ドリーム小説
何となく。
なんとなく。
夜の横浜に2人で行ってみた。
Ferris
ここならまず学校関係者に会うこともないだろう。
どれだけベタベタしたって、誰からも文句は言われない。
だからといって俺たちは今更、手をつないで仲良く歩くような仲ではないが。
手を繋いだからといって、俺との関係がどうなるわけでもない。
キスとセックスが自分たちを繋ぐ唯一の手段。
好きだとか、愛してるだとか、そういうコッパズカシイことは一度も伝え合ったことはない。
それでも関係が切れることなく続いているのは、単に身体の相性が良くて、快楽を分かち合うには最適だからだろう。
夜の横浜、薄暗い歩道を2人で歩く。
広い車道を何台もの車が通りすぎていく。
俺の少し前をが歩く。
そのの足が、ぴたりと止まった。
「あ」
「なんだ」
「観覧車」
遠くに、ピカピカ光る大きな観覧車が見えた。
彼女は足を止め、両手を後ろで組んで、遠くの巨大な円を見つめる。
(観覧車なんかに乗りたいのか?意外だな、こいつにしては)
「別に乗りたいわけじゃないよ」
何の前触れもなくに声をかけられ、びっくりした。
心の中を読まれたのかと一瞬ヒヤリとした。
彼女はにっと笑って「見るだけでいい」と言う。
「だって私には似合わないもの」
そんなことないだろうと言おうとして、思わず口をつぐんだ。
彼女の笑い方がほんの少しだけ寂しそうなものに変わったのがわかったから。
本当に小さな変化だが、が感情を見せるなんて珍しい。
こんな言い方をすると情がないと言われそうだが。
は同年の女子たちと比べて、かなり冷めていると思う。
感情を乱して笑うこともなければ怒ることもない。
『どっちでもいいよ』
それがの口癖。
何が食いたい、せめて和食か洋食かぐらい選べと問えば。
『どっちでもいいよ』
放課後遅くまで残って俺の仕事を手伝ってくれたあいつに「送っていってやろうか」と問えば。
『どっちでもいいよ』
ぼぉっと遠くを眺めるような目で、彼女はまるで無関心につぶやく。
にとって世界なんて、ちっぽけでどうでもいいものなのかもしれない。
そしてそのどうでもいい世界の中に俺自身も含まれているのだろう。
それはそれで何だか寂しいなどと一瞬でも思ってしまった自分に、ちっと内心舌打ちした。
は歩道のど真ん中に突っ立ったままで、完全に通行人の邪魔になっていた。
彼女の細い二の腕を掴んで、歩道の端へと引き寄せる。
たたらを踏んで歩み寄りながら、それでもは遠くの観覧車を、やはり半分閉じた虚ろな目で見つめていた。
自分はズボンのポケットに両手を突っ込んで、仕方なく彼女と同じ方向を眺めた。
ピカピカと光る、時計つきのでっかい観覧車。
「本当は乗りたいんじゃないのか」
「うーん・・・どうだろう。まぁ、どっちでもいいかな?」
(またか・・・・・)
「そんなうんざりしないでよ」
「・・・俺の頭ん中を読むな」
「あは。だって先生、すぐに顔に出るから」
は首を巡らせて、楽しそうに笑って見せる。
可愛い。
綺麗な。
ずっと年下のくせに、変に大人びている女。
「なんだか気後れしちゃう。だって観覧車って」
「あ?」
「恋人たちが乗るものでしょ?」
「そんなこといつ誰が決めた」
は答える代わりに、にっと笑って観覧車に向き直ってしまった。
「私には似合わない似合わない」
「・・・・」
「胸ときめかせて恋人と観覧車に乗るような、そんな可愛い女じゃないわ」
言葉を紡ぐと言うよりは、まるで汚物を吐き出すように。
彼女の唇が聖書を読むように、淀みなくそんな台詞をはく。
「随分と自虐的な女だな」
