ドリーム小説
ユキノさんに呼ばれて蛍屋の正面玄関に慌てて駆けつけた。
数人のお侍様に数人の農民の方。
その中に、懐かしい焦琥珀色の髪の人がいた。
泣 く !
「カンベエ様・・・」
目が合って、焦琥珀色の長い髪のあの人はふっと微笑んだ。
口端を上げるだけの静かな笑い方。
それだけで涙が出そうになった。
走り寄って飛びつきたかったけれど、周りにたくさん人もいるし、あの人が困るのがわかるからその衝動を抑えた。
ユキノさんとシチロージさんに案内されて彼以外の方々はお座敷に行ってしまった。
去り際、ユキノさんにぽんと肩を叩かれた。
よかったわね、ちゃんと小さな声で言われた。
ゆっくりと。
ゆっくりと歩み寄って。
彼と向かい合った。
ちん、とん、しゃん。
ちん、とん、しゃん。
遠くから三味線と鐘の音が聞こえてくる。
「久しいな、」
その一言で、遠くの音が全て消えた。
数年ぶりの再会なのに、相変わらず薄く笑う彼。
変わらない姿に安堵して、涙が出そうになった。
どんなときでもユキノさんのように静かに微笑むことができれば、彼を安心させられるのに。
ただでさえ子供っぽい私は、いつも落ち着いている大人な彼に置いていかれないようにしなければならない。
久し振りに会えた彼に、成長した女としてみてもらいたい。
だから虚勢を張っていたいのに。
でも、本能が理性を喰っていく。
歯がゆい。
抱きつきたい。
抱きしめてほしい。
その全てを無理矢理抑えて、ぎこちない笑顔で言葉を返した。
「は・・い。本当に、お久しゅうございます、カンベエ様」
「うむ。元気そうで安心した」
あなたはいつだってそう。
私と違って大人で。
優しくて。
私を悲しくさせる。
だめだ。
泣いてしまいそう。
それでも幾らばかりか残った虚勢を張って、女中の仕事を務めた。
いつも通りの笑顔で。
いつも通りの言葉で。
「カンベエ様。お座敷までご案内・・いたし」
自分でも訳が分からなかった。
私は大丈夫。
平気だと思って口を開いたらば。
ぽたり、と。
涙が零れてしまった。
床にひとつ、ふたつ、と雫が落ちる。
泣いている女は弱いものでしかない。
弱い自分は見られたくなかったのに。
くるりと、彼に背を向けた。
慌てて小袖で目元を拭う。
拭っても拭っても溢れ出る涙。
どんな顔をして振り向けばいいのだろう。
ぽたりとまたひとつ雫が落ちた。
ふわり。
ひらひら。
不意に、目の前を白い布が舞った。
肩に回された手袋越しの手。
背中に感じたぬくもり。
覚えのある、彼の匂い。
耳元で、あの低い声が囁く。
「すまぬな。また、泣かせてしまったか」
あぁ、枷が外れてしまう。
はたはた、と。
大粒の涙が零れおちる。
彼の指が私の目元を拭い、一層強く抱きしめられた。
小柄な体をすっぽりと包むように。
「泣いてなど・・おりません」
変な嘘。
子供みたいな私の嘘に、彼が笑ったのがわかった。
「そうか」
笑う揺れに合わせて耳飾りがしゃらしゃらと音を奏でる。
懐かしい音。
彼のまた伸びた焦琥珀色の髪が頬に当たってくすぐったかった。
「カンベエ、様」
「ん?」
名を呼べば、低い声で返事が返ってきた。
白い手袋をした指がそっと目尻を拭う。
優しい、優しい手付きで。
「カンベエ様」
「どうした?」
私が何度も名前を呼ぶものだから、彼の声に不安が混じる。
私の頬をくすぐる大きな手をとって、そっと自分の頬に触れさせた。
掌に頬を預ける。
大きくて、暖かな手。
「・・・お会いしとう、ございました」
また、こうして触れ合えるのを恋い焦がれていた。
心は落ち着いていくのに、体の奥では心の臓が激しく脈打つ。
壊れてしまうのではないかと恐ろしくなるくらい速くなっていく。
