ドリーム小説
同じクラスのコマチからウイルスをもらってしまったらしく、しばらく前からは風邪をひいていた。
変なところで真面目なあいつは、少しくらいの風邪では休んだりしない。
もともと体が弱いくせに無理して登校するから、昨日なんて帰る頃には真っ青な顔していやがって
今日も案の定、昼を過ぎた頃には限界が来たらしく、午後は保健室の世話になっていた。
帰りに様子を見に行ったら、顔面真っ青にしてやがって。
とても一人でなんて帰らせられない。
車で彼女の家まで送っていってやった
彼女が住むマンションについて、一階の駐車場に車を停めて、「上まで送っていってやろう」と助手席を見たら。
ぐったりして熱っぽい虚ろな目でヒョーゴをちらりと見やるの姿が目に入ってきた
「・・・医者行くか?」
さすがの俺も、今回ばかりは本気で心配になった
Rhapsody in
B
lue
「・・もう診療時間過ぎてるよ」
「校医なら連絡すれば看てくれるかもしれんぞ」
「ん・・いぃ。面倒だし」
でもありがと、と彼女は律儀に礼を言う。
相当体調が悪いのだろう、笑顔もつらそうだ。
透き通った綺麗な声も、喉の腫れと鼻が詰まっているせいで掠れてしまっている。
「・・そんな重病患者じゃないんだから。薬飲んで寝てれば治るよ」
「上まで送る。鞄貸せ」
「うん・・・んー、いぃ。ご近所さんに見られたらまた面倒だから。送ってくれてありがと」
じゃぁね、とは疲れた笑いで別れの挨拶をする。
いつになく早く立ち去ろうとするのは、俺に風邪をうつすまいという彼女なりの気遣いなのだろう。
変なところで優しい女だ。緩慢な動作でシートベルトを外して、ドアロックを外して、それから彼女は
それから彼女は
「・・・・・」
「どうかしたか?」
動かなくなった。
足元に置いた鞄を取るでもなく、ドアを開けるでもなく、彼女は助手席に座ったまま動かなくなってしまった。
外は真っ暗闇で、ライトをつけていない車内も真っ暗だが、彼女が何か言いたそうな顔をしていているのはわかった。
珍しいこともあるものだ。
いつもざっくばらんにずけずけと自分の思ったことを言う彼女が。
一体、何をためらっているというのか。
「なんだ?」
「んー・・・・・ぅん」
返ってきたのはいつもより間延びした返事、はっきりしない彼女。
膝の上で組んだ指を意味もなく組み替えたりしている。
時間ばかりが過ぎていき、俺はひとつため息をついた。
がそれに反応してちらりとこちらを見やる。
彼女の目が俺の機嫌を伺っているのがよくわかった。
不安そうな目は、まるで俺をイラつかせてしまったかもしれないと心配しているようだ。
普段のこいつからは想像もできない。
風邪のせいで精神的にも弱ってしまったようだ。
なんだ。可愛いところもあるんだな。
「なんだ。どうした」
しょうがないな、という苦笑交じりに彼女の頬に左手を寄せた。
親指の腹でするりと頬を撫でてやれば、は安心したようにゆっくりと首をこちらに向けてきた。
熱もあるのだろう。真っ白い彼女の頬は、うっすらと赤みを帯びている。
不意に彼女と目が合った。
「・・・・・」
まずい・・・。
熱を帯びた彼女の目は、ノーマル状態でも十分にエロティックなのに、それ以上の色香を放っていた。
男にとっては非常においしい状況だが、逆に人としての理性を問われるわけで。
まぁ、なんだ・・・今更な関係だが。
「・・・・・いい顔してるな」
「うん?」
彼女の頬に触れていた手をすかさず後頭部にまわして頭を支えて、助手席の方に身を乗り出して一瞬の動作で唇を重ねた。
突然の俺の行動に、は身じろいで逃げようと唇を離したが、それは俺が許さなかった。
「ヒョーゴ・・・・っ」
「・・・悪い」
彼女の腰に手を回して無理矢理引き寄せて、しつこいくらい何度もキスをした。
ただ一つだけ、いつもと勝手が違ったのは、頑固なくらい彼女が歯を閉じてしまって、これ以上の進行を許してくれないこと。
「おい・・・少しは緩めろ」
観念して顔を離して呆れ口調で言えば、彼女は苦しそうに息をしながらいきなり俺の頬をつねってきた。
「・・・スケベ。なに病人に盛ってるの」
「あ?お前が悪いんだろうが、そんな誘うような顔しやがって」
