ドリーム小説
意地を張って、カンベエに何も言わずに一人で出てきてしまった。
今更後悔してもどうにもならないのに。
は一人、虹雅渓の街をとぼとぼと歩いていた。
零 す !
本当なら今日は一日、カンベエとともに虹雅渓を歩く予定だった。
だが一昨日、カンベエがキララを誘って街に出かけたことに、は言いようのない葛藤を覚えた。
カンベエに非がないことは頭で理解している。
それでも、カンベエを独占したいという本能がそれについていけなかった。
結果、カンベエへのあてつけのように、約束を破って一人街を歩くがいた。
「何考えているんだろう、私は・・・」
今更に自分の子供のような行動が馬鹿らしく思えてきた。
きちんと状況を受け入れて、素直にカンベエと出かけていれば、今頃最高に楽しかったはず。
ただカンベエを困らせてやりたい、心配されたい、そして。
キララよりも自分を見て欲しい。
それだけでこんなことをしてしまった自分に、は段々と情けなくなってきた。
とぼとぼと歩き、ふと目に留まった茶屋の外席にすとんと腰を下ろした。
すぐに好々爺が出てきて、に茶を出していった。
「今日一日・・・どうしよう」
出されたお茶を一口飲み、はふぅと溜め息を漏らす。
不意に、の隣に誰かが座った。
他にも席はたくさんあるのに。
は何の気なしに、ちらりと横に目を向けた。
そこにいたのは、長い青い髪を後ろで一つに束ねた、笑顔の青年。
青年は長い足を組んで、を見ていた。
「や!」
「あ・・」
に声をかけてきた青年にはとても見覚えがあった。
が街に出ると必ず出逢い、声をかけてくる青年。
「ウキョウ様・・」
「久し振りだね〜、君」
長い青髪を揺らして、ウキョウと呼ばれた青年は太陽のようにに笑いかける。
蛍屋を出たのはいいものの。
カンベエはどこに行くべきかわからなかった。
が普段どこへ行っているのか、聞いたこともない。
今日の約束にしても、がどこに行きたいかなど話すこともなかった。
もっと自分からの話を聞いてやるべきだったと今更ながらに後悔する。
ごろつき共に襲われていなければいいが。
カンベエは小走りに虹雅渓のあちこちに目を向けた。
不意に、カンベエの視界の中に見たことのある藤色の着物が入ってきた。
の気に入りの色。
カンベエがいるところより大分離れた茶屋の外席に、探し人を捕らえた。
茶碗を手に持ち、俯くがそこにいた。
「無事であったか・・」
カンベエはほっと胸を撫で下ろす。
早々に見つけることができてよかった。
早くのもとへ行って、きちんと話がしたい。
そう思ってカンベエは茶屋に足を進めようとして。
ぴたりとその足は止まった。
の横に、見知らぬ男がいる。
と親しそうに話す男がいる。
長い足を組んだ青い髪の男は、年の頃と同じくらい。
カンベエはユキノの言葉を思い出す。
恐らくはあの者がそうなのだろうとカンベエは僅かに警戒して二人を見守った。
が街に出るたびに出会う青年。
ウキョウと名乗り、自分を某の商人の息子だと言う。
そしてウキョウは、を自分のところで暮らせと言う。
「君、どう?この間のこと、考えてくれた?」
ウキョウはかなり本気だった。
だがウキョウが本気になればなるほど、はそれを冗談と受け取った。
男性との関わりの少ないには、ウキョウは人懐っこい楽しい人でしかなかった。
「ウキョウ様、ご冗談はお止め下さい」
は困ったような顔で微笑む。
ウキョウは口を尖らせ、また駄目かと僅かに肩を落とす。
それでもウキョウは諦めるつもりはなかった。
初めて虹雅渓でを見た日から、ウキョウはと話がしたくて仕方なかった。
の持つ何かに惹かれた。
だからいつものようにテッサイたちに攫わせるでもなく、こうして側近の目をかいくぐり、無断で城下に来てはに声をかけるのだった。
ウキョウは手に顎を乗せ、ちらりとを盗み見た。
いつ見ても綺麗な横顔。
長い髪も、長い睫も、ふくよかな唇も。
いつ見てもは美しかった。
だが今日のは、笑っていてもどこか憂いがある。
ウキョウはそれが気になった。
「君、今日は何だか元気ないね。何かあった?」
「え・・」
虚をつかれ、はウキョウに顔を向けた。
当たった、とウキョウは得意の笑みを浮かべる。
「どうして、わかるんですか?」
