ドリーム小説
罪の果実を
男は喉に
女は胸に
それは西洋の御伽噺
罪の果実
英和辞典を引いていて、は面白い単語を見つけた。
「Adam’s apple」
「なんだ突然・・・」
自分の隣に腰を下ろして煙草を吸う彼に告げれば、彼はさして面白くもなさそうな顔をした。
放課後の屋上に夕方の涼しい風が吹く。
彼が吐き出す紫煙が風に乗ってゆらゆらと天に昇っていくのを、は静かに見ていた。
屋上の背の高いフェンスに寄りかかって座りまどろむ男が一人、女が一人。
男は両膝立ててフェンスに背を預け、くわえ煙草でやや上を向いている。
少女はなよやかに足を崩して座り、横にいる彼の喉元を指差した。
「これがどうかしたか」
くわえ煙草で器用に話をしながら、ヒョーゴは自分の喉に人指し指を当てた。
男にしては細い首の中心、わずかに隆起した軟骨。
「不思議」
「なにが」
「喉仏のこと、アダムの林檎だなんて」
原罪なきアダムがイブに誘われて食した禁断の果実。
その実が喉につかえて皮膚からせり出したのが喉仏、だと言われている。
の色素の薄い両目がじっとヒョーゴの喉を見つめる。
「ねぇ、先生」
「なんだ」
「触ってもいい?」
ヒョーゴが了承を出すより早く、彼女の細い指が伸びてきて彼の喉に触れた。
「おい。危ないだろう」
「大丈夫。痛くしないから」
「そうじゃない、煙草が」
「いいから。じっとしてて」
何を言ってもは聞こうとしない。
ヒョーゴは舌打ちをして、くわえていた煙草をコーヒーの空き缶に捻じ込んだ。
なんだかんだ言ってヒョーゴは恋人に甘い。
大人しく、彼女のしたいようにさせてやる。
の中指がヒョーゴの喉仏に触れる。
軽く押したり撫でたりしてその感触を楽しんでいる。
ヒョーゴ自身は何らおもしろくも何ともなかったが、があまりにもご執心なので彼女の好きなようにさせておいた。
「ねぇ。触られると痛い?」
「別に。痛みは感じん」
「気持ち悪い?」
「いや」
少しこそばゆい程度だと言えば、は「もう少し触っててもいい?」と控えめに問うてきた。
ヒョーゴはやや投げやりに「勝手にしろ」と言う。
突然喉仏なんぞに興味を持って、は相変わらず不可解だ。
あぁ、煙草が吸いたい。
だが灰が落ちたら彼女が火傷するから吸えない。
もうそろそろ首を下ろしたい。
だが彼女があまりにも熱心に喉を触るから動けない。
まるで主人に従順な猫のよう。
慈しむように、彼女の手が彼の喉をさする。
その行為はどこか神秘的で、そしてひどくエロティック。
「・・・もういい加減に」
「うん。ありがと」
そう言って彼女はあっさりヒョーゴの喉から指を離した。
自分の好きなことだけをして好きなように去っていく、気まぐれな彼女にヒョーゴは拍子抜けする。
は彼に触れていた自分の手をじっと見て、閉じたり開いたりしている。
それを横目でちらりと見て、ヒョーゴはようやく新しい煙草を取り出して口にくわえて火をつけた。
一口目を旨そうに吸って、細い煙を吐き出す。
「だめ」
「あ?」
不意に彼女の手が伸びてきて、ひょいっとヒョーゴの口から煙草を奪っていった。
屋上のコンクリにぐりぐりと煙草を押し付けて火を消す。
それからヒョーゴのシャツの胸ポケットからシガレットケースとライターを盗み取った。
ヒョーゴは片眉上げて不機嫌をあらわにし、を睨む。
「おい」
「煙草はだめ。喉に悪いもの」
「俺の勝手だ。寄越せ」
「いや」
「・・・俺を本気で怒らせるなよ。いいから寄越せ」
「いーや。だって先生の林檎が潰れちゃうもの」
彼女の言う意図がつかめない。
眉間に皺寄せて苛立ちを顕著に彼女を見下ろせば、は細い指ですっとヒョーゴの喉を指差した。
まるで細身の短銃で彼の喉を狙っているよう。
「喉を痛めたりしたら林檎が潰れちゃう。そしたら先生、声が出なくなっちゃう」
愚かしいほど純粋な目でヒョーゴを見つめ、は告げる。
「だから、だめ」と彼から奪った煙草とライターをブレザーのポケットにしまいこむ。
「しばらく預かっておくね」と無邪気に笑う彼女に、ヒョーゴはイラつきながら目を閉じてこめかみを指で押さえた。
そんな彼を見上げて、はしたたかに微笑む。
「だって私、先生の声好きだもの」
流れるように英単語を紡ぐ、その声が。
投げやりな言い方で生徒を叱る、その声が。
私を腕に抱いて囁くように名前を呼ぶ、その声が。
「少し掠れてて、低くて、でも優しくて。すごく好き」
たとえそれが罪の詰まった果実が搾り出す声だとしても。
私はあなたの声が好き。
あなたの声に潜む、深い罪ごとあなたを愛す。
だからあなたの声が潰れてしまうのは惜しくて寂しくてしかたがないの。
「だから煙草なんて吸っちゃだめ」
じっとヒョーゴを見つめたまま、獣のようにゆっくりと這って近づいてくる。
身を乗り出してヒョーゴの胸に手をついて、顔を近づけ。
彼の喉に唇を押し当てた。
彼の果実を摘むように優しく。
歯を立てて傷つけないように、そっと優しく。
「・・・・・」
「わかった?ヒョーゴ」
だめよ、約束破っちゃ。
伸ばした舌先でチロリと喉の実を舐められ、ヒョーゴは快感と戦慄を覚えた。
この女はおかしい。
狂っている。
狂女は男の喉から顔を離し、膝立って彼より目線を高くした。
ヒョーゴの顔を両手で包み、上から見下ろす。
「代わりにこれあげるから」
狂気にも似た彼女のその眼に吸い寄せられる。
何かの儀式のように、深く口付けられた。
唇にひいた蒼い紅は全て舐めとられ、小さな音を立てて何度も唇を重ねられた。
彼女と自分の唾液が絡まりあって喉に堕ち、ごくりと音を立てて飲み込めばは嬉しそうに目を細める。
この女は狂っている。
そしてこの狂った女を俺は愛している。
制服から覗く彼女の足を撫でて、男はこの行為の続きを誘う。
彼から唇を離し、は彼の顔から色眼鏡を外した。
夕暮れの橙色が目に痛い。
自分を見下ろす彼女の顔に影がかかる。
俺はこの女を愛している。
を愛している。
だから彼女が望むのなら、彼女が愛すこの声は彼女のものだ。
「」
「うん?」
「俺が煙草を吸っているのを見たら、飛んできてキスしてくれ」
「うん」
わかった。
快い返事を返す彼女の後頭部を引き寄せて、彼から唇を重ねた。
口付けは、罪の果実の味がした。
「。お前の前世は・・・蛇かもしれんな」
畏敬の念を込めて彼女に告げる。
何よりも罪の味を愛す。
そんなお前は原罪なき彼らをたぶらかした、あの罪深い生き物によく似ている。
それは最高の褒め言葉。
彼女は口紅の移った蒼い舌を出し、チロリと彼の喉を舐めて嗤った。
Yes, I might be a viper.
I made you eat Apple.
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