「誘ってない。地顔。ほっといて。も・・・・・・風邪うつるからダメだってば」
珍しいこともあるもんだ。
しおらしいことを言って、俺の胸に手をついて運転席にグッと押し戻そうとする。
ひ弱な彼女の力などたかがしれてる。
逆にその手を取って握り締めて、細くて長い指先に軽くキスしてやった。
眼鏡越しに、誘うようにじっと見上げてやれば、いつも強気な彼女がわずかにたじろいで、優越感に思わず唇を上げて笑ってしまった。
「私、病人。早く帰して」
「帰りたくなさそうにしてたのはどこのどいつだか」
「・・・・」
「図星だろう」
俺の考えは、やはり当たっていたらしい。
彼女は気恥ずかしげにプイッとそっぽを向いてしまった。
がら空きの頬にキスしてやったが、彼女の機嫌はなかなか直らない。
あぁ、まずい。そんな顔されたら、余計にいじめたくなるだろうが。
「本当はキスしたかったんだろう?だが風邪がうつるから、俺に気を遣って言えなかった」
あいつの心を読みきった自信がある。
優越感に浸りながら、「違うか?」と問いかけた。
彼女がゆっくりと顔をこちらに向け直す。
そしてゆっくりと顔を近づけてきた。
観念して、いつものように素直に身を任せる気になったか。
だがそんな思惑は外れる。
彼女はキスするかしないかのギリギリの距離で止まって。
「半分あたり。半分はずれ」
全部あなたの思い通りになんてならないわよ、とでも言いたげに、いつものやる気のない半目で俺を見上げてきた。
なんだ、折角可愛かったのに、いつものこいつに戻ってしまった。
何が半分はずれなのかと聞けば、は不満げな顔で運転席に背を向けてしまった。
なんだかな。今日の彼女は本当に不機嫌な猫みたいだ。
ご不満な、高貴な猫。
さらさらの短い毛並みが目に付いて、後ろ向きの彼女の頭に手を伸ばして、くしゃくしゃと撫でてやれば、彼女は掠れた声で告白した。
「キスだけじゃなくて・・・・・全部して欲しかったの」
これが残り半分の答えだよ、と付け足して、彼女は黙ってしまった。
おいおいおい・・・・・。
彼女の頭を撫でていた手が止まってしまう。
ついでに、なかなかにインパクトのある台詞に、「ずりっ」となんともコミカルな音を立てて眼鏡がわずかにずり落ちた。
ずれた眼鏡を中指で押し上げて、俺は何とコメントしようか真剣に考えてしまった。
まさかそう来るとは思ってもみなかった。目からウロコだ。
酔狂なものを見る目でじっと彼女の後頭部を見ていたら、俺の視線に気づいたのか、が首だけめぐらせてきた。
表情はいつもどおりの飄々としたものだが、まとう雰囲気が寂しそうな猫といった感じだった。
「変だと思ってるでしょ?」
「いや・・あぁ・・まぁ・・・・・・・・お前。気は確かか?」
自分が病人だという自覚はないのか。
今日は随分大人しくてしおらしくて、普通の娘のようで可愛らしいなどと思っていたら、これだ。
やはり彼女は変わり者だった。
彼女は首を戻して、また俺に背を向けてしまった。
傷つけてしまったか、もう少しソフトな聞き方にすればよかったか。
見えない尻尾がしゅんと垂れている気がして、何だか可哀想になってきてしまった。
「熱のせいだよ、頭が沸いてるの。なんか欲求止まんなくて・・・」
自分でも困る、と彼女ははぁと肩でため息をつく。
「本当はキスしたいのも抑えてたの。だってキスしたら止まらなくなるから」
あぁ、それでか。さっきまでの彼女の対応に納得がいった。
拒絶の態度は、自分を抑えるためだったらしい。
彼女は彼女なりに頑張っていたのか。
「病人のくせにエッチしたいなんて言ったら、さすがにヒョーゴひくでしょ?」
言っていることの内容はかなり過激だと思うが、彼女の言葉尻に寂しさを感じとれた。
マイペースで自分を崩さないが、俺の反応を気にするなんて。
風邪は随分と彼女を弱気にさせているらしい。
「今更ひきはせんが。だが、まぁお前が風邪をひいているのも事実だ」
彼女の考えは理解できた。
ならば今後の行動は決まってくる。
「今日は諦めて帰るんだな」
ぽんぽんと彼女の頭を叩いて諭してやる。
彼女からの返事はない。その代わりに小さな頭がこくんと弱弱しく頷いた。
覇気のない返事、あからさまに彼女ががっかりしたのがわかった。
理解はしたが、納得はしていないという感じだ。