体が震えてしまいそう。
そんな想いを見透かしたように、彼の抱きしめる腕の力が増した。
開いた着物の首元に彼が顔を埋める。
彼の頬の温度と熱い息が肌を焦がす。
おかしくなってしまいそうなほど体が熱くなる。
「カンベエ・・さま」
ゆっくりと首をめぐらせ、泣きそうな声で名を呼べば、彼の視線と絡みついた。
僅か数センチの距離で見つめられ、焦琥珀色の瞳に酔う。
吸い寄せられる。
まるで、誘蛾灯を目指す蟲のように。
ちん、とん、しゃん。
ちん、とん、しゃん。
遠くで鐘の音がする。
楽しげな人の声がする。
でも私の耳には届かない。
近づく彼の耳飾りが、しゃらりと音を立てる。
彼の唇が薄く開いたのを見て、ゆっくりと瞼を下ろした。
「先生!」
ぱたぱたと軽い足音とともに、突如暗緑色の長い髪の年若い侍が階段上に現れた。
「先生、こちらでしたか!」
階下に探し人がいたのを見つけて嬉しそうに笑う。
だが、カンベエともう一人の女中が距離を置いて背中合わせにしているのに疑問符を浮かべた。
カンベエはぎこちない動作で顎を撫でさすり、女は耳を真っ赤にしてひたすら俯いている。
カツシロウは疑問をさて置き、言付かった用を済ませた。
「先生。皆様がお呼びです。それから、殿という方もお連れするように言われたのですが、もしやそちらが」
カツシロウに名を呼ばれ、は勢い良く顔を上げた。
「は、はい。はわたくしめにございます」
細い髪がさらりと揺れ、少し朱に染まった顔で女は段上を見上げた。
「お侍様にご足労を。申し訳ありません」
自分よりきっと年上であろうが、幾分幼さを残したが、カツシロウは素直に美人だと思った。
「いえ。それよりも皆様がおふたりをお待ちです」
「わかった。すぐに行こう」
カンベエの短い返答に、カツシロウはそこを後にした。
再び二人きりとなったものの、何とも言えない空気が流れる。
触れられず残念とも、また誰にも見られなかった安堵もある。
むず痒かった体は、双方ともにそれなりに治まっていた。
沈黙を破るようにカンベエの足が進み、の斜め前に立つ。
「」
呼ばれ、顔を弾ませ上げる。
薄く微笑む彼がいた。
「参るか」
手を差し伸べられる。
大きなその手と、彼の顔とを交互に見る。
カンベエは照れたように顔をそらした。
は笑顔でその手をとった。
その目に、もう涙はない。
つ ぶ や き
初侍7夢。初カンベエ夢。微妙もいいとこ。
こんなのカンベエさんじゃないだろ。
そしてカツの字・・・。いいところで(笑)。
どうせだからもっと邪魔してもらおう。
座敷近くでカツシロウは二人を待っていた。
嬉々とした顔でカンベエに声をかける。
「先生。奥方様もお待ちです。急ぎましょう」
「え・・・・」
「・・・・・」
カツシロウの突然の言葉には目を点にする。
視線をカンベエに向けると、彼は苦い顔を浮かべていた。
カツシロウはいまだに『古女房』の意味がわかっていないようだ。
カンベエは動きの止まったの顔をちらりと盗み見た。
呆然としている。
と思ったら、眉根が寄って、混乱しているようだ。
寄せられた眉は次第に釣り上がり、憤怒を表す。
「・・・」
声が届いたのかどうか。
の肩ががっくりと落ち、落胆している。
しばらくして僅かに上がった顔は。
双眸に再び潤いが満ち、悲哀となっていた。
素晴らしき百面相。
彼女の頭の中で勝手な想像が膨らんではしぼんでいったようだ。
「・・・。彼奴の誤解だ」
言ってみたものの、の表情は悲哀のまま。
声が全く届いていない。
癒されに来たはずの里で、カンベエは頭が痛くなるのだった。
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