ドリーム小説
12月。
冬休みのとある日の午後。
暖房の壊れた不運な教室に取り残された、哀れな2人がいた。
机に頬杖ついて、英語の追試を冷静に解く女生徒が一人。
教卓の横に置いた椅子に長い足を組んで座り、腕組みをして不機嫌そうな顔をする英語教師が一人。
生徒である彼女は答案用紙にスラスラと答えを書いているのに、何が不満なのかヒョーゴの眉間の皺は増えるばかり。
「先生?」
「・・・・・・」
「顔、怖いよ。先生」
「
Stop talking
・・・・・get it done quickly !!」
「『黙ってさっさと終わらせろ』?」
ボ ナ ペ テ ィ
「そんなに苛々しないで」
「黙れ!このくそ寒い日に全く・・・余計な仕事を増やしおって!」
「どうもすみませんねぇ」
見るからにイライラしているヒョーゴに、全然すまなさそうにのらりくらりと少女は返事する。
ちらりと上目遣いにヒョーゴを見上げると、はすぐに視線を答案用紙に戻した。
凍るように寒い冬の教室は、ただいま2学期期末テスト英語の追試試験中。
ぴっちり閉められた窓の外は、灰色の曇天。
天気予報で、今日は夕方から雪だと言っていたのをは思い出す。
(あ。傘。持ってきてない)
もし降ってきたら帰りどうしようかな。
そんな雑念まじりでも、の手の中のシャーペンは流れるように動いていた。
追試試験者にしては随分と解答がスムーズだ。
それもそのはず、今回のたった一人の追試試験者は、入学以来3年間ずっと学年首席にいる生徒なのだから。
そんな彼女、が学期末試験の英語で0点を取ったのだから、添削後の職員室は話題騒然となった。
「俺の教員人生で、白紙の答案を出されたのはこれが初めてだ」
「そ。おめでと。お赤飯炊こうか?」
「いらんわ、馬鹿が!名前すら書かずに出しおって!」
「あれ?書いたよ、ちゃんと。『』って」
「お前はテストの氏名欄にフルネームで名前を書くよう小学校で教わらなかったのか・・・っ」
の飄々とした態度に、ヒョーゴのイライラばかりが募っていく。
「あんまりカリカリしてると、血圧あがるよ」
「るさい!とっとと終わらさんかっ」
どっと怒りの溜息を吐けば、寒い室内に白い雲が生まれた。
はいはい、としょうがなさそうに彼女は返事を返す。
そして、カリカリカリカリと一定のリズムで鉛筆の楽章が室内を満たしていった。
(相変わらず・・・何を考えているのかさっぱりわからん)
椅子の背もたれに寄りかかって、ちらりと横目で彼女の様子をうかがった。
やる気なさそうに頬杖つきながらも、彼女の目は真剣に英文を追って、適切な答えを書いていく。
真面目にやれば余裕で満点を取れるくせに。
「――― have never been ――――・・・such a wonderful ・・・【ウ】かな」
「・・・・・」
小さな声でぶつぶつと英文を読み、5秒と悩むことなく正答を叩き出していく。
色素の薄い綺麗な目が右へ左へと流れ、英文の中に答えを見つけると、少しだけ目が細くなって口元が綻ぶ。
先程まであんなにイライラしていたのに。
いつの間にかそれは薄れ、彼女の小さな動きを目で追う自分がいることにヒョーゴは気付けずにいた。
「He called my name many times, and ―――」
。
「・・・――― then, he said, “I’m always be thinking that」
可愛くて、賢くて、世界の何もかも分かったような顔で薄く笑う女。
「なに?」
「あ?」
「じっと見たりして」
「いや・・・別に」
年下のくせに、たまにずっと年上の女のような顔をする。
そのくせ甘えたがりで、2人きりになると必ずそばに引っ付いてくる。
は可愛い。
可愛い、可愛い。
可愛い、お前は。
「なぁ、」
「んー・・・・?」
俺の女だ。
呼ばれてもは机から顔を上げずに返事だけ返してきた。
それを気にせず、ヒョーゴはずっと気になっていたことを質問した。
「何故こんなことをした」
「こんなことって?」
「わざとだろう、白紙の答案は。お前なら目をつむっても満点が取れるだろうに」
「目つむったら問題が読めないよ」
飄々と問題を解き続けてはいるが、ヒョーゴにはわかる。
