ヘイハチと仲直りして以来、彼女は頻繁に彼のうちに行くようになった。
バイトで帰りの遅いヘイハチのためにご飯を作ったり、たまった洗濯物を洗ったり。
一度、玄関先でバイトに行くヘイハチを見送ったときは隣の部屋に住むおばさんに
「あらあら。若い奥さんねぇ」
と間違えられて、2人でボンッと顔を赤くしたこともある。
そんなこんなで、まぁ幸せな毎日を過ごしていた。
だが最近はヘイハチのバイトが特に忙しくなってきて、満足に同じ時間を過ごせていない。
出掛けのキスくらいならできるが、2人だって大学生。
もっとべったりとした時間を共有したいのが本音だ。
2人で大学に行き、校舎の前で別れる際、ヘイハチは今日の帰りの時間はちょっとわからないと告げた。
彼女は「そっか。頑張れな」と苦笑して手を振る。
きびすを返して行こうとする彼女の手を不意にヘイハチは引っ張った。
「どした?」と振り返る彼女に、ヘイハチは内緒話をするように口に手を添えてウィンクしてみせる。
「できるだけ早く帰りますから」
「あいよ、わかった」
「だから先に風呂に入って待っててくださいね」
「あいよ、わかっ・・・・・!?こ、こら林田!!」
「それでは自分はこれにて」
真っ赤な顔の彼女に白い歯を見せてにししと笑い、ヘイハチは軽い足取りで行ってしまった。
あの事件以来、ヘイハチはやたらと積極的になった気がする。
それが嬉しくもあり、彼女的には大変でもあったとか。
S e r e n a d e
さてさて時は経ち、現在の時刻午後の8時半。
場所はヘイハチのアパート。
彼女は彼女でバイトを終え、今はヘイハチの部屋のキッチンで夕食をこしらえていた。
「よっ、と」
巧みにフライパンを操り、ふわふわのオムライスを仕上げていく。
彼女の料理をヘイハチは殊更喜んで、いつも残さず食べてくれる。
作りがいがある、と彼女もまた料理の腕を上げていく。
綺麗に盛り付けた料理をテーブルにのせ、彼女は赤いカフェエプロンを外した。
「さて、と。どうしようかね」
一人暮らしの狭い部屋の中を見渡し、何をしようか考えあぐねる。
洗濯も掃除も昨日済ませてしまったから特にすることもない。
「明日は予習いらないやつばっかりだしなぁ・・・」
手持ち無沙汰。
彼女の目が、ついとバスルームに向く。
狭いユニットバスはカーテンでトイレと区切られているだけで、シャワーを浴びるのが精一杯。
朝のヘイハチの台詞を思い出したのか、バスルームを見つめる彼女の耳が少しだけ赤くなる。
「なに考えてんだか・・・」
自分の思考に自分で照れて、彼女はふるふると頭を振る。
それでも、ヘイハチの態度が嬉しくないわけではなかった。
今日は久々に甘い時間を過ごせるかもしれない。
「・・・・・入っとこ」
外したエプロンをシングルベッドに投げ、彼女は軽い足取りでバスルームに向かう。
無意識に鼻歌を口ずさんでいることに、彼女自身が気づいていなかった。
さてさてその頃、ヘイハチはというと。
「なにおぅ!?俺様の注いだ酒が飲めねぇって言うのかよ、ヘイの字ぃ!!」
「ちょっ・・・いい加減にしてくださいよ、キクチヨ殿!」
マサムネたちに飲みにつき合わされ、バイト先の下っ端のキクチヨ(未成年。しかも年下)に無理矢理飲まされていた。
ヘイハチはマサムネやキクチヨとはタイプが違い、お猪口でちびちびと日本酒を飲むのが好きなのに。
「おら、ヘイの字!おめぇの好きな日本酒だぜ、飲め!!」
「い、嫌ですよ、ジョッキで日本酒だなんてっ」
「いいから、つべこべ言わず飲めってんだっ!」
「だぁぁ、もう帰してくださいよ・・・っ」
