中で自分がこのような行動に出ようとは。
冷静になって、ようやく羞恥心が戻ってきた。
遠くを見つめれば。
カンベエもまた呆気に取られた顔でを見ている。
「・・・っ!」
は恥ずかしさに耐えられなくなった。
カンベエに背を向け、出せるだけの速さで走って道を逆戻りする。
「!」
カンベエの呼ぶ声も無視し、は前だけを見て走った。
どうせすぐにカンベエに追いつかれてしまうのだが、それでもあの場を去らずにはいられなかった。
驚いた。
まさかあの大人しく内気なが。
人前であのような行動に出ようとは。
思わずカンベエの動きが止まってしまった。
背を向けて逃げるを、名を呼んで追いかける。
体の強い方ではないの足では、カンベエならすぐに追いつける。
街から下層へと降りる階段の中途で―――そこは奇しくもキュウゾウを仲間にし損ねた場所であった―――カンベエはの手を取って捕まえた。
「待たぬか、!」
「・・お放し下さい、カンベエ様っ・・どうか」
はカンベエから顔を背ける。
束ねていない長い髪が乱れ、隙間から見えた首と耳は白い部分がないほど真っ赤になっていた。
「」
「ごめんなさい・・ごめんなさい、私・・・カンベエ様にまで、恥をかかせてしまいました」
「そんなことは気にしておらん」
そう言っても、はふるふると首を横に振り、一向に顔を上げようとしない。
カンベエは掴んでいたの手をそっと放した。
は自由になった両手で顔を覆い隠す。
嗚咽は聞こえない。
肩も揺れていない。
泣いているわけではない。
は、ただただ、恥ずかしかった。
「」
「・・・・・」
どうやっても顔を見せてくれないに、カンベエは溜め息を漏らす。
仕方がない、と顎をさすった。
「ならば、そのままでよい。わしの問いに答えてくれるか?」
茶屋で会った時とは違う、優しげな声で問えば、はこくりと小さく頷いた。
それで十分とカンベエは一つ咳払いをする。
「その、な。・・・・先程のお主の言葉は、誠か?」
「・・・っ」
カンベエの言葉に、着物の襟から覗くうなじまでもが真っ赤に染まった。
カンベエはそれを肯定と取る。
「お主は、誠にわしを好いてくれているのだな」
諭すように告げれば。
の顔を覆う手の力が僅かに緩まる。
「・・・・・・・・・・はい」
小さな小さな呟きは、カンベエにのみ届いた。
「そうか」
カンベエは充足の返事を返す。
いまだ動かぬ、の小さな背中を見つめた。
「そうか・・・」
「・・・・・」
カンベエの深い頷きが聞こえてくるようだった。
は、カンベエがどうかしたのかわからないでいた。
だが、顔を向けるにはまだ羞恥が燻っている。
それはあまりに突然だった。
「」
「きゃぁっ!」
いつの間にの前にまわったのか。
カンベエはの細い腰を掴み。
幼子を宙であやすように軽々との体を持ち上げた。
突然地面から離れた足をばたつかせ、は顔を覆っていた手も放してしまう。
「カ、カンベエ様っ、降ろしてください!」
「おい、大人しくてしていないか」
カンベエはの腰を胸に引き寄せ、空高く強く抱きしめた。
は遥か上からカンベエを見下ろす。
の影をさすカンベエの顔は、ひどく穏やかで、充足感に満ちていた。
今まで見たどの顔よりも優しく、を想い笑う。
あんなに顔を見られるのが嫌だったのに。
は真上から、カンベエと視線を絡めた。
カンベエのを見る目は、いつでも穏やかで、包むように暖かい。
カンベエの唇が、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「。わしはな、ちと不安だったのだ」
「ぇ・・」
不意にカンベエから弱音の言葉を聞き、は驚き、声を漏らす。
カンベエは苦笑して続けた。
「わしはお主を不安にさせて、泣かせてばかりだ。傷つけては慰めて。もしや、ただ単にお主の弱味につけこんで、わしの好きなようにしているだけかもしれぬ、と思っていた」
の気持ちなど考えずに、とカンベエは加える。
それを聞いて、は。
胸が悲しみで張り裂けそうだった。
カンベエは絶対的な大人で、何でもできて。
の助けや言葉など必要のない、完璧な人間だと思い込んでいた。
確かにカンベエは完璧な人間だ。
だが。
愛しい者と想いあう上で、一人で完璧であっても意味はない。
誰からも愛され、想われるをカンベエはずっと見てきた。
皆に笑顔を振りまくそんなから。
カンベエはときに笑顔を奪い、泣かせることも多々あった。
それはがカンベエを強く想う気持ちから来るものなのに。
しかりと伝わらなかったのは。
「私がきちんとしていないから・・・私はカンベエ様にそんなにも悩ませてしまっていたのですね」
は僅かに顔を歪める。
カンベエとは、いつもどこかですれ違っていた。
互いを強く想うゆえに起きた、隙間風。
「なに。わしもまだまだ精神の鍛錬が足りぬということ」
「そんな・・・それ以上強うなられてどうなさるのですか?」
は苦笑して、そっとカンベエの頬に手を添える。
それから、細い指ですぅとカンベエの頬を撫でた。
いつもカンベエがに施すように。
から、こんなにも丁寧にカンベエに触れたことはなかった。
「カンベエ様」
「ん?」
今度はちゃんと会話ができる。
心の距離も、体の距離も。
やっと元に戻れた。
「私は、カンベエ様をお慕いしております」
「うむ。お主の心は、先程貰い受けた」
「カンベエ様」
「ん?」
そんなに呼ばずともここにいる、とカンベエは笑う。
もそれに応えるように笑う。
幸せすぎて、それをどう伝えていいかわからない。
こんなにも想い合ってしまった。
もうこれ以上の高みに行けない。
後はもう堕ちていくだけなのかもしれない。
それでも。
「カンベエ様」
それでもいい。
堕ちるなら、カンベエと共に堕ちていく。
は静かに、カンベエの唇に口付けた。
からの不意打ちに、腰を支えるカンベエの手が緩みそうになる。
はゆっくりと顔を放し、カンベエに微笑みかけた。
今までのとは違う振る舞いがカンベエを驚かせる。
陽の光を受け、カンベエは眩しさに目を細める。
だが真に眩しきは、光を受けて微笑むの姿。
幼さの残る笑みを浮かべるくせに、纏う空気はひどく艶やかだ。
「」
「はい」
「とわに、わしの側におれ」
「はい・・・承知いたしました」
そうしてもう一度。
今度は互いに顔を寄せ、唇を重ねた。
離れぬよう、はカンベエの首に手を回し。
カンベエはの腰を強く抱いた。
穏やかな午後の風が、二人の衣をはたはたと揺する。
つ ぶ や き
こんなに長くする予定ではなかったのですが。
何だかシリーズの最終回みたいになってしまいましたね。
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