「わかるよ〜、だって大好きな君のことだし。どうしたの?誰かと喧嘩でもしたのかい?」
ウキョウの明るい口調を聞いていると、も心が軽くなるような気がした。
何でも話してしまいたくなってくる。
は俯き、手元の茶碗を揺すった。
「喧嘩といいますか・・・私、約束を破ってしまいました」
茶碗に残ったお茶に、愛しい人の影が見える気がした。
は俄かに思い出す。
自分の我侭で飛び出してきてしまったことを。
カンベエを困らせたい、ただそれだけで。
「それは大切な約束だったの?」
「はい・・・・少なくとも、私にとっては」
カンベエと二人で街を歩く。
そんな他愛無いことでさえ、には心の拠り所だった。
楽しみにしていたことだから、カンベエにも同じくらい楽しみでいてほしかった。
自分の欲求ばかりを追いかける。
自分の醜さに、は情けなく、悲しくなった。
「・・・ウキョウ様」
「なんだい?」
「なんだか・・・自分が、醜くて、恐ろしくてなりません」
沈んだ声で、はぽつぽつと話し出した。
それきり黙ってしまったに、ウキョウは。
「良いよ、君。全部言っちゃいなよ」
優しげな声で続きを促す。
文句も言わず黙って聞いてくれるウキョウに、の心が僅かに開く。
誰にも。
カンベエにも言えず溜め込んでいたものが、少しずつ表に出てくる。
「私は・・・傲慢で、嫉妬深くて、とても我侭です」
「うん」
「いつまでたっても子供っぽくて、つまらないことで意地になって」
「うん。それから?」
はひたすら言葉を吐き出し。
ウキョウは弱音を吐くを見つめ続けた。
の目尻に薄っすらと涙が滲み。
遂には、ぽたりぽたりと雫が茶碗の中に落ちた。
「嫌われたくないのに、あの方を困らせたくて、心配させたくて・・・約束まで破って」
「うん。そっかぁ」
ぽたぽたとの涙が着物の膝に染みを作る。
ウキョウはの手から茶碗を取り上げ、俯くの頭を優しく撫でた。
「いいよ。泣いちゃいなよ、君」
ウキョウの言葉に、は肩を揺らし嗚咽を漏らす。
そんな弱々しいの肩を引き寄せ、ウキョウは自分の肩に凭れさせた。
「嫌なことはねぇ、言っちゃった方がすっきりするんだよ〜」
ウキョウはの肩をぽんぽんと叩き、また頭を撫でる。
は抵抗せず、素直にそれを受け入れた。
誰かに体を預けたのは、カンベエとユキノ以外では初めてだった。
それでもウキョウの抱擁はカンベエともユキノとも違って。
どこか安心できた。
「僕なんか言いたいことぜーんぶ言っちゃうから、いつもすっきりなんだよね〜」
こつんとの頭に自分の頭をぶつける。
ウキョウの明るすぎる言葉に、の涙がすぅと引っ込んでいった。
自分はこんなに悩んでいるというのに。
そんなにもあっさりと片付けられてしまうと、悩み苦しむ自分がいっそ滑稽にすら思えてくる。
あんなに悲しくてどうしようもなかったのに。
代わりに、笑いが込み上げてくる。
嗚咽とは違う律動で肩を揺らすに、ウキョウは「おや?」とを放す。
は、片手で顔半分を覆って笑いを零していた。
「君?」
「もぅ・・・ウキョウ様は、本当に」
なぜが笑い出したのか、ウキョウにはわからなかったが。
が泣き止んだので良しとした。
「よいね〜。やっぱり君は笑ってる顔の方がよいね」
束ねた青い髪を揺らし、ウキョウは満足そうに笑む。
もそれに柔らかに笑い返した。
ウキョウはうんうんと頷き。
「君が元気になってよかったよ」
「ありがとう御座います、ウキョウ様・・・?」
それはいきなりのことで、は反応できなかった。
ぐいっとを引き寄せ、ウキョウはの額に口付けた。
すぐに放れ、ウキョウはを覗き込む。
は真っ赤な顔で額を押さえていた。
「ん〜よいね〜。君、可愛いね。ますます好きになったよ」
「ウ、ウキョウ様!」
けらけらと笑うウキョウに、は赤い顔で抗議する。
だがウキョウは笑ってを見つめるばかり。
「さてと。それじゃ、僕はもう行こうかな。テッサイもうるさいし」
「お帰りですか?」
「うん。また今度会おうね、君」
ウキョウは立ち上がり、そっとの額に手を当てた。
先程までの戯れの印象とは少し異なる様子に、はウキョウを見上げる。
ウキョウは誰にも見せたことのない穏やかな笑みを向けた。
「君」
「はい」