すでに半泣きのヘイハチの口に、キクチヨは無理矢理ジョッキで日本酒を流し込むのだった。
それを周りに座るマサムネたちが「お、いい飲みっぷりだねぇ。米の兄ちゃん」とはやし立てる。
そんな半ば強制的などんちゃん騒ぎがしばらく続いた。
そんなこんなでヘイハチが解放されて家路に着いたときには。
「じ・・・11時、ですか」
腕時計が故障であることを願ったが、世の中そうそう甘くはなかろう。
今日はできるだけ早く帰ると言ったのに。
ヘイハチの部屋の電気は点いているから彼女がいるのは明確だが、果たしてどんな顔で待っていることか。
「怒ってますよねぇ・・・」
ヘイハチは泣き笑いの顔で、泥棒のごとくゆっくりと自宅のドアを開けて中に入った。
いつもなら勘のいい彼女がドアの音に気づいて出迎えに来てくれるのだが、特に反応なし。
「た・・ただいま帰りました」
靴を脱いであがり、なんとも情けない顔で帰宅を告げる。
反応なし。
本格的に怒っているかもしれない。
だがそれもしかたのないこと。
ほとんどびくびくしながら部屋に入れば。
ヘイハチの目に最初に飛び込んできたのは、ラップされた夕飯たちだった。
「・・あ・・」
あったかい湯気で曇った、ヘイハチの大好きなオムライス。
グリーンサラダにコンソメスープ。
2人分用意された夕飯はどちらも手付かずのまま。
おそらくはヘイハチが帰ってくるのを、彼女も食べずに待っていてくれたのだろう。
そしてこの幸せな夕飯を作ってくれた人物はといえば。
「委員長・・・」
ヘイハチのベッドによりかかるようにして、眠りについていた。
ベッドの縁に頭を預け、上を向いて足を崩して安らかな寝息を立てている。
青いパジャマ姿で長い髪が濡れているところを見ると、どうやら風呂には入ったらしい。
手元からずり落ちた参考書が、彼女が本を読んでヘイハチを待っていてくれたことをうかがわせる。
罪悪感で、胸が締め付けられた。
自分はまた何をしているんだろう。
彼女だってバイトで疲れているのに、自分のために夕飯まで用意して待っていてくれて。
ヘイハチは鞄を置き、物音を立てないようにゆっくりと近づき、彼女の横に腰を下ろした。
同じようにベッドに背をもたれさせ、首を横に傾けて彼女の寝顔を見つめる。
「ほんと・・・寝ていても、相変わらず美人ですね」
素直な感想。
1年生にして今年のミス神無かと噂される彼女を得られた自分は、どれだけの幸せ者なのか。
その彼女を、自分も幸せにしてやりたい。
家の事情が何かと複雑で、いろいろ抱え込んで実家を(しかもかなりの御家らしい)飛び出してきた人だからこそ、なおさら。
「・・・ヘイ、ハチ・・」
不意に名を呼ばれ、彼女が起きたのかとヘイハチは身を起こした。
だが彼女は相変わらず寝息を立てている。
寝言でまで名を呼ばれ、ヘイハチの胸がじわじわと熱くなっていく。
「委員長・・・」
ベッドにもたれる彼女の頭の上に手をつき、膝立って真上から彼女の顔を覗き込んだ。
目を閉じる、彼女の長いまつげが白い肌に映えて綺麗だ。
この美しさは、自分だけのもの。
「好きですよ・・・・あなたが」
眠っている相手に静かに告げて。
顔を傾けて、薄く開いた彼女の唇に口付けた。
彼女の柔らかい唇の感触を惜しむようにゆっくりと顔を離し、もう一度小さなキスを落とす。
彼女はわずかに身じろぐ程度で目を開けない。
自分は彼女の呪いを解く王子にはなれないのか。
自嘲気味にふっと苦笑し、また彼女の寝顔を見下ろした。
「ぅ、ん・・・・・」
「・・・・・」
彼女が小さく身じろいで、濡れた髪がはらりと揺れて。