彼女の解答速度がわずかに落ちたのを見逃さない。
自分の指摘が正しいことを確信し、ヒョーゴの口から今日一番重い溜め息が吐きだされた。
「馬鹿めが」
「うん?」
「何のためにやったのかは知らんが、馬鹿なことをしたものだな」
「そうかな?」
「あぁ。むざむざ首位の座を他人に明け渡すなど、馬鹿のやることだ」
「馬鹿馬鹿って、そんな3回も言うことないじゃない」
「言いたくもなるわ、まったく。どうせお前のことだ。面白半分にやったのだろう」
「心外。そんなんじゃないわ。私だってちゃんとした理由があってやったことよ」
さらりとは告げたが、聞き捨てならない言葉にヒョーゴの片眉が上がる。
「・・・どういうことだ」
「はい、終わったよ」
はクルクルと指でシャーペンを回しながら、全問解答済みの解答用紙をヒョーゴに手渡した。
それをぞんざいに受け取り、ヒョーゴは上から下までざっと答えに目を通す。
丸付けをする必要なんてない。
「全問正解だ」
は猫のように唇を押し上げて、実に嬉しそうに笑う。
「じゃ、帰っていい?」
「だめだ」
「なんで?雪降ってきちゃうよ」
「俺の質問に答えていないだろうが」
とぼけることは許さない。
ヒョーゴの鋭い視線を真正面から受けても、は怖気づくことなくさらりと眼光を受け流す。
「大層な理由なのだろうな。学期末試験で、故意に、0点を取るほどなのだからな」
「そだね。大層な理由だよ。少なくとも私にとっては」
(ねぇ、先生。貴方にとってはどうか知らないけど?)
カタンと静かな音を立てて彼女は立ち上がり、机の横にかけていた鞄を取って荷物を詰め始めた。
そのまま帰ろうとする態度にヒョーゴは疲れた溜め息を吐き、怠惰な動きで椅子から腰を上げて彼女に近づいた。
自分に背を向けて帰ろうとする彼女の細腕を掴み、こちらに振り向かせる。
「なに?」
「何か不満があるなら言ったらどうだ」
「不満なんてないよ」
「嘘をつけ。不満たらたらの顔をしているくせに」
「あれ、わかった?」
落ちてきた髪を、つかまれていない方の手で耳にかけて、は楽しそうに目を細める。
逆にヒョーゴは疲れた顔で彼女の顔を見下ろした。
「そだなぁ」
「さっさと言え。俺は忙しい」
「じゃ。キスしてくれたら教えてあげるよ」
「あぁ!?」
思わず大人の冷静さを忘れて、語尾上がりの怒声が出てしまった。
は大きくて魅力的な目でじっとヒョーゴを見上げ続ける。
「・・・・・」
「早く」
ヒョーゴなら絶対キスしてくると信じて疑わない、期待に満ちた目では見上げてくる。
黒猫のシッポが後ろでフリフリしているのがヒョーゴの眼鏡には映っていた。
「・・・・・目ぐらい閉じろ」
「ん」
彼の命に大人しく従い、彼女は眼を閉じて顔を上げる。
目を閉じると、彼女のまつげがすごく長いのがよくわかる。
手入れされた唇にはグロスが塗られていて、ヒョーゴのことを早く早くと待っている。
ヒョーゴの指が彼女の頬をするりと撫でる。
そのままゆっくりと顔を近づけた。
むにっ
可愛くて、可愛くて、憎たらしくて。
「このやろう」という思いを込めて、思い切り頬をつまんでやった。
期待とは180度異なる仕打ちに、彼女の両目がぱっちりと見開かれる。
「いひゃい」
「大人をからかうのもいい加減にしろ」
「からかってなひよ」
反論すると、ヒョーゴに冷たい目で見下ろされた。
そこでいつものなら、何でもない顔でヒョーゴを見つめ返すのだが。
今日に限って、が珍しい顔をした。
唇を尖らせて、ぷぅとふぐのように頬を膨らませたのだ。
「ふぐか」
彼女らしからぬガキっぽい行動と、予想外に可愛らしいその顔に、思わずヒョーゴもぷっと吹き出してしまった。
「高級魚だよ」
「くく・・っ。えらく良い魚を釣ったものだ」
「そだね。でもどうせ先生、釣った魚に餌与えないんだから、放しちゃってもいいんじゃない?」
「は・・・?」
「ねぇ、先生」
I have a question.
質問があるんですけど
突然真剣な目で見つめられ、思わずつねっていた手を放してしまった。
彼女の謎めいたセリフの意味がわからない。
?ばかりが頭の周りを飛び交いながら、ヒョーゴは綺麗な発音で質問を許可した。
さぁ、心して聞くがいい。薄情な太公望め!