そう言ってやれば、は自嘲的に痛々しく笑って見せた。
「何でもいい。ただこうして見てるだけで十分」
花火のようにチカチカと光り瞬く巨大な観覧車を、はぼぉっと見つめ続ける。
見てるだけでいいと言う割には、観覧車を見つめる彼女の目は実にもの欲しそうだ。
男の俺は、あんなロマンチックな乗り物にはさして興味もない。
「意地張ってないで乗りたきゃ乗ればいいだろうが」
「だから別にどっちでもいいんだってば。そういう先生こそ実は乗りたいんじゃないの?」
「馬鹿か。大の男があんなもん乗って何が楽しい」
「ほら、ムキになる。やっぱり乗りたいんでしょう?一緒に乗ってあげようか」
「は。勝手に言ってろ」
付き合ってられん。
歩道の低い柵に大股開いて腰掛けて、ポケットに忍ばせていた煙草を咥えて火を付けた。
彼女に煙草を止められていたが、イライラしている俺を見てはふぅと溜め息をついてまた観覧車に目を戻してしまった。
何事にも執着しない、それがという女だ。
彼女は何事にも無関心だ。
世界に対して、俺に対して、彼女は無関心。
そんな彼女の関心は今、あの巨大な観覧車にある。
(本当は乗りたいくせに。女ってのは何でこうも面倒なんだろうな)
一口吸って、観覧車に向かって紫煙をふぅっと吐き出した。
港から吹き込む浜風がさぁっと煙を吹き消していく。
クリアになった視界で、黒目を横に動かせば、街灯に照らし出される彼女の横顔が見えた。
悔しいが、綺麗だと思わずにはいられない。
可愛い。
綺麗な。
俺たちは好きだとか、愛してるだとか言い合うような仲じゃない。
キスとセックスだけが自分たちを繋ぐ唯一の手段。
観覧車は恋人たちが乗るもの。
彼女はそう言う。
それは遠回しに振られてしまったようなものだ。
俺はあいつの中で、恋人の枠には入っていないということか。
そのことに内心がっかりしている自分に気付いて、何だか悔しくなって。
まだ長い煙草を落として革靴の底でグリグリと踏み消した。
いつの間にか、歩道を歩く人の姿が消えていた。
車道も時折数台の車が通り過ぎていくだけ。
静かな歩道にぽつんと立つ。
彼女の視線の先に、巨大な観覧車。
彼女の視界の中に、俺はいない。
あぁ、もういい加減にしやがれ。
自分に。
彼女に。
言ってみる。(ただし頭の中でな)
気だるげに腰を上げて、一歩二歩とに近づく。
それでも振り返らない彼女の肩を強引に引き寄せて。
「え・・・?」
ふわりと揺れる柔らかいスカート。
何の前触れもなくひょいっと抱き上げてやった。
抱え上げた瞬間、微かに鼻をくすぐったのは、らしい甘い香りの香水。
いきなり地面から足が浮いて、彼女は一瞬目を大きくして、触れてしまいそうなくらい近い距離にある俺の顔を見上げた。
だがただそれだけで、別に暴れる様子もなく、きょとんとして何度か瞬きしただけ。
相変わらず冷静すぎるというか、リアクションが薄いというか。
「軽すぎるな」
「なに?」
「少しくらい可愛い悲鳴でもあげたらどうだ」
「無理。なんで突然、お姫さまだっこ?」
「別に・・・」
意味なんかない。
ただ彼女の関心をあの巨大な奴から引き剥がしたかっただけだ。
(みっともねぇな。大の男が無機物に嫉妬か・・・)
「嫉妬する男の人って、私そんなに嫌いじゃないよ?」
「だから人の頭ん中を読むな・・・」
今更ながらに自分がやったことが恥ずかしくて仕方がない。
今すぐこいつを降ろしてさっさと歩いていってしまいたいが、それはそれで癪だ。
そんなことを悶々と考えていれば。
ゆっくりゆっくりと、彼女の細い腕が伸びてきて、俺の首に巻きついた。