「さっきみたいにね、言いたいこと思い切り言っちゃっていいと僕は思うんだよねぇ」
「ウキョウ様・・?」
ウキョウの言葉に、は目を瞬かせる。
そんな可愛らしい姿に、ウキョウはにこりと笑い、手を放した。
ばいばいまたね、と軽い別れの言葉を残し、ウキョウは茶屋を後にした。
は揺れる青い髪を、いつまでも見ていた。
いつも突然現れては、に声をかけてくるウキョウ。
初めて会ったときは警戒こそすれ、次第に彼の人懐っこさには気を許し始めていた。
ウキョウとは性格的にはほとんど似ているところがない。
それでもはウキョウの放つ明るい雰囲気に何度も助けられた。
蛍屋の客に絡まれるのは嫌でも、ウキョウの戯れはどこか子供の悪戯で片付けられる自分がいた。
ウキョウが何者でも構わない。
にとってウキョウは虹雅渓の街で数少ない友人だった。
それからどれくらい経ったのだろう。
時間にしたら、五分も経っていないかもしれない。
はずっと茶屋に座っていた。
ウキョウに言うだけ言ってすっきりはしたが、これからどうすればいいかと考えるといい案は出ない。
振り出しに戻った気分では虚空を眺める。
不意に、隣に人が座る気配を感じた。
今日は随分と人の来訪が多いなと思いながら、はすいっと視線を横に向けた。
視界に入り込んできたのは、見慣れた白の装束。
使い込まれた黒塗り銀造りの刀が席の赤絨毯に鎮座している。
は目を見開く。
まさかと思いながらも、ゆっくりと視線を上に向けた。
「あ・・・」
驚きに声が詰まる。
予想通りの人物が、焦琥珀の瞳でじっとを見つめていた。
は目を逸らせない。
カンベエの目が、それをできなくさせていた。
いつもの優しい目とは違う、敵を射るような強い眼差しには逃げられないでいた。
カンベエと対峙した者は、こんな視線を向けられるのか。
「わしとの約束を破って何をしているのかと思えば」
不意にカンベエが口を開く。
その口調も、静かだがいつもは感じることのない重みを含んでいた。
カンベエの眼光が僅かに増す。
「わしの知らぬところで、男と密会か」
「・・・ぇ・・?」
突然のカンベエの言葉に、の頭が凍りつく。
時が止まったように動かないに、カンベエは尚も強い視線を向け続ける。
ウキョウとのやり取りを。
カンベエはしばらく見ていた。
が泣きじゃくる姿も。
それをあやすウキョウの姿も。
次第に泣き止み、見たこともない綺麗な笑みを零すの姿に葛藤し。
の額に唇を寄せるウキョウに。
そして何より、ウキョウの口付けを拒まないに、カンベエは湧き上がる怒りを覚えた。
一連のやり取りを見られていた。
はカンベエから滲み出る恐ろしいまでの怒気に冷や汗を流す。
それは静かな怒りだが。
ここまでの怒りを見せるカンベエをは見たことがない。
弁解しようにも、は声がでない。
「わしがキララ殿と連れ歩いたことへのあてつけか?随分と親しげであったな」
尋問のようなカンベエの口調に、は僅かに首を横に振ることしかできないでいた。
声さえ出せれば、思い切り否定するのに。
は臆病な自分にほとほと嫌気が差した。
カンベエの目は揺るがず、の胸の奥を刺す。
「優しくしてくれる者なら・・・抱いて介抱してくれる者ならば誰でもよいのか。・・わしでなくとも」
「ちがう・・っ」
かろうじて搾り出せた言葉が、カンベエに届いたかわからない。
否、届いてはいない。
その証拠にカンベエの目には一切の揺らぎがない。
「」
不意に呼ばれ、はびくりと肩を揺らす。
それまで煌々と燃えていたカンベエの瞳が。
俄かに静まっていった。
だがそれは、には諦めや悲しみに見えた。
「わしは、お主のことをわかっているつもりでいた。だが今は、お主の心がよく見えん」
カンベエはゆっくりと手を伸ばし、の頬へと近づけた。
だが、触れる直前でカンベエは手を引き、横に置いた刀を握り締めた。
カンベエは音を立てず席を立つ。
「蛍屋に戻る。よいな」
ついてこい、とカンベエの声が言っていた。
は僅かに震える足で立ち上がり、先を行くカンベエを追った。
しばらく歩き続けたが。
カンベエが振り向くことはない。
沈黙が重い。
カンベエとの距離が遠い。
周りは数多の人々で賑わっているのに、とカンベエだけが違い世界のように空気が濁っている。