Do you remember when we slept last ?
最後にしたの、いつだったか覚えてる?
「・・・・・」
「覚えてる?」
「・・・・・・・」
少女は・・・否、恋人は真っ直ぐな目でヒョーゴを見上げてくる。
のプレッシャー混じりの視線をそらせないまま、ヒョーゴはあえて「・・・何を」と問い返してみた。
彼女の純粋な瞳が、純粋な唇が、その魅惑的な言葉を淡々と紡ぎだす。
「セックス、だよ」
日常会話のような自然さでその単語を言ってのける彼女に、ヒョーゴの方が思わず頬を引きつらせてしまった。
「あのな・・・・」
ヒョーゴはこめかみを指で押さえる。
「お前な・・・・・校内でそういう話題を出すな」
「なんで?」
「なんでって・・・」
「ばれたら困るから?禁欲的なイメージでいたいから?」
「そういうわけじゃない・・・・」
「無理してキャラ作りしなくていいよ。だってもう先生、むっつりスケベだって女子の間で有名だもの」
「・・・・・」
あぁ、頭が痛い・・・。
頬を引きつらせて笑うヒョーゴを、「ホントだよ?」とはまっすぐ見上げる。
「・・・・その噂、お前が流しているんじゃないだろうな」
「違うわよ。で?覚えてる?」
「・・・・・・」
「Do you ?」
「Sorry, I don’t remember it.」
「やっぱりね」
彼女は彼の顔の前に綺麗な人差し指をピンっと立てた。
「1ヶ月」
「い・・・?」
「1ヶ月前、だよ。最後にしたの」
彼女の口がおもしろくなさそうにとんがる。
こんな彼女は珍しい、わかりやすいくらい不満を露わにする。
彼女の真っ直ぐな視線を受け、思わずヒョーゴは気圧されてしまう。
「・・・そんなに前・・だったか?」
「そだよ」
「・・・そうか?そんなことないと思うが」
「あるよ。だってそれまで週1〜2でしてたのに」
「お前・・・そんなこと学校で言うな」
いくら誰もいないとはいえ。
ヒョーゴの耳がかすかに赤くなる。
そういえば、そんなにしてなかったかもしれない、とヒョーゴはここんとこの予定を思い出した。
「・・・悪かった。こっちもいろいろあってな。先月、サナエ先生が産休に入られたろう」
「うん」
「それもあって、ここんとこ英語科の仕事が倍に増えてな」
「知ってる。だから前、手伝うよって声かけたら、ヒョーゴ「うるさい!」って」
「・・・・」
覚えていない。
そんなに自分は余裕なくイライラしていたのか。
「なんか話しかけられなさそうな雰囲気だったから、私からもあんまり声かけなかったんだけど」
「そうか・・・。結構我慢してくれてたんだな」
「うん。あー、でも毎日したいわけじゃないの。ただ、たまにでいいからキスくらいしたいなぁと思うわけで」
「悪かった・・・」
「私にも手伝えるものがあれば言ってほしいな」
「あぁ。・・・・・・。いや、お前受験だろうが」
まぁ彼女なら今更なんの問題もないが。
それよりも、冷静で物分かりがいいと勝手に思い込んで、彼女のことをほったらかしにしていた自分の方が問題だ。
理解してくれてはいるが、彼女は彼女なりに寂しいと思ってくれていたのだ。
それが嬉しく、そして同時に自分が情けなくなる。
「無理ない程度でいいから。ヒョーゴと一緒にいる時間がほしいの。それに女の子ってあんまり求められなくても不安になるんだよ」
自分はそんなに魅力のない女なのかなって。
先生はもしかして他に付き合っている人がいるのかなって。
私ってもしかして『彼女』じゃなくて、やっぱり単なる『遊び相手』なのかなって。
そんなことを話したら、ヒョーゴはまた「悪かった」と言って、彼女の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「ところで・・・お前」
「ん?」
「まさかとは思うが・・・それだけのことを言うために、わざわざテストで0点取ったのか」
「うん。そだよ」
それだけのためにこんな大人気ない真似をしたのか。
頭が良くておまけに美人で冷静で、何事にも動じず周りからも一目置かれている彼女が。
他の教師がこのことを聞いたら、皆どんな顔をして驚くことか。
は唇をにっと上げて、首を傾けて小悪魔のように無邪気に笑って見せた。
「私は先生が思ってくれてるほど、大人じゃないわ」
そんな生真面目でいい子になんてなりたくない。