彼女が俺の首に頬寄せてくる。
かかる吐息がくすぐったい。
甘いバニラのにおい。
ゆっくりと近づいてくる香り、頭の奥を痺れさせる。
不意に首筋に生暖かい感触が走って、思わずぴくりと反応してしまった。
舐められた。
の相変わらずの奇怪な行動、全く読めない。
「やっぱり先生って首が細いね。男の人じゃないみたい」
「おい・・っ。まさかと思うが、吸うなよ」
「うん。だいじょうぶ」
蜂蜜を塗るみたいに。
薄く、濡れた感触が首に走る。
熱く柔らかい唇を押し当てられ、ぞくりとした感触が背を駆け抜けた。
「ヒョーゴ・・」
首筋から聞こえてくる、弱弱しい、甘くかすれた声。
が俺の名を呼ぶ。
「なんだ」
「別に・・・」
「降りるか」
「うぅん・・」
鼻にかかる甘い声。
彼女らしくない。
世界に無関心な彼女が発するにはあまりにらしくない、心の乱れた声。
「・・?」
「・・・・・・」
「・・・どうかしたか」
「・・・・・・」
からの返事はない。
返ってこない。
観覧車の中心に備え付けられたデジタル時計が。
1分、2分と時を刻んでいく。
彼女は何かを決意したように、一つ大きくゆっくりと息を吸った。
「うぅん・・・・・・・・・・・・・・・・やっぱり、なんでもない」
彼女が頬をすり寄せる。
何度も何度も何かを言おうとして、言いかけて、やめた。
彼女は何を言いかけたのだろう。
なんでもない、と口をつぐんで目をつむってしまった彼女に、それ以上聞くことはできなかった。
今日のは何だか、らしくない。
そんな日もあるのかもしれない。
しばらくそっとしておいてやるか。
珍しく気遣ってやろうと思ったのに。
「ね。ヒョーゴ・・・」
「あ?」
先程までの声とは違う。
いつも通りのあっけらかんとした彼女の声があっという間に戻ってきた。
はまるで表情も声のトーンも変えず、おそらくは心拍数すら変えず、平然と言ってのける。
「エッチ・・したいなぁ」
「・・・・・・・」
「ノーコメント?」
「・・・・・お ま え な」
「なんか抱っこされてたらそんな気分になってきちゃったんだけど」
「そういうつもりで抱き上げたんじゃないんだがな・・・」
「だめ?だめならいいよ。別にどっちでもいい」
「・・・いや」
(・・・・大歓迎だ、馬鹿。)
きっとこの心もまた読まれているのだろう。
気まずくてそらしていた目をちらりと彼女に向ければ、案の定はおかしそうに笑っていた。
「ヒョーゴのエッチ」
「お前だろ、それは」
「あは。・・・ね、ヒョーゴ」
「あ?」
「あー・・・・・やっぱりなんでもない」
「・・・落とすぞ、お前」
わざと腕の力を緩めてやれば、はクスクスと笑いながらぎゅっとしがみついて落ちまいとする。
は俺の首筋に顔を埋めて、眠るように目を閉じた。
可愛い。
綺麗な。
彼女の目にはもう、観覧車は映っていない。
ギリギリまで彼女が目で追っていた綺麗な観覧車。
彼女もいつか、あれに乗る日が来るのだろう。
そのとき彼女の横にいるのは、きっと自分ではないのだろう。
ジョージ・フェリス。
彼女の目にとまる、お前が今は羨ましくてしかたがない。
なぁ、だって。
今更好きだと言えるはずもないだろう。
I love you Ferris.(好きよ、フェリス)
You are my second best lover.(あなたのこと、2番目に好きよ)
ねぇ、だって。
今更好きだと言えるはずもないでしょう?
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