風邪で弱ってはいるが、欲求に素直なところは変わってはいない。
見えない尻尾が完全に下を向いてしまっている。
不機嫌、不満をあらわにしている。
仕方のない奴だな、と思いながらも、そんな彼女が嫌いになれないあたり、俺も終わっているが。
「仕方がないだろう。素直に受け入れろ」
慰めの言葉を告げながら、彼女の脇の下に両腕を差し込んで胸の前にまわし、後ろから抱きしめてやった。
彼女の右肩に顎を乗せて、横顔をうかがう。
やはりまだ不機嫌そうではあった。
「病人のくせに元気だな」
「・・・・」
「そんなにセックスしたかったのか?」
彼女の細い首筋に軽く口付ければ、彼女はくすぐったそうに身をよじって、「・・・だめ?」と弱気な声で聞いてきた。
まだ諦め切れてないのだろう。
慰めてやろうと俺が抱きしめてしまったから、余計に熱が上がってしまったのかもしれない。
熱っぽい彼女のカラダ、熱っぽい目、熱っぽい息、その全てが俺の理性を揺するが、今日は俺も譲らない。
「駄目だ」
頑として変わらない俺の態度に、もようやく諦めたらしい。
あからさまに残念そうなため息をついて、「・・・・・・わかった」と言った。
しょうがない奴だ。
彼女を抱きしめていた腕を一度ほどいて、今度は肩の上から腕を回して、彼女の全てを包みこむように抱きしめてやった。
柔らかい髪に顔をうずめて息をすれば、彼女が愛用しているシャンプーの匂いがした。
分かって欲しいんだがな。
残念なのは、なにもお前だけじゃないってことを。
後1分だけこうしてて、とはねだって、俺は抱きしめる腕に力を込めた。
薄暗くて静かな車内が、彼女の熱と彼女の匂いで満たされていく。
の体に触れている自分の頭の中まで彼女で侵食されていく。
少し冷たくしすぎたか。安心させてやりたくて、封じていたはずの口が少しだけ緩くなってしまった。
「ただの風俗女なら今すぐ抱いてやってもいいんだが」
「・・うん?」
「お前は違うだろ」
なぁ、。
お前はそんな安っぽい女じゃないだろう。
彼女の頬を指で撫でて、下唇に指を這わせた。
風邪のせいで少しカサついた唇は、だが相変わらず柔らかくてあたたかい。
「適当に扱ってるつもりはないんだがな」
いくら体だけの関係とはいっても、俺は彼女のことを粗末に扱った覚えなんてない。
傷つけてもかまわない、いつでも捨てられるなんて、そんなふうに思ったことはない。
「ヒョーゴ・・・?」
「これ以上は言わんぞ。後はその高い知能で考えろ。学年首席」
これ以上言えるはずないだろう。
だって仕方がないだろう。
俺はこの女が可愛くて可愛くて仕方がないんだ
適当になんて扱いたくないんだ
他の男に適当に扱われる姿なんて見たくないんだ
なぁ、、頭のいいお前はもうとっくにわかっているはずだ
大事なんだよ
俺の心の中の強い強い想い。
あまりに強く想いすぎて、その想いが外へと漏れだしてしまったのだろう。
ちらりと彼女の横顔が見えて、その口元が綺麗に笑っているのが見えて。
しまった、と思ってももう遅い。
そうだ、こいつはたまに俺の心を読むのだった。
それも驚くくらい正確に。
あぁ、くそったれ、まだ読まれた。
嬉しそうな顔しやがって。
俺は据え膳我慢してやってるんだぞ・・・・・っ
そう叫べたら、どんなにすっきりすることか。
「あは」
「・・・・・・何がおかしい」
「うぅん・・・・。優しいね。ヒョーゴ」
「・・・・・・・・・・黙れ」
泣いたカラスがもう笑ってやがる。
優しくなんてするんじゃなかった。
彼女は肩を揺らしながらひとしきり笑って、俺の腕の中で首を後ろに向けてきた。
お得意の、小悪魔の顔で。
「照れてるの?大丈夫、ヒョーゴも十分可愛いよ?」
「あぁ、うるさいうるさい!慰めなんぞいらん!!」
俺の怒号などするりと交わして、はまだ肩を揺らしてくすくすと笑っている。
だが忘れかけていた不調が戻ってきたのか、こほこほとむせ始めた。
いくらこずるくて小悪魔でも、今の彼女は病人だ。
挑発に乗って手を出すわけにはいかない。
葛藤がイライラに変わっていく。
「いいから早く帰って大人しく寝ろ!とっとと治せ!俺が持たん・・・っ!!」
「エッチ」
「何とでも言えっ!」
彼女の調子が元に戻ってきた。