すぐ前にあるカンベエの背中が、とてつもなく遠く感じた。
すれ違ってばかりの自分たちがいる。
側にいたいと望めば望むほど遠ざかる背中。
どうすれば元に戻せるのだろう。
どうすれば前と同じように、笑って戯れることができるのだろう。
カンベエに振り向いて欲しい。
もう一度自分を見て欲しい。
は心の中でカンベエを求めた。
求めて。
一筋の風が吹きぬける。
は俯いていた顔を上げた。
遠くに、白い背中が見える。
そうだ。
どうして気付かなかったのだろう。
カンベエはいつだっての側にいた。
の見えるところに居てくれた。
カンベエはいつだって優しかった。
いつもの身を案じていてくれた。
今日だって、勝手に出てきた自分をカンベエは探しにきてくれたのだろう。
カンベエを怒らせたのは、はっきりしない自分の態度だ。
はやっと気付く。
自分は、いつもカンベエに与えられてばかりで。
その想いを返しきれていない。
カンベエに嫌われるのが怖くて、いつだって薄い壁で自分を守り続けていた。
そんな自分をわかって欲しいだなんて。
傲慢が過ぎる。
求めるものは与えてくれていたのに。
それに応えられなかったのは自分。
はゆっくりと進めていた歩みを、ぴたりと止めた。
周りには僅かな通行人がいる程度で、誰もの静止を気にはしない。
の少し前を歩いていたカンベエは、の気配の変化に気付いた。
歩みを止め、振り向く。
立ち止まったまま俯き、動かないがいた。
泣いているわけではない。
カンベエはその距離を保ち、声をかける。
「。何をしている」
尋ねても、は応えない。
側によって手を引けば早い話だが、カンベエはに近づこうとはしなかった。
そのまま数秒が過ぎ、カンベエが今一度声をかけようとしたとき。
「カンベエ様」
は顔を上げ、僅かな距離を置いてカンベエを見つめた。
その顔は、今にも泣いてしまいそうなのを必死に堪え、唇をきつく噛み締めている。
カンベエは応えず、の続きを待った。
「カンベエ様・・・」
声を出せば、涙が零れそうになる。
は一度言葉を切って息を呑んだ。
折れてしまいそうな弱い精神と必死に戦いながら、は言葉を続けようと試みる。
鼓動が痛いくらい速く脈打つ。
口を開けば、目尻が熱くなる。
それでも。
それでもは泣かずに告げたかった。
いつまでも泣いてカンベエに守られていては何も変わらない。
今泣いて、もしカンベエに慰められても、それでは今までと何も変わらない。
カンベエはいつも前を歩いている。
に合わせて。
いつかが追いついてくるのを待って、ゆっくりと歩いてくれている。
だから、自分は応えなければならない。
横に並ぶのは不可能でも、せめて。
せめて、その背に指が届くぐらいまで近づきたい。
「カンベエ様・・・約束を破ってしまい、ごめんなさい」
最初に伝えたいことは、謝罪。
でもそれには、なりの理由があって。
「ごめんなさい、私は・・・・・私は、わざと約束を破りました」
聞いて欲しい。
きちんと言葉にするから。
どうか聞いて欲しい。
「カンベエ様がキララ様を誘われたのが、嫌で・・・私より先にカンベエ様と出かけられたキララ様が羨ましくて」
見っとも無いと思われても構わない。
醜い心だと思われてもいい。
それが本心だから。
「一人でいたら、先程の方とお会いして、いろいろお話を聞いていただいて。でもっ・・・あの方は特別な方ではなくてっ」
上手く言葉で伝えられない。
気付けば周りの視線も集めている。
それでも構わない。
たった一人の人に届けばいい。
「私は・・・私、は、本当に」
の美しい唇がゆっくりと開く。
その視線の先には、唯一人しかいない。
「私はカンベエ様が・・・あなただけが好きなんですっ」
風がを追い越して、カンベエの髪を揺らす。
つ ぶ や き
ウキョウは、嫌いじゃないです。
でも、こんなキャラでもないですよね。
ウキョウは、真に好きな子にはこんな感じであって欲しいなぁ。
それから言い忘れましたが、の方がウキョウよりちょっと年上という設定です。
全然見えない!!
絶叫告白。
学校の休み時間の廊下で突然告白!だと思っていただければその凄さが伝わりますでしょうか?
戻る!
SEO
掲示板
[PR]
爆速!無料ブログ
無料ホームページ開設
無料ライブ放送