長い髪に隠れていた白い首がヘイハチの目に映りこむ。
心拍数が上がる。
ごくりと鳴ってしまった喉を、自覚しないわけにはいかなかった。
目の前には眠っていて無防備な姿の彼女。
しかも風呂に入って身を清めた、まさに据え膳。
「いただくべきでしょうか、いただかざるべきでしょうか・・・」
誰に問いかけているのか、林田ヘイハチ。
彼の自問自答に応えるように、彼女の口がまた「林田・・・」と彼の名をつむぐ。
夢の中でまで彼女のそばには自分がいる。
これ以上の幸せなんかない。
ヘイハチは真顔で彼女を見下ろし、また静かに彼女に口付けた。
一度口付け、一度放し、二度目は彼女の唇を覆うように口付ける。
小さなリップ音を何度も立てながらキスを続け、その手を彼女の襟元に近づける。
プツリプツリと、上着のボタンを外していく。
伸ばされた彼女の足をまたいで向かい合い、緩くなったパジャマの上着を少しずらして鎖骨の下、胸の上に両手を這わせる。
きめ細かい肌の感触に酔いしれ、唇を解放して熱っぽい声で彼女を呼んだときだった。
「・・林、田・・・・?」
彼女の目がゆっくりと開き、超至近距離で目が合った。
寝ぼけ眼をパチパチと瞬きさせる彼女を目の前に、ヘイハチの顔からどぉっと冷や汗が吹き出る。
まさかのまさか、このタイミングで彼女が目を覚ますとは。
神様は意地悪だ、とヘイハチは泣きたくなる。
彼女は寝起きのたどたどしい言葉遣いでヘイハチに話しかける。
「あ・・・・おかえり、林田」
「た・・・・ただいま、帰りまし、た・・っ」
「・・遅かったな・・バイト長引いた?」
「あ・・・はい。その、無理矢理飲みに連れて行かれまして。連絡しようにも携帯がバッテリー切れで。ちょっと電話する暇もなくて・・・・っ」
「そっか・・大変だったなぁ。あ、ほんとだ。お酒のにおいがする」
「は、い・・・」
ふぁ、と一つあくびをして、彼女は眠い半目で目の前のヘイハチを見つめる。
ヘイハチの顔からはだくだくと冷や汗が流れ続ける。
「林田ぁ・・・」
「・・・はい・・っ」
「なんか・・近くない?」
「そう・・ですね・・・っ」
「うん。あと、なんか・・・スカスカする・・」
「・・・・・っ」
だめです!!と叫びたいヘイハチの心を裏切るように。
彼女は「ん?」と首を曲げて、自分の胸元に視線をやった。
風呂に入って、パジャマに着替えて。
確かパジャマのボタンは一番上を残してきっちりとめたはず。
そのボタンが何ゆえ4つ目まで外され、胸が半分見えているのか。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・っ」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・っっっ」
「林田・・・・・」
「は・・い・・・・・っ」
ゴゴゴゴ、という効果音とともに顔を上げた彼女の顔は真っ赤で。
そしてこれでもかというほど目が据わり、細い肩がわずかに揺れていた。
「このっ!馬鹿たれーーーっ!!」
「すすす、すいませんでしたーーーっ!!」
バチーーーン、という清清しい音が部屋に鳴り響いて。
その後数十分に渡り、彼女のお説教が部屋を満たしたことは言うまでもないかと。
何を書いているんだ、私は。
ヘイハチの扱いがひどすぎる。
でもこんなヘイハチが大好きだ。
おまけもこさえてみました。
ちょっとエロくさい?かもなので、興味のある方だけどうぞ★
↓
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