俺もまたそのペースに乗せられて憎憎しげに眉間に皺寄せているのに。
あぁ、それでも俺はこいつを抱きしめる腕の力を緩められないでいる
「ヒョーゴ」
彼女が俺を呼ぶ。
色素の薄い目でじっと見上げられ、鼓動が一つ跳ね上がる。
「最後」
「あ?」
「もいっかいだけ」
彼女が何をねだるのかなんて、小難しい方程式を解くより容易にわかる。
そんな可愛いことを言う彼女を拒絶できるはずもなく、俺は唇に軽く触れるだけのキスをした。
最後に一回だけのキス。
ゆっくりと重ねた唇はすぐに離れることはなく。
駐車場の前を車が何台も通り過ぎていって、そのたびにヘッドライトが重なった2人の影を右から左へと流していく。
助手席のシートの上。
いつの間にか繋げられていた2人の手。
どちらから指を絡めたのかなんて覚えていない。
俺との間に言葉なんてものは必要ないのだろう
あと数秒したら俺たちは互いに唇を離し
彼女は静かに笑って「じゃぁね」と別れを告げて
俺はキーを回してヘッドライトを点けて
それぞれの生活に戻っていくのだろう
好きだとも愛してるとも言い合ったことのない関係
キスとセックスだけが二人を繋いでいる
名前のない曖昧で不安定な関係
ゆっくりとアクセルを踏んで駐車場の外に出たら、フロントガラスにぽつぽつと水滴が落ちてきた。
雨だ。車道に出て、ゆっくりとスピードを上げていく。
それに合わせるように雨足もゆっくりと早くなっていく。
スイッチをひねってワイパーを低速で動かした。
横に流れ落ちていく雨のしずくたち。
あぁ、そうだ
俺たちは雨に似ている
海に降る雨に似ている
ポケットに入ったままの携帯がピリリと一回鳴ってメール受信を知らせる。
赤信号でギアをパーキングに切り替えて、折りたたみ式の携帯を片手でパチンと広げた。
絵文字も何も入っていない、文字だけの質素なメール。
飾り気のない、のメール。
『ありがと。煙草一本だけ吸っていいよ』
たった一行だけのメールに、俺は唇を吊り上げて笑う。
相変わらず彼女は勝手だ。
降りたいときに海の上に降り注いで
海の中で溶け合って混ざり合って
気化してまた空に戻って
雨になって降り注いで 海の中で出会う
あぁ、そうだ
俺たちは自分勝手で気ままな雨に似ている
しばらく行ったところでコンビニの駐車場に車を停めて、ワイパーを止めて、エンジンを切った。
助手席前のグローブボックスから、彼女から許可を得た煙草を一本だけ取り出して、口にくわえて火をつけた。
久しぶりに吸った煙草の味は妙に新鮮で、ゆっくりと吐き出された紫煙で車内が真っ白になる。
フロントガラスをばちばちと雨が叩く。
滝のように上から流れ落ちていく雨を見て、嫌な気分はしなかった。
俺とあいつは同じ成分でできている
気まぐれに溶け合って、気化して、また溶け合って
ただ、その繰り返し
この関係に名前なんていらない
俺とあいつは 自分勝手で気ままな 雨に似ている
『明日朝一でキスしてくれるんだろうな?』
煙草を吸ったら、そういう約束だっただろう。
片手に煙草、片手に携帯でメールの返事を打って送信を押そうとしたら、タイミングよくから2通目のメールが届いた。
送信しようとしていたメールに保存をかけて、受信したメールを開いた瞬間。
吸ったばかりの紫煙を全部吹き出してしまった。
思い切り肩を揺らして笑う。
『明日朝一でキスしてあげる』
どこまで俺たちは繋がっているのだろう
あぁ、笑いすぎて腹が痛い
送信しかけのメールを消して、ボタンを12回だけプッシュした。
『頼む』
パチンと携帯を折りたたんで助手席に投げ、軽快にキーを回してエンジンをかけた。
アイドリングしている間にハンドルに腕をもたれさせて最後の一吐き。
吸いかけの長い煙草を灰皿に押し込んで、ヘッドライトを点けて、ワイパーを動かした。
横に流された雨が、車体を伝って地面に流れ落ちていく。
なぁ、
天に昇るときも 一緒だったのだから
堕ちるときも 一緒に逝ってくれるんだろう
雨足が一際強くなった。
彼女の返事が返ってきた。
雨の音にまじって、「いいよ」と笑って言う彼女の声が、確かに聞こえた。
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