あなたが振り向いてくれるなら。
あなたが私を見てくれるならなんだってするわ。
外を見れば、ハラハラと雪が降ってきていた。
「降ってきちゃった。私傘ないから駅まで走らないと」
首にふわふわのマフラーを巻きつけて、コートを腕にとった。
鞄を手にして、彼女は「またね」と手を振って帰ろうとする。
言いたかったことを伝えられてか、彼女の背中は少しすっきりして見えた。
(情けないものだな・・・)
年端もいかぬ少女にずっと気遣ってもらっていたなんて。
秋口に晴れて「まっとうな」恋人同士になれたことで満足してしまっていたのかもしれない。
『釣った魚に餌をあげない』という彼女の言葉に、が密かに寂しい想いをしていたのだと知れる。
「悪かった」
「ん?」
自分に背を向けた彼女を、ヒョーゴは後ろからぎゅっと抱き締めた。
本当に久しぶりの彼女の柔らかな感触。
忘れていたヴァニラの香りに、脳の奥が痺れていく。
本当に久しぶりのヒョーゴからの抱擁。
首筋に彼の息がかかる。
忘れていた熱に、体温が上がっていくのがわかった。
「なに?」
「これまでの流れで、今日黙って帰すと思うか?」
そこまで野暮じゃないとヒョーゴは喉を鳴らして笑う。
「エッチ」
「何とでも言え」
「ムッツリスケベ・・・・・ん・・っ」
巻いたはずのマフラーがいつの間にか外され、露わになった首筋に彼の唇が押し当てられた。
冷たい唇の感触と、彼が吐く息の熱さに胸の高鳴りがやまない。
これ以上のことを期待してしまう。
ブレザーの襟元から入っていた手が、ブラウスの上から彼女の胸をまさぐる。
ヒョーゴの手の上に彼女も自分の手を置いて彼を受け入れた。
「今日うち来れるだろう」
「うん。掃除したげるよ。部屋汚くなってそう」
「心外だな。そうでもないぞ」
「台所は?料理してた?」
「・・・・いや。ろくに作ってなかったから埃かぶっている」
「栄養失調で倒れるよ」
「構わんさ。今夜は久々に高級魚が食えるしな」
ヒョーゴの舌が彼女の首を下から上へと這う。
「バカ」と悪態付きながらも、うっすらと赤く染まっていく首筋が彼女の本音を語る。
彼に抱きしめられた腕の中で、彼女は首だけをわずかに後ろに向けた。
片手で器用に彼の眼鏡をはずして、眼の下に浮かぶ薄いくまを愛おしげに撫でる。
「お疲れ様」
「あぁ」
「今夜はお腹いっぱい食べて、ゆっくり寝て」
「そのつもりだ」
でも夜までなんて長くて待てないから。
「」
「うん?」
「一口だけ」
味見させてくれ。
ゆっくりと重なる唇。
押し当てて、ゆっくりと離れて、そして相手を貪るように深く口づける。
彼女の手を取り、指をからめてきつく握りしめた。
「・・・・・やばいな」
「なに?」
「いや・・・・・めちゃくちゃ癒される」
「それはよかった」
「今すぐ食いたいんだが」
「ダメ。夜まで待って」
「長いな・・・」
「大丈夫。逃げたりしないから」
約束したでしょ?
あなたのそばにいるって
誓いの代わりにと、は彼の頬にチュッと軽く口づけて笑った。
しばらく彼女を見ていたヒョーゴの耳が、突然ぼわりと真っ赤に染まった。
やばいだろ、この可愛さは、と一人悶々とする彼の心の中など・・・
「ヒョーゴのエッチ」
「・・・・っ」
当然彼女にはお見通しなのであった。
あなたの心が満たされるまで、どうぞ好きなだけ
Bon appetit ! (召し上がれ!)
ここまで読んでくださってありがとうございました!
ずっと書きたいなぁと思っていた、ヒョゴとアルビノちゃんのその後です。
神無大学の学園祭で気持ちを打ち明けあって晴れて恋人同士になれた2人です。
『カルテット6』の最後ではすでにラブラブな感じに仕上がってましたが、そうなるまでに色々あったのよと勝手に妄想し、この作品を書いてみました。
書き始めてみたら、どうやらヒョゴは「釣った魚に餌をあげないタイプ」だと判明(斉木の妄想です)。
アルビノちゃんはアルビノちゃんなりに、寂しい想いをしてたみたいです。
アルビノちゃん美人なんだから、ほっといたら他の男に獲られるからね、ヒョーゴ!
「・・・・・」(←肝に銘じたらしいヒョゴ)
では皆様また次回作でお会いしましょう。
ありがとうございました!
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